第1032話 なにかやると思ったので
……お互いにお昼の時間を終える。すでにルーランドの準備は万端のようで、にやにやと笑いながら私を見ていた。
別にいやらしい目線ではないんだけど、その笑い方やだなぁ。
私たちは、数ある訓練所の一つへ移動する。ここは主に決闘や試合を行う際に使われるようだ。
そのため、他に人はいない。
「俺としては、大多数の前であんたの膝を地に付かせたかったんだけどな」
「……すぐ決闘したいって言ったのは、キミだよ」
やる気は充分、自信も充分。なら私も、全力で応えてやろうではないか。
クレアちゃん、マヒルちゃん、そしてルーランドの側にいた男子生徒。ギャラリーはこれだけだ。
審判であるウーラスト先生。彼を中心に、私とルーランドは距離をとる。
お互いに魔導の杖を抜く。二人とも、準備はできている。
それを確認し、先生は決闘を宣言しようとして……
「ちょおっと待ったぁ!」
訓練所内に、ちょっと待ったコールが響く。みんなの視線が、一斉に動いた。
入口にいた人物は、みんなの視線を受け「ひぅっ」と肩を震わせた。そして、もう一人の背中に隠れてしまった。
そこにいたのは……
「ナタリアちゃんに、ルリーちゃん?」
ナタリアちゃん、そしてその後ろに隠れるルリーちゃんだった。
ナタリア・カルメンタールちゃん。水のような髪色をした、おとなびた女の子だ。瞳の色も似た色だけど、少しワケありだ。
そしてルリーちゃん。魔導具のフードを目深に被って銀色の髪を隠している。さっき声を上げたのはルリーちゃんだ。
それにしても、なんで二人はここに?
「ふ、ふふ……エランさんがなにか、とんでもないことをやりそうだと察したので。探し回りました……」
なにそれ怖い。
「ボクも、ルリーくんに連れられて……黒髪の女の子がどこに行ったか、って聞いてここまできたんだ」
あぁー、一年生にも伝わるなその特徴。さすがナタリアちゃん、賢い。
「なんだ、腰を折りやがって。お友達が多いんだな、先輩」
「それはキミも同じだと思うが?」
「あぁ?」
鼻で笑うルーランドに対し、ナタリアちゃんは視線をずらす。建物の外に、まだ誰かいるのだ。
その視線を受けて姿を現した女生徒に、ルーランドの表情は変わった。
「げ、カリナ」
「げ、とはなによ、アレク! なに勝手なことやってんの!」
それは、小さな女の子だった。背の高いナタリアちゃんの隣にいるから、そう見えるのかもしれないけど。
短めの赤い髪は、まるで燃える炎のようだ。性格も勝ち気なのは、すぐにわかった。同じく真っ赤な瞳は、睨まれただけでこっちまで燃えちゃいそうだ。
アレク……とは、ルーランドの愛称だろう。それに、カリナと呼んだのはあの子の名前だろう……二人は知り合いみたいだ。
「なんで、お前……」
「先輩たちにお願いして、連れてきてもらったのよ! エランって先輩に決闘を挑むんだってバカ言ってたけど……まさか、本当にこんな……」
ルーランドは、あからさまに嫌な顔をした。
こいつ、私に決闘挑むって他の人にも言っていたのか。
「さ、帰るわよ! 先輩方もご迷惑をお掛けして……」
「ざけんな! 俺はこいつをぶっ倒すんだ!」
「先輩に向かってその口の利き方!」
静かだった訓練所は、一気に騒がしくなる。
二人のやり取りを聞いていればわかるが、あの子は決闘を止めさせたい感じか。それを、ルーランドは振り切って私に会いに来た。
正直、私としてはもう準備できてるから、このまま決闘しないとなったら肩透かしなところはあるけど……
「そこまで」
パンッ、と大きな音と共に、凛と良く通る声が響いた。
ウーラスト先生が手を叩き、雑音をかき消したのだ。不思議と、それだけのことが周りを静かにさせる力を持っていた。
それから先生は、女の子を見た。
「キミは、彼の……」
「幼馴染です!」
「そうか。だが残念ながら……決闘とは、当人同士の合意の下行われる。第三者が口を挟むことは、たとえ身内であっても許されない」
……いつもは飄々とした先生の、鋭い声。それは、先ほどまで勝ち気だった少女から言葉を失わせた。
「彼が決闘を挑み、挑まれたエランはそれを受けた。この時点で、決闘は成立した……
キミは貴族の子かな?」
「は、はい……」
「ならば、決闘が貴族にとってどういう意味を持つのか、わかるはずだ」
それは別に、女の子を叱っているわけではない。むしろ優しい言葉で諭そうとしている。
けれど、女の子はしゅんとして押し黙ってしまった。
「見学するなら、構わない。席につくといい」
そう言われて、ナタリアちゃんとルリーちゃんは移動する。
女の子も遅れて、足を進めた。どうやら見学していくようだ。
クレアちゃんたちの近くに腰を下ろした。
それを確認して、先生は私たちを見た。
「中断してしまったが、再開しても?」
「問題ないです」
「あぁ」
私たちに確認してから、さらに言葉を続けた。
「それでは双方、決闘の賭けになにを望む」
決闘には、事前に相手に求めるものを決めておく必要がある。なにを賭けるか……いや、賭けさせるか。
敗者は勝者に、賭けたものを差し出す。そして、勝敗はその後にも影響する。ギャラリーが多ければ、誰が誰に負けた……と話は一気に広がるのだ。
貴族同士の決闘というものは、軽々とやるものではない。この男は、それをわかっているのかな。




