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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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679裏 光弾と爆炎 前編

 機先を制するようにイシュトルムが前に出てきたが、それでもグレイス達にとってするべきことは変わらない。
 テオドールを信じ、またその信頼に応えるために、成すべきことを成す。
 グレイスはイシュトルムと激突する少年の姿に視線を送り、それから決然とした表情でその赤い目を眼下のコロッサスに向ける。

「グレイス。わたくしとイグニスは大蛇の相手をするわ。加護があってもあの高熱を生身で突破するのは難儀するでしょうから」
「我もあの大蛇と戦おう。マリー殿の操り糸による援護も、距離を取っていてはここぞという時にしかできぬだろうからな」
「分かりました。御武運を」
「あなたもね」

 ローズマリーは薄く笑い、グレイスも微笑んで答える。マクスウェルは核を明滅させた。
 マクスウェルの言う通り。ローズマリー自身はラーヴァサーペントへ迂闊に間合いを詰めるわけにはいかない。
 精霊王の加護が守るのはあくまで自然からの力だ。軽減する効果は確実にあるのだろうが、ラーヴァサーペントのように魔物が敵意を以って放つ高熱までは、相殺し切ることはできない。マジックスレイブの中継にて魔力糸の射程距離を延ばすことでイグニスの援護を行う。

「なら、みんなが戦いに集中できるよう、余計な邪魔が入らないようにする」
「守りは私達に任せて!」

 シーラとイルムヒルト、その肩に乗るセラフィナ、それからデュラハンやエクレール、マルレーンの制御を受けているソーサー等は双方の援護に回る。
 大半は後方の儀式場への攻撃に向かっており、シリウス号もまた魔物の目を引き付けているが、それでも敵の数の方が多い。背中を守る者が必要であった。

「行くよ!」

 セラフィナが角笛を吹き鳴らし、3頭の守護獣を呼び出す。それを合図にしたかのように、グレイスとイグニスはそれぞれの敵目掛けて突っ込んでいく。マルレーンのソーサーもグレイスとローズマリーを守るように分かれて滞空する。



「我が呼びかけに応えよ……。全ての母たる、偉大なる精霊よ……」

 一方、儀式場では――。
 アウリアは精霊力の高まりを感じながらも、更に原初の精霊への呼びかけを続けていた。

 エルフである彼女には、目を閉じれば分かる。
 それは――真っ赤に煮え立ち、噴煙を上げている火口のような存在だ。
 何が刺激になっていつ爆発を起こしてもおかしくはない……どころか、鎮静と眠りを呼びかけ続けているにも拘らず、引っ切り無しに小規模な地震と地鳴りが続いているし、アウリア自身にも圧力のようなものが吹き付けてくるのを感じている。

 それがもし自分に目を向けて、牙を剥けば。
 たちまちの内に呑み込まれてしまうだろう。巨大な精霊の怒りをまともに受け止める。その結果は精神の死か。或いは、限りない怒りへの同調か。

 そのことへの恐怖はある。精霊を敬うことは畏怖することと同じだからだ。だが、自分は一人ではない、とアウリアは感じている。

 精霊王が側に立っていて自分の守りや支えとなってくれている。集まって来ている精霊達も、精霊王に同調し、皆が必死にそれに向かって破壊など望んでいないと訴えかけているのだ。だから、アウリアに原初の精霊の怒りが向くことは無い。
 盟主ベリスティオの怒りに同調しつつも、精霊達の動きに戸惑っているような――そんな原初の精霊の気配を微かに感じている。

 今戦場に立ち、剣を振るっている者達。皆が皆、破局を回避するために戦っている。精霊王と共にヴェルドガルで祈り、歌い、奏でる者達もそう。
 ヴェルドガルだけではない。連絡を受けたシルヴァトリアやバハルザードの者達。ハルバロニスやグランティオス。そしてハーピー達。
 皆の祈り、願い。それらが怒りの化身たる巨大な精霊に呼びかけ、抑制する力となって流れ込んで来ている。
 顕現できない小さな精霊達が、原初の精霊に立ち向かうだけの勇気を与えている。

 そして――自分の背後に浮かぶルーンガルド。そこに眠っている、もう1つの巨大な存在が、目を覚ましつつあることにもアウリアは気付いていた。

「眠れる原初の母よ……慈しみの母よ。ここに顕れ、その御心を示したまえ……」

 それでも、もう少し。まだ少しだけ足りない。眠れる原初の精霊の慈しみや癒しであるなら、ラストガーディアンに宿るのは原初の精霊の怒り――暴れ狂う力そのもの。
 片割れの協力を得たとて、鎮めるにはまだ足りない。均衡を破るような、何かが必要であった。



 闘気を漲らせて迫るグレイスに対し、コロッサスは自ら空中に飛んで迎え撃つ構えを見せた。グレイスの何倍もの巨体を誇っているはずなのに、同等の速度で突っ込んできて、大剣を叩きつけてくる。
 そのコロッサスの大剣を真っ向から双斧で受け止め、闘気を爆発させるように弾き飛ばす。互いの腕が後ろに弾かれたかと思った時には再びそれぞれの得物が振るわれ激突して火花を散らしていた。

「これは――」

 巨体のあちらこちらに閃くマジックサークルと魔力光。グレイスは一瞬目を見開くが、すぐに表情を戻す。
 月の民の出自であるイシュトルムが手掛けた魔法生物であるというのなら、それは驚くには当たらない。迷宮深層の防御を担うティアーズやパラディンもまた、月の民が在りし日に作り上げたものなのだから。

 そのまま空中を飛び回り、闘気の光と魔力の輝きの軌跡を残して、弾かれてはぶつかり合う。激突。交差。そして離れ際の一瞬――!
 コロッサスの左腕が跳ね上がった。マジックサークルが展開。考えるより早く、グレイスは横に跳ぶ。

 掌から放たれた光弾がグレイスのいた空間を貫き、月面に着弾したかと思うと、眩い光の柱が立ち昇る。次々と光弾が放たれ、着弾と同時に光の柱があちこちに噴き上がる。
 それは――光魔法の輝き。グレイスに対し、不快感を与えるに足る光であった。

「なるほど。吸血鬼対策、ですか。死睡の王が考えそうなことです」

 イシュトルムはヴァルロスとの戦いを遠隔から見ていた。
 この分であれば他の者に相対してもそれぞれに対策用の術式を持っている可能性が高い。魔法生物であるからこそ、そういった対策を組み込むことができる。

 コロッサスは右手にもマジックサークルを展開し、その大剣に光の術式で輝きを纏っていく。

 だが。それが何だというのか。自分はダンピーラだ。純粋な吸血鬼程の不死性などない。一撃をまともに貰えばお終い。そんな戦いは、今までにいくらでもあったし、テオドールだってそんな戦いの中に身を置いている。
 そもそもが――血に渇き、光に怯えるのが吸血鬼の宿命だ。父も母も、それと戦った。だから、その両親の娘である自分が、今更光など恐れる必要があるものか。まして、死睡の王の作り出した、偽りの光などに――!

 グレイスは赤く輝く目を見開き、牙を剥くと一層の闘気を立ち昇らせる。光魔法の弾雨の中へと真っ向から突っ込んでいき、身のこなしだけですり抜けるように突っ切ってコロッサス目掛けて一撃を叩き込む。

 グレイスの闇の性質を宿す闘気の斧と、コロッサスの光を帯びた大剣が反発し合ってスパーク光が弾ける。向けてくる左腕を蹴り飛ばして砲口を逸らし、反動で横に跳びながら転身して脇腹へと斧を叩き込む。鈍い手応えがしてコロッサスは後ろに弾き飛ばされるが、堪えたところがない。すぐに体勢を立て直し、グレイスに向かって突っ込んできた。



 ラーヴァサーペントはシリウス号やヒュージゴーレムに向かって熱線を浴びせていたが、イグニスとマクスウェルが接近するのを見るや否や、鬱陶しげに咆哮を上げた。
 巨体に似合わぬ俊敏な動きで、月面を砕きながら尾が跳ね上がる。マクスウェルを握ったイグニスの身体が、一瞬ぶれるようにズレて跳ね上がった尾を回避していた。魔力光による瞬間的な加速で一撃をやり過ごす。

「行くぞ、イグニス殿!」

 核を明滅させるマクスウェルがその身体に雷を纏うと、イグニスが目を光らせて応えた。
 イグニスの膂力と魔力光、電磁力の加速度を合わせ、斬撃がラーヴァサーペントの胴体に叩き込まれる。
 黒々とした岩石のような表皮を深く切り裂き、ラーヴァサーペントに手傷を負わせる。しかし――。

 切り裂いたはずなのにあっという間に表皮が再生していた。
 痛みを与えてはいるのかラーヴァサーペントは声を上げたものの、もたげた鎌首をシリウス号からイグニス達にぐりんと向けると、怒りに燃える目で猛烈な速度で迫ってきた。断続的に焼けた大岩を口からぶっ放し、大顎を開いて迫る。
 転身。寸前までイグニスがいた空間で、顎を閉じる衝撃が弾ける。すれ違いざまのマクスウェルの斬撃。表皮を切り裂いたものの、あっという間に再生していく。

 おかしい、と、ローズマリーは今の一瞬の接触を見て思った。
 タームウィルズという迷宮の上で暮らす以上は、ローズマリーとて様々な魔物の知識も持っている。ラーヴァサーペントも伝承だけなら知っているが、あんな恐ろしい程の再生能力等伝えられていなかったはずだ。伝承であるからこそ、特筆すべき能力が記されるものだというのに。
 炎熱を意に介さないイグニスとマクスウェルであるなら、巨体であることを逆手に取って末端から確実にダメージを与え続けて苦も無く削り切れるのではないかと見積もっていた。だが……。

 今の再生能力を例えるならば――まるで――。

「死睡の王が、何かした、ということかしらね」

 テオドールの言葉を思い出す。死睡の王イシュトルムの力は、様々な物を合成し、生命の根幹にも関わる能力だという。
 自分がそういった能力や術を持っていたとすれば?
 死睡の王の立場で。思考で。敵を迎え撃つと想定して動いているならばどうするか。
 防御の要であるラーヴァサーペントを、より完全なものにしようと考えるだろう。

 手っ取り早く。手段も厭わない。そうした合理を突き詰めた考えは、自分とて得意分野だ。ならば思考も追える。

「――イグニスッ!」

 それを見逃さず、ローズマリーはイグニスに異常を知らせた。直接操作ではないが、ローズマリーの制御を受けているイグニスにはそれで充分に伝わる。

 ラーヴァサーペントが薙ぎ払うように炎を吹き付けるのと、月面から巨大な蛇の首が更に飛び出してくるのが同時。イグニスは迷うことなく炎の中を突っ切っていた。爆炎を突き抜けて、イグニスが反対方向へと飛び出す。
 イグニスを直下から噛み砕こうとした大顎が通り過ぎていく。
 ラーヴァサーペントの馬鹿げた再生能力。それはローズマリーからしてみるとヒュドラを連想させるものだったのだ。合成や改造を施されているとするならそれだ。

 ヒュドラの因子を受けたラーヴァサーペント。ならばヒュドラのように多頭であっても、何ら不思議はない。採掘場付近に探知系を阻害する結界術を施しておけば、奥の手も隠せる。そして、もう隠しておく意味はないとばかりに、次々と大蛇が鎌首をもたげる。それらは、胴体の一部分で一繋がりになっていた。

「……頭部の形が、ラーヴァサーペントとは違うのね。炎の吐息は――使えるのかどうか」

 奥の手を出されて尚、ローズマリーは冷笑を浮かべて観察を続ける。黒々とした岩石のような表皮。そこから覗く赤熱した身体は同じ。しかし、他の頭はラーヴァサーペントのそれではない。

 完成度を高める程の時間的余裕はなかった。
 全ての頭が吐息が使えるのなら、さっさと儀式場に多頭で浴びせれば良かったのだ。それをせずにイシュトルム本人が出てきた上、今の今まで多頭であることを隠しておいたというのは、他の頭からの吐息が無いからだ。

 手数は増えたし再生能力は厄介だ。――だが、他の頭の性質がラーヴァサーペントと違うのならば、自分とイグニス達が相手をしている限り、後ろに控えている儀式場への攻撃は、やらせない。
 ローズマリーは笑う。マルレーン、アシュレイ、クラウディア。みんな。みんながそこにいるのだから。それは――王族として生まれた者の矜持であり、そして仲間への信愛と信頼の証明に他ならない。
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