第20話 「八人の食卓」
創成科工房を後にしたシンとフェリックス。
その後もしばらく学園を探索した。
気付けば夕日が学園を茜色に染め始め、石畳が柔らかな光を反射していた。
「いやぁ、広い広い。だいぶ探索したな」
シンは大きく伸びをする。
「あぁ」
フェリックスも満足そうに頷く。
「だがまだ半分も見られていない気がするな」
「そうだな。だけど今日はもう十分だろ」
シンが笑った、その時だった。
「シンくーん!」
聞き慣れた明るい声が広場へ響く。澄んだ声が空気を震わ せ、耳に心地よく届いた。
振り返ると、メイリンが大きく手を振っている。
その後ろにはウル、ソフィア、ルキナ。
そして、クロエ。
「おー!」
シンが手を挙げる。
クロエはシンを見つけると、嬉しそうに笑った。
「……」
しかし、その場から動かない。
「ん?」
シンは首を傾げた。
「近づいてこないんだな」
クロエは少しだけ頬を膨らませる。
「……だってぇ、ルキナちゃんに止められるもーん」
そう言って隣に立つルキナを見る。
ルキナは腕を組み、小さく頷いた。
「はい。学習しましたので。毎回抱きついていては駄目ですわ」
「えぇー……」
クロエはしょんぼりと肩を落とす。
「うぅ、我慢するぅ……」
「その調子ですわ」
「なんか先生と生徒みたいだな」
シンが苦笑する。
「保護者じゃない?」
ウルが笑う。
「あははは!」
メイリンも吹き出した。
クロエは少しだけ不満そうだったが、それでも笑っていた。
「そっちはどうだったネ!」
メイリンが目を輝かせる。
「色々回ってきたよ」
シンは指を折りながら数え始める。
「魔導科で爆発に巻き込まれそうになって。創成科では金属の玉に轢かれそうになって。聖癒科では先生に怪我を治してもらった」
「なかなか濃い一日でしたわね」
「あぁ。そっちは?」
「図書館に行ってきたヨ! 本が多すぎて迷子になりそうだった!」
メイリンが元気よく答える。
「静かで落ち着く場所でした。今度ゆっくり本を読みに来たいです」
ソフィアが微笑む。
「私は武術書ばかり見ていました」
ルキナが言う。
その時——
ぐぅぅぅぅ……
静かな広場へ大きな音が響いた。
「……」
全員の視線がシンへ集まる。
「……俺だ」
「あははは! すっごい音ネ!」
メイリンが大笑いする。
するとソフィアが建物に付いている時計を見た。
「ちょうど夕食時ですし、食堂へ行きませんか?」
「賛成だ! 皆で食べる食事とは、きっと素晴らしい時間になる!」
フェリックスが胸を張る。
「じゃあ決まりだな」
八人は食堂へ向かった。
——学園食堂
「でっけぇ……」
シンは思わず声を漏らした。
高い天井に豪華なシャンデリアが黄金色の光を放ち、食堂全体を温かく照らしている。
数え切れないほどの長机と奥には湯気を立てる料理がずらりと並んでいる。
食欲を刺激する匂いが食堂いっぱいに広がっていた。腹の奥がきゅっと鳴るような感覚が広がる。
「全部美味しそうネ!」
メイリンの目が輝く。
「どうしよう! 何食べよう!」
ウルもテンションが上がっている。
「まずは料金を払ってくださいねー!」
受付の学生が笑顔で案内する。
そして、シンは固まった。
「……あ」
「どうした?」
フェリックスが尋ねる。
「俺、金なんて持ってねぇぞ……」
シンが小さく呟く。
「そういえば」
ルキナが手を軽く叩いた。
「バルバから預かっていましたわ」
「え?」
ルキナは制服のポケットから小さな革袋を取り出す。
しゃらり、と硬貨の音が鳴る。
「『シンに渡しておいてくれ』と頼まれていたのですが、すっかり忘れておりました」
「マジか」
「申し訳ありません」
ルキナは少し申し訳なさそうに革袋を差し出す。
「こちらがシンの生活費になります」
「助かった……」
シンは受け取る。
思ったよりずっしり重い。
「これって、いくら入ってるんだ?」
「金貨30枚ですわ」
「へぇ」
革袋を覗く。
金色の硬貨がぎっしり入っていた。
シンは一枚取り出す。
「なぁ、これって一枚いくらなんだ?」
その一言に。
「……え?」
ルキナがきょとんとした。
ソフィアも目を丸くする。
メイリンとウルも顔を見合わせた。
「まさか……」
ルキナが少し心配そうな表情になる。
「シンは、お金を持ったことがありませんの……?」
「いや違う違う!」
シンは慌てて両手を振る。
「そうじゃなくて! あぁ、えっと、俺の国とはお金が違うからさ!」
「あぁ……そういうことでしたの」
ルキナはほっと胸を撫で下ろす。
「びっくりしましたわ」
「危うくとんでもない勘違いされるところだった……」
シンは苦笑した。
ルキナは金貨を一枚取り出す。
「この世界の通貨は『アルク』と呼ばれています」
「アルク?」
「はい」
「こちらの銅貨一枚で1アルク」
「銀貨一枚で100アルク」
「金貨一枚で1000アルク」
「白金貸一枚で10000アルクですわ」
「へぇ」
シンは銀貨を眺める。
(円じゃねぇんだな……)
もちろん、その言葉は胸の内だけに留めた。
その時だった——
「おう! 新入り共!」
腹の底まで響くような豪快な声が食堂中へ響く。空気が震えるような迫力だった。
奥の厨房から、大柄な男が姿を現した。
腕は丸太のように太く、白いコック服の上からでも鍛え上げられた体格が分かる。
立派な口ひげを蓄え、腕には大きなフライパン。
顔には人懐っこい笑みを浮かべていた。
「料理長!」
周囲の学生達が声を上げる。
男は豪快に笑った。
「俺ぁ、この学園食堂の料理長! アウグスト・ブーランだ!」
ドンッ!
大きな手で胸を叩く。鈍い音が響いた。
「腹ァ減ってる奴ぁ遠慮なく食え! 食って食ってよく育て! それが俺の料理だ!」
「おぉー!」
食堂から拍手が起こる。
手を叩く音が重なり、熱気が一気に高まった。
シンは思わず笑った。
「なんかすげぇ人だな」
「学園でも有名な料理長らしいですわ」
ルキナが小さく笑う。
アウグストは八人を見ると、ニヤリと笑った。
「おっ、新入生か! 今日はサービスだ! おかわり一回無料!」
「やったぁ!」
メイリンが飛び跳ねる。足音が軽やかに響いた。
その隣では、プルが真剣な表情で料理を選び始めていた。湯気に包まれながら、じっと皿を見つめている。
「……これも美味しそうだ。こっちも気になる」
少しずつ皿へ料理を盛っていく。
「プル。すごい食べるね」
ウルが苦笑する。
「うん。全部食べてみたい」
プルは真剣な顔のまま答えた。
「可愛い顔して食欲すげぇな」
シンが苦笑する。
そして、会計を済ませた八人は、それぞれ好きな料理を皿へ盛り付け、大きな窓際のテーブルへ腰掛けた。
テーブルの上には、ローストビーフ、香草焼きの魚、焼きたてのパン、熱々のスープ、色鮮やかなサラダ、そして食後のデザートまで並ぶ。
湯気を立てるスープからは優しい香りが立ち上り、パンの表面はこんがりと焼けていて、触れればかすかにパリッと音を立てそうだった。
「いただきます!」
全員の声が揃った。
シンはローストビーフを一口運ぶ。
「……うまっ!」
柔らかな肉から旨味が口いっぱいに広がる。
「これ、本当に学園の飯か?」
「美味しいネ!」
メイリンは目を輝かせながら頬張る。
「このお肉最高ネ!」
「パンも焼きたてだ」
ウルとプルも嬉しそうに頷いた。
ソフィアもスープを一口飲み、優しく微笑んだ。
「優しい味ですね。とても落ち着きます。毎日こんなお料理がいただけるなんて幸せです」
クロエはパンを小さくちぎりながら口へ運ぶ。
「……おいしいぃ」
一言だけ。
それでも幸せそうに目を細めていた。
ルキナも魚料理を口へ運び、小さく頷く。
「豪快ですが、とても丁寧に作られています。料理長の人柄が料理にも出ていますね」
「そこまで分かるのか」
シンが感心すると。
「食事も剣と同じです。作り手の性格は表れますわ」
「へぇ」
その時だった。
「……」
シンはプルの皿を見て固まった。
「おい」
「なんだ」
プルが首を傾げる。
「いつの間にそんな取った?」
皿には肉料理、魚料理、パン、サラダが綺麗に盛り付けられている。
しかし、その量は明らかに一人前ではない。
先程シンが見た時の倍はある。
「全部美味しそうだったから」
プルは真顔のまま答えた。
「食べ切れるのか?」
プルは小さく頷く。
「食べ切る」
「すごい自信だな」
「美味しいものは、残したくない」
「ははっ。すげぇや」
シンが笑う。
プルは照れた様子もなく、小さく頷いた。
「食べてる時が一番幸せ」
「それは分かるネ!」
メイリンも元気よく頷く。
「いっぱい食べると幸せネ! それに! 今日はおかわり無料だもんネ!」
「まだ食べる気か」
「もちろん!」
メイリンは胸を張った。
その頃には、プルの皿の料理が半分以上なくなっていた。フォークが皿に当たる軽い音がリズミカルに響き、その食べる速さを物語っている。
「……早っ」
シンが目を丸くする。
「もうそんなに食べたのか?」
プルはパンを一口食べてから答える。
「うん。気付いたら無くなってた」
真顔だった。
「あははは! 私でもそんなに早く食べれないヨ!」
「すごい食欲!」
メイリンとウルが笑う。
その時だった。
「…………!」
フェリックスの手が止まった。
目を見開いたままスープを見つめている。
「な、何という味っ!!」
勢いよく立ち上がる。
「野菜の甘みと肉の旨味! そして香草の香りが絶妙に調和している! まるで一枚の絵画を口にしているようだ! これは料理ではない!」
食堂中の視線がフェリックスへ集まる。
「いや、料理だよ」
シンが苦笑する。
すると——
「ガハハハハッ!!」
豪快な笑い声が厨房から響いた。
振り向くと、アウグストが腕を組みながら大笑いしていた。
「坊主!」
フェリックスを指差す。
「気に入った!! そんな褒め方されたのは初めてだ!」
フェリックスも立ち上がったまま胸へ手を当てる。
「料理長! あなたの料理には魂が込められている! 私には分かる!」
「ガハハハ!」
アウグストは腹を抱えて笑う。
「面白ぇ奴だ! よし!」
大きな親指を立てる。
「今日のお前はデザートもサービスだ!」
「本当か!」
フェリックスの目が輝く。
「感謝する!」
「気にするな!」
アウグストは豪快に笑う。
「美味そうに食ってくれる奴が一番の客だからな!」
「フェリックスいいな! 私にもデザート少し分けてネ!」
「私も!」
「私も頼む」
「いいだろう!」
「ガハハハ! お前ら全員サービスだ! 食え食え!」
「やったネ!」
賑やかに食事を楽しんでいると、少し離れた席からひそひそと声が聞こえてきた。
「ねぇ、あそこ……見て見て。あれ……魔剣士科じゃない?」
その一言で、何人もの生徒が一斉にこちらへ視線を向ける。
「ほんとだ、第一教室の連中だ」
「俺、試験ほとんど見てたぜ!」
「マジで!? 俺もだって!」
「今年めちゃくちゃ面白かったよな!」
「全員強かったしさ!」
「女子もすごかったよな、あれ!」
「やっぱ魔剣士科ってレベル高ぇな……」
ざわざわと、あちこちから興奮気味の声が飛び交う。
「……」
自然と、こちらの食卓の空気が少しだけ静まった。
「な、なんか……照れるネ……」
メイリンは頬をかきながら、落ち着かない様子で視線を泳がせる。
「でもまぁ、悪い気はしないけど!」
すぐにニコッと笑って肩をすくめた。
「うんでもなんか、恥ずかしい……」
ウルは苦笑しながら、軽く首の後ろをさする。
ソフィアは両手を頬に添え、顔を赤くしていた。
「わ、私まで見られているなんて……そんな……」
視線を下げて、もじもじと指先を絡める。
プルはスプーンを口に運びながら、ぽつりと呟く。
「……この感じちょっと、恥ずかしいな」
照れ隠しをするように眼帯の端へそっと指を添えた。
ルキナは姿勢を崩さず、紅茶を優雅に口へ運ぶ。
「見られること自体には慣れておりますけれど……」
カップを置きながら、ほんのわずかに視線を逸らす。
「こういう騒がしさは、少々落ち着きませんわね」
クロエだけは周囲のざわめきなど意に介さず、もぐもぐとパンを頬張っていた。
「……?」
ふと顔を上げ、シンをじっと見る。
「どうした?」
シンが首を傾げると、クロエはあっさりと言った。
「シンくんいるから平気」
「そ、そうか……」
シンは苦笑しながら、頭をかいた。
「俺も別に、有名人とかって柄じゃねぇんだけどな……」
その時。
フェリックスがゆっくりと胸を張った。
「ふっ……」
意味ありげに微笑む。
「悪くない」
全員の視線が自然とフェリックスへ集まる。
「人に見られるということは、それだけ期待されているということだ」
指先でフォークを軽く回しながら、堂々と言い切る。
「ならば、その期待に応えるのみ」
「お前はぶれないな」
シンが笑う。
フェリックスは優雅にフォークを持ち上げる。
「当然だ」
「ははっ。やっぱ面白ぇよお前」
一同は注目されながらも食事を楽しんだ。




