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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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678 死睡の王

 コロッサスが動き始めたその時だ。

「こっちも準備できました!」
「うむ。すぐに展開するぞ!」

 結界の準備が整ったらしい。フォルセトが声を上げると、離れたところでジークムント老が答える。
 2人がタイミングを合わせてマジックサークルを展開すると、地下からの攻撃を防ぐための結界が展開された。
 魔人用ではなく、対魔物用の結界だ。

「先行して魔物を蹴散らします!」
「はいっ!」

 結界を張り終えてしまえば堀の底に用はない。頭上では戦いの真っ最中だったが、バロールを身体に纏わりつかせるような弾道で動かしながら、一気に堀の外へと跳ぶ。
 サンドワームの支援砲撃を弾き散らし、迫ってくる魔物をウロボロスの打撃で吹き飛ばす。シールドからシールドへの反射を繰り返す動きと共に、周囲一帯の魔物をあたるを幸い薙ぎ倒していけば、堀の底から遅れてフォルセトとジークムント老、コルリスが飛び出してくる。

 結晶の鎧を纏ったコルリスがジークムント老の盾となり、顔を出すと同時に水晶の弾丸や槍による狙撃を見舞う。臭気で狙いをつけていたのか、まだ周囲に残っていた魔物に寸分違わず叩き込まれていった。ジークムント老は、何に狙われるということもなく、防御陣地の中へと入っていき、フォルセトはシオン達と合流するために更に上空へと飛んだ。

「テオ!」

 グレイスが声をかけてくる。上空にいるグレイスと視線が交差する。
 頷いて答える。

「ああっ! 俺達でコロッサスとラーヴァサーペントを潰す!」
「では、シリウス号を前線へ!」

 ステファニア姫の言葉が伝声管で響く。
 パーティーメンバーで動ける者がオフェンスに回る。シリウス号は前線に出して即席の防御陣地の代わりとする。ベリオンドーラの王城程ではないが、こちらが攻撃に回ればシリウス号が拠点としての役割を果たせるのだ。

「儀式場の守りは、お任せを」
「ええ。始めましょう」

 ヘルヴォルテの言葉にクラウディアが頷いて、マジックサークルを展開した。ヘルヴォルテのための転移結界が広がる。
 シリウス号とパーティーメンバーが前に出る分の、戦力の穴埋めだ。前に出る俺達にも魔物の攻撃は来るだろうし、後衛への攻撃はそれだけ軽減される部分はある。

「行きますよ」

 現れては消えるヘルヴォルテが魔物を次々と刺し貫いてその頭数を削っていく。

「準備は良いですか!?」
「こっちは大丈夫だ!」
「では、行くわ! アルファ、お願い!」

 オフェンス組が甲板に乗ったところで艦橋とやり取りを交わし、ステファニア姫の声と共にアルファの咆哮が響き渡る。
 シリウス号による突撃で空中の魔物達を蹴散らし、道を強引に切り開いて、その中を突っ切っていく。

 前に出てきたコロッサスを攻撃可能な距離に捉えたところでオフェンス組が甲板から飛び出す。シリウス号はそのままラーヴァサーペントに砲撃を加え、大きく弧を描くように飛んでいく。
 砲撃を浴びたラーヴァサーペントは鬱陶しげに灼熱のブレスを吐き返す。だが、当たらない。魔力光推進によって猛烈な加速でブレスを振り切ると、近過ぎず遠過ぎずの一定の距離を保ったままラーヴァサーペントの注意を引き付ける。本陣への遠距離砲撃を行わせず、いざとなれば前に出たみんなをすぐにでも救出に向かえる距離だ。

 ラーヴァサーペントまでは距離がある。まずはコロッサスから。
 そう思って動こうとしたところで……後方のベリオンドーラから新手が現れた。
 小規模な、シャドウレイヴンの一団が飛び出してくる。儀式場の本陣目掛けてまっしぐらに飛んでいこうとしているが――。

「みんなは……コロッサスとラーヴァサーペントを頼む。俺は、あいつを止めてくる」
「あいつ? ……まさか、テオ」

 目を見開くグレイスに、肩越し視線を送って頷いてから、バロールに乗って最高速で戦場を突っ切る。
 邪魔に入ったシャドウレイヴンを叩き伏せ、そいつに向かってウロボロスの打撃を叩き込んだ。交差する一撃。それを受け止めようとする大鎌。激突の瞬間――時間が止まったように感じた。

 俺の視線の先には、ウロボロスの一撃を、手にしている大鎌で受け止めたシャドウレイヴンの姿。否――。

「これは残念。力は抑えていたはずなのですが」

 涼しげな声。打撃の衝撃によるものか。それとも奴が敢えてそうしているのか。シャドウレイヴンの身体に亀裂が走っていく。
 そして――殻でも脱ぎ捨てるかのように剥がれ落ちた。その下から現れたのは――笑う魔人、イシュトルムだ。
 それを後方から見て取ったか、俺の身体をマルレーンの月女神の祝福が覆う。

「お前は――身のこなしが違和感の塊なんだよ。殻を被ろうが、魔力や瘴気を抑えようが、見れば分かる……!」
「違和感、ですか。中々面白い見解ですね」

 シャドウレイヴンを装って本陣に近付き、儀式場を先に破壊するという算段だったのだろうが――看破されたことすら意に介していないらしい。

「どちらにせよ――最初に潰すのなら、貴方か儀式かと考えていましたよ。他の者達など問題にさえなりませんからね。段取りが変わってしまいましたが、仕方がありません。貴方を殺してから、ゆっくり端から摘んで参りましょう」

 鍔迫り合いの形で火花を散らす、その向こうで、イシュトルムは笑みを浮かべている。
 俺を放置していては、コロッサスやラーヴァサーペントも潰されて、遠からず自分が動かざるを得なくなると見積もったわけだ。
 ならば自ら前に出て儀式場を真っ先に崩し、勝利を不動のものにしてしまうか。それとも俺を殺してから他を潰して回るか。

 この手応えと、奴の言動から考えれば、もう充分に回復していると見て間違いない。万全でないのなら、拠点での迎撃を選択しただろうから。

「上等だ。お前を叩き潰して、全て終わらせる」
「良い返答です。では――存分に殺し合いをしましょうか」

 片目を見開き、牙を見せて笑うイシュトルム。瘴気が全身から立ち昇ったかと思うと、真横から何かが飛んできた。
 勘に従って跳ぶ。寸前まで俺がいた空間を横から貫いたのは――髪の毛だ。束になった髪の毛が伸びて、槍のように横から飛んできた。大鎌はシャドウレイヴンを装うためのものでしかなかったのか、イシュトルムの手から塵になるように消失していく。

 イシュトルムの髪の毛が、生き物のようにざわめき、伸びていく。

 風魔法のフィールドを纏う。まず警戒すべきは、細菌や毒素のような、目に見えない攻撃。死睡の王としての力は母さんの封印術で制限を受けているのだろうが――仮にそれらを用いることが可能だったとしても、風魔法のフィールドで弾く。
 俺の対応に、イシュトルムが笑みを深める。

 一挙手一投足見逃さないようにしていたにも関わらず、次の瞬間、真横にイシュトルムが飛んだ。手足は全く動いていない。真横に引っ張られるように飛んでいき、そのまま跳ね返るように迫ってきた。

 およそ生物からはかけ離れた、先の読めない動き。四方八方から迫る髪の毛の刺突や細く束ねた斬撃をウロボロスで弾き飛ばす。
 その理屈は――瘴気の壁を髪の毛で掴むか叩くことで実現する動きに他ならない。奴の髪の毛の束。その全てが手であり足のようなものだ。

 こちらもネメアとカペラでシールドを蹴って、動きにフェイントを混ぜて攻撃の的を絞らせずに切り結ぶ。
 速い――! 直線的な速度や瞬発力はヴァルロスに軍配が上がるのだろうが、イシュトルムのそれは先が読めない事から来る速さだ。目で追えば惑わされる。薄いシールドを全方位に展開して攻撃の種類、威力、角度を読む事で、奴の動きを追い、手数の不足を補う。

 髪の毛の攻撃。その威力は束の太さに正比例するのだろう。加えてこちらを撃ち貫くなら勢いを乗せて射出するか振り切るかしなければならない。ならば動きが読み切れずとも攻撃は迎撃できる。細いものはシールドで逸らし、重い一撃はウロボロスで受け止めて間合いの内側へと切り込む。

 ウロボロスの逆端を跳ね上げれば、奴は初めて腕を動かして瘴気の壁を作り出して受け止めていた。攻撃の結果を見届けるより前にシールドを蹴って離脱すれば、巨大な獣が咢を閉じるように四方八方からの髪の毛の束が交差し、その空間を押し潰す。

「穿て――」

 避けられることも想定の内と、既に周囲に瘴気の塊が配置されていた。イシュトルムの腕が薙ぎ払うような仕草を見せれば、瘴気の集まっている空間から、細い槍のようなものが飛来する。
 全方位シールドを貫通するその感覚。恐らく普通のマジックシールドでも易々と穴を穿ってくるだろう。角度から弾道を見切り、身を躱しながら上下からソリッドハンマーを叩き付ける。

 一方は髪に止められ砕かれ、一方はイシュトルムがその手に作り出した刃で真っ二つに切り裂かれていた。再びこちらの間合いの外で奴の髪の毛と切り結ぶ。互いに攻撃を叩き付け、後方へ弾かれた。

 距離を取って、対峙する。
 特筆すべきは――あの刃も先程放ってきた細い槍も、瘴気を固めたものではない、ということだ。片眼鏡で見れば分かる。物理的な、何か。
 母さんは――死睡の王から何を封印した? そして、奴の手元には何が残ったのか。
 これまでに見た、奴の技と、能力は。そして何を魔法で補っていたのか。

「……段々、見えてきた。お前の能力は――」
「ほう。私の能力が理解できると?」

 イシュトルムが興味深そうに目を見開く。

「生命を操る……というのとは、少し違うな。そうだったなら、母さんが封印術を使った時点で、終わってたはずなんだ。だから母さんが封印したものは、分体にとっての主戦力ではあっても、お前の根幹に関わるものとは少しだけ違っていた。お前が――お前の分体が最後に母さんに浴びせたのも、何かしらの毒素であって細菌そのものじゃない」

 だからそう。奴の瘴気は――生命に深く関わりつつ、それ以外の物にも通じる何かを起点として操る、というもの。
 では、それは一体何か。

「炭素――だな? お前は、お前の瘴気に触れた炭素を操るか、或いは炭素そのものを瘴気から生み出すかして、それを起点に様々な有機物を合成したり、炭素そのものを操ることで、分子単位での加工をしたり、金剛石の針や刃のようなものを作り出せる」

 炭素。つまりあらゆる有機物の根幹を成す物質。
 細菌や分体のような他の生命体は勿論、髪の毛を筋肉繊維に見立てて手足のように扱うことも簡単なはずだ。
 母さんに他の命を操るような能力は封印されたのだろうが……ベリオンドーラの設備を合わせれば、魔物の製造にもさぞかし有用な力を発揮したことだろう。
 奴から感じる違和感の正体もこれ。形は人型でも、まともな生物としての中身をしてはいまい。

「炭素……。炭、ですか。人間達はこれをそう呼ぶのですね。ま、概ね正解としておきましょうか」

 イシュトルムは楽しげに肩を震わせる。

「そう。かつてはこの力があれば何もかもをこの手で救えると、喜ばしく思ったこともあったのですがね。結果はこの通りです。今となっては――世界の全てが煩わしいのですよ」

 魔人化と、能力の代償か。
 奴に実際何が見えているのか知ったことではないが……操るには観測するための感覚が必要だ。
 だというのなら俺も世界も、そして奴自身さえも。例えばあらゆるものが化学式から構成されているような、さぞかし無味乾燥な世界が見えているのだろう。

 月の民がイシュトルムを否定したのも当然だ。
 奴は何でも作れるし、普通は見えないはずのものが見えてしまうから。
 多分、何にも価値を見出せなくなった。感情や思考は電気信号に過ぎず、生老病死の全てが思い通り。微生物も人間も、奴にとっては大した違いが無いはずだ。
 長い年月で、あらゆるものへの見方や受け取り方が、決定的に違ってしまっている。断絶してしまっている。

 だからと言って他者を、世界を、紛い物のように無価値と断じて、潰しながら歩くような……そんな奴を慮ってやる理由などどこにもない。思い通りになど、なってやらない。
 世界には奴の自由にならないものがあると、思い知らせてやらねばならない。
 ともすれば込み上げてくる憎悪と憤怒を押し殺し、ウロボロスを構える。

「来い。お前は、ここで終わらせる」

 余剰魔力を迸らせながら言うと、奴もまた牙を剥いて笑い、瘴気を全身から立ち昇らせるのであった。
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