薬師の葛藤3
ワシはその時、何故死にかけの小娘一人、手間をかけて世話を見たのか分からなかった。
いや、分からなかった振りをしていた。
救われたかったのだろう。
決して取り戻せない、唯一無二の愛に。
しかし子供というのはどうにも感覚が鋭敏でいけない。
その情けなさを見抜かれ、ユイに怒られた。
「私のシンマネを使って、降霊術の研究の続きをしてよ」
「なんじゃと?」
「ずっと救われたい顔したってダメ。貴方を救えるのは貴方自身じゃない」
しかし慢性的に、いままでも、これからも、まさに永遠とも言える程の時間を体調が悪いままで過ごさなければならないユイは、怒る事に対するエネルギーを極限まで使わなかった。
「じゃが、ナイトメアは必ず死ぬ、ワシはそんな神の摂理に逆らっ……」
「神なんていないよ、じーやん。祈っても願っても頼ってもね、救ってなんて下さらない」
「降霊術がまやかしだったら?」
「まやかしなんかじゃない。正しい降霊術はきっとある。本に書いてあったんでしょう?じーやん、あなたの信じて疑わない愛は、私をここまで育ててくれた事で証明できた。あとはそれを研究にぶつけるだけ」
「お前はどうする?」
「私はこの街を大きくする。あなたの教えてくれた力で」
「バカな……」
「あいつらに襲撃しようなんて気が起きなくさせるくらいに、発展させて、怪我人を出さないよう、じーやんの負担を減らす」
ワシは驚いた。
既にシンマネを分配させるすべは、ワシ以上のものになっていたのだ。
せめてワシの命尽きる前に、最愛の家族を蘇らせるべく、邪法に手を染めるワシの背中を押すのだ。
強大な力を持つが故にオルレアンの民共から疎まれ、長からは残酷な言葉を日々投げつけられ、孤独の苦しみを知る彼女の境遇を教えてもらったワシには、失う事への恐怖が分かった。
「ああ、ありがとう」
「ワシのシンマネは性質を任意のものに書き換え、他人に付与する。要は使い勝手のいい薬じゃ。素体に魂を込めて、死者を蘇らせる蘇生術のついでに手に入れた力だ。そして今は、その研究を咎めるどころか、応援してくれたあやつを狙う者共がいる」
「ワシはユイを守りたい。家族に生きて欲しいという想いと同じくらいにな」
「そのためにあらゆる脅威となり得る可能性を跳ね除けなければならなかった。すまない、お主への無礼を詫びる」
この頃には僕の傷は、まさに魔法のように、綺麗になくなってしまっていた。
しかも、黒い塊のせいで背負わなければならなかった気怠さは、最早感じられない。
この爺さんの僕へ向けた敵意の意味をやっと理解できた。
「何故泣く?」
「ユイさん、あんまり……いい人だったから……僕だったら絶対グレてた……力を持ってしまった不幸で命を狙われたり、体調がずっと悪いままでいなくちゃならないなんて、おもっきり怒ったり笑ったりできないなんて、辛すぎる……」
「だけど、それでも今のユイさんはすごく晴れやかだったから……少なくともひとりぼっちじゃなかったんだ……」
この少年。
泣きながら笑ってるぞ……
悲しいのか、嬉しいのか、はっきりしてくれ。
こんな表情、今まで……いや、一人だけこんな表情をする奴がおった。
ユイだ。
まさか……ヒトなのか。
ワシにはユイがどのナイトメアとも似ても似つかんのをずっと感じていた。
醸す儚げな雰囲気と、どことなく感じる弱さが、ナイトメアには全くない。
笑うことはあっても、基本的には涙など流さないのだ。
「あんないい表情が出来るほど、優しい人に会えたんだ……良かった……」
このただっぴろい世界に、自分と同じではない者達が住んでいて、孤独でないハズがないと。
シキもユイさんも。
どこかでそう勝手に思い込んで居たのは、僕の独りよがりだったのかもしれない。
だからこそ救われたような気がして、思わず泣いてしまったのだ。
「小僧……実はな」
「ん?」
「ワシはもう限界が近いのだ」
苦し紛れの笑いを見せる薬師の体の一部が、気化しているように、虹色の粒子へと変わりつつあったのを、僕は目にした。
突然の事で何も言えずにいた僕に彼は更に豪快な笑顔で。
「今日は呑もうぞ」
と、豪快に傷なんかのことも気にかけずに、僕は彼と屋敷で語り合った。
この屋敷の現実を、真実を。




