第31話 「オルド・アルカナ大闘祭」
パルとフォルトが教室を出てから、しばらくして。
シンたちは廊下を歩いていた。
「さて……これからどうする?」
「お昼まで、まだ少しあるヨ」
メイリンが辺りを見回す。
「何か面白いもの、ないかな?」
「そうですわね」
ソフィアが答えかけた時、メイリンが足を止めた。
「あれ?」
「どうした?」
「これ、何か貼ってあるヨ」
指差した先には、赤と金で飾られた大きなチラシがあった。
中央に学園の紋章。
その上に、太い文字で——
『オルド・アルカナ大闘祭』
「大闘祭……?」
シンが近づく。
チラシには開催日時や参加条件が並んでいた。
「大会のようですわね」
ソフィアが目を走らせる。
「『オルド・アルカナ学園最大の武闘行事』……」
「最大の武闘行事!?」
ウルの目が輝いた。
「絶対面白いやつじゃん!」
「魔剣士科だけの大会なのか?」
シンが尋ねる。
「学科を問わず参加できるみたいですわ」
ルキナがチラシを読む。
「条件を満たしていれば、ですけれど」
「他の学科の人も出れるんだネ! 面白そう!」
メイリンが身を乗り出す。
「なるほど、剣だけではないのね」
プルが答える。
シンはチラシを見つめていた。
剣術、武術、魔法、魔力。
それぞれの力を持つ生徒が、同じ舞台で競うらしい。
「これ、いつやるんだろう」
「10月4日ですわ」
ソフィアが日付を確認する。
「まだ先ですけれど、秋の開催なのですね。夏だと暑すぎますし、冬だと寒すぎますから」
ルキナがチラシの説明へ目を向ける。
「参加者も観客も、できるだけ快適に過ごせるよう、毎年この時期に開催されているそうですわ」
「なるほどな」
シンが頷く。
こっちに来てしばらく経つが、ここは時間の流れも季節も全て日本にいた時と同じである。
四季はもちろん、年月日も一緒だ。
「確かに、真夏や真冬に外で戦うのは大変そうだ」
シンがチラシへ視線を戻した時、プルが下の方を見て声を漏らした。
「……あ」
「どうした?」
「去年の結果が載ってる」
プルは指先で、過去の大会結果をなぞった。
そこには、こう記されていた。
優勝——ルクス・レガリア・レクス
準優勝——カルム・レガリア・レクス
「あ」
シンは名前を見て、すぐに思い出した。
「ルクスって、入学式の日にルキナが話してた従兄弟だよな?」
「……え?」
ウルが瞬きをした。
「ちょ、ちょっと待ってください」
ソフィアもチラシとルキナを交互に見る。
「……」
ソフィアが固まる。
そして、シンは二つの名前を見比べた。
「……いや待てよ、二人ともレガリア・レクスだぞ」
「はい、ルクス様とカルム様は、どちらも私の従兄弟ですわ」
「ええええええっ!?」
一同が廊下に響くほどの声を上げた。
「去年の優勝者と準優勝者が、二人ともルキナの従兄弟!? てか! この名前! 入学式の時も思ったけど、この名前! 国王と同じだよね!?」
「……!」
ソフィアが息を漏らした。
「そうですわ……私も入学式の時、もしかしたらって、思いましたけど……やはり間違いありませんわ! お顔は公表されておりませんが……おそらく、現国王陛下の……王子様達……!」
「そうですわ」
ルキナは何でもないことのように答えた。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
一同は再び声を上げる。
「カルム様はルクス様の弟、そして、ルクス様は、カルム様のお兄様、王太子殿下でいらっしゃいます」
「王太子殿下……!」
ソフィアはその言葉を繰り返した。
生徒会長。
現国王陛下の第一王子。
そして、昨年度の大闘祭優勝者。
それだけでも、十分すぎるほどの肩書きだった。
だが——
「王太子殿下が……ルキナ様の従兄弟……?」
ソフィアはルキナを見つめた。
「はい」
「ル、ルキナ様は、王太子殿下の従妹でいらっしゃるのですか!?」
「はい」
二度言った。
ソフィアの声が、廊下に響いた。
「えええええっ!?」
今度はソフィアの驚きに、メイリンとウルまで声を重ねた。
「すごいヨ!」
「ルキナって、王子様の従妹だったの!?」
「王太子殿下が……ルキナ様の従兄弟……」
「そうですわ」
三度言った。
ソフィアは完全に固まっていた。
平民出身でありながら、立派な淑女を目指しているソフィアにとって、王族は遠い存在だった。
礼儀作法の教本に記された、最上級の敬意を払うべき相手。
国の頂点に立つ王家の一員。
その人物達が、目の前にいるルキナの従兄弟だという。
「わ、私……」
ソフィアは慌てて姿勢を正した。
「ルキナ様に、今までずいぶん気安く話しかけてしまっていたのでは……?」
ルキナが目を瞬く。
「いえ、ソフィアさん。どうか今まで通りにしてくださいませ」
「ですが、王太子殿下の従妹でいらっしゃるなら、ルキナ様も王族に連なる御方ということですわよね!?」
ソフィアは混乱したように両手を胸元で組んだ。
「わ、私、そんなこととは知らずに……!」
「ソフィアさん」
ルキナが穏やかに呼びかける。
「私はもう王族ではありません。たしかに血は繋がっていますが、分家をしてますし、継承権もありません。今はただ親族関係にあるだけですもの」
「ですが……!」
「それに、私たちは同じ一年生です」
ルキナは柔らかく微笑んだ。
「身分を気にせず、これまで通り接していただけると嬉しいですわ」
「これまで通り……」
ソフィアは戸惑いながらも、ルキナの言葉を受け止めようとした。
「本当に、よろしいのですか?」
「もちろんです」
ルキナが頷くと、ソフィアはようやく少しだけ息を吐いた。
「……」
ソフィアはまだ落ち着かない様子だった。
「王太子殿下は、私たち平民にとっては、直接お目にかかることすら難しい御方ですわ。ましてや、その御方の御親族と同じ教室で学び、友人として接していたなんて……」
「身分など関係ありません」
ルキナが微笑む。
「ですから、どうかこれからも変わらずに」
「……はい」
ソフィアは深く頷いた。
「分かりましたわ。ルキナ様がそうお望みなら、これまで通り接します」
そう言ったものの、ソフィアの背筋はいつも以上に伸びていた。
「でも、ルキナ様が王太子殿下の従妹だと知ってしまうと、今まで以上に立派な淑女として振る舞わなければと思ってしまいますわ……!」
「ソフィアさんは、十分立派な淑女ですわよ」
「そ、そうでしょうか?」
「はい」
ルキナは優しく頷いた。
「身分に関係なく、相手を敬い、礼儀を大切にする心を持っている。それだけで、とても素晴らしいことですわ」
「ルキナ様……」
ソフィアは感動したように目を潤ませた。
「ありがとうございます。私、もっともっと努力して、どなたの前に出ても恥ずかしくない淑女になりますわ!」
「ソフィアならなれるさ」
シンがぼそっと呟いた。
「俺は今だって十分立派だと思うぜ」
「シンさんまで……」
ソフィアは頬を赤くした。
シンはチラシを見る。
「しっかし……まさか、去年の優勝者と準優勝者が二人ともルキナの従兄弟だとは思わなかったな……」
「はい、私もですわ……」
「なんと……」
フェリックスがチラシを凝視したまま声を上げた。
「学園最強を決める大会の頂点に立った者と、その座を争った者が、どちらもルキナの従兄弟だなんて……! しかも、国王陛下の王子殿達! なんという華麗なる血筋!」
フェリックスはチラシを胸元へ掲げ、感嘆の息を漏らした。
「ともするとルキナの剣術にも納得がいく! まさに剣の才が一族に受け継がれている証ではないか!」
「……すごいねぇ」
クロエも珍しく目を大きくしていた。
「ルクスさんとカルムさんって、そんなに強いのぉ?」
驚きながらも、クロエの関心は血筋より本人の実力へ向いているようだった。
「はい」
ルキナは少し誇らしそうに答えた。
「昔から、とても強い方々でしたわ。二人とも昔から仲が良くて、よく一緒に鍛錬していましたから」
ルキナは穏やかに微笑んだ。
「去年の決勝も、二人にとっては特別な試合だったと思いますわ」
「優勝者と準優勝者が、昔から一緒に鍛錬していた……」
シンが感心したように呟く。
「なんか、ドラマチックだな」
ルキナは少し困ったように笑った。
「ルクス様は昔から、何をしても一番でしたし、カルム様もそれに負けないくらい努力していましたから……」
ルキナは少し困ったように笑った。
「それに、二人は肩書きだけで強いわけではありませんもの」
「だろうな」
シンはチラシを見つめた。
「まぁ、二人とも、今年も出るだろうな」
「おそらく」
ルキナはチラシへ視線を戻した。
「今年は、二人にとって最後の大闘祭ですから」
「そっか三年生だもんな」
「そうですわ」
「三年生で、去年の優勝者と準優勝者……」
フェリックスが呟く。
「つまり、今年の優勝候補の筆頭!」
フェリックスはそこで一度言葉を切り、チラシを見つめた。
「いや、筆頭などという言葉では足りない! 昨年度の頂点と、その座を最後まで争った者! 今年も出場するなら、まさに大闘祭の華ではないか!」
「そうですわね」
ルキナは静かに頷いた。
フェリックスが拳を握る。
「素晴らしい……! これは我々の実力を示す絶好の機会ではないか!」
フェリックスは堂々と胸を張った。
「私は絶対出場する! 強者たちと同じ舞台に立ち、己の剣がどこまで通じるのか確かめてみせよう!」
「私も出たい!」
ウルはチラシを握りながら挙手をする。
「私も出るわ」
プルも小さく手を上げた。
「強い人たちの戦いを、遠くから見るだけじゃなくて、自分の経験にしたいから」
「私も出るネ!」
「私も!」
メイリンとウルが元気よく手を上げる。
「私も参加しますわ!」
ソフィアも続く。
ルキナはしばらく黙っていた。
やがて、チラシに記された二つの名前へ目を向ける。
「私も出ます。ルクス様とカルム様がどれほど成長したのか、今度は同じ舞台から見てみたいですわ」
「まぁ皆んな出るよな、俺も出るぜ」
シンが前へ出る。
「シンくんが出るなら、私もぉ」
クロエがそっと手を上げる。
「決まりだな」
入学して、まだ数日。
学園のことも、授業のことも、まだほとんど分かっていない。
それでも彼らは、10月4日に開催される大闘祭へ出場することを決めた。
その舞台には、前年度の優勝者と準優勝者であるルクスとカルムも立つ。
ルクスは、生徒会長であり、現国王陛下の第一王子。
そして、弟のカルム。
——オルド・アルカナ大闘祭
学園最強を決める大舞台は、10月4日向けて、少しずつ彼らの前へ近づいていた。




