SS:探索者の日常「蟻羽の銀剣」
※サトゥー視点ではありあません。(クロ配下の隊長さん視点です)
※2/11 誤字修正しました。
「こんち~、親方いる?」
「スミナ! あんた生きてたんだね」
武器屋の女将さんが、泣きながら無事を祝ってくれる。正直、アタシみたいな貧乏人を覚えてくれているとは思わなかった。10年近い付き合いとは言っても、けっして上客じゃない。この10年の間に買った武器は6つだけ。最初に買った槍なんか、金が足りなくて、不足分を半月近く炉の番をやったりして購ったもんだ。手入れの仕方が判らなくて、何度も通ったお陰で覚えてくれてたのかもね。
「おお、誰かと思ったら、噛み付き亀の小娘じゃねぇか」
「もう小娘って言われるような年じゃないよ。世間じゃ嫁き遅れって言われる年さ」
奥から出てきた親方さんの失礼な徒名を訂正する。自分で言っててへこむけど、もう27だから嫁き遅れもいいところさ。クロ様が妾にでもしてくれないモンかねぇ。
「今日はどうした? 生還を報告しに来るような殊勝なタマじゃないだろ?」
親方は相変わらず失礼だけど、その言葉は的を射ていた。
「へへへっ、親方は何でもお見通しだね」
「何でもは知らねぇよ」
照れるな50男。
「それよか、この剣の手入れの仕方を教えてほしいんだけど」
腰の剣を抜いて親方に見せる。これはクロ様に貰った「蟻羽の銀剣」っていう魔剣だ。透き通った銀色の剣で、魔力を通すと怖いくらいの斬れ味を発揮する。前に一度だけ親方に振らせてもらった黒鉄の剣よりも、何倍も斬れる。なんせ、あのやたらと硬い蟻の甲殻さえ簡単に斬り裂くくらいだ。
「おい、スミナ。この剣をどこで手に入れやがった」
親方が、怖いくらいに真剣な顔で銀剣を見つめている。
「どうしたのさ?」
「いいから答えろ」
なんだろう、仕事の最中よりもピリピリした声だ。隠すほどの事でも無いし正直に「クロ様に貰った」と答えた。
「この剣は、そいつが作ったのか?」
「誰が作ったかまでは知らないよ」
「そうか」
「親方だって、前に作ってたじゃない?」
「ワシが作ったのは、蟻羽の銀剣だが、蟻羽の銀剣じゃねぇ」
親方が、何か怪しげな問答みたいな事を言い出した。
まだ、ボケる歳でもないよね?
「確かに、こんなに綺麗な銀色じゃなかったよね?」
「そうだ。蟻羽の銀剣は、高価だが作り方が広く知られているからな。この迷宮都市だけでも、年に10本以上は作られている。魔剣としちゃ、比較的ありふれたヤツだ」
だよね。
「だが、それは全部、灰色の剣だ。こんなに綺麗な銀色にはならねぇ」
「ふ~ん?」
「蟻羽の銀剣は、温度管理が命なんだ。薬液に浸した蟻羽に銀が付着するまでの間に、温度が数度ズレるだけで黒くくすんで使い物にならなくなる。昔々に、この魔剣の製法を伝えてくれた賢者様が作った剣は、透き通った銀色だったと伝えられている。これは、その賢者様が残した物じゃないのか?」
老人の話は長いねぇ。
「違うんじゃない? だって、その剣を貰った時に新品同然だったよ? 刃毀れどころか傷一つ無かったし」
今はちょっと傷がある。だって、迷宮蟻って硬いのよ。
「そうか……。スミナ、この剣を売る気は無いか? 金貨100枚まで出すぞ。なんなら、オレが前に作った蟷螂の大剣を付けてもいい」
げっ? 金貨100枚? しかも、その大剣って、確か幾ら金を積まれても売らないとか豪語していた親方の最高傑作じゃない。
「ごめん、親方。その剣をくれたのって敬愛する恩人さんなんだよ。いくら親方の頼みでも譲れないんだ」
この剣を売っちゃったら、クロ様に合わす顔が無いもんね。
「くっ、そういう事情なら仕方ねぇ。ただし、この剣を手入れする時は、必ずこの店に来い。ワシが手ずから念入りに手入れをしてやる。もちろん、タダだ」
おお、そりゃ凄い。
「ありがとう親方。でも、迷宮の中でも戦いの後に手入れが必要だから、最低限のやり方を教えてくれない?」
「あたりめぇだ。朝まで、みっちりと教えてやる。今晩は寝られると思うな」
宝物のように蟻羽の銀剣を持つ親方に手を引かれて、店の奥の工房へと連れていかれた。アタシの手入れの仕方に親方が合格をくれたのは、本当に朝日が差してくる時間だった。
クロ様がくれたこの銀剣に恥ずかしくない探索者になろう。
ミスリルなんて馬鹿な目標を目指す気は無いが、せめて赤鉄証を得て、クロ様が銀剣を与えた事を後悔しなくて済む――そんな探索者に、私はなりたい。
朝日を受けて輝く愛剣に、そう誓う。
銀剣は、私の想いに応えるように、一度だけ赤く輝いた。
スミナさんは、クロの時に救出していた探索者の一人で、作中(10-38.黒衣の男(3))では「隊長さん」と呼ばれていた人です。クロと話しているときと口調が違いますが、こちらが地です。
容姿の描写なんかも、10-38にあります。
銀剣はインテリジェンスソードではありません。