↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神テミスの異世界補講室――その判定、もう少し詳しく説明します――  作者: Altis―法律を物語に翻訳中―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/4

【補講②:無双系令嬢】正当防衛・緊急避難・詐欺による取消し

『女神テミスの異世界審査室』の補講です。


本編でさらっと流した法律の話を、こちらではもう少しだけ詳しく。


「こういう論点もあるんだな」くらいの気持ちで、気楽にお楽しみください。





前回、佐藤君の一件で減点されたリリアは、今度こそ問題を起こさせまいと、新しい誓約書を用意しました。


ところが、今回の転生者マリアはその誓約書への署名を拒否し、転生先では騎士を殴り、王宮の窓を蹴り破り、最後には契約まで取り消しています。



……前回より大変なことになっているようにも見えます。


なのに、この結果です。



挿絵(By みてみん)



では実際のところ、どうなのか。

今回は、マリアの三つの行動を日本法の物差しでもう少し詳しく見ていきます。



《正当防衛》


見た目だけなら、一番危なそうなのがここです。


マリアは王宮の大広間で、騎士や衛兵を次々と殴り倒しています。しかし、日本法上の正当防衛は、「相手を殴った」という結果だけで決まるものではありません。


刑法36条では、急迫不正の侵害に対し、自分や他人の権利を守るため、やむを得ずにした行為について定めています。


そこで見ることになるのが、どのような侵害があったのか、何を守るための行為だったのか、そして反撃が防衛行為として許容される範囲だったのかという点です。


本編のマリアは、相手が剣を抜いた段階では自分から攻撃せず、実際に斬りかかってきた相手に反撃しています。


また、剣を捨てて降参した衛兵には振り上げた拳を止め、最初から攻撃に参加しなかった衛兵隊長にも手を出していません。


正当防衛は、実際に殴られたり斬られたりしてからでなければ認められないものではありません。侵害が差し迫っているのであれば、攻撃を受ける前でも成立する余地があります。


一方で、相手から襲われたからといって、どのような反撃でも許されるわけではありません。


現実の事件であれば、相手の攻撃の危険性、反撃の強さ、負傷の程度、その場の状況などを個別に確認することになります。


ここで、《先読み》についても触れておきます。


相手の攻撃を予測できるこの能力は、防御や危険の回避に非常に便利です。その反面、まだ危険が差し迫っていない段階で「攻撃されるはずだから」と先制したり、予測できることを理由に必要以上の反撃を加えたりする使い方も考えられます。


もっとも、《先読み》を持っているからといって、それだけで正当防衛が否定されるわけではありません。


マリアは攻撃の回避や反撃の制御に能力を使い、相手が攻撃をやめれば追撃もしませんでした。確認できた範囲では、《先読み》によって不必要な先制攻撃や過剰な反撃が生じた事情も見当たりません。


以上から、今回の行為については、正当防衛の成立を認めるに足る事情がそろっていると考えられます。


ちなみに、口が悪いからといって、それだけで正当防衛が否定されるわけでもありません。ただし、自分から争いを引き起こす目的で相手を挑発したような場合には、別の検討が必要になります。




《緊急避難》


次は、王宮のステンドグラスです。


こちらは、かなり立派な窓を普通に蹴り破っています。


ただ、その時点では広間に炎が燃え広がり、大扉には逃げようとする人々が殺到していました。ほかに使える出口はなく、窓の向こうには人のいない庭園があります。


ここで問題になるのが、刑法37条の緊急避難です。


同条は、自分や他人の生命・身体・自由・財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為について定めています。さらに、その行為によって生じた害が、避けようとした害の程度を超えていないことも必要になります。


正当防衛と似ていますが、緊急避難では、危険を避けるために別の利益を犠牲にする場面が問題になります。


例えば、人命を守る必要があったとしても、すぐ隣に安全な出口があるのなら、わざわざ窓を壊す必要があったのかという疑問が生じます。


しかし今回は、ほかに利用できる出口が見当たらず、マリアも庭園側に人がいないことを確認してから窓を蹴り破っています。


そして、もう一つ見る必要があるのが、守ろうとした利益と、生じさせた損害との関係です。


マリアが守ろうとしたのは人々の生命や身体で、壊したのは王宮のステンドグラスです。たぶん、とても高いです。


それでも、人命を守る必要性は大きく、窓を壊したことによる損害が、避けようとした害を上回っているとは考えにくいでしょう。


こうした事情から、今回の行為については、緊急避難の成立を認めるに足る事情があると考えられます。


ただし、刑法上の緊急避難が成立することと、窓の修理代などについて民事上の責任が生じるかどうかは別の問題です。今回は、そこまで審査を広げません。


それと、「高そう」は法律上の要件ではありません。




《詐欺による取消し》


最後は、鉱山に関する契約です。


前回、佐藤君が学園の入学手続で虚偽の申告をした件でも、民法96条の詐欺による取消しに触れました。今回は、もう少し具体的な契約の問題です。


王子はマリアに対し、亡き母から相続した鉱山について、「王家が管理を手伝うだけ」「婚約が解消されても権利には影響しない」と説明していました。


ところが、実際の契約書には、婚約が解消された場合、鉱山の権利を無償で王子へ移転する条項が入っていました。


しかも王子は、マリアがその条項に気づいていないことを承知したうえで署名させています。


契約の重要な内容について虚偽の説明をし、それを信じた相手が意思表示をしたのであれば、詐欺による取消しが問題になります。


では、実際に取り消した場合、その契約はどうなるのでしょうか。


民法121条では、取り消された行為は、初めから無効であったものとみなされます。また、契約に基づいてすでに財産などを受け渡している場合には、民法121条の2に基づく原状回復の問題も生じます。


今回であれば、王子へ移転した鉱山の権利をどう戻すのか、といった話です。


ただし、ここで注意が必要なのが第三者の存在です。


例えば、王子が取得した鉱山の権利を、事情を知らない別の貴族へ譲渡していたとします。


その貴族が王子の詐欺について知らず、知らなかったことについて過失もなかった場合には、民法96条3項によって保護されることがあります。


法律上、こうした第三者を「善意かつ無過失の第三者」といいます。ここでいう「善意」は、親切な人という意味ではなく、事情を知らないという意味です。


もっとも、第三者がいつ、どのように権利を取得したのかによっても、検討すべき法律関係は変わります。今回は鉱山の権利がまだ王子のところにあるため、第三者との関係までは問題になりません。


もう一つ確認しておきたいのが、取消しの方法です。


詐欺によって締結された契約だからといって、何もしなくても自動的に消えるわけではありません。


民法123条では、相手方が確定している場合、取消しは相手方に対する意思表示によって行うとされています。


本編のマリアは、王子に向かって「あの契約も取り消すから」と告げています。


つまり、婚約破棄を受け入れただけではなく、鉱山に関する契約についても、別途取消しの意思を示しています。


また、「署名したのは憑依前の人格では?」という点については、本作の世界では、憑依前後で法律上の人物は同一という設定です。そのため、今回は憑依によって契約当事者そのものが変わる問題は扱いません。


以上から、マリアが契約を取り消すために必要な事情は、今回確認できた範囲ではそろっていると考えられます。


婚約破棄そのものの法的問題については、今回の審査対象外です。そこまで始めると、本当に別の審査が必要になります。




【転生者行動審査】


ここまで三つの行動を確認してきました。


騎士や衛兵への反撃については正当防衛、王宮のステンドグラスを破壊した行為については緊急避難、鉱山に関する契約については詐欺による取消しが、それぞれ認められる事情がそろっています。


したがって、今回の転生者側の判定は三項目ともセーフ。


ALL GREENです。


王宮で人を殴り、窓を蹴り破り、契約まで取り消したマリアですが、今回確認できた事情の範囲では、いずれも問題なしという結果になりました。


もちろん、現実の事件であれば、攻撃の程度、危険の状況、契約に至る経緯などによって法的な評価は変わります。


見た目はかなり派手でしたが、それだけで結論は決まりません。




《今回の女神側》


一方、リリアが作った誓約書はどうでしょうか。


能力を付与する前に、使用条件やリスクを確認しようとした発想そのものは重要です。


ただし、そこには一方的な条件変更、異議申立ての禁止、女神側の包括的な免責など、かなり強い条項が並んでいました。


日本法に置き換えて考えるのであれば、仮に署名されていたとしても、契約の性質や適用される法律に照らし、個々の条項の効力を検討する必要があります。


もっとも、今回の転生者は署名していません。


マリアは何度も前のページへ戻りながら内容を確認したうえで、署名そのものを拒否しています。しかも、この誓約書への署名は転生の要件ではありません。


したがって、署名を拒否したこと自体を問題視する理由もありません。


そして、それ以前にもう一つ問題があります。




――その様式、決裁を受けていません。




本作の女神側の内部手続では、新しい誓約書様式を正式な業務で使用する前に、所定の決裁を受ける必要があります。


リリアは前回の反省を踏まえて内容を一生懸命考えていましたが、その手続を経ないまま、実際の転生業務で使用していました。


《先読み》については、今回確認された使用方法に問題はありませんでした。


ただ、付与する側として能力の危険性をどこまで検討し、必要な説明をしていたのかという点は、今後も確認する必要があります。少なくとも今回の使用について、《先読み》そのものを理由に減点する事情はありません。




【第2回 女神業務査定】


最後に、女神側の査定を整理します。


マリアの行動と《先読み》の使用については、今回の減点対象となる事情はありません。


一方、リリアが作成した誓約書は、正式な決裁を受けないまま実際の転生業務で使用した点が手続不備として減点対象になります。


以上を踏まえ、今回の査定は△1。累計査定は△3.5となりました。


前回の反省を生かして、事前に対策しようとしたこと自体は悪くありません。ただし、内容を一生懸命考えることと、その書類を正式な業務で使用するための手続を踏むことは、別の話です。


転生者は、ALL GREEN。




リリアは――次から、ちゃんと決裁を取ってください。


補講②は、《正当防衛》《緊急避難》《詐欺による取消し》でした。


本編ではさらっと流したところを、こちらでは少しだけ真面目に掘り下げています。


異世界の出来事を日本法の物差しで眺める補講ですので、「こういう論点もあるんだな」くらいの気持ちで楽しんでもらえたら嬉しいです。


それでは次回。


今度は、死に戻り。消えてしまった世界線をどう扱うのか、という補講です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。