第27話 「魔物学」
「さて!」
張り詰めた空気を変えるように、ピエトロが両手を叩いた。
「今日の剣術学はここまで! ナギサ先生、ありがとう!」
ナギサは小さく頷く。
「……ああ」
「次回からは一人ずつしっかり見てもらうからね! 覚悟しておいて!」
「はい!」
八人が元気よく返事をする。
ナギサはそれを静かに見渡すと、ほんの少しだけ口元を緩めたようにも見えた。
「鍛錬を怠るな」
短く言い残し、木刀を元の場所へ戻す。
シンはその背中を見送った。
(やっぱり……すごい先生だ)
キーンコーンカーンコーン
チャイムが実習場へ響き渡る。
「おっと!」
ピエトロが時計を見る。
「もうすぐ四時間目だ! 次は魔物学! 移動教室だよ!」
「移動教室?」
シンが首を傾げる。
「そう!」
ピエトロは実習場の出口を指差した。
「魔物学は専用教室があるんだ! さぁ、みんなついておいで!」
八人は実習場を後にし、校舎の廊下を歩いていく。
窓の外では他学科の生徒たちも授業を受けており、魔法を打ち合う音が聞こえてくる。
「この時間は魔導科も実技みたいネ」
メイリンが外を眺める。
「賑やかですわ」
ソフィアも微笑んだ。
「魔物学って何するんだ?」
シンが尋ねる。
「魔物の特徴や生態を学ぶ授業みたいですわ」
ルキナが答える。
「戦うだけではなく、魔物を知ることも魔剣士には必要ですから」
「なるほど」
「知らない魔物と戦えば、生き残る確率は下がりますし」
「確かにな」
シンは素直に頷いた。
しばらく歩くと、一つの教室の前でピエトロが立ち止まる。
扉には——
『魔物学教室』
と書かれていた。
「みんなは先に入ってて! 先生を呼んでくるね!」
ピエトロは笑顔で廊下の奥へ走っていく。
「相変わらず忙しそうだな」
シンが苦笑する。
「でも楽しそうですわ」
ルキナも少し笑った。
八人は教室へ入る。
普通の教室とは少し違っていた。
壁には様々な魔物の絵や骨格標本。
大陸各地の地図。
巨大な角や牙まで飾られている。
「すごっ!」
ウルが声を上げる。
「博物館みたいネ!」
メイリンも興味津々だった。
シンは一枚の絵へ近付く。
巨大な竜。
全身を黒い鱗で覆われた魔物だった。
「ドラゴン……」
その時。
ガラッ
教室の扉が開く。
「みんな、お待たせ!」
ピエトロが笑顔で入ってくる。
「紹介するね! 今日から魔物学を担当する先生! アイラ・フェンリル先生!」
その後ろから、一人の女性が教室へ入ってきた。
鮮やかな赤いポニーテール。
金色の瞳。
白衣の上から羽織った深緑のローブ。
体にぴったりとした動きやすい服装で、すらりと伸びた脚が大胆に露出しており、腰には小さな革袋がいくつも付けられている。
さらに首や腕には、不思議な紋様が刻まれたお守りが幾つも揺れていた。
そして——その肩には、小さな青い狼のような魔物がちょこんと乗っていた。
「わぁ……!」
ウルが目を輝かせる。
「ちっちゃくてかわいい……!」
「ほんとネ!」
メイリンも身を乗り出す。
「ぬいぐるみみたいですわ……!」
ソフィアも思わず頬を緩めた。
フェンはくりっとした瞳でみんなを見回し、ふわふわの尻尾をぱたぱたと振っている。
「クゥン♪」
甘えるような鳴き声に、教室の空気が一気に和んだ。
「大丈夫、大丈夫」
アイラは優しく笑った。
肩の魔物をそっと撫でる。
「この子はとってもおとなしい子だから安心してね」
「ほ、本当ですか……?」
ソフィアが恐る恐る尋ねる。
「うん!」
アイラはにっこり笑う。
「むしろ甘えん坊さんかな?」
フェンはその言葉に応えるように、アイラの頬にすりすりと顔を寄せた。
「かわいい〜!」
メイリンが目を輝かせる。
クロエも珍しく興味を示し、フェンをじっと見つめている。
「この子はフェンっていうの」
青い小狼は「クゥン!」と元気よく鳴いた。
「かわいいー!」
ウルが思わず声を上げる。
教室のあちこちからも「かわいい……」「癒される……」といった声が漏れた。
「でもね」
アイラの表情が少しだけ真剣になる。
「魔物は可愛いだけじゃない」
教室が静かになる。
「この子のお父さんは、王国騎士団の部隊を壊滅寸前まで追い込んだ、とても強い魔物なの」
「えっ……」
シンたちは思わずフェンを見る。
フェンは無邪気に尻尾を振っていた。
そして、ピエトロは授業の邪魔にならないよう、ゆっくりと教室を出ていった。
「だから魔物学はね」
アイラは優しく微笑む。
「倒すためだけの授業じゃない。魔物を知ること。魔物を理解すること。それが、みんな自身の命を守ることにも繋がるの」
穏やかな声だった。
だが、その言葉には元魔物研究員として積み重ねてきた経験の重みが感じられた。
「それじゃあ——」
アイラは教卓へ立ち、小さく笑う。
「魔物たちの世界を、一緒に学んでいこうか!」
こうして、四時間目。
魔物学の授業が始まった。




