114 特番放送
カンザスのリビングにあるソファーに皆が集まって、放送が始まるのを今か今かと皆が待ち構えている。
スクリーンを何時もより大きくしているから、後ろのテーブル席に座っているライムさん達も十分に見ることができるに違いない。
とはいえ、ライムさん達は裏の世界でも活動している人達だ。良く言えば特殊部隊所属になるんだから、顔を見られるのは不味いんじゃないかな。
そんな疑問に、「専属メイドだから問題ないにゃ!」と答えてくれた。
確かに、特殊戦に特化した技能を持つメイドだとは、誰も気が付かないだろうけどね。
ワイングラスやジュースのグラスを持って、始まるのを待っている。
後、5分ほどだ。
「もし、適当な話をでっち上げたなら、明日はカンザスで放送局を襲撃よ!」
そんなカテリナさんの言葉に、全員が頷いてるところが怖いな。
ある程度は「やらせ」という感じだから、箸にも棒にも付かないような曖昧な内容だと思うのだが、彼女達の出来、不出来の判断基準が分からないんだよねぇ。
「私達が美人に映っていない時も同じで良いですよね!」
フレイヤの言葉に、やはり同じように頷いてる。
その辺は、向うだって考えてるに違いない。
そろそろ始まるかな?
スクリーンに、王都の放送局からの映像が映し出される。
全員の目がスクリーンに注がれた。
ライデンヌ放送のロゴが流れて、軽快な音楽と供にアナウンサーが特番の内容を簡単に説明し始めた。
さて、ライデンヌ放送局の運命がこれから決まるぞ!
そんな事を考えると、ついつい笑みが浮かんでしまう。
タバコに火を点けて、俺も映像を見ることにした。
「……そして、最近では王国史初めてのドレスダンサーを2匹、テンペル騎士団とタイラム騎士団の協力の下で葬っています。
彼らの、強さの秘密はなんなのか?……。それでは、リポーターのミトラさん。後はお任せしますよ」
ちょっと年上のお姉さんから、ミトラさんに画像が替わる。
まあ、この辺は特番のありきたりな展開だな。
「ウエリントン王国から北西に5千km。山の尾根の谷間の奥に、ヴィオラ騎士団の領地がありました。
本来、騎士団は領地を持たないのですか、ヴィオラ騎士団は違います。ある意味、12騎士団とは異なる存在だと私は思っていたのですが……」
谷の両側にあるバージターミナルで、バージを受け渡す騎士団の姿がある。ブリッジには騎士団のロゴがはっきりと映っているから、あの小さな騎士団の連中は喜んでいるだろう。
谷の奥の入口が開き、中に続くトンネルが現れた。
何処かの騎士団に頼んだんだろうな。船首でカメラを構えってなければ撮れない映像だ。
ゆっくりとトンネルを進み、2つの気密扉を潜ると大きなホールに出た。
「これが中継点です。大型のラウンドクルーザーが停泊できる桟橋が3つ造られており、その1つがヴィオラ騎士団専用となっているようです。
残り2つの桟橋を使って、最大10隻以上停泊出来るようです。私が滞在した日数は3日ほどでしたが、その間にも盛んに騎士団のラウンドクルーザーが中継点を出入していました」
この辺りは、かなり編集しているな。少し映像を早めている。
あんなに簡単にラインドクルーザーを動かせないんだが、放送を見てる人には理解出来ないから、騎士団が高度な技能集団に見えるんじゃないかな。
映像は、西の桟橋にある施設を映しはじめた。
ちょっと見た感じでは、王都の一部に紛れたような錯覚を覚える。
そんな映像の紹介が続いた後で、カメラがホールの全景を西の桟橋から映し出す。
「いろんな騎士団のラウンドクルーザーが停泊しています。巨獣に備えて皆武装しています。……ご覧下さい、あの奥に見える巨大なラウンドクルーザー。あれがヴィオラ騎士団のフラグシップであるカンザスです。
非常に替わった構造ですから、後でご紹介しますね。
先程の居住区の建物の前が賑わってきました。ここなら見る事が出来ると教えられて待っていたのですが……」
警備員が野次馬を整理し始めて30m程の広場を作ると、そこに桟橋の下から3機の戦機が跳び上がってきた。
2機から降り立ったのは俺とローザだな。
野次馬に手を振って居住区に消えていく。
「これが戦姫です。女性型のフォルムですが右側の戦姫はウエリントン王国の戦姫でパイロットはローザ王女様。そして左の戦姫はヴィオラ騎士団所属の戦姫でリオ公爵が自らパイロットを勤めています。
中央の黒い戦機は、あの有名な戦機です。これにはパイロットが搭乗していないそうです」
王国の大衆を相手に、かなり編集しているようだ。
この中継点に来ることはない人達を相手にしてるんだから、不具合のある場所は全てカットしてるんじゃないかな。
王都の冒険好きな連中は、目を皿のようにして特番を見てるに違いない。
「中々良く映しておる。王国の行事の記録も、この放送局とリポーターで決まりじゃな!」
戦姫の姿をうっとりと見上げる他の騎士団員を見て、ローザが呟いた。
「傍に行って見ましょう」
ミトラさんが警備員に話をして輪の中に入り、戦姫をペタペタと触ってる。
そんなミトラさんを他の連中が羨ましそうに見ているんだよね。
「綺麗ですね。この戦姫が、あの戦闘をしたとはとても想像できません」
画面は切り替わって、居住区の中の紹介が始まる。
桟橋の建物の中は普通の事務所だ。それ程見るものが無いと思うんだけどねぇ。
簡単な紹介で終わったのをみると、こんな部署もあるとの紹介だったのだろう。
やがて、天井モノレールで桟橋間を移動して、ヴィオラ専用桟橋に映像が切り替わる。
「西の桟橋と違ってさすがに人影は少ないです。先程紹介しましたカンザスの最大の特徴はこの角度で一番分るんです」
そこに映し出されたのは、後部の水素タービンエンジンの噴射口だ。
巨大な噴射口が5個横に並んでいる。
更にカンザスが双胴船である事が見て取れる。
「時速500kmで、救いを求める者に馳せ参じる。それがこのカンザスの理念だと聞いています」
そんな理念だったか?
皆が首を捻っている。ひょっとして、あのHPが原因か?
「この艦の中に、リオ公爵の私室があります。ウエリントン王国の至宝、カテリナ博士のラボまでがありますから、ある意味機密の塊ですね。カンザスが高速で救援に向かえるのもカテリナ博士の賜物と言えるでしょう」
うんうんとカテリナさんが頷いているのを、全員が疑わしい眼差しで見ている。
「では、私室に向かいましょう。リオ公爵は気さくな方ですから、リビングまでの公開を了承してくれました。
ある意味、リビングに主要なクルーが集まっていますから、重要な案件はその場で対応できます」
リビングの扉が開き、簡素な室内が映し出される。
これ位なら、王都でも収入の多いものならそろえる事が出来るだろう。むしろ、そっちの方が贅沢な作りなんじゃないかな?
「質素倹約を心掛けて、余分な収入は中継点に使うという考え方は理解出来るのですが、もう少し贅沢をしても許されるんではと個人的な感想を伝えたのですが……。
『贅沢は敵だ!』の一言で押し切られました」
そんな事は言ってないぞ!
「やはり、少しは贅沢な格好をすべきじゃろうな。王都の裏通りで騒いでいる若者と変わりがないのじゃ」
ローザの言葉に皆が頷いている。だけど、チャラチャラした格好は絶対に嫌だ。
「それでは、リビングにいる方々を紹介しますね。
先ずはヴィオラ騎士団長のドミニクさん。リオ公爵、実はヴィオラ騎士団の騎士なんです。勘違いなされている方が多いのですけど、こちらが騎士団長です」
ドミニクの姿がアップになって映し出される。
リポーターの問いに数回答えると、次にレイドラに画像が切り替わった。
「明日の殴り込みは中止で良いわね。まあ、これ位に撮れていれば問題ないわ」
そんなカテリナさんの言葉に全員が頷いている。
本当にやる気だったのか?
俺達が終ると画面はヴィオラ艦内に切り替わった。
クリスや待機所のアレク達が映ってる。
ベラスコが緊張で固まっているのがおもしろいな。きっと母親に連絡しているんだろうが、後で一言あるかもしれないな。
ライムさんや食堂のネコ族のお姉さん、カーゴ区画や機関区で働くドワーフの人達まで紹介している。
特番の最後は、前回の巨獣との戦いが映し出される。
巨獣の大きさに吃驚したに違いない。それを迎撃する戦姫と戦機の姿はさぞかし見ているものには頼もしく感じたろう。
「ヴィオラ騎士団の作った中継点によって大陸の西への出口が開かれたと言っても過言ではありません。そして、最近の話ではテンペル騎士団が海岸地方に中継点を作っているという事です。
つい最近のニュースで、その中継点に大量の巨獣が現れたとのことですが、3つの騎士団がこれと戦い、最後には王国第3軍の働きで撃退した模様です。
私達の暮らしの裏側で、このような熾烈な戦いが行われている事を知って頂きたく、今回の特番を組みました。
そして、騎士団の人達は、極普通の人達である事も分かりました。
最初は、ちょっと怖かったんですけどね」
そんな話で特番は終了した。
改めて、皆がワインを飲み始める。
「まあ、特に問題はなかったね」
「もうちょっと、映りが良いと思ったんだけど……」
騎士団を知らなければ、立派な騎士団の紹介映像として使えるだろうな。
やはり、その道のプロだけの事はある。
皆もとりあえずは満足しているようだ。
ドロシーが記録しているから、中には次の休暇で家族に見せる者達もいるだろう。
機密部分は全く映していないから、家族を安心させるには良い映像かも知れない。
そんなところで散会になった。
ジャグジーに向かう者、そのまま自室に戻る者と様々だ。
俺は、ライムさんにコーヒーをお代わりして、タバコに火を点けた。
まだ、カテリナさんがワインを楽しんでいる。
「カテリナさん。新型獣機のパイロットが全てトラ族と聞いたのですが?」
「そうよ。勇猛なトラ族なら最適だわ。トラ族の新たな就職口も見付かるかもしれないし……、彼らにとってもチャンスではあるわね」
カテリナさんには種族間の偏見が無い。
確かに種族が違っていても平等ではあるのだが、職場は意外と偏っている。
種族の特徴を重視しているのだろうか?
ここは、アレクに相談した方が良いと思うんだが……
ん! 俺も偏見を持っているって事か? これは、ちょっと問題だぞ。
「当然、リオ君は賛成してくれるわね?」
「まあ、トリスタンさんの推薦ですから問題はないでしょう。ですが、トラ族は騎士団に今まで係わっていなかったのではありませんか?」
「トラ族は現実主義、そして融通が利かない。その反面、正義感が全種族の中では断トツだわ。山師の集団である騎士団とはなじみが薄いのは仕方が無いわ」
良く考えてみれば、新型獣機を使う機会は救援が殆どだ。それなら、彼らトラ族の自尊心をかなり満足させる事が出来るんじゃないか?
融通が利かなくとも正義感があって、現実主義なら理想を追求するような事も無さそうだ。
ここは、彼らに賭けてみるのもおもしろいかもしれない。
「ところで、アレクの体は元通りになってるのでしょうか? 戦鬼の修理も終わって、破損した形跡すら残っていませんが、戦機はナノマシンによりある程度の自己修復が可能です。ですが人体はそうもいかないのでは?」
俺に顔を向けると、ニコリと笑みを浮かべた。
思わず背筋がゾクゾクしてきた。
「人体と戦機の違い……。その違いに疑問を持たせたのはリオ君なんだけどなぁ……。まあ、それは置いといて、アレクの方は問題ないわ。クローン培養の臓器と足の定着は昔からある技術だし、神経接続はリハビリを行うことでナノマシンが行ってくれた。
でも、リオ君が聞きたいのはそんな話じゃないのよね?」
「体の動きは、必ずしも脳が使われてはいないのではと考えています。特に戦闘時の動きは勝手に体が動くとまで言われています」
カテリナさんの笑みがますます深くなる。
それと同時に、俺に少しずつ近づいてくるんだよね。逃げた方が良いのだろうか?
「繰り返すことで条件反射的に体が動く……。その動作ができるかが聞きたかったのね? そうねぇ……。無理かな? でも、アレクのことだから克服してくれるんじゃないかしら」
やはり、瞬間的な体の動きまでは、まだ無理があるということになりそうだ。
なるべく戦鬼に搭乗して、昔の勘を取り戻してもら分ければなるまい。
「騎士である以上、戦機でランドクルーザーを守る義務がある。通常の戦闘なら問題はないけど、大型巨獣相手には前の通りとはいかないでしょうね」
「まだ大型は無理だと?」
「無理とは言わないけど、危険性が増すという感じかな」
それを無理と言うんじゃないかな?
アレクはヴィオラⅢに乗船するから、クリスにその辺りの話をしておこう。
「それより、人間と戦機の違いね。これはゆっくりと説明しないといけないわ」
カテリナさんが俺の手を握るとソファーから腰を上げる。
思わず周囲を見渡したんだけど、ライムさん達もどこかに出掛けたらしく誰もいない。
ここは黙ってお相手するしかなさそうだ。