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番外260 暗黒の海にて

 水中のような浮遊感にも似た感覚があった。しかし光の差し込まない、月も星もない暗黒の海だ。その中にあって、生命と魔力の輝きだけが否が応にも目立つ。


 術式単体ではそれほど速く泳げるわけではないが、更なる土魔法の制御で流れを作り出すことによって補助を行ったり、シールドを蹴ったりすれば結構な速度が出せる。このあたりは魔道具を作った時点で検証済みだ。


 敵の位置も、見える。戦闘には問題ない。

 頭目も何らかの手段で俺達の位置を掴んでいるのだろう。真っ直ぐに自分に向かって進んでくる俺とコルリスの姿を確認したのか、驚愕に固まった後で直ぐに剣を抜き放った。


 首元に何やら強烈な魔力反応が輝いている。球形をした、何か。

 つまり宝貝だろう。珠型の宝貝。それが放つ魔力が力を増して、四方に拡散したと思った次の瞬間――魔力が魚のような形になってこちらに向かって突っ込んできた。


「来るぞ!」


 俺の言葉に、コルリスはこくんと頷く。結晶鎧が作り出されていくのが、土の向こうに魔力反応で見える。

 俺の声は魔道具を通して艦橋に伝わり、艦橋からステファニアを通してコルリスに伝わる。コルリスは既に感知しているが、声と仕草でやり取りが可能な事を確認する意味合いもある。


 土魔法で周囲の土に干渉。暗視の魔法を用いつつ自分の周りに土の無い空間を広げれば――。壁を突き破って槍の穂先のような銀色の魚が突っ込んでくる。ウロボロスを叩きつければそれはバラバラに砕け散った後で土塊に戻る。


 コルリスも鎧から飛び出す結晶の槍や、その爪で易々と引き裂いている。気のせい、ではないな。地上よりも動きが鋭いというか、活き活きとしているコルリスである。この分なら心配はいらなさそうだ。


 しかしやはり。敵は「一人で盗賊団を作り出す」ことが可能なのだ。土中を自由に泳ぎ、質感や色まで再現したゴーレムに似た代物を作成する。そんな宝貝。

 盗賊団を追っても見つけることができなかった。その理由が、これだ。盗賊団の下っ端は土に戻るだけ。頭目は土中を泳いで逃げるだけ。対策なしでは誰も追うことはできない。


 頭目は囮のつもりなのか、自分と全く同じ背格好の土人形達を生み出す。横一列を成して突っ込んでくるが――。無駄だ。俺は生命反応と魔力反応で見分けている。


「敵の分身! こちらの区別は問題ない!」

「コルリスにも区別はついているわ! 本体との違いは分かるって!」


 俺の問いかけにステファニアが答える。ならば問題は無い。そのまま互いの間合いが詰まって行き――暗黒の海にて頭目に切り込む。

 首を刈るような軌道で打ち込まれる斬撃をウロボロスで受け止めれば――。驚愕に目を見開く奴の顔が視界に飛び込んできた。この距離なら、生命反応だけでも表情まで分かるし、声も伝わる。


「餓鬼、だと!? 何者だ!」

「答える必要があるのか?」


 そう短く答えて、竜杖を跳ね上げ、剣を弾いて側頭部に薙ぎ払いを見舞うが、その一撃を、頭目は身体を逸らしてかわす。次の瞬間、剣を握る3本目の腕が奴の肩口から生えて斬撃を見舞ってきた。武器や身体の部位の一部の生成!

 カペラが角でその斬撃を逸らし、俺自身は頭目本体と切り結ぶ。斬撃と打撃の応酬。


 問題は奴の手にしているはずの剣――。これには本来、生命反応も魔力反応もないので地中では俺の目には見えにくい。闘気を纏っているが、輪郭がちらつく程度ではっきりは見えない。


 だから――頭の中でイメージを思い描く。敵の得物がどちらの手にあるのか。どんな角度で打ち込まれ、どこまでの間合いがあるのか。得物の長さまでは正確なところを掴んでいない。だからそれを悟られないように、身体を逸らして避けるような事は極力しない。前へ前へと踏み込んで、都市部から距離を取らせるように押し込みながら切り結ぶ。


 しかし、間合いが詰められない。互いに土中を泳ぐようにして攻撃を応酬しているからだ。

体勢を崩してシールドを蹴って踏み込もうと、奴は身体全体を後ろに押し流すようにして一定の間合いを取ってくるのだ。都市から引き離すということには成功しているが……間合いの内側に踏み込んで切り崩すというのが難しい。魔力衝撃波も土中全体に拡散してしまって今一つ効果を発揮しない。やはり、土中での戦闘というのは色々と勝手が違う。


 強い生命反応が剣の刀身を覆う。闘気の斬撃波。真っ向から魔力を込めたウロボロスの一撃で撃ち落として更に踏み込む。悪手だ。今の技で、得物そのものの間合いもきっちりと把握した。これで――もっと深く、鋭く切り込む事ができる。


 側面から突っ込んでくる土人形に、ネメアが応戦。懐のバロールが土の弾丸を作り出して応射。背後でもコルリスが爪と結晶の弾丸を以って、群がってくる分身達と戦闘を繰り広げている。

 大上段に撃ちかかってくるそれに――コルリスの手の甲から伸縮自在の水晶の槍が放たれて刺し貫く。迷宮深層の魔物から鹵獲した武器は土中でも有効である。元々土の中から狙撃できるようにコルリスに預けた武器だからだ。


 土人形そのものは大した強さではない。しかし周りが土だけに、無尽蔵に作り出せるのが問題だ。本体と切り結びながらも、ネメアもカペラもバロールもコルリスも、引っ切り無しの波状攻撃にさらされているような形だ。


 さっさと頭目を仕留めないと消耗を強いられる。

 頭目と切り結ぶその中で――。互いの武器が激突して弾かれ、一瞬間合いが開いた。土中――。ならば、こういうのはどうだ?


 全身の動きと魔力を連動させて螺旋衝撃波を放つ。指向性を持った衝撃波は拡散することも無く、一点で炸裂させることができる。魔力のうねりが掌から放たれた次の瞬間――奴は一瞬遅れて身を捩じるようにしてかわして見せた。寸前まで奴のいた場所で衝撃波が弾ける。


「ぐっ!?」


 その余波により土中で爆発が起こって、奴は衝撃から顔をそむけた。

 なるほどな。宝貝の力か? それとも何かの術式か?

 魔力の動きを感知している。そうでなければ螺旋衝撃波が放たれてから伝播するまでの間に身をかわせる理由がない。


 宝貝の魔力を身体に通しているか? だから、宝貝からではなく、奴の身体の周囲から土人形が生み出される。土塊に通した魔力を感知できるからこそ、土人形の制御が可能だとすれば……辻褄は合う。


 魔力を練り上げながら踏み込む。後ろに下がって逃げようとする頭目。そこから無数の蛇のような土人形が生み出されてこちらに向かって来る。ウロボロスを振るい、バロールからの土のスパイクを弾けさせるようにして打ち砕く。

 そんな小手先の誤魔化しは問題にならない。しかし宝貝から放たれる魔力が増大している。破壊工作に残しておくべき余力を捨てたということなのか。

 周囲の土を巻き込んで、魔力が広範囲に広がっていく。その輪郭を目で追えば――巨大な龍のような何かが姿を現そうとしていた。


「コルリス、背中に俺を」


 背後のコルリスに声をかける。両側面から迫ってきた頭目の分身――その最後の2体の頭部を掌で挟み込むようにぶつけて潰していたコルリスが、こちらに振り返りこくんと頷く。その背中に跨る様にして乗れば、結晶鎧に俺も組み込まれていく。

 魔道具への魔力供給も更に増大。コルリスをも術式の影響下に置く。バロールはコルリスの足元へ。循環錬気にコルリスを巻き込んで増強。コルリスがやや好戦的に喉を鳴らす。


 さあて――。


 こちらの準備が整うのと、奴の龍が完成するのがほぼ同時。暗黒の海を泳ぐ龍が大顎を開いてこちらに向かって突っ込んでくる。


 バロールからの魔力光推進と俺自身の土魔法によって推進の抵抗を軽減。大顎の一撃を振り切るような速度で土中を飛ぶ。俺達の少し背後で、龍の顎が閉じられ、凄まじい衝撃が土中一帯に広がった。巨体とは思えない素早さ。宝貝と術者を核とする土の龍。それらは本体から切り離された土人形の比ではない。だが――!


「行くぞッ!」


 俺の言葉にコルリスが咆哮で応える。


「剣よ!」


 第5階級光魔法スターブレイド。長大な光の剣がウロボロスの先端から展開する。迫ってくる龍の腕をすれ違いざまに叩き斬る。コルリスからは敵の魔力に紛れ、本体の位置が分からない。だが、俺なら見える。生命反応の輝き。その位置。


 循環錬気に巻き込んだ、その感覚で俺の意図をコルリスとバロールに伝える。コルリスもまた、自分の感知したものを、循環錬気を通して知らせてくる。互いの意図を理解して動く事で、一つの生き物のように機能する。


 暗黒の海の中を結晶の弾丸となって自在に飛翔。龍の顎、爪、尾の一撃を掻い潜って斬撃を見舞い、身をよじる龍に、コルリスが敵本体の位置目掛けて水晶の槍を打ち込む。龍の身体の中で、頭目が身体を逸らしてそれをかわす度に龍の動きも乱れるのが分かる。


 斬撃斬撃。速度と小回りでこちらが勝る。龍の身体に思うさま斬撃を浴びせ、魔力の刃で宝貝の魔力をかき乱す。修復により多くの浪費をさせることで、敵の消耗を狙いつつ、コルリスが水晶の槍を打ち込む。高速戦闘と、本体狙い。魔力の攪乱。徹底的に敵の制御をかき乱し、浪費を狙う作戦。

 対して、奴は龍の身体を変形させて応戦。突如生えた龍の腕が引き裂くように眼前に迫る。だが、乱れた制御では攻撃の軌道が、甘い。顔を逸らして腕を切り落とす。しかし、俺達からは、本体は距離を取ろうとする。


「こういうのはどうだ?」


 周囲にある土を制御して大きく空洞を広げる。方向を変えて飛び出せば――奴はこちらの飛び出す方向を一瞬ではあるが完全に見失ったようで、見当違いの位置に攻撃を繰り出していた。


 土に込められた魔力を感知する。不完全な魔力感知。だとするなら魔力で広げた空洞内部の様子を、奴は感知できない。だから――デコイと本体の見分けもつかない。

 土中の戦いであればどうしても魔力を行使すれば周囲に痕跡が残る。地表に立つ者の魔力も感知できるだろうから、本来なら問題にさえならなかった欠点だろう。だが弱点は、ある。それを理解したのか。奴も有視界での戦いに持ち込もうというのか、上へ上へと逃げていく。


 戦闘能力を持たないコルリスの形をした簡易ゴーレムを土中にばらまきながら、本体目掛けて突っ込む。デコイをいくつか爪で引き裂き――龍の口から巨大な土の槍が俺達向かって吐き出される。コルリスは横回転を加えるように飛翔しながら、土の槍をぎりぎりで避けて、そこから水晶の槍を打ち放つ。龍の身体を貫き、頭目の肩口に突き刺さる。


 生命反応の――その動きを見る。術者が忌々しげに咆哮すると同時に、龍の身体が膨れ上がるようにして変形していく。巨大な刀身に変形して纏めて薙ぎ払うような動きを見せた。増大した魔力から予想される一撃の規模。このタイミングは――流石に避け切れるかどうか、怪しい。余波だけでも相当な衝撃があるだろう。


 環境魔力を取り込んで魔力をより練り上げながら――マジックサークルを展開する。

 猛烈な勢いで巨大な斬撃が迫る。地を揺るがすほどの一撃が、俺達のいた場所を薙ぎ払っていく。


 だが――そこには俺達はいない。コンパクトリープで斬撃の軌道や余波から逃れている。龍の位置から見れば――上方だ。地表が近付いてきていたこともあって、土中から脱して空中に逃れている。魔道具への魔力供給をカット。結晶鎧の維持を中止。土に干渉する魔力を全て遮断してしまえば――奴からは見えない。

 手ごたえも無く反応が消え失せた事に混乱したように。地表目掛けて更に昇ってくる。


「コルリス。奴目掛けて俺を投げろ。力いっぱいで構わない」


 コルリスは俺の意図を理解したのか、マジックサークルを展開している俺をその手に乗せると、振りかぶって地表に投げつける。

 魔力光推進で更に加速。降り注ぐ結晶鎧の欠片。虹色に輝く欠片の雨。猛烈な速度で地表が迫ってくる。地表から飛び出してくる、龍の大顎。その内部に頭目の姿。

 視線が合う。


「何故上にいるッ!?」


 驚愕の表情。笑いながら突っ込んでいけば、奴は必死の形相で、大顎でかみ砕くように俺を迎撃しようとした。


 だが、威力も動きも精彩を欠く。それはそうだ。大技を繰り出した直後なのだから――。

 展開した魔法を解き放つ。分解魔法――ディスアセンブリー。


 身体の周囲に纏った術式の鎧――その白い輝きに触れた瞬間。

 龍の牙も、叩きつけられる奴の剣も諸共に魔力として分解していた。白い輝きが俺と奴を除いて四方に広がって――奴の宝貝から拡散する術式を分解し、寸断し、意味のないものにしていく。地表に飛び出した、龍の頭が自壊し、またある一部は俺の魔法に触れて魔力として分解され、消滅していく。


 今度こそ。奴の表情に恐怖と戦慄の色が浮かんでいた。輝きに触れた瞬間に一切合財が魔力として分解された事実を、理解したかどうか。

 結果はこれだ。空に飛び出してしまった奴に、土人形の補充はできない。俺は目と鼻の先。得物も分解されている。


「うっ、おおおっ!」


 恐怖を塗りつぶそうとするかのような咆哮。徒手空拳に闘気を込めて掌底を放ってくる。

それを皮一枚で避けて、その腕を掴む。


「――受け取れ。お前が焼いた村の住民の分だ」


 切羽詰まって混乱して繰り出された技など、物の数に入らない。空いた腕が呪符を取り出そうとしていたが、次の行動はさせなかった。腕を掴んで、そのまま近接用の雷魔法を展開したからだ。


「がっ!? ぎぃあああああああっ!?」


 絶叫。第6階級雷魔法ライトニングクロー。術式の制御が幅広く、殺傷目的にも非殺傷での鎮圧にも使える魔法だ。今回は……強烈なスタンガンのような調整。肉体の自由と思考の余地を奪って、逃れる事も反撃する事も許さない。

 たっぷりと電撃を浴びせながら、悠々とマジックサークルを展開。密着するような距離から、ウロボロスの先端を突きつけ、封印術の光の楔を、宝貝と頭目本人に直接突き刺す。


 レビテーションをかけてから手を放せば、きっちり術式が作動した事を示すように光の鎖が幾重にも絡みついていく。土の龍であった残骸に向かって、頭目は泡を吹きながらゆっくりと落下していった。

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