第18話 「心の向くまま」
クロエの一言で盛り上がっている教室。
しかし、クロエは首を傾げていた。
「好きって言っただけなのにぃ」
「その『好き』が問題なんだよ!」
「えへへ」
クロエは満足そうに座った。
そして、ピエトロは咳払いを一つ。
「ゴホン!」
教室が静まる。
「さて! 自己紹介も終わったことだし。少しだけこのクラスについて話そう!」
教壇に手をつき、笑みが少しだけ真剣なものへと変わる。
「まず——君達八人は、この学園でも特別な存在だ。しかし、それは単に人数が少ないから特別という訳ではない」
一人ひとりを見渡す。
「そう。君たちはこの学園始まって以来の実力者ばかりだからだ。もちろん、私の勘ではない。君たち全員の入学試験を、この目で見させてもらった。剣技、判断力、戦闘センス、そして秘めた可能性。そのどれを取っても、歴代の新入生とは一線を画していた」
シン達は静かに話を聞く。
「だからこそ、今年は例年以上に期待している。そして、私が担任を務める理由もそこにある。だから——」
ピエトロは力強く微笑んだ。
「期待しているよ」
その言葉は冗談ではなかった。
ピエトロはパンっと手を叩く。
「では! まずは寮へ向かってもらおう!」
そう言って教室の扉へ視線を向ける。
「ラクくーん!」
少しして。
コン、コン
廊下からヒールの音が近付く。
ガラッ
扉が静かに開いた。
扉が開く。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
綺麗な金色のショートボブ。
透き通るような青い瞳。
白と黒を基調としたメイド服。
そして——
胸元は制服が苦しそうなほど豊かだった。
「失礼いたします」
優雅に一礼する。
その姿に教室が少しざわつく。
「うわ……」
シンは思わず呟く。
「でっか……」
「どこを見ていますの」
ルキナが即座に小声で突っ込む。
「いや違う! 目に入るだろ!」
「最低ですわ」
「ごめん……でも、すっげぇ……」
フェリックスも思わず見惚れていた。
「なんという美しさ……!」
ラクは微笑む。
「初めまして。寮で皆様のお世話を担当いたします。ラク・マヨルと申します」
丁寧なお辞儀。
「食事、掃除、お洗濯など生活全般を担当しております。何か困ったことがございましたら、お気軽にご相談ください」
優しい笑顔だった。
メイリンが目を輝かせる。
「毎日ご飯あるネ!?」
「もちろんです」
「やったネ!」
ウルも身を乗り出す。
「おやつは!?」
「食堂にございますよ」
「最高!」
クロエは机に突っ伏したまま手を挙げる。
「お昼寝してても起こしてくれるぅ?」
「はい。近くにいれば起こしますよ」
「優しいぃ」
ラクはくすりと笑った。
「それではご案内いたします。荷物を持ってついて来てください」
全員が席を立つ。
ピエトロは教壇から大きく手を振った。
「それじゃあ今日は解散! 明日から本格的に授業開始だ! 遅刻は禁止だからねー!」
「はーい!」
生徒達は返事をしながら教室を後にした。
広い廊下を歩く八人。
窓からは広大な学園が見えていた。
「本当に広いですわね」
「あぁ。迷子になりそうだ」
シンが苦笑する。
そして、前を歩くフェリックスが振り返った。
「シン」
「なんだ?」
「君という剣士は、実に興味深い」
「……え?」
そして、今度はルキナへ視線を向ける。
「それと、ルキナ」
「はい?」
「君の剣も見事だった。まるで舞を見ているかのような美しさだった」
ルキナは少し驚いたように目を丸くする。
「……ありがとうございます」
「一つ一つの所作に無駄がなく、洗練されていた。相当な鍛錬を積んできたのだろう」
ルキナは静かに微笑む。
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
フェリックスは満足そうに頷き、再びシンへ向き直る。
「だが。君の戦いは、それとは違う美しさだった」
「……俺が?」
「あぁ。荒削りでありながら、芯がぶれない。君という剣士に、私は強く惹かれた。君の試験を見たあの瞬間から、君という剣士が頭から離れない」
「……は?」
「久しく、この胸が高鳴ることはなかった。だが君には、それがあった。だから——」
フェリックスは笑う。
「ぜひ君と剣を交えたい」
……
「……なんか告白されたみたいで反応に困るんだけど」
「似たようなものかもしれないな」
「違うだろ! いや頼む! 違うと言ってくれ!」
思わずツッコむシン。
フェリックスは首を傾げた。
「私にとっては、大差ない」
「いや、あるわ!」
「強者と剣を交えたいと願うことは、この胸が惹かれた証だ」
「言い方っ!」
思わず額を押さえるシン。
そのやり取りに、後ろを歩いていたメイリンが吹き出した。
「あははっ! フェリックス面白いネ!」
ウルも笑顔で頷く。
「シン、愛されてるね!」
「そういう言い方するな!」
クロエはシンの腕をつんつんと突いた。
「人気者ぉ」
「他人事みたいに言うな」
「だってぇ、私は最初から好きって言ってるしぃ」
「その『好き』も誤解を招くんだよ!」
教室でのやり取りを思い出し、一同から笑いが漏れる。
フェリックスは満足そうに頷いた。
「やはり君は興味深い」
「もう勘弁してくれ……」
シンは苦笑しながら頭をかいた。
そして、クロエは自然とシンの横へ並んでいた。
「ねぇ。シンくーん」
「ん?」
「隣歩いてもいい?」
「もう歩いてるじゃねぇか」
「えへへ」
その様子を見てルキナが間へ入る。
「歩きにくいですわ」
「えー」
「えーではありません」
クロエは唇を尖らせる。
すると、そこにソフィアが近づいてきた。
「……あ、あの!」
意を決したように声を掛ける。
「はい?」
ルキナが足を止める。
ソフィアは少し緊張した様子で胸の前で手を組んだ。
「自己紹介の時にも思ったのですが……」
「ルキナさん、本当に綺麗ですね。立ち振る舞いも、お話し方も、とても上品で……まるで本物のお姫様みたいです」
その言葉にシンは思わず本物の貴族の方ですよと話したくなったが飲み込んだ。
そして、ルキナは一瞬だけ固まった。
「そ、そんなことはありませんわ」
「いえ!」
ソフィアは首を横に振る。
「私、小さい頃から淑女になるのが夢なんです。だから……さっきルキナさんを見た瞬間、この人みたいになりたいって思いました」
ソフィアは少し照れながら笑う。
ルキナも少し困ったように笑った。
「買いかぶりすぎですわ」
「そんなことありません!」
ソフィアは真っ直ぐ答えた。
「もしよろしければ……」
一歩近づく。
「礼儀作法や立ち振る舞いを教えていただけませんか?」
ルキナは目を丸くした。
「私が……ですの?」
「はい!」
期待に満ちた瞳。
ルキナは少し考え——
「……私でよければ」
少し恥ずかしそうに小さく微笑んだ。
「本当ですか!」
ソフィアの表情が一気に明るくなる。
「ありがとうございます!」
深く頭を下げた。
「これからよろしくお願いします!」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
二人は穏やかに微笑み合う。
その様子を見ていたシンが小さく笑う。
「もう弟子ができたな」
「弟子ではありませんわ」
「先生ネ!」
メイリンが笑う。
「ルキナ先生!」
「や、やめてくださいませ! そんな大層なものでは……!」
「では! ルキナ様と呼ばせていただきます!」
珍しくルキナは頬をわずかに染め、慌てて手を振った。
そして、プルがその様子を見て、喉の奥でくすりと笑う。
「ふふっ、人気者だな。ルキナ」
「プルさんまで……」
ルキナは照れくさそうに笑った。
「でも、ソフィアの気持ちは分かるな。ルキナは教えるの、上手そうだ」
「そうでしょうか……?」
「うん」
プルは素直に頷く。
「私も聞いてみたいくらいだ」
「うーん……」
ルキナは照れくさそうに笑った。
そして、メイリンはその場を離れ、ウルの元へ駆け寄る。
「ウル! いっぱい食べるヨ!」
「うん! デザートあるかな!」
プルはその会話に耳を傾け、ふっと笑う。
「ふふっ。もう食堂のことを考えてるんだな」
「当然ネ!」
メイリンは胸を張る。
「ご飯は一番楽しみヨ!」
「デザートも!」
ウルも元気よく頷く。
プルは少しだけ考え込む。
「……デザートか。甘いものなら、私も少し楽しみだな」
メイリンの目が輝く。
「そういえば自己紹介で言ってた! プルも好きネ!」
「あぁ。好きだ。甘い物は、つい食べ過ぎてしまう」
少し照れたように笑う。
「ふふっ。おすすめがあったら教えてくれ」
「任せるネ!」
「まかせて!」
メイリンとウルは嬉しそうに頷く。
その様子を見ていたシンが、ぽつりと呟いた。
「なんつーか……」
「ん?」
プルが首を傾げる。
「プルって童顔なのに、お姉さんみたいだよな」
プルはぱちぱちと瞬きをすると、くすりと笑った。
「それ、褒めてるのか?」
「あぁ」
「見た目よりずっと落ち着いてるし。なんか安心するよな」
プルは少し照れたように眼帯へ指を添える。
「そう言われるのは初めてだな……だが悪い気はしない」
柔らかく微笑んだ。
そして、賑やかなまま歩き続けると、一つの大きな建物が見えてきた。
「こちらが第一学年寮になります」
シンは建物を見上げる。
「でっけぇ……」
思わず声が漏れた。
白い石造りの巨大な建物。
七階建ての堂々たる外観は、学生寮というより高級ホテルそのものだった。
正面には噴水があり、色とりどりの花が咲く庭園が広がっている。
入口には大きな両開きの扉。
その上には金色の文字で。
『オルド・アルカナ学園 第1学年寮』
と刻まれていた。
「この寮では、魔剣士科をはじめ、魔導科、聖癒科、創成科など、第一学年の生徒全員が生活しております」
「一年だけで?」
シンは目を丸くする。
「はい」
ラクは微笑んだ。
「学科は違っても、共に生活を送り、互いを高め合うことも学園の教育方針です」
「なるほどな」
ルキナも小さく頷く。
「学科を超えて交流が生まれるわけですのね」
「その通りでございます」
ラクは大きな扉を開けた。
中へ入った瞬間——
「おぉ……」
シンは思わず足を止めた。
広々としたエントランス。
天井から吊るされた巨大なシャンデリア。
赤い絨毯が奥まで真っ直ぐ伸び、床は鏡のように磨き上げられた大理石。
壁には王国の風景画や歴代卒業生の肖像画が飾られていた。
「ここ、本当に学生寮か……?」
「ふふっ」
ラクは少し誇らしげに微笑む。
「王国最高峰の学園ですので」
歩きながら説明を続ける。
「一階は食堂、厨房、談話ラウンジ、大浴場などの共用施設のほか、私達メイドや使用人の居住区となっております」
ちょうどその時。
数人のメイドが料理や洗濯物を運びながら、シン達へ一礼した。
「お帰りなさいませ」
「……なんか本当にホテルだな」
「学生寮とは思えませんわ」
ルキナも感心していた。
「二階から四階までは男子生徒のお部屋」
「五階から七階までは女子生徒のお部屋となっております」
「男女で分かれてるのか」
「はい」
「なお、教師の皆様は学園内にございます教職員宿舎で生活されておりますので、こちらへ立ち入ることは基本的にございません」
「なるほど」
シンは辺りを見回す。
廊下では、魔導科らしき生徒が談笑しながら歩いている。
聖癒科と思われる制服の女子生徒が本を抱えて通り過ぎる。
魔剣士科だけではない。
様々な制服を身に纏った一年生達が、この寮で生活しているのだ。
「賑やかになりそうだな」
「えぇ」
ルキナも微笑んだ。
「退屈はしなさそうですわ」
ラクは階段へ案内する。
「それでは、お部屋へご案内いたします」
2階へ上がると、長い廊下の両側には木製の扉が規則正しく並んでいた。
それぞれに部屋番号が刻まれている。
「こちらがお部屋の鍵になります」
ラクは一人ずつ鍵を手渡した。
「今日から皆様のお部屋です」
シンは鍵を受け取り、200と書かれた自分の部屋の前へ立つ。
小さく息を吸い込み、扉を開けた。
「おぉ……」
シンは思わず声を漏らした。
広めの個室。
大きなベッド。
机。
本棚。
クローゼット。
専用のシャワールームまで備わっている。
「学生寮ってレベルじゃねぇな……」
荷物をベッドの上へ置き、窓を開ける。
外には美しい庭園が広がっていた。
「悪くない」
ベッドへ倒れ込もうとした、その時だった。
コンコン
部屋の扉がノックされる。
「シン!」
聞き覚えのある熱い声。
「開いてるぞ。」
扉が勢いよく開く。
「やぁ!」
フェリックスだった。
満面の笑みを浮かべている。
「荷物も置いたことだ! これから寮を探検しないか!」
「食堂! 訓練場! 浴場!」
目を輝かせる。
「きっと面白い場所がたくさんある!」
シンは苦笑しながら立ち上がる。
「……休ませてくれそうにないな」
フェリックスは親指を立てた。
「もちろんだ! さぁ、新しい学園生活の第一歩だ!」
シンは小さく笑う。
「分かったよ。案内してくれ」
シンは靴を履き、外へ出た。




