第16話 「入学式」
——大講堂
オルド・アルカナ学園の中央に存在する巨大な建物だった。
高い天井。
巨大なステンドグラス。
赤い絨毯。
まるで王城の謁見の間だった。
「広すぎるだろ……」
シンは思わず呟いた。
講堂には既に大勢の生徒が集まっている。
青いネクタイ。
白いネクタイ。
紫のネクタイ。
赤いネクタイ。
学科ごとに綺麗に列が分かれていた。
「こちらですわ」
ルキナがシンを先導し、魔剣士科の最後尾に着いた。
魔剣士科の列。
圧倒的に人数が少ない。
他学科が何十人もいる中で。
魔剣士科だけはぽつぽつとしかいなかった。
「本当に少ねぇな」
「だから特別なのですわ」
ルキナは当然のように答えた。
やがて鐘の音が鳴る。
ゴォォォン——
講堂が静まり返った。
壇上へ一人の教師が上がる。
「それではこれより、オルド・アルカナ学園入学式を執り行います」
生徒達が姿勢を正す。
「まず初めに——」
教師が一礼した。
「学園長。ピエトロ・カーニバル様より祝辞をいただきます」
その瞬間、壇上脇の扉が開く。
現れたのは。
赤い燕尾服。
黒いシルクハット。
左右で色の違う瞳。
赤と青。
まるでサーカス団長のような男だった。
「あ、あれが校長?……」
「そうみたいですわ……」
シンとルキナはヒソヒソと会話をする。
そして、男は壇上に上がり両手を広げた。
「やぁ! やぁ! 諸君! 入学おめでとう! まずは拍手だ!」
パチパチパチパチ
ピエトロが拍手をし、生徒もまばらに拍手をした。
「おめでとう! 本当におめでとう! 今年も素晴らしい新入生が集まった!」
パチパチパチッ
拍手を終え新入生達を見渡す。
「さて、諸君はここへ来るまで色々な努力をしたことだろう」
「剣を振った者。魔法を学んだ者。勉強した者。何もしていないのに受かった天才」
ピエトロは笑う。
「まぁ理由はどうでもいい! ここにいるということは! 君達は合格した! それだけだ! だから胸を張りたまえ!」
そして、魔導科を見る。
「魔導科! 勉強を頑張れ!」
「はい!」
「聖癒科!」
「人を助けろ!」
「はい!」
「創成科!」
「実験での爆発はほどほどに!」
「はい!」
教師陣が頷く。
「そして魔剣士科!」
赤いネクタイの列を見る。
「君達は少ないね! 毎年少ない! だが安心したまえ! 少数精鋭という言葉は格好良いからね!」
ピエトロは満足そうに頷く。
「さて! 本当はもっと話したい! 三時間くらい!」
会場がざわつく。
「だが教師達に止められた!」
教師陣が頷いた。
「なので終わる!」
早かった。
「友を作れ! 学べ! 恋をしろ! 青春をしろ!」
一拍。
そして、ピエトロは笑った。
「人生は案外短い! 楽しめる時に楽しみたまえ!」
再び両手を大きく広げる。
「ようこそ! オルド・アルカナ学園へ!」
——そして
次は在校生代表挨拶。
司会の教師が告げる。
「生徒会長。ルクス・レガリア・レクス」
その名が呼ばれた瞬間。
「レ、レガリア?」
シンが思わず反応する。
隣ではルキナも目を見開いていた。
「まさか……お、おい、ルキナ。まさか親戚か?」
「ええ……」
ルキナは壇上を見つめたまま呟く。
「現国王陛下の第一王子。ルクス様ですわ」
壇上へ一人の青年が歩く。
金髪。
青い瞳。
騎士のように整った立ち姿。
そして、どこかルキナと似た気品を纏っていた。
「マジかよ……」
シンは小さく呟く。
以前ルキナから聞いた話を思い出していた。
現国王、マグナ・レガリア・レクス。
そして、王家レガリア家。
その名前を持つ人物が今、目の前に立っている。
「まさか同じ学園だったとは……」
ルキナも驚きを隠せない様子だった。
壇上ではルクスが静かに口を開く。
「新入生諸君。まずは入学おめでとう」
低く落ち着いた声。
先程のピエトロとは打って変わり、空気感が違う。
「諸君はこの学園の門を潜った。それは誇るべきことだ。ここにいる全員が努力し。競い勝ち抜いてきた」
シンは胸元の獅子の紋章を見る。
今朝感じた緊張が少しだけ蘇る。
「だが、今日からは違う。ここでは過去の実績は意味を持たない。貴族も。平民も。出身地も。肩書きも。全て関係ない」
その言葉に何人かの生徒が表情を変える。
「問われるのは今だ。どれだけ努力できるか。どれだけ高みを目指せるか。どれだけ仲間を守れるか」
王子らしい言葉だった。
だがそれ以上に。
騎士らしい言葉だった。
「この学園には強者がいる。天才がいる。才能ある者がいる。そして必ず挫折がある。自分より強い者に出会うだろう。自分より優れた者に出会うだろう。己の限界を知る日も来る」
ルクスの声は変わらない。
静かで。
真っ直ぐだった。
「そして、その時立ち止まるな」
青い瞳が新入生達を見る。
「剣を握れ。学べ。足掻け。前へ進め。諸君らの3年間が実りあるものになることを願う」
そして、最後に少しだけ表情を和らげた。
「困ったことがあれば生徒会を頼れ。我々は諸君を歓迎する」
深く一礼する。
「以上だ」
ルクスは静かに演台から下がった。
そして——
パチパチパチパチパチ!!
大きな拍手が巻き起こった。
新入生だけではない。
教師達。
在校生達。
全員が拍手を送っていた。
「すげぇ……」
シンは思わず呟く。
ただ挨拶をしただけではない。
会場全体が自然と敬意を示していた。
そして、先ほど開会を告げた教師が再び壇上へ上がった。
「それでは以上をもちまして。オルド・アルカナ学園入学式を終了いたします」
教師は深く一礼をし、式典は幕を閉じた。
——入学式終了後
生徒達は各教室へ向かう。
廊下は人で溢れていた。
赤い絨毯。
高い天井。
巨大な窓。
まるで城の中だ。
「広っ……」
シンは思わず声を漏らした。
「王城よりは少し狭いですわ」
ルキナがさらりと言う。
「比較対象がおかしいんだよ」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」
そんなやり取りをしながら歩く。
すると、その隣。
小柄な少女が欠伸をした。
「んー……疲れたぁ」
「お? まだ歩き始めたばっかだぞ」
「でも疲れたものは疲れたよぉ」
眠そうな紫色の瞳がシンを見る。
「……」
「……なんだ?」
少女は一歩近付いた。
「クロエ・アビス。よろしくねぇ」
「ヤマト・シンだ。よろしく」
するとクロエの視線が横へ移る。
「ルキナ・アルテリアですわ」
ルキナが軽く一礼する。
「よろしくお願いします」
「ふふっ」
クロエが笑う。
「お嬢様って感じだねぇ」
「よく言われますわ」
「へぇ」
クロエは頷いた。
そして、次の瞬間。
シンの目の前まで歩いてきた。
「うおっ」
近い。
顔が近い。
紫色の瞳がすぐ目の前にあった。
「んー」
さらに一歩。
「近くないか?」
「そうかなぁ?」
「そうだよ」
だがクロエは止まらない。
そのままシンの肩に軽く腕を乗せた。
「おぉ? おい」
「ふふっ」
「思ったより面白い子だねぇ」
「何がだよ」
「なんとなくぅ?」
「適当だな」
クロエは楽しそうに笑う。
「クロエさん」
静かな声。
ルキナだった。
「近いですわ」
「そうかなぁ?」
「近いです」
「でも別にいいよねぇ?」
「よくありません」
即答だった。
クロエは首を傾げる。
「ルキナちゃんも結構近いと思うけどぉ」
「そんなことありません」
「ありますわ」
とシン。
クロエがくすくす笑う。
「へぇ。仲良しなんだねぇ」
クロエは面白そうに目を細める。
そして、またシンの腕にぴとっとくっついた。
「おい」
「落ち着くぅ」
「俺は落ち着かないんだけど」
柔らかい感触にシンの肩が少し強張る。
(近っ……!)
すると。
「クロエさん」
ルキナの声が少し低くなった。
「離れてくださいませ」
「やだぁ」
「やだじゃありません」
ルキナの視線は冷たい。
クロエはしばらく首を傾げていたが。
「んー」
やがて諦めたようにシンから離れた。
「残念」
シンは思わず肩の力を抜く。
近かった。
本当に近かった。
髪が肩に触れる距離。
ふわりと甘い香りまでしていた。
(近すぎるだろ……)
年頃の男としては意識しない方が無理だった。
すると、クロエがくすりと笑う。
「ふふっ」
「反応面白いねぇ」
「普通の反応だと思うぞ」
「そうかなぁ?」
「そうだよ」
クロエは不思議そうに首を傾げる。
まるで本気で分かっていないようだった。
「んー……」
「なんだ?」
「分かんないけどぉ」
クロエは少し考える。
「なんかシンくんには近付きたくなるんだよねぇ」
「は? なんで?」
「分かんない」
「分かんないのかよ」
「うん」
クロエは満足そうに笑った。
そして今度はちゃんと距離を取ったまま歩き始める。
「ふふっ。また後でねぇ」
クロエが手を振る。
「……」
シンはなんとも言えない表情をしていた。
そして、扉が見えてきた。
金色のプレート。
そこには——
——『第一学年 魔剣士科A組』——
そう刻まれていた。




