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無職転生 - 異世界行ったら本気だす -  作者: 理不尽な孫の手
第6章 少年期 帰郷編
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 間話「出会ってしまった二人」

 ロキシー・ミグルディアはクラスマの町にたどり着いた。

 クラスマの町は魔大陸の北西の先端に位置する。


 クラスマの町はリカリスの町ほどではないが、栄えた町である。

 一見すると何の特徴もない、どこにでもある何もない町である。

 だが、実はこの周辺一帯に君臨する魔王は海人族と懇意であり、交易のやりとりがあった。

 クラスマの町はその交易の拠点であり、海人族の物資と魔族の物資が集まる場所である。

 海人族からもたらされる海の幸と、魔大陸特有の刺激の強い香草。

 クラスマの町では、この二つの合わさった非常に美味な料理を味わう事ができる。

 魔大陸の中では一、二を争う食事の美味しさを誇る町と言えよう。

 ちなみに、争っているのはウェンポートである。


「ここの料理は酒に合うのう!」


 この町にきてからというもの、タルハンドはご機嫌である。

 クラスマの町では、魔大陸の辛い酒だけでなく、海人族の甘い酒も存在している。

 炭鉱族(ドワーフ)のタルハンドは酒好きである。

 楽しい酒であるなら、どれだけまずい酒でも大丈夫なようで、酒場に行けば必ずその場にいる荒くれ者の男たちと意気投合し、浴びるほどの酒を飲む。

 酒場はどこにでもあり、気のいい男たちはどこにでもいる。

 それにうまい料理が合わされば、タルハンドはごきげんになる。



 もっとも、いい歳をして子供舌であるロキシーには、この町の料理は少々合わない。

 元々魔大陸の料理や味付けは口に合わなかった。だから、それがどう進化した所で、美味しいと思えるわけもない。

 彼女は甘いものが好きなのだ。


 しかし、海族特有の甘い酒。これはよかった。

 基本的に酒は辛いものという認識のあったロキシーにとって、甘い酒というのは衝撃であった。

 匂いを嗅げばふんわりと磯の香りがして、口に含むとなんとも言えない甘さが口いっぱいに広がる。後味に少しばかりしょっぱさが残るが、そこでツマミを食べると食も進んだ。


「なんじゃなんじゃ、珍しいのう! ロキシーも飲んどるのか!」

「はい、頂いてます」

「今日はごきげんじゃな! 飲むぞ! 店主、樽を持って来い!

 炭鉱族の飲み方を教えてやるわい!」


 タルハンドは飲んでいるロキシーを見て、上機嫌で追加注文した。

 こういう時、魔大陸の物価の安さはありがたいとロキシーは思う。

 なにせ、どれだけ大量に飲み食いしても、アスラ銅貨が一枚もあれば賄えてしまうのだから。


「じいさん、いいのみっぷりじゃねえか!」

「イッキ! イッキ! イッキ! イッキ!」

「さすが炭鉱族だぜぇぇ!」

「っしゃあ、勝負だコラァ! 店主、俺も樽だ!」


 樽単位で飲み始めたタルハンドに触発され、他の客も飲み始める。

 ちなみに、すでにエリナリーゼは意気投合した男と夜の町へと消えていった。

 ロキシーはいつもならやや疎外感を覚える所だが、

 気づけば隣に座っていた少女と一緒に、騒ぐタルハンドをやんややんやと騒ぎ立てていた。


「ファーハハハ! 気持ちのいい炭鉱族じゃのう!

 樽じゃぞ樽! 炭鉱族はいつの世も変わらんな!

 なぁ、お前もそう思うじゃろ?」

「ええ、そうですね」

「おお、始まるぞ、ほれイッキ! イッキ! イッキ!」

「いっき、いっき!」


 タルハンドは堂々とした態度で巨漢の魔族と樽を抱えて、ガボガボと酒を飲む。

 横幅の大きな体とはいえ、一体どこに入っていくのか。

 一抱えもある樽を飲み干すと、ガフゥーと息を吐いた。

 すぐさま、次の酒が運ばれてくる。


「おい酒追加おせえぞ!」

「うるせぇ! もう品切れだよ!」

「ねえなら隣の酒場から買ってこいや!」

「おおう、その手があったか!

 よっしゃ、お前買ってこい!」

「まかせろや! てめえら、カンパしろカンパ!

 今日はとことん飲むぞコラァ!」

「オオオォォォ!」


 そんな調子でカンパ袋が回りだす。


「ハハァ! お嬢様、哀れな酔っ払い目に施しを!」

「はい、今日は、わたしの、奢りです!」


 とにかく今日は気分がよかった。

 ロキシーは緑鉱銭を1枚投げ入れる。

 それを見て、男はニヤついた笑みを張り付かせたまま、ヘヘェと頭を下げる。


「さすがで御座いますお嬢様! よ、お金持ち!」

「ふふ、当たり前じゃあ、ないですか」


 ふわふわと気持ちのいい気分でロキシーは大仰に頷く。

 受け答えはいつも通りっぽく聞こえるが、彼女も酔っていた。


「ファーハハハ! 妾も今日は金を持っているのじゃ、ほれたーんと受け取れ!

 そしてどんどん騒ぐのじゃ! 今日は無礼講じゃ!」


 となりの少女もまた、懐からくず鉄銭を取り出すと、カンパ袋に投げ入れた。

 普通なら、大口叩いてくず鉄銭かと軽口を叩かれるような所であるが、

 カンパ袋を持っている奴もまた、酔っていた。


「ウエヘヘ! ありがとうごぜえますお姫様!

 今日はこいつで吐くまで飲ませていただきやす!」

「よしよし、たくさん吐けよ!」


 少女は偉そうに頷くと、カンパ男は周囲を巡り、金を集めていく。


「ええのう、ええのう、この空気、昔を思い出すわ!」


 少女がいつロキシーの隣に座ったのか、ロキシーにはわからない。

 気づけば、少女は隣にいて、エリナリーゼが残したものをムシャムシャと食べていた。

 ロキシーは気にしない、酔っぱらいだから。


「まあ、どうぞ、一杯」

「おお、すまんのう。

 いやそれにしても楽しそうな気配を感じてきてみてよかった。ぐびぐび。

 ほれ、おぬしも飲まんか!」

「飲んでますよ」

「もっとじゃ!」

「もっとですか、仕方ありませんねぇ……」


 ロキシーも少女に言われ、クピクピと杯を空ける。


「ぷはっ」

「へいお嬢様に追加一丁!」

「あ、どうも」


 ドンとテーブルに杯を置くと、どこからか陽気な男がやってきて、酒を注いだ。

 本当に、この甘い酒はいくらでも飲めた。


「お主もなかなかのうわばみのようじゃな! まだ若いのに素晴らしいことじゃ!」

「まだ若いなんて、あなたに言われたくはありません」


 ロキシーは少女をじろじろと見る。

 膝まであるブーツ、レザーのホットパンツ、レザーのチューブトップ。

 青白い肌に、鎖骨、寸胴、ヘソ、ふともも。

 ボリュームのあるウェーブのかかった紫色の髪と、山羊のような角。


 どう見ても自分より年下だ。


「ふふ、世辞はよい。自分の歳はわきまえておるでな!」


 こんな種族いただろうか、と普段のロキシーなら考えただろう。

 だが、彼女は考えない。

 酔っぱらいだから。


「わたしも自分の歳はわきまえてますよ。まあどうぞ一杯」

「おお、すまんのう。

 しかし、ここ何百年かで酒も随分とうまくなった。

 昔は魔大陸にこんな甘い酒などなかったものだが」

「海族のお酒らしいですよ。ここの魔王様が取引しているんだとか」

「なんと! バグラーハグラーめ、妾に隠しておったな! 許せん!」

「いいじゃないですか、無礼講、無礼講」

「おお、そうじゃったな、今日は無礼講じゃった!」


 魔王バグラーハグラーはこの辺一帯に君臨する魔王である。

 でっぷりと太った豚顔の魔王で、食と酒に関しては魔大陸でも随一の知識を持つと言われている。

 穏健派であるが、ラプラス戦役においては急先鋒として参加。

 人族の領地からあらゆる食料や酒を軒並み奪い取ったことで、『略奪魔王』の称号を得た。


「うぉお、潰れたぞ!」

「うぃぃぃっく、次は誰じゃい、誰でもよいぞ、なんなら二人纏めてかかってこい」

「誰か、誰かいねえのか!」


 タルハンドはいつしか上半身裸になり、テーブルの上にどっかりと座り込み、樽に肘をかけて貫禄を見せつけていた。

 名乗りを上げたのは、隣に座る少女だった。


「よっしゃ、妾にまかせい!」

「なんじゃい、お嬢ちゃん、儂に勝てるつもりか?

 あと20年は経ってから出なおした方がよいのではないか?」

「ファーハハハ! 愚かな炭鉱族よ、見てわからぬか!

 妾はこれでもすでに300年は生きておるのじゃ!」

「そうかいそうかい、そいつぁ悪かった。じゃあ掛かって来い!」

「おうとも……と、その前に名前を聞いておいてやろう!

 妾に挑んだ愚か者として覚えておいてやろう!」

「『巖しき峰のタルハンド』じゃ」

「そうか! 貴様を倒したのは『魔眼の魔帝キシリカ・キシリス』じゃ!」


 そうして、キシリカとタルハンドの戦いは始まった。


 追加で購入した酒はあっという間に尽きて、二度、三度のカンパが募られた。

 ロキシーは自分の責任とばかりに緑鉱銭を5枚ほどカンパし、丁稚を走らせた。

 屈強な男どもによって大量に酒が運び込まれた。

 それを全員で飲み回しながら、タルハンドとキリシカが空けていく。


 ロキシーは審判だった。

 なにをどう審判すればいいのかわからなかったが、

 間に座って酒を飲みつつ、なんとなく飲んだ数をカウントする係だった。


「40杯目です」


 運命の時。

 その瞬間まで、勝負は拮抗しているように思えた。

 見た目通りの炭鉱族のタルハンドはともかく、

 魔帝を名乗る見た目が少女のキシリカは、その体の一体どこに酒が入っていくのか。

 誰も気にしなかった。

 酔っぱらいだからだ。


 そして、決着がつく。


「むぐっ……ケピュ……」


 タルハンドが、奇妙な音を立てた瞬間、口から噴水のように酒を吐いた。

 そして、その名の通り樽のようになった腹を抱え、倒れた。

 テーブルの上から床までドウと音を立てて落ち、口から酒臭い液体をゴボゴボと漏らしている。


「妾の勝ちじゃ!」

「ウオオォォォ! すげぇ! 酒飲み勝負で炭鉱族を倒しちまった!」

「妾の名はキシリカ、魔界大帝キシリカ・キシリスじゃ!

 妾の名を言ってみろ!」

「キッシリカ! キッシリカ! キッシリカ!」

「この世で一番偉いのは誰じゃ!」

「キッシリカ! キッシリカ! キッシリカ!」


 キシリカの勝ち名乗りと同時に、

 シュプレヒコールが始まり、キシリカは大層気分を良くした。


「ファーハハハハハハ! ファーハハハハ!」

「いいぞーいいぞー!」

「脱げー! 脱げー!」


 それからの事を、ロキシーはよく覚えていない。

 ロキシーも飲み過ぎてフラフラだった。

 仲間を打ち倒されたことで敵を討たなくてはと思いつつ、

 しかしそれは叶うことなく、意識は沈んでいく。


 最後に見たのは、カウンターの上に乗り、全裸で踊りまくるキシリカの姿だった。



---



 翌日、ロキシーは目を覚ました。


「うっ……」


 ガンガンと痛む頭、自分の吐く息の酒臭さに、顔をしかめた。

 即座に酒用の解毒を使って身体の毒素を抜き、ヒーリングを頭に施す。

 周囲を見渡してみると、酒場だった。

 乱闘でもあったのか、テーブルは壊れ、酒瓶は割れ、そして大量の空樽が転がっていた。


「うう、飲み過ぎましたね……」


 記憶も曖昧だった。

 飲み過ぎたという記憶はハッキリと残っている。

 ふと脇を見ると、上半身裸のタルハンドが白目をむいて転がっていた。

 一瞬死んでいるのかと思ったが、炭鉱族(ドワーフ)が酒を飲んで死ぬなどありえない。

 もしそれで死んだとしても、彼らは子供の頃には酒におぼれて死にたいと一度は夢見るそうだし、本望だろう。


 しかし、とロキシーは再度周囲を見る。

 死屍累々である。

 酒に強い種族も、酒に弱い種族も、みんな転がってうめき声を上げている。

 中には、あのカンパ男の姿もあった。

 誰もが酔いつぶれ、二日酔いに苦しんでいた。

 治癒魔術も使えないのに無茶な飲み方をするからだ、とロキシーは思う。


 そして、そんな中に二人、立っている者がいた。


「だから、弁償だよ弁償。

 さすがにこんなにめちゃくちゃにされたんじゃ、商売なんてできやしねえ」

「いや、あの、しかしな」

「なんだ、払えねえのか? あんた、自分の奢りだって言ってたじゃないか」

「そうじゃが、最初に支払った分で足りるかと思ってな……」


 怒れる店主としょぼくれるキシリカの姿があった。


「金はねえんだな?」

「いやその、すいません、スッカラカンじゃ……」

「じゃあ、奴隷市場に売るしかねえな」

「なんと! 妾を売るじゃと……!

 まてまて、今すぐハグラーに連絡を取るゆえ、しばしまて」

「待てねえよ。そういって逃げるつもりだろ」


 ロキシーはため息をついて、自分の懐を探った。

 そして、金貨袋を取り出して中を見て、顔をしかめた。

 酔っぱらいつつ、かなりの量をカンパしてしまっていた。


(いや、実際に飲んだのはタルハンドさんですから)


 ロキシーはそう言い訳しつつ、気絶したタルハンドの腰から、金貨袋を外した。

 中を見て、十分な量があることを確認し、ロキシーは立ち上がった。

 肩の辺りから酸っぱい匂いがして顔をしかめつつ、店主に近づいた。


「どうぞ、お代です」

「ん?」


 ロキシーは金貨袋から緑鉱銭を6枚ほどとりだすと、店主に握らせた。


「ちと足りねえぞ」

「この店の酒を飲み尽くしてあげたんですから、売上もあるでしょう?」

「…………まあ、いいか」


 店主はそう言うと、踵を返し、厨房へと入っていった。

 ロキシーはため息をつきつつ、金貨袋をタルハンドの腹の上に放った。


「おお……おおお……すまん、すまんのう!」


 キシリカがわなわなと震えつつ、ロキシーを見上げていた。

 ロキシーはそれを見下ろしつつ、その昔村長から聞いた事のある、魔界大帝のことを思い出していた。

 少々イメージと違ったが、特徴は酷似している。

 長寿の種族なら、見た目と年齢が一致していなくてもおかしくはない。

 昨晩は酔っ払っていたので気にもとめなかったが、魔王とも懇意なようだ。


「失礼、今一度お聞きしますが、

 魔界大帝キシリカ・キシリス様ご本人で間違いありませんね?」

「ん? おお、そうじゃぞ。最近は信じてもらえんがな。お主の名前は?」

「申し遅れました。ビエゴヤ地方のミグルド族、ロキシーと申します」


 ロキシーが名乗ると、キシリカはおお、と頷いた。


「ロキシー? おー、知っておる知っておる。ルーデウスの師匠じゃな!」

「…………ルディを知っているんですか?」

「ウェンポートで偶然にも出会った事があるのじゃ。

 中々面白い男じゃったな!」

「そ、そうですか……」


 一体、彼は自分のことをなんと話したのだろうと疑問に思ったロキシーだったが、恐ろしくて聞けなかった。

 実は、キシリカはここに来るまでの情報により、知ったかぶりをしているだけなのだが、ロキシーにはわからない。


「ふむ、ルーデウスにも助けてもらったし、お主らは本当によい師弟じゃな。

 お主にも助けてもらった、どれ、褒美をやるとしよう」


 褒美と聞いて、ロキシーは心を踊らせた。

 魔界大帝から下賜される魔眼といえば有名だ。

 その能力があったからこそ、魔界大帝は魔王ではなく魔帝と呼ばれ、人魔大戦を引き起こせるほどの戦力を得たのだ。

 と、そこまで考え、ロキシーはふとあることを思いついた。


「その、陛下の魔眼で、行方不明の者を探すことはできますか?」

「うん、できるぞ、この間は偶然にもバーディと出会えたからの、この世で妾の見つけられぬ者はおらぬ」

「そうですか……では、ルーデウスとその家族の居場所を。彼らは現在行方不明なのです」


 ロキシーは、迷うことなく言った。

 キシリカからもらえるであろう魔眼は惜しいと思ったが、キシリカのもつ上位魔眼の一つ『万里眼』であるなら、この世で見通せぬものはないと聞く。


「ほう、たった一つの願いを他人のために使うとは、あっぱれな奴じゃな!

 世が世なら魔王の地位を与えてやってもよいぐらいじゃ」

「いえ、それはいりません」

「そうかそうか、謙虚な奴じゃ。どうれ……」


 ぐるりと。

 キシリカの目の色が変わった。

 それから彼女は、あちらこちらへと首をめぐらし、うむと頷いた。


「ルーデウスは現在、中央大陸の北部におる。

 身軽な格好で走っておる。訓練でもしておるのかのう」


 ロキシーはそれに、こくんと頷いた。

 どうやら、彼はあの伝言の通り、中央大陸北部を探す事にしたようだ。

 ミリシオンからそのままベガリット大陸に行く可能性もあるかと思ったが、やはり故郷の様子は見ておきたかったのだろう。


「父親はミリシオンにおるな。メイドと一緒じゃ。

 ……ふむ、このメイドはリーリャというらしいの。

 っと、娘二人も同じ建物で暮らしておるらしいな」


 ほう、とロキシーは息を漏らした。

 リーリャとアイシャはまだ行方不明だと聞いていたが、無事見つかったらしい。

 もしかすると、ルーデウスが魔大陸で発見し、送り届けたのかもしれない。デッドエンドは三人だったが、パーティを組んでいなければ他に二人いることなどわかるまい。


「母親は……ちょいまて」


 キシリカはむむむと顔をしかめ、目に力を込める。

 そして、見た。

 ゼニスの居場所を。


「ベガリット大陸、迷宮都市ラパンじゃな」


 ロキシーは顔を輝かせた。

 ここからは遠い位置だが、これで全員の生存が確認できた。

 一人か二人は死んでいてもおかしくないと思ったが、さすがグレイラット家というべきか。

 運が強いらしい。


「じゃが……ちとおかしいのう」


 キシリカは顔をしかめ、ぐりぐりと目を動かす。


「何か問題が?」

「いや、ふーむ、ちとよく見えん」

「よく見えない? 陛下の目を持ってしても、ですか?」

「妾もまだ本調子ではないからのう……ま、行ってみればわかるじゃろ」

「それでは困ります。何か問題があるなら詳細を……」


 何事もなく言うキシリカだったが、

 ロキシーはさらにつっこんで話を聞こうとする。

 これまで旅をしてきた中で、難民が悲惨な目にあってきているのは見てきた。

 魔界大帝の魔眼を持ってしても見えない大変な事。

 その内容によっては、今の喜びが、ぬか喜びになる可能性をあるのだ。


「なんじゃ……そんな事言われても、見えんものは見えんのじゃ。

 おお、そうじゃ。案外、迷宮の中におるのかもしれんぞ。

 迷宮都市じゃし、妾は行ったことないけど」

「迷宮の中は見えないのですか?」

「うむ。ベガリットの迷宮は高濃度の魔力で満ちておるからのう」


 ロキシーは考える。

 ゼニスはかつて、パウロやエリナリーゼ、タルハンドと共に迷宮探索をしていたと聞く。

 エリナリーゼ、タルハンドの実力はこの旅の間で十分にわかっている。

 彼らと旅をしていたのなら、迷宮にも潜れるだろう。

 しかし、なぜ今まで連絡もせずにいたのか。

 もう三年も経つというのに……。


「とにかく、生きてはいるんですね?」

「うむ、それは間違いない」


 ロキシーはその言葉を信じることにした。

 何らかの理由があって、迷宮に潜らなければいけない事になっているのだ。

 そう考え、ロキシーは頭を下げた。


「わかりました。ありがとうございます」

「よいよい。助けてもらった礼じゃ」


 キシリカは大仰に頷くと、ややフラフラとしながら、酒場を出て行った。



---



 その日の午後。

 何事もなかったかのように起き上がって迎え酒を飲み始めたタルハンドと、

 首筋に大量のキスマークをつけて帰ってきたエリナリーゼ。

 二人と一緒に会議を行う。


「魔界大帝に出会えるなんて運がいいですわね」


 キシリカについて話した時、エリナリーゼはそう静かに笑っただけだった。

 ロキシーもあまり大事件とは思えない。

 酒場で酔っ払っていた時に出会ったからだろうか。

 それとも、あまりにも威厳がなかったからだろうか。


「じゃが、これで我らの旅も終わりじゃな」


 タルハンドが少々名残惜しそうに言った。

 これからミリス大陸に戻るまで、急いでも一年ほど掛かる。

 だが、旅の目的は達成した。

 パウロの家族全員の生存を確認し、残った一人の居場所も特定した。

 終わりだ。


「ロキシーはどうしますの?」

「わたしはミリシオンに戻って、パウロさんにこの事を話すつもりです」

「そう、じゃあ途中でお別れになるわね」


 エリナリーゼとタルハンドはパウロとは顔を合わせたくないらしい。

 別れ際の大げんかが理由だそうだが、何があったのかはついぞ話してもらえなかった。

 ロキシーもそれほど興味はないので、しつこく聞きはしなかったが。


「ふうむ、しかし、ルーデウス一人だけ、遠いな」


 タルハンドは顎に手をやり、ぽつりと言った。

 それを聞いて、ロキシーもハッとなった。

 これからロキシーはミリシオンに戻る。

 恐らく、そのままパウロたちにくっついてベガリット大陸へと赴くことになるだろう。

 そうすると、ルーデウス一人だけが事情を知らないまま、中央大陸北部を探すこととなる。

 捜索中ということは所在地もわかっていないので、手紙も届くまい。


「どうにかして知らせてあげたいですわね……」


 エリナリーゼもそう言って悩む。

 しかし、方法はない。

 中央大陸北部は近いように見えて遠いのだ。


 ロキシーもまた、考える。

 ルーデウスは優秀だがまだ若い。

 今の時期を徒労で過ごさせるのはさすがにかわいそうでもある。

 家族と合流するにしても、そのまま一人立ちするにしても、

 せめて一言、もう探さなくていいよ、と伝えてあげたい所だ。



---



「そこに妾がババババーン!」

「そして我輩もバンババン!」


 唐突に。

 唐突にその二人は現れた。


「話は聞かせてもらった!」

「盗み聞きでな!」


 バンと扉を開けて入ってきたのは偉丈夫だった。

 一目で魔族とわかる黒曜石のような肌に、六本の腕。

 一番上は腕組みされ、中段は矢印を作ってビシっとロキシーを差し、下段は腰に当てられている。

 腰まで伸びる長髪は紫。


 そして、その肩の上でふんぞり返っているのは何を隠そう、魔界大帝。


「よし! 妾はキシリカ・キシリス!

 人呼んで、魔・界・大・帝!」

「そしてその婚約者、魔王バーディガーディ!」


 唐突に現れた二人に、ポカンとした三人。

 まず最初に反応したのは、エリナリーゼだった。


「えっと、今朝ぶりですわね、お兄さん」

「フハハハハ、最高の一晩だったぞお姉さん!」


 グっと拳を握り、人差し指と中指の中に親指をいれ、バーディが答える。

 ロキシーが冷や汗をたらしつつ、聞く。


「し、知り合いなんですか?」

「ええと、一応、そうですわね……?」


 なんでも昨晩、男と一緒に酒場を出てから、エリナリーゼは別の酒場に入ったそうだ。

 男は下心たっぷりでエリナリーゼに飲ませまくり、エリナリーゼもまた下心たっぷりで飲みまくった。

 ぐでんぐでんに酔っ払ったエリナリーゼはそのまま宿へと連れ込まれ……。

 気づいたら、この真っ黒い男の腕の中で目覚めたそうだ。

 そして、なんとなくそのまま突入して、午後までヤっていたそうだ。


「えっ? でもいま、婚約者って……あれ? あ、挨拶が先でしょうか?」


 ロキシーは目を白黒させつつ、とりあえず頭を下げた。


「うむ、ロキシーよ、面をあげい。

 なぁに、バーディはモテるゆえ、こうした事など日常茶飯事じゃ」

「うむ、というよりキシリカにはまだ物理的に入らんから仕方がないのだ!」


 そのフリーダムな発言に、ロキシーの脳の処理能力は追いつかない。

 最近ではエリナリーゼのせいで相当な耳年増に育ちつつあるロキシーだが、魔界大帝の婚約者の魔王を名乗る二人が自分の仲間と不倫、となれば、理解の範疇を超えていた。


「しかぁし! そんな事はよいのだ!」

「うむ、どうせ通り過ぎあっただけの関係だしな!」


 テンションの高い二人に、正直ロキシーはついていける気がしなかった。


 魔王バーディガーディ。

 知っている。

 ビエゴヤ地方に君臨する魔王だ。

 『不死身の魔王バーディガーディ』。

 ラプラス戦役で暴れまわった『不死魔王アトーフェ』の弟。

 ラプラス戦役においては穏健派に属し、キシリカ城にて魔神ラプラスと戦って敗れている。

 現在行方不明だが、偉い人であるはずだ。


「ロキシーよ、妾もルーデウスには恩のある身。

 ルーデウスが道に迷っているというのなら、余も力を貸そう!」

「といっても、我輩の権力を使うがゆえ、又貸しだがな!」


 混乱するロキシーより先に、タルハンドが蘇った。

 彼はたっぷりと蓄えたヒゲを撫でつつ、訝しげな視線をキシリカに送る。


「よろしいのですかな?」

「おお、そなたは昨日の炭鉱族!

 よいともよいとも、なあバーディ?」


 キシリカが頭をポンと叩くと、魔王はこくりと頷いた。


「うむ、我輩もキシリカが事あるごとに凄いというルーデウスというクソガキのことは気になっていたのでな! 本当にすごいのかどうかこの目で確かめてやるのだ!」

「なんじゃなんじゃ、嫉妬かダーリン?」

「おうとも嫉妬さハニー」

「まったく、バーディはまだまだ子供じゃのう。妾が愛しているのはお主だけだというのに……」

「ふっ、我輩は愛の上にあぐらをかかんのだ。恋敵は叩き潰すのみ」


 叩き潰されると困るのだが、と思うロキシーだったが、この二人は聞いてくれる気がしなかった。


「ふふふ」

「フハハ」

「ファーハハハハ! ファーハハハ! ファーハぐげほげほ」

「フハハハハハ! フハハハハ! フハ……大丈夫か?」


 ロキシーの理解が追いつかないまま、話がグイグイと進んでいった。



---



 この世界の常識の一つだが、

 世界中の海は海族に支配され、地上に住む人々はその通行を制限されている。

 これはラプラス戦役の戦後処理中に起きたゴタゴタが関係しているのだが、それはおいておこう。


 魔王バグラーハグラーは海族の王と個人的な交友がある。

 交友があった所で海族全体で決められた掟を破るわけにはいかないのだが、そこはそれ。

 個人的な友人のみをこっそりと通すことは黙認されているらしい。


 魔王バーディガーディと魔王バグラーハグラーは旧知の仲である。

 そのツテを使えば、天大陸を経由せずとも、中央大陸へと渡ることは造作もない、という事だ。


 しかし、ここでロキシーを含め三人が海を渡ってしまうと、ミリシオンへの報告が遅れることとなる。

 誰かはミリシオンへと向かわなければならない。

 そして、魔大陸は一人では通過できない。

 安全な中央大陸ならまだしも、魔大陸は危険な魔物が多い。

 例えば、ロキシーは優秀な魔術師だ。

 判断も素早く、詠唱も速い。

 戦闘だけならロキシー一人でも切り抜けられるかもしれない。

 だが、夜は眠らなければならないし、集団で襲い掛かってくる敵相手に、不覚を取る可能性はある。

 最低でも二人は必要なのだ。


「私は嫌ですわ。パウロなんて顔も見たくない」

「儂もじゃ」

「わかりました。ではわたしが行きましょう」


 二人にわがままを言われ、まずロキシーはミリシオンへと向かうこととなった。

 ロキシーとしては、ルーデウスの顔を見たかったのだが、仕方がない。

 そして、もう一人。

 二人は顔を見合わせ、すぐにタルハンドが折れた。


「ふむでは、儂かの。

 実を言うと、船には乗りたくないしのう……」

「悪いですわね、タルハンド」


 肩を落とすタルハンド。

 別にミリシオンまで赴いたら手紙でも出せばいいと思うロキシーだったが、二人には二人の考えがあるので、深く考えないことにした。

 自分には、パウロに会いたくない理由などないのだから。



---



 そうして、ロキシー一行は二手に別れることとなった。

 ロキシーとタルハンドは来た道をもどり、ミリシオンへと。


 そして、エリナリーゼは魔界大帝キシリカ・キシリス、魔王バーディガーディと共に中央大陸北部へ。

 船が出るまでは少々時間があった。

 だが、ロキシーは先に出立する事にした。


「エリナリーゼさん、今までありがとうございました」

「こちらこそですわ。ロキシー」


 エリナリーゼと固く握手を交わすロキシー。


「ロキシー、いいオトコを見つけたら、逃がしてはいけませんわよ。

 上の口と下の口の両方を使ってガッチリと捕まえておかないといけませんわ」

「またその話ですか?」

「いいからお聞きなさいな。

 本当に好きな相手にはグイグイいきなさい。

 愛なんてその後にゆっくりと育んでいけばいいんですから」


 エリナリーゼの言葉に、タルハンドがため息をついた。


「おぬし、それ、ゼニスにも言っとったじゃろ?」

「そうですわ。それでゼニスはパウロを手に入れた。

 わたくしの教えは完璧ですわ」


 そう言われ、ロキシーはなるほどと思った。

 ロキシーにとって、パウロとゼニスは理想の夫婦だった。

 エリナリーゼの助言でああいう風になったのであれば、聞く価値はあるだろう。


「わかりましたエリナリーゼさん。グイグイいってみます」


 手を離す。

 ロキシーは背が低いため、エリナリーゼを見上げる形となる。


「ルディには私がよろしく言っていたと、伝えてください」

「もちろんですわ。ロキシーが夜中に切なくなってゴソゴソやっていた事を教えてさしあげますの」

「ちょ、なんで知ってるんですか、やめてくださいそういう事をいうのは。

 別にルディを想ってやっていたわけじゃありませんし」

「はいはい」


 そこでふとロキシーは思った。

 もしかすると、ルーデウスとエリナリーゼが出会うと、そのまま一緒の宿に泊まってしまうのではないだろうか、と。

 今から北部を探せば、一年ぐらいでエリナリーゼはルーデウスを見つけるだろう。

 あれから10年近い年月が流れている。

 ルーデウスはもう、13歳か14歳ぐらいのはずである。

 それぐらいなら、エリナリーゼの目にとまってもおかしくはない。

 それは、ちょっとだけ、嫌だった。


「なんですの、唐突に黙りこんで」

「いえ、その、やっぱりルディがいい男になっていたら、手を出すんですか?」


 さり気なさを装って聞いてみると、エリナリーゼは「ハッ」と息を吐いた。


「わたくし、パウロの娘になるつもりは毛頭ございませんことよ」


 本気で嫌そうだった。

 ロキシーはほっとしつつ、「そうですか」と答えた。


「では、そろそろ出立します」

「行ってらっしゃいロキシー。お元気で」

「はい、エリナリーゼさんも」


 エリナリーゼはちらりとタルハンドを見る。

 虫けらを見下ろすような目で、自分より背丈のちいさな炭鉱族を見下ろした。


「タルハンドはどっかで野垂れ死になさいな」


 タルハンドは心底不愉快な顔をして、ペッとつばを吐いた。


「その言葉、そっくりそのままお返しするわい」


 ロキシーはそれを見て、この二人はそこそこ仲がよかったんだな、と再認識した。



---



 そして、エリナリーゼは船に乗る。

 大昔から存在する、海族の船。

 海の魔獣によって牽かれる船は、人族のそれに比べるとややみすぼらしく見える。

 だが、人族のそれよりも高速で、安全性の高いものであった。


 エリナリーゼはバーディガーディと共にタラップを渡る。

 すると、背後からキシリカの笑い声が響き渡った。


「ファーハハハハ! ではまた会おうバーディよ!

 会いたくなったらすぐにでも魔大陸に戻ってくるがよい!」

「うむ、我が婚約者殿も達者でな! またいずれ会おう! フハハハハ!」

「今度は何年後になるかわからんがのう! ファーハハハハ!」


 魔界大帝キシリカ・キシリスは船には乗らなかった。

 エリナリーゼはそのことに首をかしげた。


「あら? あのお方は乗らないんですの?」

「うむ、キシリカは魔大陸から出られんのだ!」

「そう、呪いですの?」

「似たようなものである」


 魔界大帝キシリカは魔大陸からは出られない。

 ゆえに、今日も今日とて、魔大陸を彷徨うこととなる。


 ロキシーはそんな事とはつゆ知らず。

 キシリカは一緒に船に乗り、ルーデウスに出会いに行ったのだろうと考えていた。


 エリナリーゼは、そんな事ならロキシーの方についててほしいと思った。

 魔大陸はあれでいて、危険が多い。

 タルハンドが一緒なら万が一もないだろうが、もう一人ついているだけで安全性が上がる。

 それが魔界大帝ともなれば、安全は確保されたようなものだ。

 が、直後にその考えを打ち消した。


 あんなのにまとわりつかれたらロキシーがかわいそうだ。



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 ロキシー・ミグルディアの旅は続く。


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― 新着の感想 ―
キシリカが魔大陸から出られない理由って説明されたっけな ペルギウスが絡んでるのかな?
[良い点] 今のところ筋が通っている つまり設定がいい そして、構想もいい 最高だ
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