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プレナ・オートマティック  作者: 右子


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第24話 「魔力学」

「では!」


 ピエトロが教室を見渡し、笑顔で手を叩く。


「早く終わっちゃったけど! 次の授業までしばらく休憩だ!」


 ピエトロが笑顔で手を振る。


「トイレに行くもよし! 友達と話すもよし! 寝るのもよし!」


「やったぁ……」


 クロエが力なく机に突っ伏す。

 頬が木の天板にぺたりと張り付き、安堵の息が漏れる。


「ちょっと寝る……」


「寝過ごさないでネ!」


 メイリンが笑う。


「寝てたら起こしてぇ」


「分かったヨ!」


「校長先生、次の授業も担当なんですか?」


 ウルが尋ねる。


「いや!」


 ピエトロは人差し指を立てた。


「二時間目は魔力学! 担当は別の先生だよ! 時間になったら呼んでくるから、みんなはゆっくり休んでいて!」


「校長先生が呼びに行くのか?」


 シンが思わず聞き返す。


「もちろん!」


 ピエトロはニカッと笑う。


「この学校の先生はみんな忙しいからね! じゃあ、またあとで!」


 軽やかに手を振り、教室を後にした。

 扉が閉まると、教室はすぐに賑やかな空気へ戻っていった。


「歴史って聞くと眠そうだと思ってたけど、案外面白かったな」


 シンが椅子へもたれ掛かる。

 まだ頭の中に語られた物語の余韻が残っていた。


「エト・ケトラのお話は、何度聞いても胸が躍りますわ」


 ルキナが静かに微笑む。

 その瞳には遠い時代への憧憬が浮かんでいる。


「本当に今も生きてるのかな?」


 ウルが呟く。


「生きてたら会ってみたいネ!」


 メイリンも目を輝かせた。

 シンは窓の外を眺める。

 青空の向こう、どこか遠くに思いを馳せる。


(バルバなら知ってるかな)


 ——しばらくして


 キーンコーンカーンコーン


 休憩終了を告げる鐘が鳴り、澄んだ音が教室に響く。


 ガラッ


 そして、扉が開く。

 ピエトロに続き、一人の男が入ってきた。

 長身で黒髪。無造作に伸びた髪は肩にかかり、無精髭が顎を覆っている。左の頬には斜めに走る古い傷跡があり、眠たげに半分閉じられた目は、しかし奥に鋭い光を宿していた。

 黒いロングコートは使い込まれており、裾がわずかに擦り切れている。手には湯気の立つマグカップ。

 ほのかに苦い香りが教室に漂った。

 周囲を一切見ず、まっすぐ教壇へ歩く。

 足音は静かだが、妙に重みがある。

 教室は静寂に包まれていた。


 コトッ


 マグカップを置く音がやけに大きく響く。

 沈黙が、ゆっくりと空間を満たしていった。

 そして、その沈黙を破るようにピエトロが明るく紹介する。


「魔力学担当教師! レオン・アークライト先生だ!」


 一人だけ拍手を始めるピエトロ。

 しかし、レオンは、まるで遠くの出来事でも聞いているかのように無反応だった。

 黒板へ向かい、チョークを取る。

 指先の動きは無駄がなく、乾いた音が教室に刻まれる。


 キュッ——


 黒板へ書かれた文字。


 『魔力学』


 チョークを置く。

 ゆっくり振り返る。

 その動きは遅いのに、視線が合った瞬間、心臓を掴まれたような圧を感じる。


「レオン・アークライトだ。今日から担当する。以上」


(……短っ)


 レオンは眉一つ動かさない。


「名前だけ覚えろ。自己紹介なんざいらねぇだろ」


「……」


 生徒達は返す言葉がなかった。

 ピエトロは軽く手を振りながら、「あとは任せたよ」とだけ言い残し、静かに扉を閉めて教室を後にした。

 レオンは黒板へ三つの言葉を書いた。

 チョークが走るたび、まるで戦場に刻まれる傷跡のように文字が並ぶ。


 『出力』


 『効率』


 『精度』


「今日はこの三つだ」


 静かな声。

 だが耳元で囁かれているかのように鮮明に響く。


「……魔力とは何か」


 チョークを指で軽く弾く。

 白い粉がぱらりと落ちる。


「そんな基礎は知ってる前提で進める」


 シンは少し驚いた。


(基礎はやらないのか……)


 レオンは続ける。


「お前らは魔剣士科だ。いずれ戦場へ出る」


 その言葉と同時に、教室の空気が一段階重くなる。


「なら覚えるべきことは一つ」


 レオンはゆっくり教室を見渡した。

 その視線は、一人一人の奥底を測るようだった。


「どう戦えば、生き残れるかだ」


 その一言は、刃のように鋭く、確かに胸へ突き刺さった。


「質問だ。魔力が100ある奴。魔力が20しかない奴。勝つのはどっちだ」


 誰も答えない。

 答えを探す前に、その問いの重さに押し潰されていた。


「答えは決まってねぇ」


 レオンはマグカップを指先で軽く回す。


「100あっても無駄遣いする奴は死ぬ。20でも上手く使い切る奴は生きる」


 教卓の横に置かれていた木剣を手に取る。

 握る動作は自然すぎて、まるで最初からそこにあったかのようだ。


「見てろ」


 魔力を流す。

 派手な光はない。

 だが空気がわずかに震えた。

 剣身全体が光ることもない。

 ただ、刃先だけが、呼吸するように微かに揺らめいた。


 シュッ——


 一振り。

 風を切る音すら遅れて聞こえる。

 教室の隅に置かれていた木人の腕だけが、音もなく床へ落ちた。

 切断面は滑らかで、まるで最初からそこに継ぎ目などなかったかのようだった。


「えっ……」


 ソフィアが目を見開く。


「なっ……腕だけ?」


 フェリックスも驚きを隠せない。


「普通は剣全体へ魔力を流す」


 レオンは木剣を軽く振って余分な力を抜く。


「俺は違う」


 刃先を指で軽く叩く。


「必要な場所だけ流す。これが効率」


 教室は静まり返る。

 シンは思わず木剣を見る。


(バルバは全体へ流してた……この人は刃先だけ。同じ魔力でも使い方が違うのか)


 レオンは木剣を戻した。

 置く動作すら無駄がない。


「戦場じゃ魔力は有限だ。一発で全部使う馬鹿は長生きしねぇ」


 コーヒーを一口飲む。

 その仕草だけが、ほんのわずかに人間らしい。


「才能がある。結構。羨ましい」


 口元がほんの僅かに歪む。

 それが笑いなのか、皮肉なのかは分からない。


「だが」


 視線が鋭くなる。


「才能だけで生き残れるほど、戦場は甘くねぇ」


 その言葉には、不思議な重みがあった。

 まるで血と泥の中で何度も立ち上がってきた者だけが持つ重さ。


「質問」


 フェリックスが手を挙げる。


「先生」


「何だ」


「先生はどうしてそんなに強いのですか?」


 レオンは少しだけ考え、マグカップの中を覗き込む。

 黒い液面に、自分の顔がぼんやりと映る。


「強いと思うなら、それはお前らがまだ知らねぇだけだ」


 教室が静まり返る。


「俺より強いやつなんていくらでもいる。だからそんな奴らと多少でもやり合うためには、力も技も、余計なもんを抱えたままじゃ鈍る。だから必要なものだけ残してきた」


 指先でマグカップの縁をなぞる。

 その仕草はどこか癖のようだった。


「それを続けただけだ」


 誰も言葉を返せない。

 その言葉の裏にある年月と重みを、誰もが感じ取っていた。


 コトッ


 マグカップを置く。


「今日はここまで。明日は実習場だ」


 全員を見渡す。

 その視線には一切の甘さがない。


「座ってたって何も始まらねぇ。身体で覚えろ」


 そう言い残し、レオンは背を向ける。

 コートの裾がわずかに揺れ、静かに教室を出ていった。

 扉が閉まる音が、やけに遠く感じられた。

 残された八人は、しばらく言葉を失っていた。

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