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プレナ・オートマティック  作者: 右子


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第28話 「ドラゴンの目撃者」

「っと、その前に」


 アイラがにっこりと笑う。


「自己紹介……と言いたいところなんだけど」


 そう言って一枚の紙束をひらひらと揺らした。


「実はもう、みんなのことは知ってるの」


「え?」


 シンが首を傾げる。


「校長先生から名簿と顔写真をもらってるからね」


 アイラは一枚一枚確認するように眺める。


「えっと……ルキナ・アルテシアさん」


「はい」


「フェリックス・ルージュくん」


「はい!」


「プル・プルプラさん」


「はい」


「メイリンさん」


「はいっ!」


「ウルさん」


「はいっ!」


「ソフィア・ベルモントさん」


「はい!」


「クロエ・アビスさん」


「はぁい」


「ヤマト・シンくん」


「はい!」


「うん、全員いるね!」


 名簿を閉じ、満足そうに頷いた。


「だから自己紹介は省略!」


 シンは少し笑う。


「便利ですね」


「でしょ?」


 アイラも笑い返した。


「先生たちも、事前にみんなのことを少しだけ勉強してるんだから」


「知らなかった……」


 ウルが目を丸くする。


「さて」


 アイラは教卓へ軽く腰を預ける。


「改めて、私はアイラ・フェンリル。魔物学を担当してるわ。昔は王国魔物保護局で魔物の研究をしていたの」


「研究員だったんですか?」


 ソフィアが驚く。


「うん! 毎日森へ入って、魔物を観察してたよ」


 その瞬間——

 アイラの目がきらりと輝く。


「いやぁ、あの頃は本当に楽しかったなぁ! 魔物って種類ごとに生活も違うし、食べ物も違うし、子育ての仕方も違うし、それがもう面白くて面白くて! 大きな群れを何週間も観察したこともあったし、子どもが初めて歩く瞬間も見たし、巣作りなんて——」


「先生」


 ルキナが苦笑する。


「少し早口になっていますわ」


「……あっ」


 アイラは頬を赤らめた。


「ご、ごめんね!」


 教室に笑いが広がる。


「でもね」


 アイラは少し寂しそうに微笑む。


「年々、魔物は少なくなってきているの」


「そうなんですか?」


 シンが尋ねる。


「うん」


 アイラは静かに頷く。


「私が小さい頃は、まだいろんな魔物に出会えた。でも最近は、人里の近くで見かけることはほとんどないの。ここ数年で魔物の数は激減したわ」


「……」


 シンはこの世界へ来てからを思い返す。


(たしかに最初に見たドラゴンと変な鳥の群れと、このフェンしか見てないな……)


「どうして減ったんですか?」


 プルが尋ねる。

 アイラは少しだけ表情を引き締める。


「きっかけは100年前。魔王が復活してからよ」


 教室が静まり返る。


「魔王軍の魔族たちが各地を支配するようになって、魔物たちも住処を追われたり、縄張りを失ったりしたの。だから今、人類が最も警戒している敵は魔物ではない」


 一呼吸置く。


「恐れるものは魔王軍に属する魔族。それでも……」


 アイラは肩に乗るフェンを優しく撫でる。


「魔物を知らなくていい理由にはならない。魔剣士になるみんなには、戦う相手だけじゃなく、この世界で生きる命についても知ってほしい」


 アイラは優しく微笑んだ。


「それじゃあ、授業始めよっか」


アイラは黒板へ「魔物」と大きく書く。


「それじゃあ、みんなに質問!」


 チョークを置き、教室を見渡した。


「フェン以外で、実際に魔物を見たことがある人!」


 ぱらぱらと手が挙がる。


「はい!」


 ルキナが手を挙げる。


「小さい頃に何度か遭遇したことがあります」


「私もネ!」


 メイリンが元気よく手を挙げる。


「村の近くにいた小さな魔物なら!」


「私もあります」


 ソフィアも続く。


「ですが、どれも危険度の低い魔物でした」


「そうそう」


 アイラは頷く。


「みんなが見たことあるのは、比較的安全な魔物が多いと思う」


 フェンを優しく撫でながら微笑む。


「シン君は?」


「え?」


 突然名前を呼ばれ、シンは少し考える。


「魔物かは分からないですけど、空を飛ぶ鳥の群れを見ました」


「鳥?」


 アイラの目が輝く。


「どんな鳥だった?」


「えっと……」


 シンは記憶を辿る。


「普通の鳥よりずっと大きくて。羽は青っぽくて。くちばしが長くて。群れで飛んでいました」


「あぁ!」


 アイラがぱんっと手を叩く。


「それなら間違いなくスカイレイヴンね!」


 チョークを取り、黒板へ名前を書く。


『スカイレイヴン』


「空を群れで移動する飛行型魔物よ。見た目は鳥に近いけど、立派な魔物。性格は比較的大人しいから、人を見つけても襲うことは少ないの」


「へぇ……」


 シンは感心する。


「じゃあ、あれも魔物だったんですね」


「うん!」


 アイラは嬉しそうに頷く。


「あっ、あと」


「ん?」


 アイラが首を傾げる。

 シンは教室の壁へ飾られた一枚の絵を指差した。

 巨大な翼。

 漆黒の鱗。

 長い尾。


「あれです。ドラゴン」


「…………」


 教室が静まり返る。

 アイラの笑顔も固まった。


「……え?」


 聞き間違いかと思った。


「今、何て言った?」


「ドラゴンです」


 シンは教室の壁へ飾られている一枚の絵を指差す。


「あれみたいなやつを見ました」


 アイラは勢いよく教卓へ手をついた。


「どこで見たの!? いつ!? どれくらい大きかった!? 色は黒!? 赤!? 白!? 角は何本!? 翼は!? 鳴いた!? 火は吐いた!?」


「先生!」


 メイリンが吹き出す。


「また早口になってるヨ!」


「あっ……!」


 アイラはハッとして咳払いをする。


「ご、ごめん!」


 頬を赤く掻きながら苦笑した。


「ドラゴンって聞くと、どうしても興奮しちゃって……ごめんなさい」


 シンも苦笑する。


「でも、一回しか見てないですし、あんまり覚えてないんです」


「そう……」


 アイラは少しだけ肩を落とした。


「残念……」


 それでもすぐに表情を引き締める。


「でも、生きたドラゴンを目撃したなんて、本当に貴重な経験よ」


「先生でも見たことないんですか?」


 フェリックスが尋ねる。

 アイラは静かに首を横へ振った。


「研究員だった頃も、一度も生きたドラゴンには出会えなかった。痕跡や抜け落ちた鱗は見つけたことがある。でも、生きて空を飛ぶ姿は、一度も見たことがないの……」


 シンは壁のドラゴンの絵を見つめる。


(あの時は、ただ『すげぇ』って思っただけだったけど……そんなに珍しい存在だったんだな)


「どこで見たの?」


「えっと……」


 シンは少し考える。


「アルカナ王国から少し離れた山の方です。一年くらい住んでいた洞窟があって。その近くの空を飛んでました」


「……!」


 アイラの表情が変わる。


「アルカナ王国の外れ……」


 腕を組み、何か考え込む。


「山岳地帯……」


「その辺りなら、確かにドラゴンがいても不思議じゃないわ」


「本当ですか?」


 シンが尋ねる。


「ええ」


 アイラは静かに頷く。


「ドラゴンは高所を好む種類が多いの。人里へ降りてくることは滅多にないけれど、山脈には今でも生息しているという報告があるわ」


「じゃあ俺が見たのも……」


「十分あり得る」


 アイラは窓の外を眺める。


「今度、あの辺りを調査してみようかしら」


「え?」


 シンが驚く。


「研究者の性ってやつよ」


 アイラはいたずらっぽく笑う。


「気になることは、自分の目で確かめたくなっちゃうの」


「さすが先生ですわ」


 ルキナが感心したように頷く。


「ふふっ」


 アイラは嬉しそうに笑うと、黒板へ向き直った。


「さて、授業に戻ろう!」


 チョークを手に取り、『魔物の分類』と大きく書く。


「魔物は大きく分けると四つの系統に分類されるわ。獣型。飛行型。昆虫型。そして竜型」


 黒板へ図を描きながら説明を続ける。


「生息地も、行動も、弱点も全部違う。だから相手を知らずに戦うのは、とても危険なの」


 シンは真剣な表情でノートを取る。

 ルキナも、フェリックスも、全員がアイラの話へ耳を傾けていた。

 フェンは教卓の上で丸くなり、時折「クゥン」と鳴きながら授業を見守っている。

 穏やかな時間は、あっという間に過ぎていった。


 キーンコーンカーンコーン


 授業終了を告げる鐘が校舎へ響く。


「あら、もう終わり?」


 アイラは少し残念そうに時計を見る。


「話したいこと、まだまだあったのになぁ」


 生徒たちから小さな笑いが漏れる。


「今日はここまで!」


「次回は実際に学園で飼育している魔物たちを見に行くから、楽しみにしていてね!」


「はい!」


 8人の声が揃う。

 フェンも元気よく鳴いた。


「クゥン!」


 アイラは優しくフェンを抱き上げる。


「じゃあ、また次の授業で!」


 そう言って笑顔で手を振る。

 シンはノートを閉じながら、ふと窓の外へ視線を向けた。


(ドラゴンか……また会う日なんて、来るのかな)


 そんなことを思いながら、シンは静かに席を立った。

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