第1070話 喋った
身体はもうボロボロに見えるのに、ゆっくりとでも歩いてくるのだ。頭だけ新品、という珍妙な格好で。
それを見て、背筋がざわざわするのを感じた。
元々魔獣っていうのは、魔物以上にめちゃくちゃな生き物だ。硬いし、大きいし、なのに速いし……それに……
「ガァアアア!」
考えていたことが、目の前で現実になる。
魔獣が大きく口を開くと、そこから火の玉を吐き出したのだ。勢いよく放たれたそれは、私の方へとまっすぐ向かってくる。
やっぱり、魔法……! 魔獣は魔物が魔石を取り込んで変化した生き物だけど、魔物との一番の違いがこれだ。
魔法。そう、魔法を使うことができる。魔獣とは簡単に言ってしまえば、魔法を使う魔物なのだ。
「えーイ!」
私が対処するその前に、リーメイが水の玉を放つ。
火と水がぶつかり合い、その場で蒸発する。相性の問題があるとはいえ、魔獣の魔法と相殺するなんて……リーメイもすごい。
だけど、安心したのも束の間。先ほど同様の火の玉が、いくつも飛んでくるのだ。
「わわっ、えイ!」
驚くリーメイだけど、手のひらをかざし……水の盾を作り出す。
大きな盾は火の玉を受け止めるけど、一発一発が当たる度にジュワジュワっと音がする。
あれじゃ、盾が蒸発しちゃう……!
「この……!」
その後ろから、ガルデさんが剣を振るう。がら空きの魔獣の胴体に、剣が食い込む。
ぶしゅっ……と、血が吹き出す。それは、ガルデさんの剣が魔力強化されているおかげで威力が上がっているためだ。
フェルニンさんが、魔力で強化したのだ。魔力強化なら、別に自分の武器じゃなくったってできる。
「はぁあ!」
さらにフェルニンさんが、反対側から剣を振るう。
無防備な身体に、火の剣が食い込む……と思われた。だけど、剣は受け止められた。
魔獣の胴体から生えてきた、三本目の手によって。
「なにっ……」
まるでただれたような皮膚から、新たな手が生えてきたのだ。青黒い肌のそれは、剣を受け止め……そのまま、折ろうとしているのか力を込める。
だからフェルニンさんは、無理に抵抗するのではなく、力を流すように身を任せる。
「ちっ……」
「おりゃああ!」
リーメイ、ガルデさん、フェルニンさん。三人のおかげで、魔獣が身動きが取れなくなっている今がチャンスだ。
私は魔獣の死角となるように飛び出し、拳を身体強化する。
こいつには打撃が通用するのかわからないけど……魔法が通用するなら、この一点に魔力を込めた一撃なら、どうだ!
「ふん!」
拳を、打ち込む。胴体にめり込む拳は、確実に魔獣にダメージを与えていっていることがわかった。
このまま、動けなくなるまで……
そう思っていると……魔獣の目だけがぎょろりと動いた。白濁の瞳が、しかしこちらを睨んでいるような感覚に陥って……
「み、み……見ツ、ケタ……」
「え……」
今、確かに魔獣が喋った。鳴き声ではなく、意味のある言葉。私たちに伝わる言葉だ。
それは、聞き違いでなければ……見つけたと、そう言ったのか?
いったい、どういう……
「オ、アァアア……!」
「っ」
ダメか……まともなやり取りができそうにない。わけも分からずに叫んでいるだけだ。
「みんな離れて!」
私の声に、ガルデさんとフェルニンさんは飛ぶように下がる。私も同様に。
今の一撃、いいところに入ったししばらく動けないと思ったんだけど……そんなことはなかった。平気そうに歩いている。
口を広げている。また火の玉でも撃つつもりか……あの程度、逆に返り討ちにしてやる。
そう思っていると、信じがたい光景が広がった。魔獣の胴体に、口のようなものが次々と広がったのだ。
「わ、気持ち悪イ……」
「まさか、あれから全部……?」
魔獣なんだ、どんな異形な姿でも不思議はないけど……
胴体ってことは、胸からも腹から背中からも、その身体のあちこちに口のようなものが出現したのだ。
そして、そのすべてが大きく口を開き、魔力を溜めている。一斉に火の玉を撃つために。
一つ一つの威力は大したことなかったとしても、複数……それも無差別に撃たれてしまえば、どうなってしまうか。
しかもここは洞窟、下手なところに当たれば崩壊の危険性だってある。
「じゃあ、撃つ前になんとか……」
「任せテ!」
撃つ前に叩く。そう考えていた私だけど、リーメイが前に出る。
そして周囲の水を操り、魔獣を囲うように……ドーム状に、魔獣を覆っていた。
つまり、魔獣を水の中に閉じ込めたのだ。これなら、攻撃を放っても外に出る心配はない。
むしろ……
「ッ、グガ、ァ……!?」
放った攻撃は、外に出ずにその場で衝突、爆発するため……近くにいた自分にも被害が及ぶ。
これがもし、知性ある生き物だったら攻撃をやめるなり、なんらかの手段を取るんだろうけど……魔獣はそうもいかないようだ。
まさに自滅。ただし、複数の火の玉を浴びたことで水ドームは蒸発してしまった。
「はふゥ……な、なんとカ……」
相当の魔力を込めていたのだろう。さすがのリーメイも、少し疲れた様子だ。
だけど、このチャンスを逃す手はない。これで魔獣を倒せた、なんて油断はしない。
私は走り、魔力を練り上げる。爆風をかき分け、腕を伸ばす魔獣のそれをかわして……その喉元に、杖を突きつけた。
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