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プレナ・オートマティック  作者: 右子


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第19話 「学園探検」

 ガチャ


 200号室の扉を閉める。

 鍵を回す音が静かな廊下へ響いた。


「よし!」


 目の前には、待っていましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべたフェリックスが立っている。


「シン! 探検だ! この広大な学園! きっと素晴らしい発見が待っている!」


 まるで遠足前の子供のように目を輝かせ、両手を大きく広げる。


「……お前、本当に元気だな」


 シンは苦笑しながら、少しだけ肩の力を抜く。


「当然だとも!」


 フェリックスは胸へ手を当てる。 


「新しい場所には、新しい出会いがある! 私はそれを見逃したくない!」


「まぁ……正直、俺も結構ワクワクはしてるよ」


「だろう!」


 フェリックスは嬉しそうに頷く。


「では行こう!」


 二人並んで廊下を歩き始めた。

 少し歩いたところで、シンはふと横を見る。


「で、どこ行くんだ?」


「分からん!」


「ノープランかよ!」


「探検とは未知を歩くものだ! 知らないからこそ楽しい! 計画に縛られた探検など、探検とは呼べない!」


「まぁ、たしかに。でも、迷子にならなきゃいいな……」


「迷うこともまた美しい!」


「お前の美しいの概念はなんなんだよ……」


 シンは呆れながらも、思わず笑ってしまった。

 フェリックスは本当に楽しそうだった。

 案内をするためではなく。

 一緒に知らない場所を歩くために、シンを誘ったのだ。


「せっかくだし、行けるところまで行ってみるか」


「その意気だ!」


 寮の廊下には、既に多くの1年生が行き交っていた。

 荷物を運ぶ者。重たい荷物を引きずる音が床に響く。

 友達になったばかりなのだろう、笑い合いながら歩く者。その笑い声は弾けるように明るい。

 緊張した面持ちで案内板を見上げる者。静かな息遣いが近くで聞こえる。

 

「賑わっているな。皆学科こそ違うが、同じ学園の仲間達だ」


「そうだな」


 階段を降りて寮を出る。

 石畳の先には大きな広場。

 中央には噴水。

 さらに奥には、白い石造りの巨大な建物が堂々と建っていた。


「俺達の教室がある建物だな」


「あぁ。寮と近くて助かる」


 建物の前では多くの学生が談笑していた。

 木陰で本を読む魔導科の生徒。

 創成科の生徒は何やら図面を広げて話し合っている。

 聖癒科の生徒は怪我をした学生へ応急処置をしていた。

 近くを歩いていると、二人は建物の入口横に立てられた大きな案内板を見つけた。


「お」


 シンとフェリックスは看板に近寄る。


『中央授業棟』


『魔剣士科実習場 →』


『魔導科実験棟 →』


『聖癒科実習棟 →』


『創成科工房 →』


『大図書館 →』


『食堂 →』


『大浴場 →』


『講堂 ←』


 他にもシン達の寮や多学年の寮の方向などが書かれている。


「なるほど。分かりやすいな。授業はここ。実習だけ別なんだな」


「おぉ! これなら分かりやすい!」


「そんで、食堂と大浴場は寮だけじゃなのな」


「たしかに! なんと贅沢な!」


 二人が話しながら案内板を見ていると。


 ——ボンッ!!


 遠くから爆発音が響いた。

 思わず2人は肩を跳ねさせる。


「うおっ!」


「なんだ!?」


 音のした方を見ると、白煙が空へ上がっていた。

 案内板を見る。


『魔導科実験棟』


「……あっちだな」


「行こう!」


 フェリックスが走り出す。


「おい待て!」


 シンはフェリックスの後を追い、煙の上がる方へ向かった。

 魔導科実験棟は授業棟から少し離れた場所に建っていた。

 壁には巨大な魔法陣が刻まれ、丸い屋根を持つ塔がいくつも並んでいる。

 近付くにつれ、空気がピリピリと震えているように感じた。

 そして、建物の窓からは、まだ白煙が立ち上っている。


「魔力を込めすぎだって!」


「窓開けてー!」


 建物の中は大騒ぎだった。


「……実験棟って聞いてたけど。想像以上だな」


「ご、ごめんなさい!」


 そう言って一人の少女が慌てて建物から飛び出してくる。

 長い水色の髪には煤が付き、袖も少し焦げていた。

 胸元には青いネクタイ。

 梟の紋章。


「あれ……?」


 少女はシンを見る。


「もしかして……ヤマト・シンさん?」


「え?」


 シンが振り向く。

 少女は少し嬉しそうに笑った。


「やっぱり! 入学試験、見てました! すごかったです!」


「あ、ありがとう……」


 シンは苦笑する。


「えっと……」


 少女は少し照れながら頭を下げる。


「魔導科1年のミア・フローラです! さっきの爆発……私のせいなんです」


「お前だったのか」


「えへへ……」


 ミアは苦笑いをした。

 その瞬間、建物の中から。


「ミアーー!! まだ片付け終わってないよーー!!」


「は、はいっ! あぅ……ご、ごめんなさい! またどこかで!」


 深々と頭を下げる。

 その勢いで魔導書を落とす。


「わっ!」


 バサッ


「あ」


 シンが拾う。


「ほら」


「ありがとうございます!」


 ミアは嬉しそうに受け取る。


「それでは失礼します!」


 ぺこりと頭を下げ、建物へ走って戻っていく。


「忙しい子だったな」


 シンが笑う。

 フェリックスも微笑む。


「あぁ。だが、一生懸命な人は美しい」


「また始まったよ……」


 そして、魔導実験棟を後にしたシンとフェリックスは、石畳の道を歩いていた。

 先ほどまで響いていた爆発音は嘘のように遠ざかり、代わりに花の香りが風に乗って漂ってくる。


「なんか空気まで違うな」


 シンが辺りを見回す。

 白い石造りの建物。

 窓辺には色鮮やかな花が並び、薬草園には見たことのない植物が丁寧に育てられていた。

 入口には大きな看板。


『聖癒科実習棟』


「ここが聖癒科か」


 二人が中へ入ると、静かな空気が迎えてくれた。

 実習室では、白いネクタイを締めた生徒達が治癒魔法の練習をしている。

 淡い緑色の光が傷を包み、薬草の香りがふわりと漂う。


「こんにちは」


 穏やかな声が響いた。

 振り向くと、一人の女性がこちらへ歩いてくる。

 艶やかなワインレッドの長い髪。

 翡翠色の瞳。

 白衣を羽織った落ち着いた女性だった。

 その白衣の下には豊かな胸元が柔らかな曲線を描いており、 歩くたびにわずかに揺れて視線を引きつける。

 首元には翡翠のネックレスが揺れ、歩くたびにヒールの音が 静かな廊下へ心地よく響く。


「あら」


 優しく微笑みながら二人を見る。


「見慣れないお顔ね」


 シンは軽く頭を下げた。


「魔剣士科1年のヤマト・シンです」


「フェリックスです」


「まあ」


 女性は柔らかく笑う。


「私はエレノア・ローゼンベルク。聖癒科主任教師を務めています」


「あ、先生でしたか。よろしくお願いします」


 シンとフェリックスが頭を下げると、エレノアは穏やかな笑みを浮かべた。


「今日は学園探検かしら?」


「はい。こちらのフェリックスに連れ出されまして」


 フェリックスが胸を張る。

 エレノアは口元へ手を添え、小さく笑った。


「ふふふっ。元気なのはいいことね」


 その時だった。

 エレノアの視線がシンの右手で止まる。


「あらあらその手……」


 シンは自分の手を見る。

 心当たりは無いが、一つ擦り傷が出来ていた。


「あ、これくらい平気ですよ」


「そういう子ほど無理をするのよ」


 エレノアは優しく言う。


「魔剣士科の生徒さんは、皆そう。大丈夫、大丈夫って笑うけれど、本当は痛いこともあるでしょう?」


 シンは少し照れたように笑う。


「まぁ……多少は」


「正直でよろしい」


 エレノアはそっと手をかざした。

 淡い緑色の光がシンの手を包み込む。

 暖かな春の日差しのような優しい温もり。

 傷口がゆっくり消えていく。


「……すげぇ」


 光が消えると、傷は跡形もなくなくなっていた。

 シンは何度か手を開いたり閉じたりする。


「な、治ってる」


「小さな怪我でも、その日のうちに治すこと」


 エレノアは優しく微笑む。


「それも立派な自己管理よ」


「覚えておきます」


「ええ」


 エレノアは満足そうに頷いた。


「魔剣士科は実習が始まると怪我をする機会も増えるでしょう。もし何かあったら、遠慮せず聖癒科へいらっしゃい。皆さんを治すことが、私達の仕事ですから」


 その言葉には教師としての誇りが感じられた。

 シンは自然と頭を下げる。


「……ありがとうございます」


「ふふ」


 エレノアは優しく笑う。


「お礼を言うのは、元気に卒業してからで十分よ。それまで、たくさん学んで、たくさん失敗して、たくさん成長してくださいね」


「はい」


 シンは力強く頷いた。

 その返事を聞いたエレノアは満足そうに微笑み、実習中の生徒たちのもとへ戻っていく。


 コツ、コツ、コツ


 ヒールの音が廊下へ静かに響いていた。


「……いい先生だな」


 シンがぽつりと呟く。

 フェリックスも静かに頷く。


「あぁ。きっと、誰からも慕われている先生なのだろう」


「だな」


 聖癒実習棟を後にしたシン達は、案内板を頼りに石畳の道を歩いていた。

 しばらくすると、空気が変わる。

 熱い。

 風に乗って鉄の匂いと、木材の香りが漂ってきた。


 カンッ!


 カンッ!


 規則正しく金槌が鉄を打つ音が響く。


「ここか」


 シンが看板を見上げる。


『創成科工房』


 巨大な煙突。

 工房の中では赤く燃える炉が何基も並び、至る所で火花が散っている。

 剣を打つ生徒。

 鎧を磨く生徒。

 机いっぱいに設計図を広げる生徒。

 さらには、小さな魔道具が勝手に床を掃除していた。


「すげぇ……」


 シンは思わず声を漏らす。


「武器屋みたいだな」


「いや」


 フェリックスは首を横に振る。


「ここは芸術の工房だ」


 シンが呆れた、その瞬間だった。


「避けて——っ!!」


 元気な声が響く。


 ガラガラガラッ!!


 丸い金属の塊が猛烈な勢いで転がってくる。


「うおっ!?」


 シンは反射的に横へ飛ぶ。

 金属球は二人の足元を通り過ぎ、そのまま壁へ。


 ゴンッ!!


 派手な音を立てて止まった。


「セーフ!」


 工房の奥から、一人の少女が駆け寄ってくる。

 茶髪に金色のメッシュが入ったロングポニーテール。

 琥珀色の瞳。

 制服は少し着崩し気味で、胸元が少し開いている。

 首や腕にはいくつものアクセサリー。

 そして、何より、目を引くほどグラマーだった。


「あっぶな〜!」


 少女は転がってきた金属球を軽々と抱え上げる。


「ごめんごめん! ブレーキの調整ミスったわ!」


 シンは立ち上がりながら苦笑する。


「今の、わざとかと思った」


「そんなわけないじゃん! マジ焦ったし!」


 少女はケラケラ笑う。


「あーし、創成科一年! リズ・ブレイズ!」


 そう言って、人懐っこい笑顔のまま両手を差し出した。

 シンとフェリックスも握り返す。


「ヤマト・シン」


「フェリックスだ」


「知ってる知ってる!」


 リズは目を輝かせた。


「入学試験見てた! 二人とも剣ヤバかったじゃん!」


「ありがと」


「ありがとう」


 二人はハモった。


「いやぁ〜! マジ強かったよね!」


 シンが照れくさそうに頭を掻く。

 フェリックスは誇らしそうな顔をしている。


「さっき魔導科の子にも言われたよ」


「そりゃそうだよ! 魔剣士科の試験は他学科の生徒も大勢が見てるし! この学園じゃ有名人だよ!」


「そうなのか……そんなつもりないんだけどな」


「またまたぁ!」


 バシンッ!


 リズは豪快にシンの肩を叩いた。


「痛ぇ!」


「あ、ごめん!」


「力加減ミスった!」


「絶対わざとだろ!」


「違うって!」


 リズは腹を抱えて笑う。

 フェリックスは工房を見回しながら感心したように呟いた。


「見事だ。この工房そのものが、一つの作品だ」


「でしょ?」


 リズは嬉しそうに笑う。


「創成科ってさ」


 金属球を床へ置きながら続ける。


「武器作るだけじゃないんだよ」


 近くの棚から、小さな箱を取り出す。


「例えばこれ」


 カチッ


 箱を開く。

 すると、小さな鳥の形をした魔道具が飛び出した。


「おぉ!」


 シンは思わず見上げる。

 鳥は工房の中を一周すると、リズの肩へ止まった。


「かわいいだろ?」


「これも魔道具か?」


「そ! 試作品! まだたまに壁に突っ込むけど!」


「飛ぶだけすげぇよ」


「でしょ!」


 リズは笑い飛ばす。


「失敗したら直せばいいだけだし!」


 その言葉にシンは少し感心した。


「前向きだな」


「創るって、そういうことじゃん? 一発で成功する人なんていないし!」


 その時だった。


「リズ——!!」


 工房の奥から怒鳴り声が響く。


「また勝手に試作品を持ち出したの!?」


「あ」


 リズの笑顔が固まる。


「やっべ」


「『やっべ』じゃない! 早く戻ってきなさい!」


 リズはシン達を見て肩をすくめた。


「怒られちゃった。まぁ、いつものこと!」


 そして、人差し指を立てる。


「また遊びに来なよ! 創成科、マジ面白いからさ!」


「分かった。また来るよ」


「うん! またね!」


 リズは最後まで笑顔のまま、大きく手を振って工房の奥へ駆け戻っていった。

 その背中を見送りながら、フェリックスが静かに微笑む。


「彼女もまた、創ることを心から楽しんでいる」


「あぁ、そうだな」


 シンも頷いた。

 熱気に包まれた工房には、金槌の音と、リズの明るい笑い声が響き続けていた。

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