第72話:【約束】と【涙の味】。
「では僕はこれで失礼するけれど、最後に君から一言聞かせてくれないか?」
「な、何を……これ以上私に何をしろというのだ……」
「ははっ、これ以上何をしろ? 今まで何もしてこなかったのだから最後くらいきっちり娘の為に働き給えよ。君がすべき事はただ一つ。娘を宜しく頼むと今ここで僕に頭を下げる事だ。ついでに翔子にも今までの事を謝ってもらおうか」
これをさせたくてこんなアホみたいな演技をしたんだ。
これをうさこに見せたくて。
とんでもない額を用意してくれた有栖さんには一生頭が上がらないが、これからの人生かけて彼女の役に立つと誓おう。
それを強制された訳でもないけれど、うさこを助けてくれた彼女の為に私はそれくらいしかできない。
「……分かった。翔子、今まで……父親らしい事は何一つしてこなかった。必要無いと思っていた……お前を見ていると、妻を思い出して辛かった」
「お父様……」
「何を言っても最早言い訳だが、けっして愛していなかった訳じゃない。だからこれだけ言わせてくれ。どうか、幸せに……。そしてそこの君、どうか、どうか……翔子を宜しくお願いします」
どすん、と音がするほどに、彼は頭を畳に叩きつけて土下座をした。
「君は、少なくとも今だけは翔子の父親だったよ。……そうそう、ちなみに僕はこの後所用で香港に行かなくてはいけなくてね。しばらくはまだ学校へも通わせるつもりでいる。関わるなとは言ったが翔子がもしも手紙など書いたなら、返事をする事くらいは許可してもいい」
「き、君は……」
「くれぐれも、僕との約束を忘れない事だ。では行こうか翔子」
うさこは名残惜しそうにしつつも、父親に深く一礼し「ありがとうございました」と一声かけて私の後をついてきた。
その後の事は有栖さんに任せ、私と咲耶ちゃんはうさこを連れて全力でその場から逃げた。
十分離れた所で咲耶ちゃんの車から降ろしてもらい、別れたのだけれど……いろいろあって疲れてしまったため、身体と心を休ませる為にそのままうさことカラオケボックスに飛び込んだ。
「おねーさま……本当に、ありがとうございます。嬉しいですわ」
「初めて会った時に言っただろ? お前に何かあったら必ず守ってやるってさ」
うさこは両目に涙をいっぱい溜めて、溜めて、溜めて……抑えきれずにぼろぼろと泣き出してしまう。
「なんだぁ……ちゃんと、覚えてくれてるんじゃないですか……」
長い事忘れていた事。
うさこと初めて会った時……それは私が空手の試合に出ていた時の事だった。
正直言ってあの頃の私はかなり荒れていて、弁天様なんてもてはやされては馬鹿共を率いて暴れていた。
格闘技もいろんな物に手を出していたけれど、気まぐれで空手の大会に出たらどこまで行けるのかと思い参加したんだったかな。
思った以上に相手が弱くてやる気なくして、試合をすっぽかそうと会場の外へ出た時にそいつは居た。
肩の下くらいまで伸ばした黒髪、赤縁の眼鏡。地味な女だった。
そいつが、何やら不良に食って掛かっていた。
明らかに力も何もない癖に下らない正義感を振りかざして不良共に説教をしようとしていた。
どうやら不良二人組が、気の弱そうな男子から金を巻き上げようとしていた所に遭遇し、止めようとしたらしい。
放っておけばいいのに。
「私は、貴方達みたいに力があるのに下らない事に使う人たちが大嫌いです!」
確かそんな事言っていた気がする。
私は自分に言われたみたいに思えて胸が痛かった。
勿論私は私のやりたい事だけをやってきたし、間違った事をしたとは思っていなかったけれど、あの馬鹿共を率いて街を暴れ回っていたのはけして褒められるような事じゃあなかった。
「力を持って生まれたなら、その力をもっと価値のある事に使って下さい! 人からお金を巻き上げるような下らない使い方はしないで!」
そんな生意気を言うもんだから今度はその地味少女が暴力を振るわれそうになって、私はつい助けに入ってしまった。
「君から見たらこれもいい使い方とは言えないかもしれないけれど、これが私の正義だから」
とか恥ずかしい事を言ってその二人をボコボコにした覚えがある。
そしたらその少女は「こ、怖かったですーっ!」とか言って泣きついてきて。
足なんてガクガク震えていて、さっきまでの威勢はどこ行っちゃったんだって笑えてきた。
この子もこの子の正義を貫こうとしたんだ。
それに気付いた時、私はこんな事していちゃだめだなって気付いた。
弁天を辞める決意をしたのはこの時だった。
「ありがとう。君のおかげで私は大事な事に気付けた気がする」
「そんな、私こそ助けられて……危険な事に巻き込んでしまって……ごめんなさい」
「世の中君みたいな真っ直ぐな子ばかりならもっと平和になるんだろうね。でもその生き方は敵も多くなるかもしれない。気を付けるんだよ?」
そう声をかけて、私は試合へ戻るため会場へ向かった。
やると決めたならきちんとやらないと相手にも失礼だ。
「あの、もし……私がまた危ない目にあったら……」
「その時は私に任せて。必ず、守ってあげるから!」
最後にちらっとだけその子に振り向き、手を振って別れた。
「うさこ、今の私があるのお前のおかげだ。少しは恩を返せたかな?」
「恩だなんて……私、あの時おねーさまの事男の子だと思ってて、馬鹿みたいに簡単に恋に落ちて……誰だか知りたくていろいろ調べて大会の出場者見たら……おねーさまがおねーさまだって気付いて……」
男だと思われてたのか……ちょっとショックだけど、今日も男を演じてきたばかりだからなんとも言えない。
「それでも……不思議なくらいこの気持ちは変わらなかった。おねーさまだったんだって知っても、私は私の気持ちに嘘が付けませんでしたの」
「うん」
「だから、えっと……おねーさまは私に恩を返せたか、なんて言いますけれど……恩を感じているのはこちらでして、その……あの日から、ずっとずっと思い続けておりました」
急に畏まっちゃって可愛い奴め。
「おねーさまには奈那さんが居るのも勿論分かってます。我儘は言いません。でも、それでも……出来れば傍に置いてほしいですの」
はぁ……私はつくづく女の子の涙に弱い。
何も言い返す気にはなれなかった。
言葉を放つ変わりに、その小さな頭を優しく撫でる。
「私はうさこの父親から君の事を任されちゃってるからね」
そう言うと、うさこも泣きながらケラケラと笑った。
「マフィアとっても似合ってましたわ♪ 素敵ですの。惚れ直しました♪」
「や、やめてよ恥ずかしい……」
「おねーさま」
「うん?」
「わたくし、ずっとずっと、これからもおねーさまの事が大好きですの」
そう言ってうさこが私にそっと唇を触れさせた。
そのキスは、ほんのりしょっぱかった。
うさこ編、これにて完結です。
かなり無茶苦茶な方法ではありますが有栖の発言力あっての結果ですね。
仮に父親が後にこの茶番に気付いたとしても、もう何も言えないでしょう。
なかなか更新ペースが安定しない作品ではありますが今後も完結まで応援して頂けると嬉しいです。
一応大きなくくりとしては次がラストになる予定です。
気が向いたら思った通りの評価などをしていって下さるとモチベ向上に繋がりますので宜しくお願いします♪





