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女神テミスの異世界補講室――その判定、もう少し詳しく説明します――  作者: Altis―法律を物語に翻訳中―


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【補講①:チートスキル】能力隠蔽・チャーム・コピーを日本法で考える

『女神テミスの異世界審査室』の補講です。


本編でさらっと流した法律の話を、こちらではもう少しだけ詳しく。


「こういう論点もあるんだな」くらいの気持ちで、気楽にお楽しみください。





この補講では、『女神テミスの異世界審査室』本編で扱った案件を、法律の面から少し詳しく見ていきます。


第1回で登場したのは、《能力隠蔽》《チャーム》《コピー》の三つ。


本編ではテンポを優先して省略した部分も含め、日本法を物差しにすると、それぞれどのような問題が見えてくるのかを整理していきます。


少しだけ、審査の続きをお付き合いください。



挿絵(By みてみん)



では、なぜこの判定になったのか。


一つずつ見ていきます。



《能力隠蔽》


最初の論点は、能力を隠したことそのものではありません。


問題になるのは、「虚偽の情報を正式な記録に残したこと」です。


日本法上、自分の能力や事情を、常に他人へすべて明らかにしなければならないわけではありません。


ただし、一定の情報について申告義務があり、その情報を基に相手が重要な判断をする場合には、事情が変わってきます。


作中の学園では、精神干渉系能力を保有する者に対し、その申告と在学中の封印措置を義務付けていました。


佐藤悠真はそれを知りながら、水晶に虚偽の情報を表示させ、その内容を正式な入学記録へ反映させています。


日本法に置き換えた場合、まず候補に挙がるのが、刑法161条の2の「電磁的記録不正作出・供用」です。


これは、単に電子データへ嘘を書き込めば成立する犯罪ではありません。


人の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理に用いられる権利・義務や事実の証明に関する電磁的記録を、不正に作成することなどが問題となります。


学園の入学記録がこうした電磁的記録に該当し、実際に学園側の事務処理へ用いられるものであれば、同条を検討する余地があります。


また、学園が虚偽の情報を信じて入学を認めたのであれば、民法96条の詐欺による意思表示の取消しも候補になります。


もっとも、入学許可がどのような法律関係に基づくものなのか、虚偽の申告が学園側の判断にどれほど影響したのかなど、確認すべき事情は残っています。


さらに、日本の刑法上、「電磁的記録」は電子計算機による情報処理に用いられる記録であることが必要です。


では、魔法の水晶はこれに当たるのか。


残念ながら、水晶の仕様書は提出されていません。なにしろ、魔法です。




《チャーム》


こちらで中心になるのは、「本人の自由な意思」です。


相手から自然に好意を持たれることと、外部から意思形成そのものへ干渉することは、分けて考えなければなりません。


今回の《チャーム》は、本人が望んでいなくても作用し、自分の意思では解除できない能力です。


単に「相手から魅力的に見える」ものではなく、相手の意思形成そのものを書き換える性質を持っています。


こうした干渉によって、本人の権利や法律上保護される利益が侵害され、損害が生じたのであれば、民法709条の不法行為が問題となります。


さらに、精神機能に具体的な障害を生じさせたと認められる場合には、刑法204条の傷害罪についても検討の余地があります。


より重大なのが、この能力を利用して性的な行為に及んだ場合です。


現在の日本法では、同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態にさせたり、そのような状態にあることに乗じて性的な行為をした場合、所定の要件の下で不同意わいせつ罪や不同意性交等罪が成立し得ます。


《チャーム》による精神干渉がそのような状態を生じさせているのであれば、本人が表面上は好意的な態度を示していたとしても、それだけで自由な意思に基づく同意があったとはいえません。


もっとも、本編では実際にどこまでの行為が行われたのか、また《チャーム》が本人の意思決定へどの程度影響していたのかまでは確定していません。


そのため、この点については、具体的な事情を確認したうえで判断する必要があります。


作中では、令嬢に婚約者がいたことも問題になります。


婚約も法的保護を受け得る関係であり、第三者がこれを不当に侵害した場合には、具体的な事情によって損害賠償の問題が生じる可能性があります。


ただし、婚約者がいることを知りながら親密になったというだけで、直ちに慰謝料の支払義務が発生するわけではありません。


婚約関係が実際に成立していたのか、どのような利益が侵害されたのか、佐藤悠真がその結果にどの程度関与したのかといった事情を個別に見る必要があります。


そして忘れてはいけないのが、令嬢本人も《チャーム》によって意思を操作されていることです。


意思を侵害された本人を、単純に「浮気した側」として責める話ではありません。




《コピー》


《コピー》を保留とした理由は、技術を模倣することと、法律で保護されたものを侵害することが同じではないからです。


著作権法が保護するのは、思想や感情を創作的に表現した著作物です。


アイデアや技術そのものが、そのまま著作権によって保護されるわけではありません。


例えば、相手の剣技を見て動きを覚えることと、相手が創作した具体的な表現を複製することでは、法的な評価が変わります。


作中の《コピー》は、魔法陣や詠唱だけでなく、その構築理論まで取得できる設定でした。


そうなると、魔法陣や詠唱に著作物性が認められるのか、それらを再現する行為が著作権法上の複製などに当たるのか、といった論点が出てきます。


もちろん、魔法陣や詠唱だからといって、必ず著作物として保護されるわけではありません。


仮に著作物に当たるとしても、今回の利用行為が著作権侵害となるかは、また別の検討が必要です。


さらに、コピーされた技は「一族の秘伝」でした。


日本法上の営業秘密に置き換えて考えるのであれば、秘密として管理されていること、事業活動に有用であること、公然と知られていないことという三つの要件が問題になります。


一族が代々伝えてきた秘伝だからといって、それだけで法律上の営業秘密になるわけではありません。


しかも、今回は公開の模擬戦で披露された技です。


観客が見ただけで理解できる部分については、すでに公知となっている可能性があります。一方、外から見ただけでは分からない構築理論などは、なお秘密として保護されている可能性も残ります。


仮に営業秘密に該当する情報があったとしても、《コピー》による取得や利用が不正競争防止法上の不正競争に当たるかどうかは、さらに事情を確認しなければ判断できません。


つまり、《コピー》については、現時点では分からないことが多すぎます。


問題がありそうだからという理由だけで無理にアウトとはせず、今回は保留としました。


ちなみに、「目立ちたくない」と言っていた本人が、一族秘伝を完全コピーし、本人より高い威力で撃ち返したうえ、観客席を大歓声にした件については、今回の査定対象外です。




【女神業務査定】


最後に、リリアの査定について整理します。


本作の査定は、転生者による違法行為の数を、そのまま担当女神の減点へ置き換える制度ではありません。


付与した能力の性質や予見できる危険性、事前の説明、利用上の注意なども含め、担当女神の業務そのものを評価しています。


もちろん、転生者が予想外の使い方をしたからといって、担当女神に無制限の責任が生じるわけでもありません。


今回、《能力隠蔽》では申告義務の回避に利用できる性質が、《チャーム》では他人の意思へ直接干渉できる危険性が、それぞれ問題になりました。


《コピー》の法的評価そのものは保留ですが、他人の技術・表現・秘密情報まで取得できる能力について、付与前のリスク検討や説明が十分だったのかという問題は残ります。


それらを踏まえ、今回の査定は△2.5。累計査定も△2.5となりました。



補講①は、《能力隠蔽》《チャーム》《コピー》でした。


本編ではさらっと流したところを、こちらでは少しだけ真面目に掘り下げています。


異世界の出来事を日本法の物差しで眺める補講ですので、「こういう論点もあるんだな」くらいの気持ちで楽しんでもらえたら嬉しいです。


それでは次回。


今度は、騎士を殴って窓を蹴り破った令嬢の補講です。

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