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プレナ・オートマティック  作者: 右子


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第26話 「世界で唯一の魔剣士」

 教室を出た八人は、ナギサとピエトロの後ろを歩いていた。

 校舎を抜け、石畳の道を進む。

 やがて、大きな建物が見えてきた。

 入口の上には金色の文字が刻まれている。


『魔剣士科実習場』


「ここが……」


 シンは思わず見上げる。


「実習場か」


 ナギサが扉を開く。


 ギィ……


 中へ入ると、そこには広大な空間が広がっていた。

 地面は踏み固められた土。

 壁際には何本もの木刀や木剣、盾が整然と並べられている。

 木人や藁束が等間隔に設置され、奥には模擬戦用と思われる円形の訓練場まで備えられていた。


「広っ!」


 シンが声を上げる。


「すごいネ!」


 メイリンも目を輝かせる。


「本格的ですわ……」


 ソフィアも辺りを見回した。


「ここなら思う存分剣を振れそうだ」


 フェリックスは嬉しそうに笑う。

 ピエトロは満足そうに頷いた。


「その通り! ここは魔剣士科専用の実習場だ! 一年生から三年生まで、みんなここで腕を磨くんだよ!」


「へぇ……」


 シンは木人へ近付き、軽く叩いてみる。

 かなり頑丈に作られていた。


「では」


 ナギサが静かに口を開く。


「始める」


 短い一言。

 それだけで全員が自然と姿勢を正した。


「剣は力任せに振るものではない」


 ナギサは木刀を片手に持つ。


「速く振ろうとするな。強く振ろうとするな。無駄を削れ」


 そう言うと、ナギサはゆっくりと木刀を構えた。

 特別な構えには見えない。

 ただ自然に立っているだけ。

 だが次の瞬間。


 ヒュン——ッ


 空気を裂く鋭い音が走る。

 遅れて、バサリ、と乾いた裂断音。


「……え?」


 シンは目を見開く。

 ナギサは一歩も動いていない。

 ただ木刀を振っただけ。

 それなのに、数メートル先の藁束が斜めに崩れ落ち、細かな藁がぱらぱらと舞った。


「今……剣を振ったのか?」


「えぇ、早すぎますが」


 ルキナも静かに答える。

 だがその目は真剣だった。


「……見えなかった」


 シンは思わず呟く。

 ナギサはゆっくりと木刀を下ろす。


「見えた者はいるか」


 誰も答えない。

 ルキナだけが少しだけ眉を寄せた。


「……わずかに」


「そうか」


 ナギサはそれだけ言った。


「剣は振る直前に決まる。足。腰。肩。腕。視線。呼吸。全てが一つでも乱れれば、刃は鈍る」


 言葉は短い。

 だが、一つ一つが鋭く胸へ届く。

 フェリックスは、じっとナギサを見ていた。

 瞳が輝いている。

 ただ感心しているだけではない。


 『戦いたい』


 その感情が、表情に滲んでいた。


「先生」


 フェリックスが一歩前へ出る。


「何だ」


「ぜひ、私と一戦お願いしたい」


 実習場の空気がぴたりと止まる。


「おいおい、いきなりかよ」


 シンが呟く。

 しかし、フェリックスは真剣だった。


「今の剣を見て、黙っていられるほど私は落ち着いた男ではない。美しい剣だ。だからこそ、感じてみたい」


 ナギサはフェリックスを見る。


「……」


 断ると思った。

 だが、ナギサは静かに木刀を構え直した。


「いいだろう」


「ありがとうございます!」


 フェリックスは嬉しそうに笑い、木剣を手に取る。

 ピエトロが少しだけ目を細めた。


「フェリックス君」


「はい!」


「無茶はしないようにね」


「もちろんです!」


 返事だけは良かった。

 シンたちは円形の訓練場の外へ下がる。

 中央に立つのはナギサとフェリックス。

 フェリックスは木剣を構えた。

 その姿勢は美しい。

 背筋は伸び、足運びにも無駄がない。

 いつもの軽薄さは消えていた。

 シンはその構えと姿勢だけでフェリックスの強さを感じとった。


「……フェリックスって、ちゃんと強いんだな」


 シンが思わず呟く。


「当然ですわ」


 ルキナが静かに言う。


「魔剣士科へ入れる者が、弱いはずありませんわ」


 ナギサもフェリックスを見て、ほんのわずかに目を細めた。


「悪くない」


「光栄です!」


 次の瞬間。


 ドンッ


 フェリックスが一気に踏み込んだ。

 風を切る音と共に、赤い髪が弧を描く。


 カンッ!!


 鋭い衝突音が響く。

 ナギサは最小限の動きで受け止めた。

 だがフェリックスは止まらない。


 カカンッ


 ギィンッ!


 連続する打撃音。

 上段から振り下ろし、すぐさま横薙ぎへ移行。

 足を滑らせるように回り込み、突きが一直線に伸びる。

 空気を裂くヒュッという音が連続し、砂埃がふわりと舞い上がる。

 斬り返し、体を捻りながらの一撃が、弧を描いて迫る。

 まるで舞踏のような連撃。

 だが一つ一つが鋭く、重い。


「すげぇ……!」


 シンが目を見開く。

 フェリックスの剣は派手だった。

 けれど、ただ派手なだけではない。

 しっかりと基礎があり、そこに華やかさが乗っている。

 ナギサはその全てを、紙一重でいなし続ける。

 コン、と軽く弾く音。

 スッ、と滑るような回避。

 足音すらほとんど響かない。

 ただ、必要な分だけ動いている。


「まだ行きます!」


 フェリックスの木剣に赤い魔力が灯る。

 ジジッ、と熱を帯びた音が空気を焦がす。


「クリムゾン・ブレード!」


 ブォンッ!


 赤い斬撃が弧を描いて飛ぶ。

 ナギサの頬をかすめ、背後でドゴッと鈍い音。

 木人が深く抉れ、木片が飛び散った。


「おおっ!」


 メイリンが声を上げる。


「技だ!」


 ウルも目を輝かせる。

 ナギサは静かにフェリックスを見る。


「今のは……牽制です!」


 フェリックスが笑う。

 その足元に赤い魔力が広がる。

 じわり、と地面を染めるように。

 まるで薔薇の花弁が咲き広がるようだった。


「バーニング・ローズ!」


 ザッ


 体を軸に回転。

 ヒュルルッ、と風を巻き込みながら、赤い魔力が花弁のように散る。

 それが一瞬で刃へと変わり、四方からナギサへ襲いかかる。


 シュンッ、シュバッ、シュババッ!


 連続する斬撃音。

 空気が裂け、熱が走る。


「きれい……」


 ソフィアが思わず呟く。

 美しい。

 だが危険だった。

 見た目の華やかさとは裏腹に、一撃一撃が鋭い。

 ナギサは初めて一歩下がった。

 ザッ、と土を踏む音。

 その黒い瞳に、わずかな興味が宿る。


「……」


 木刀がわずかに動く。


 カン、カン、カンッ!


 全てを弾き、受け流す。

 ほんのわずかに間合いが広がった。


「努力したな」


「当然です!」


 フェリックスは笑った。


「私は美しいものが好きだ! そして! 努力する自分もまた美しくて好きだ!」


「……そうか」


 ナギサは短く返す。

 次の瞬間。

 空気が変わった。

 ピタリ、と音が消える。

 ナギサの手が、腰の刀へ伸びる。

 木刀ではない。

 本物の刀。

 鞘に収まった刃へ、指が触れた瞬間——

 キィン……と、かすかな金属音が響いた気がした。


「……っ」


 シンは息を呑んだ。


(何か来る……!)


 ナギサの周囲に、淡い光が揺らめく。

 月の光のような淡い銀色。

 そして、朝日にも似た黄金色。

 二つの輝きがぶつかり合うように重なった瞬間、空気が爆ぜた。

 ビリ、と肌を裂くような圧。

 地面の砂がわずかに浮き上がり、見えない衝撃波が実習場を駆け抜ける。


「……!」


 ルキナが息を呑む。

 その頬を、見えない刃が撫でたかのように冷たい汗が伝った。


「この魔力は……」


 フェリックスの笑みが消える。

 本能が叫んでいた。

 ——逃げろ、と。

 ナギサの親指が、刀の鍔を静かに押し上げる。


 カチリ——


 ほんの数センチ。

 だがそのわずかな抜刀と同時に、空気が裂けた。

 シュン、と耳鳴りのような音。

 見えない斬撃が周囲を薙ぎ払うかのように、圧力が一気に膨れ上がる。

 ピシリ、と張り詰めるどころではない。

 まるで巨大な刃の中に閉じ込められたかのような錯覚。

 シンは思わず木刀を握り締めた。

 指先が白くなるほどに。


(何だ、この感じ……)


 喉が締め付けられる。

 肺が空気を拒絶する。


(息が……重い)


 ナギサは静かに呟く。


「——」


 その声が発せられる前に、空気がさらに震えた。

 技名が放たれれば、何かが終わる。

 誰もが直感していた。

 その瞬間——


「ナギサ」


 穏やかな、それでいて有無を言わせぬ声が響いた。

 ピエトロだった。

 その一言が、張り詰めた空間に楔のように打ち込まれる。


「そこまで」


 ナギサの動きが止まる。

 刀身が、わずかに震えた。

 数秒の沈黙。

 張り詰めた糸が、今にも切れそうな緊張。


「……」


 やがて静かに刀を鞘へ戻した。


 カチリ


 その音と同時に、圧力が霧のように消え去る。

 重かった空気が一気に軽くなり、誰もが無意識に息を吐いた。


「使うつもりはなかった」


 ナギサがぽつりと呟く。


「いやいや」


 ピエトロは苦笑した。


「今、技名を言いかけてたよね?」


「……」


 ナギサは何も答えない。

 その沈黙が答えだった。


「もう」


 ピエトロは肩を竦める。


「君は昔から加減が苦手なんだから」


 ナギサは少しだけ視線を逸らす。


「……すまない」


 その言葉は、どこか照れくさそうだった。

 フェリックスは木剣を下ろし、大きく息を吐いた。


「……完敗です。ですが」


 ゆっくりと笑みを浮かべる。


「ますます先生と戦いたくなりました」


 ナギサは小さく頷く。


「いい目だ。鍛錬を続けろ。今のお前なら、さらに強くなれる」


 その一言だけだった。

 フェリックスは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます!」


 シンはその姿を見つめながら思う。


(フェリックスって……軽い奴かと思ってたけど。ちゃんと努力して、ちゃんと強いんだな……)


 ナギサは全員を見渡す。


「今日はここまでだ。次回から、一人ずつ剣を見ていく。覚悟しておけ」


 静かな一言。

 それだけで、八人の表情が引き締まった。

 そして、シンはナギサを見る。


(にしてもさっきのは一体……)


 シンはゆっくり息を吐いた。

 さっきまで実習場を包んでいた、あの異様な圧迫感。

 あれは今まで感じたことのない魔力だった。


「校長先生……」


 シンが恐る恐る口を開く。


「さっきの別の魔力が混ざり合うような……あれは何だったんですか?」


 ピエトロは少しだけ困ったように笑う。


「見えちゃったか。まぁ、隠しても仕方ないね」


 頭を掻きながら、小さくため息をつく。

 ナギサは黙ったまま立っている。

 ピエトロは全員を見渡した。


「本当はね。この話は、もう少し後の授業でする予定だったんだけど」


 ナギサは黙ったまま立っている。

 止める様子もない。

 ピエトロは八人を見渡した。


「皆んなはさっきの歴史の授業で、エト・ケトラがアルカナを作ったって話は覚えているかな?」


 全員が頷く。


「でも、まだ話していないことがある」


 ピエトロは人差し指を立てた。


「アルカナはね。基本的に、一人につき一つしか宿らない」


 シンが目を丸くする。


「一つだけなんですか?」


「そう」


 ピエトロは頷く。


「そして、もう一つ。アルカナには、番号だけじゃなく、それぞれ固有の名前が付いている」


「名前?」


 ウルが首を傾げる。


「そう。番号で呼ぶ人が多いけど、本来ちゃんとした名前が付いているんだ」


 ピエトロはそう言うと、静かにナギサへ視線を向けた。


「そして、一つだけとは言ったけど、例外が、一人だけいる」


 実習場が静まり返る。


「そう。ナギサ先生は。世界で唯一。二つのアルカナを持つ人間なんだ」


「「「「えぇぇぇぇぇっ!?」」」」


 シンたちは思わず声を上げた。

 フェリックスも驚きを隠せない。


「二つ……そんなことが……」


 ピエトロは静かに頷く。


「一つは『月』。もう一つは『太陽』。二つのアルカナを宿す、世界で唯一の魔剣士だ」


 シンはナギサを見る。

 黒髪の青年は何も誇ることなく、静かに立っているだけだった。


「……」


「面倒な体質だ」


 ナギサは小さく呟く。

 その言葉に、ピエトロは苦笑する。


「ははっ。本人はそう言うけどね。それでも、この世界で唯一無二の力なのは間違いない」


 シンは改めてナギサの背中を見つめた。


(二つのアルカナ……ナギサ先生は、一体どれだけ強いんだ……)


 誰も、その答えを知らなかった。

 黒髪の青年は、何も語らない。

 ただ、静かに、前だけを見つめていた。

 その背中が、先ほどまでよりもずっと大きく見えた。

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