表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プレナ・オートマティック  作者: 右子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/30

第25話 「剣術学」

 レオンが教室を出て行き、重たい扉の音が、やけに大きく耳に残った。

 静寂が教室を包み込み、誰一人として口を開かない。

 先程まで教室を支配していた張り詰めた空気だけが、その場へ残っていた。

 まるで見えない糸で全員の呼吸が縛られているかのように、誰も動けない。


「……」


 数秒後。

 シンがゆっくり口を開く。

 喉がわずかに乾いているのを感じながら。


「……終わった?」


「終わりましたわね」


 ルキナが小さく息を吐く。

 その吐息は、張り詰めた空気をほんの少しだけ緩めた。


「はぁぁ……」


 ウルが胸を押さえた。

 心臓の鼓動がまだ早い。


「緊張したぁ……」


「怖かったネ〜!」


 メイリンも苦笑する。

 肩をすくめながら、どこか楽しそうでもあった。


「でも、すごく強そうでした」


 ソフィアはレオンが立っていた教壇を見る。

 そこにはもう誰もいないのに、まだ彼の存在が残っているような気がした。


「強そう、じゃないな」


 プルが静かに言った。

 その声には確信があった。


「間違いなく強い」


「うむ」


 フェリックスも珍しく真剣な表情で頷く。

 いつもの軽さは影を潜めていた。


「……だな」


 シンも思わず頷いた。

 肌で感じた圧が、まだ消えていない。


「剣を振っただけで、戦ってるところなんて見せてないのにな。なんか……勝てる気がしねぇ」


「私もネ!」


 メイリンが笑う。

 だがその笑いの奥には、ほんの少しの畏れが混じっていた。


「でも、もしかしたら優しい先生なのかもしれませんわ」


 ソフィアがぽつりと呟く。


「え?」


 シンが振り向く。


「戦場の厳しさと、そこで生き残るための技術を教えてくれてましたし」


「……確かに」


 シンはレオンの言葉を思い返す。


『どう戦えば、生き残れるかだ』


『才能だけで生き残れるほど、戦場は甘くねぇ』


 決して励ますような言葉ではない。

 むしろ現実を突きつける冷たい言葉だ。

 それでも、不思議と胸へ残っていた。

 重く、しかし確かな重みを持って。


「……」


 クロエは机へ突っ伏したまま、小さく呟く。

 頬を机に押し付けたまま、目だけを半分開けている。


「眠かった……」


「ちゃんと聞いてたのか?」


「……半分くらい」


「半分かよ」


 思わずシンが笑う。

 その笑いにつられるように、教室にも小さな笑いが広がる。

 張り詰めていた空気が、ようやく少しほどけた。

 またしても早めに授業が終わってしまい、自由な時間が余る。


 ——しばらく時を過ごし


 キーンコーンカーンコーン


 再び休憩終了の金が鳴った。


 ガラッ


 教室の扉が開く。


「はい!」


 明るい声と共に入ってきたのはピエトロだった。

 先ほどまでの重苦しさとは対照的な、軽やかな空気をまとっている。


「休憩終了! 三時間目を始めよう! 次はいよいよ剣術学だ!」


 フェリックスの目が輝く。

 まるで子供のように期待に満ちていた。


「待っていました!」


「ふふっ」


 ピエトロは楽しそうに笑う。


「次の先生は少し変わっているよ。まぁレオンもだけど……でも! とても頼りになる先生だよ!」


 そう言って一歩横へ避ける。


「紹介しよう! 剣術学担当——ナギサ・アカツキ先生だ!」


 静かに、一人の青年が教室へ入ってきた。

 黒髪がさらりと揺れる。

 光を受けてわずかに艶を帯びていた。

 整った顔立ち。

 無駄のない輪郭は、どこか彫刻のような静けさを持つ。

 切れ長の黒い瞳。

 その奥には、底知れない深さがあった。

 黒を基調とした着流しのような服装に、腰には一本の刀。

 年齢はシンたちとそう変わらないように見える。

 しかし、その纏う空気だけはまるで別物だった。

 静かで、鋭く、そして揺るがない。

 教室が自然と静まり返る。

 誰も命じられていないのに、息を潜めてしまう。


「……」


 ナギサは誰にも視線を向けず、ゆっくりと教壇まで歩く。

 足音はほとんどしない、音が消えているかのようだった。

 それなのに、一歩進むごとに存在感だけが増していく。

 まるで空間そのものが彼に引き寄せられているように。


(……何だ)


 シンは目を細めた。


(この妙な親近感は……)


 胸の奥がわずかにざわつく。

 理由の分からない既視感。

 不思議な感覚だった。

 すると、ナギサがほんの一瞬だけシンへ視線を向ける。

 黒い瞳が、鋭く静かにシンを捉えた。


「……」


 それだけ。

 すぐに前を向いた。


(ん? 今……俺を見た?)


 シンが首を傾げる。

 ほんの一瞬だったが、確かに視線が交わった気がした。


「相変わらず無口だねぇ」


 ピエトロが笑う。


「……うるさい」


 ナギサは短く返した。

 声は低く、抑えられているが、芯が通っている。


「あはは!」


 ピエトロは楽しそうに笑う。

 そのやり取りだけで、生徒たちは2人が気心の知れた仲であることを感じ取った。

 ナギサは黒板へ向かう。

 チョークを取り、静かに書いた。


 『剣術学』


 白い粉がわずかに舞う。

 その動作すら無駄がない。

 チョークを置く。

 振り返る。


「ナギサ・アカツキだ。今日から剣術学を担当する。よろしく頼む」


 それだけだった。


「……」


「……」


「先生達、自己紹介短すぎるヨ!」


「あははは! 本当にね!」


 ピエトロは肩を震わせながら笑う。


「二人とも昔からこうなんだよ!」


 ナギサは気にする様子もなく教卓の横へ立て掛けられていた木刀を一本手に取る。

 その動きは滑らかで、音すら立てない。


「剣は」


 静かに口を開く。


「見て覚えるものだ」


 その一言だけ告げると、木刀を軽く構えた。

 力みはない。

 肩も腕も、余計な緊張が一切ない。

 隙もない。

 どこから攻めても通じないような、完成された構え。

 ただ立っているだけ。

 それだけなのに、誰も目を離せなかった。

 空気が張り詰める。

 まるで見えない刃が教室全体を覆っているかのようだった。

 シンは無意識に息を呑む。


(レオン先生とは……また全然違う)


 レオンは戦場を教える男だった。

 血と死の現実を突きつける存在。

 だが目の前の青年は違う。

 剣そのものが立っているようだった。

 人ではなく、一本の完成された刃。


「全員」


 ナギサが木刀を肩へ担ぐ。

 その仕草すら無駄がない。


「魔剣士科実習場へ向かう。教室で教えられることは少ない」


 そう言って踵を返す。

 迷いのない動きで扉へ向かう。

 ピエトロが満足そうに笑った。


「さぁ! 君たちも続こう! さっそく本格的な実技の始まりだ!」


 シンは木刀を手に取り、静かに立ち上がる。

 手の中の木刀が、いつもより重く感じた。


(ナギサ・アカツキ……)


 名前を聞いた瞬間から感じていた、不思議な親近感。

 胸の奥に引っかかる何か。

 その理由を知る日は、まだ少し先のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ