誰が為に鐘はなる
(お袋に怒られちまうな。)
豹悟は地上を発ったときの母親の顔を思い出した。
(親父に先立たれ、息子にまでって悲劇すぎるよな。
でもなお袋、わかって欲しいことがあるんだ。)
そこへ電話を終えた楓が少し安心したような顔を浮かべて言った。
「小野君、今地下1階にいる他のチームの人を急ぎ応援に出してくれるって!
途中までお医者さんも急ぎ出張ってきてくれるらしいよ!」
「そっか、なんとかなるかもな。
…なぁ永崎。
聞いて欲しい事があるんだ。」
砂時計の砂はもう尽きかけていた。
「うん?どうしたの?」
楓は豹悟の表情に少し気圧されたが、笑顔を浮かべて少しおどけて聞きかえした。
ここで神妙ななったら、まるで最後のシーンみたいだったからだ。
「親父が死んだとき、俺にとってもお袋にとってもそれは悲劇でしかなかったんだ。
まぁ、人が死んだ時にそれが悲劇以外であることの方が珍しいか…。
…お袋に、もう一度悲劇を味あわせるのは心苦しい。」
楓は認めたくない現実を必死に振り払おうとしたが、その瞳にはもはやせき止めることは叶わない涙がとめどなく出てきた。
「そんなの当たり前じゃん!
だからお母さんにまた会いに行こうよ!」
「永崎…。
俺から伝えるのは無理だから頼む、お袋に伝えてくれ。」
楓はもう何も言えなかった。
「お袋にとって俺の死は悲劇だろうけど、俺にとって短い間だったがお前らと一緒に戦って希望の為に死んでいく事は決して悲劇なんかじゃなかった。それと親不孝者で済まない、いままでありがとうと。」
楓は無言で唇を噛み締めながらただコクコクと頷いた。
豹悟は手をヒラヒラと小さく振って
「じゃあな、お前のワケも聞いてみたかったな。」
そう微笑みながら言った。
そして小さく振った豹悟の手は地面に落ちたのだった。