挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

524/1318

504 入り江の演奏会

 洋館付近には、料理の良い匂いが漂っている。宴会用の料理ということで、大きな鍋で大量に作っていたらしい。
 シリウス号内部の厨房だけでは間に合わないため、エルハーム姫が竈を作って、グランティオスから持ってきた食材や調味料などを用いて大量に料理を作っていたというわけだ。
 それらをシリウス号に積んで、東側の入り江に移動する。

「これは――」

 夕日で赤く染まった入り江をみて、グランティオスの面々――特にセイレーン達が反応を示す。

「入り江の底を野外用の劇場に改造しました。周囲や、岸壁の中の建物から歌を聴くことができるというわけです」
「こ、これを……私達が使ってもいいのですか?」

 マリオンが改造された入り江を見ながら尋ねてくる。

「はい。まだ魔道具回りが整ってはいないのですが、基本的には自由に使ってもらえればと――」
「テオドール様!」

 俺が途中まで言い掛けたところでマリオンは振り返ると、両手で俺の手を取って、明るい笑顔を浮かべた。

「素晴らしいです……! ありがとうございます!」

 と、マリオンから礼を言われる。

「本当! こんな素敵な場所を作ってもらえるなんて」
「嬉しいわ! ありがとう!」

 他のセイレーン達にも次々とお礼を言われ握手を求められたりした。
 いや、まあ……喜んでもらえて何よりだが。こちらの想像していた以上の反応ではある、かな?
 セイレーン達が自由に歌える場所ではあるが、定期的にコンサート等を開いて料金を取ることでヴェルドガルとグランティオスの交流であるとか、グランティオスの経済振興であるとかに繋がっていってくれれば、という話はしている。
 それでもセイレーン達にとっては想像していた以上の設備ではあったようで。

「ええと。それからですね。洋館の隣に作った建物も、歌や演劇を目的とした場所ですが、あちらは内部で音が響く代わりに、外には漏れにくい構造になっています」
「つまり……普段の練習にも使えるということでしょうか?」
「そうなります。あちらについても魔道具を設置して……それから、呪歌、呪曲の練習にも対応できるようにしたいとは思っています」

 そう言うと、セイレーン達は歓声を上げた。

「呪歌の中には人里離れたところでないと練習できないものもありますから……ここで練習できるようになると、本当に便利なんです」
「なるほど……」

 マリオンの言葉に頷く。大きな拠点に近く、歌を聴かせられる場所と練習する場所の、どちらも得られたというわけだ。洞窟に住んでいるというのも、そういうところに理由があるのだろうしな。
 何はともあれ、宴の開始である。入り江の観客席であるとか岩壁の建物の中であるとか、思い思いの場所にそれぞれが向かう。

 俺達は入り江の観客席に座る。周囲は何やら、グランティオスの子供達が集まっているな。こう、シリウス号で移動した時にも交流したからか、割合気を許してもらっているところはある。

 グレイスやローズマリー、クラウディアは懐かれている印象だし、アシュレイやマルレーンは仲良くなった子もいるようだ。シーラやイルムヒルト、セラフィナもそれは同じであるらしい。膝の上に乗せたり間に座ってもらったりと和やかな雰囲気である。
 人の動きが少なくなってくると、エルドレーネ女王は酒杯を持って、広場中央の海面上まで行って、声を上げた。

「では――些か遅くなってしまったところはあるが、祝勝の宴を始めよう」

 そう言って周囲を見渡す。それで、周囲の賑やかさは鎮まって、皆が女王の一挙手一投足に注目する。

「妾達はテオドール殿とその婚約者と戦友、月の女神殿、水の精霊王、そして地上の友の助力を得て、宿敵との戦いに勝利することができた。存亡を掛けた死闘になるとまで覚悟をしていたが、こうして我等はここにいる。その武勇と知略には、どれほどに感謝の言葉を重ねたとて、足りるものではあるまいが、だからこそ我等の感謝の気持ちを少しでも多く伝えなければなるまい」

 エルドレーネ女王は目を閉じて一旦言葉を切る。

「そして……戦いの中で散っていた我等の同胞達へも、勝利の杯を捧げよう。彼らの犠牲を我等は忘れない。海の平穏のために散った戦士達と、我等の義を信じ共に戦ってくれた盟友達に!」

 そう言って酒杯を掲げて一息に呷ると、エルドレーネ女王やヴェルドガルとグランティオスを称える声が響く。俺や他のみんなの名前も聞こえたりしているが。

 そして、その歓声が落ち着いたところで、セイレーン達が入り江の広場にやって来て、静かにお辞儀をする。更なる拍手が巻き起こった。
 その拍手が収まるのを待って――セイレーン達の口から歌声が響き渡り、竪琴が奏でられる。
 勇壮なイメージのメロディに乗せて、祝いの歌が入り江の中に響き渡る。それは――祝勝の宴に相応しい曲だろう。海の中だと、また音の広がり方が陸上とは違う。セイレーン達は泳いで位置を変えたりして、独力でステレオ効果を働かせてきたりするから、聞いていて飽きないところがあるというか。

 やがてその歌も終わり、続いて神秘的な曲調になった。それは――戦った者への感謝と平和への祈りを歌ったものだ。戦士達への鎮魂の歌だろう。
 目を閉じて曲に集中する。綺麗な歌声と音色に耳を傾けていると……静かにその歌も終わった。しんみりとした空気の中で、セイレーンの族長達が頭を下げた。

「このような大きな席で、楽士の役を仰せつかったことを、我等一族は光栄に思います。ですが、今宵は宴の席。ゆっくりと食べたり飲んだり談笑したりしながら、時には一緒に歌ったりして気楽に楽しんでいただけたら、私達としても嬉しく思います」

 そう言って観客席にいる俺達ににこりと微笑むと、今度は賑やかで楽しげな曲を奏で始めた。
 セイレーン達も交代で休憩を取って食事をしたりするようである。では……俺達もグランティオスの料理を楽しみながらのんびりと過ごさせてもらうか。



 陽が沈んだが、水守り達が魔法の光をいくつも浮遊させているので、入り江はかなり明るかったりする。
 グランティオスの料理は、やはり魚介類がメインだ。地上との交流があった時期があって、料理研究も進んでいるのか、貝の出汁がよく利いていて、味わい深いスープなどは絶品であろう。
 焼き魚に煮魚、烏賊に蛸。焼いたウニであるとかサザエもあるし、動物性のものばかりではなく海草のサラダもあって、バリエーションに富んでいる。プチプチとした食感の海草は、海ぶどうという奴だろう。

「水の中では作れないし食べられない料理というのは、元々は地上の者が持ち込んだものだが……グランティオスにとっては割合用意するのが手間でな。ハレの日の豪勢な料理という認識があるのだ」
「それだけに、色々趣向を凝らしたり、研究が盛んだったのです」

 エルドレーネ女王とロヴィーサが笑みを浮かべる。なるほど……。美味しいはずだ。何杯目かのお代わりをしに行くシーラ。とりあえず今日のところは夜釣りもしなくて大丈夫そうではあるか。

「独自の発展をしたところもあるようですね」
「一度、料理などについても交流を持ってみるというのも良いかも知れぬな」

 公爵家令嬢ヴァネッサの言葉に、エルドレーネ女王は笑みを浮かべた。そして、思い出したかのように俺を見て言う。

「ああ、そうだ。塗料に関しては近日中に手配しておこう。潮風で傷むのも防げるのだが、洋館や灯台などにも用いておいたほうが良いのかな?」
「それは助かります」
「では、印象を変えないように色を合わせるようにしよう」

 潮風による劣化が防止できるとなると、それも沿岸部の街では需要がありそうだが。現状では水蜘蛛の織物が交易品だが、酒や塗料なども今後は取引されるかも知れないな。

「一緒に歌っても良いんですか?」
「勿論です」

 と、イルムヒルトとセイレーン達が笑みを向け合っている。そういうことならとリュートを持ち出し、ユスティア、ドミニク、シリルもそこに加わって、海中と地上とで合奏をしたりと、あちらはあちらで盛り上がっているようだ。楽士役であり、音楽交流でもありといった雰囲気である。

「これを食べたら、シリウス号から楽器を取って来る」

 シーラが言う。ドラムセットか。あれも海中での使用を想定していないが、それだけに割合いい刺激になるかなという気はするな。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ