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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第6章 少年期 帰郷編

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第六十三話「お嬢様の決意」

※今回はややエロい描写があります。R15の範疇に収まるように気をつけたつもりですが、ギリギリアウトかもしれませんので、苦手な人はご注意ください。
 会議が終わる頃には、日がすっかりと落ちていた。

 俺は部屋に戻った。

 最低限の家具の置いてある部屋。
 荷物の整理をすべきだと思いつつも、
 しかし何もやる気が起きず、ベッドに座る。
 身体が硬いベッドに沈み込むかと思った。
 思った以上に疲れているらしい。

「ふぅ……」

 今日はさして疲れる事はしていないはずなのに。
 疲労がベットリと身体の内側にくっついている。
 これはもしや気疲れというやつだろうか。
 いや、違うな。

 俺もまたショックを受けていたのだ。
 サウロス、フィリップ、ヒルダ。
 彼らとは、それほど親しく話したことがあるわけではない。
 だが、目をつぶれば、今でも思い出せる。
 遠乗りに出かけ、領地の農作物を確認しつつエリスの様子を聞いてきたサウロス爺さん。
 悪い笑みを浮かべながら、一緒にボレアス家を乗っ取ろうと提案したフィリップ。
 エリスと結婚してうちの子になれと言ってくれたヒルダ。

 彼らはもういない。

 そもそも、家すら残っていない。
 あの広く、時折大声の響き渡る館はもうない。
 エリスとダンスを踊った大広間も、
 サウロス爺さんが情事にふけっていた塔も、
 領地の書類が大量に置かれていた書庫も。
 何もなくなってしまった。

 館だけじゃない。
 ブエナ村もだ。

 実際に見てはいないが。
 ゼニスが大事にしていた庭木も、
 ロキシーに水聖級魔術を習った時に雷が落ちて焼け焦げた木も、
 シルフィと一緒に遊んでいた大木も、
 全てなくなってしまったのだろう。

 ……なんで、ブエナ村で思い出すのが木ばかりなんだろうか。
 まあいい。

 とにかく、全てがなくなってしまった。
 パウロから聞いて頭では理解していたが、
 こうして実際にみてみると、思いのほかショックが大きい。

 あったものが無くなるというのは、いつだって辛いのだ。

「ふぅ……」

 二度目のため息をついた時。

 ……コンコン。
 と、扉がノックされた。

「……どうぞ」

 返事をするのも億劫だと思いつつ、入室を促す。
 入ってきたのはエリスだった。

「こんばんわ、ルーデウス」
「エリス、もういいんですか?」
「大丈夫よ」

 エリスはそう言うと、俺の前に立ち、いつものポーズを取った。
 落ち込んでいる様子はない。
 さすがエリスだな。
 肉親が全滅したというのに。
 俺よりずっと強いらしい。

 いや、落ち込んでいるのかもしれない。
 いつもならドアはノックなんかしない。
 蹴り破っていたはずだ。

「まあ、こんな事になるんじゃないかとは思っていたわ」
「そうですか……」

 エリスは事も無げに言った。

 以前、彼女は覚悟を決めていると言っていたような気がする。
 家族が死ぬことを覚悟する。
 俺にはできそうもない。
 俺は今だって、見つかっていないゼニスはどこかで生きていると考えている。
 死んでいる可能性の方が高いと、頭では理解しているが。

「エリスは、これからどうするんですか?」
「どうって?」
「えっと、アルフォンスさんから、話は聞きましたか?」
「聞いたわ。でも、そんなのどうでもいいわ」
「どうでもいいって……」

 エリスは俺をまっすぐに見ていた。
 ふと今さらになって気づいたが、格好がいつもと違った。
 ミリシオンで購入してからこのかた、ついぞ着なかった、黒のワンピースを着ている。
 ワンピースは彼女の赤い髪によく似合っていて、まるでドレスのようだった。
 やや薄手の服なせいか、胸のポッチが浮かび上がっているのがよくわかる。
 うん?
 ノーブラなのか。

 よくみてみると、エリスの髪はしっとりと濡れているようだ。
 風呂あがり特有の、石鹸臭もする。
 それだけじゃない、普段のエリスからは香らない、やや甘い香りもする。
 なんだろう、どこかで嗅いだことがあるな。
 香水だろうか。

「ルーデウス。私、一人になっちゃったわ」

 一人に。
 そう。
 彼女は、もう家族がいない。
 血のつながった兄弟はいても、家族じゃない。

「それでね、私この間15歳になったのよ」

 15歳になったと。
 そう聞いて、俺は慌てた。
 いつだ。
 彼女の誕生日はいつだった?
 俺の誕生日はもう1~2ヶ月後だ。
 てことは、1ヶ月以上前に過ぎたって事になる。
 気づかなかった。

「えっと、すいません、全然気づいていませんでした」

 いつだろうか。
 全然、そんな素振りは見せていなかったと思う。
 エリスなら、誕生日になったら騒ぐと思っていた。
 何かなかったか。
 エリスがそれらしい事を言っていた日は……。

「ルーデウスは気づいてなかったけど、ルイジェルドに一人前って言ってもらえた日よ」
「あ」

 あれか、あの日か。
 覚えている。
 道のどまんなかだ。
 なるほど、だからか。
 だからルイジェルドはエリスを一人前と言い出したのか。
 まずいな、失敗したかもしれん。
 本気で気づいてなかった……。

「ええと、今から何か用意したほうがいいですかね?
 欲しいものとか、ありますか?」
「そうね、欲しいものが一つあるわ」
「なんでしょうか」
「家族よ」

 言われて絶句した。
 それは。
 俺には、ちょっと用意できない。
 人を生き返らせる事はできないのだ。

「ルーデウス、私の家族になりなさい」
「え?」

 ふとエリスの顔を見ると、彼女の顔は暗がりでもわかるほど真っ赤だった。
 それはあれか。
 プロポーズか?
 いやまさかな。

「それは、つまり、姉弟ということですか?」
「関係なんてなんでもいいわ」

 エリスは耳まで真っ赤にした顔で、しかし目線を逸らさない。

「つまり、その、い、一緒に寝ましょうってことよ」

 どういうことだってばよ?

 おちつけ、言葉の意味を考えよう。
 ……寝ましょう。
 なるほど。
 つまり、なんだかんだ言って、エリスもショックを受けているのだ。
 その心の痛みを癒すために、俺に傍にいてもらいたいのだろう。
 家族。
 この場合は、家族ごっこか。
 けど……。

「今日は寂しい気持ちなので、エッチなことをしちゃうかもしれませんよ?」

 いつかの夜と、同じことを言った。
 正直、俺には自信がない。
 エリスと一緒のベッドに入り、その体温を近くで感じ、我慢できる自信がない。
 エリスだって、そのぐらいわかっているだろう。

 だろうに……。

「きょ、今日は、いいわよ」
「だから、前にも言ったでしょう、ちょっとぐらいじゃすまないって」
「覚えているわ。今日は、ぐっちゃぐっちゃにしてもいいって言ってるのよ」

 そんな返事に、俺はまじまじとエリスの顔をみてしまった。
 何を言ってるんだと思ってしまった。
 え、だって。
 そんな事言われたら、もうウチの息子はスタンディングオベーション状態ですよ?

「な、なんで突然そんな事を言い出したんですか?」
「15歳になったらって、約束したじゃない?」
「あれは、僕が15歳になったらって話でしょう?」
「どっちでも構わないわ」
「構いますよ」

 おかしい。
 何かおかしい。
 考えろ、何がおかしい?

 そうだ。
 つまり、エリスは寂しがっているのだ。
 自暴自棄になっているのかもしれない。
 エロゲーでもこういうシーンは何度か体験した。
 誰かの死を癒すために、誰かと慰め合う。
 肉体関係を結ぶ。
 うん、理解できる。

 けど、それに手を出す俺はなんだ。
 まるで弱みにつけこんでいるみたいじゃないか。
 そりゃヤリたいよ?
 俺のダメな子の部分は、童貞喪失だぜ!
 って喜んでいる。

 でも、それはもっと平常な状態でやるべきじゃないのだろうか。
 こんな精神状態ではよくないと思う。
 お互いに辛い状態で、なし崩し的にやってしまったら。
 後で後悔するように思う。

 ああ、でも、エリスがいいよって言うチャンスはもう無いかもしれないし。

 もし、エリスがピレモンの所に行くとか言い出したら、
 きっと15歳の約束は反故って事になるだろう。
 いや、そもそもエリスの初めてが他人に奪われるのは……。

 したい。やりたい。
 けど、なんかダメな気がする。
 俺は優柔不断なハーレム系物語の主人公をバカにしてきた。
 いざというときに男として奮起しない腰抜けだと言ってきた。
 けど、実際に自分の番になると、尻込みをしてしまう。
 いい言葉も思い浮かばない。
 どうすればいいんだ。
 どっちを選んでも、俺は後になって後悔する気がする。

 後悔しないのは、きっといまから約二年後。
 俺の15歳の誕生日に、エリスが身体にリボンでも巻きつけて、
「誕生日プレゼントよ。思わず殴っちゃうかもしれないから手は縛ってあるわ。好きにしてね」
 なんて言ってベッドの上に転がっているパターンだけだろう。

 ああ、いやまて。
 俺はこの間死にかけたばかりだ。
 あの時は、死ぬ直前、スゲー後悔した。
 まだやり残したことがあるって思った。
 あと二年の間に似たような事が無いとも限らない。
 何度も九死に一生を得られるわけではないんだ。
 ここで後腐れなく捨てておいた方がいいんじゃないか?

 いや、でも、しかしなぁ……。

「……もうっ!」

 煮え切らない俺に何を思ったのか。
 エリスはコホンと咳払いし、そっと、俺の膝の上に座った。
 そして、横抱きになるような体勢で、俺の首に手を回す。
 日に焼けた胸元と、エリスの綺麗な顔が視界いっぱいに広がる。
 エリスは口を開きかけ、ふと自分の太ももに当たる感触に気づいた。
 そして、顔がさらに真っ赤になっていく。

「なによこれ……」
「エリスが可愛いもので」

 エリスはふうんと言いつつ、ふとももの裏でうちの息子の頭をぐりぐりと押さえつける。
 その感触は柔らかく甘美。
 息子は歓喜し、オヤジのほうの鼻息が荒くなる。

「これって興奮してるって事よね?」
「うん」
「私がイヤってわけじゃないのよね?」
「うん」
「お父様とお祖父様の事を気にしてるの?」
「うん」
「ルーデウス、さっきから目線がエッチね」
「うん」
「でもダメっていうの?」
「……うん」

 俺が最後に頷いた。
 すでに視線は彼女の胸元や首筋に釘付けだった。
 エリスの柔らかい太ももや、押し付けられる胸の感触、
 吸い込めば胸いっぱいに広がるエリスの香り。
 身体の方はすでに屈服し、尻尾を振っていた。
 最後に残ったなけなしの理性を振り絞り、俺は口にだす。

「約束は、約束じゃないですか……。
 15歳になるまでって、言ったじゃないですか」

 もちろん、そんなものは建前だ。
 この瞬間、はっきり言ってどうでもいいとさえ思っていた。
 自分がなぜ抵抗しているのかすら、曖昧だった。

 そんな俺の言葉に、エリスはフッと一つ、息を吐く。
 吐息が頬に当たる。

「ねえ、ルーデウス。お母様から習ったのだけれど、
 禁止されてるし、恥ずかしいから一回しか言わないわ」

 彼女は、そう言うと、深呼吸を一つ。
 俺の耳元に、そっと顔を近づけた。

 そして、一言。
 甘えるような声音で。
 禁断の封を解いた。

「私、ルーデウスの子猫が欲しいニャん」

 そいつは、俺の耳から素早く脳へと侵入した。
 そして最後の抵抗を続ける理性をあっさりと食い殺した。
 そいつは、巷で狂犬と呼ばれる犬にそっくりだった。
 犬なのに、語尾はニャんだった。
 俺は本能のみになった。

 本能のみになった野獣は、エリスをベッドに押し倒した。


---


 その晩。
 俺はエリスと仲良く大人の階段を登った。

 この時、俺は難しい事は全て忘れていた。
 ただ、エリスと一緒になろうと思った。
 口には出さなかったが、彼女が好きだと思った。
 ずっと守っていこうと思った。
 他の諸事情なんてどうでもいいと思った。
 パウロも言ってたじゃないか。
 貴族の義務なんてどうでもいいって。
 難しい事なんて考えなくていいんだ。
 彼女を助けるため、なんでもすればいいんだ、そう思っていた。
 子供は三人がいいけど、もっと作っちゃうんだろうなとかも思っていた。

 そう、言ってみれば……。
 浮かれていたのだった。
 エリスが何を考えているかなんて、考えてもいなかった。




--- エリス視点 ---


 私、エリス・ボレアス・グレイラットは、その日、大人になった。
 15歳の誕生日プレゼントに、ルーデウスをもらった。
 約束とはちょっと違うけれど、ルーデウスと結ばれた。

 私は彼を愛している。
 はっきりと自覚したのはいつからだったか……。

 そう、確か最初に好きだと気づいたのは、
 彼の10歳の誕生日の時。

 寝ている所を母に叩き起こされて、
 真っ赤な寝間着を着せられて、
 真剣な顔で、「彼の部屋に行って、そして彼に身を委ねなさい」と言われた時だ。

 嫌じゃなかった。
 けれど、戸惑いもしていた。
 そういう事は母やエドナから、何度も聞いていた。
 いずれそうなるのだ、と言い含められていた。

 けれど、その日はまだまだ覚悟がなかった。
 もっと先のことだと思っていた。

 私の戸惑いを知ってか知らずか、
 ルーデウスは私の身体に触れた。
 彼は父と、遅くまで話していたようだったし、
 もしかすると、そういう話が通っているのかもしれない。

 そう考えて、私の中である考えが浮かび上がった。
 『彼は私が好きではないのかもしれない』
 もしかすると、父に言われて仕方なく、私に手を出しているのかもしれない。

 ルーデウスは当時からすごい人だった。
 なんでも知っているし、なんでも出来る。
 なのに学ぼうとする意思を決して衰えさせること無く、
 どんどん先に進んでいった。

 そんな私と彼は釣り合っているのだろうか。
 鼻息を荒くしたルーデウスは、私の気持ちなどどうでもいいように思えた。
 私は父から彼に与えられた報酬。
 そう考えると、嫌になった。
 私は彼を突き飛ばして、逃げ出した。

 部屋まで逃げようとして、今度は恐ろしくなった。
 自分は今、取り返しのつかないことをしてしまったのではないか、と。

 もしかすると、今、私は最後のチャンスを失ったのではないか。
 ルーデウス以外にもらってくれる人なんていない、と母は言った。
 そのとおりだと思う。
 貴族の子供たちには何度か会ったことがあるが、
 ルーデウスほど気骨のあるのはいなかった。

 ルーデウスは幼い頃から私の身体に興味津々だった。
 すぐにスカートをめくってパンツを下ろそうとしてくるし、
 事ある毎に胸を触ろうとしてくる。
 その度に殴って追い払った。
 学校にちょっとだけ通っていた頃、男の子にからかわれて殴ったら、
 その子は二度とナマイキな口を効かなくなった。
 けど、ルーデウスは全然こたえなかった。

 ルーデウスしかいない、という母の言葉の意味を強く実感した。

 彼に嫌われたら、自分は一生一人だと思った。
 報酬でもいいじゃないかと思った。
 一緒にいられるなら。

 私はルーデウスの部屋にとって返した。
 私の姿を見ると、彼はカエルのように這いつくばった。
 自分が悪いと謝ってくれた。
 覚悟ができていないのは私の方だったのに……。

 そんな彼に対し、私は上から目線で、あと五年待てと告げた。
 当時は、それぐらいはいいだろうと思った。
 大人なルーデウスなら、待っててくれるだろうと思った。

 あの時には、私は彼の事が好きになっていた。


 しかし、すぐに事態は急転した。


 訳の分からない所に飛ばされて、目が覚めたら目の前にスペルド族がいた。
 罰があたったんだと思った。
 今まで好き放題してきた罰があたったんだと。
 お母様には、我儘ばかり言っていると、スペルド族がきて食べてしまうと何度も言われていた。
 だから私は、この悪魔に食べられるのだと思った。

 せめて、あの時、ルーデウスに好きにさせて上げればよかった。
 本格的なのは15歳になってからでもいいのだ。
 ルーデウスの満足がいくまで、自分が我慢すればよかっただけなのだ。

 私は泣き叫んで、地面に蹲った。

 助けてくれたのは、ギレーヌでもお祖父様でもなく、ルーデウスだった。
 彼は、あのスペルド族と話をつけたのだ。
 自分だって不安でたまらないだろうに、
 年上である私を慰め、宥めた。
 なんて勇気があるんだろうと思った。
 また一つ好きになった。

 それから、ルーデウスは頑張っていた。
 青い顔をしながら魔族と渡り合っていた。
 ご飯もほとんど喉を通ってなかった。
 体調が悪いのを隠していた。
 きっと私に心配させないため、見えない所で苦しんでいたのだ。

 だから、私は我慢することにした。
 叫びだしたいのをこらえて、ルーデウスに任せる事にした。
 できる限り、いつもどおりに振舞おうとした。
 でも、どうしても我慢出来ないことは何度もあった。
 不安は止めどなく、私の奥底から湧いて出た。

 辛い状況で、なんと我儘な事だったろうと思う。
 ルーデウスは怒るでもなく、私の傍にいてくれた。
 嫌味の一つも言わず、頭を撫でて、肩を抱いて、慰めてくれた。
 そういう時、彼はエッチなことは一切しなかった。
 普段はあれほどギラついているのに、そういう時だけは、私の身体に必要以上に触れようとしなかった。
 エッチなのは、彼なりの茶目っ気なのかもしれない、そう考えた。
 普段通りに振る舞う事で、安心させようとしてくれているのかもしれない。
 そう考えた。

 彼は自分の事だけでなく、私のことを考えてくれている。

 私は強くなろうと思った。
 せめてルーデウスの足手まといにならないように。
 私がルーデウスよりうまくできるのは、剣を振ることだけ。
 戦うことだけだ。
 それすらも、仲間になったルイジェルドに遠く及ばない。
 剣だけならともかく、魔術を駆使したルーデウスにも勝てないだろう。

 ルーデウスは、そんな私に、経験をつませてくれた。
 きっと、ルーデウスとルイジェルドだけだったら、
 もっと簡単に魔物を倒して、もっと簡単に旅を続けたに違いない。
 そう考えると泣きそうになった。
 ルーデウスがそれに気づいたら、
 旅の途中で嫌われたら、
 置いて行かれるかもしれない。そう思った。

 だから、必死に強くなった。
 ルイジェルドに稽古を申し込み、何度も打ち倒された。
 その度、ルイジェルドは「わかったか」と聞いてきた。
 その度に、私はギレーヌの言葉を思い出した。
 合理、そう、合理だ。
 達人の動きには合理性がある。
 自分より強い者を見たら、まずよく観察しろ、と。

 ルイジェルドは強い、恐らくギレーヌよりも強い。
 だから、私は見た。
 ひたすらに彼の動きを見て、自分が出来ることは真似した。

 ルイジェルドは、強くなろうとする私を手伝ってくれた。
 夜中、ルーデウスが疲れて寝てしまった後、
 嫌な顔一つせずに、稽古に付き合ってくれた事もある。

 特訓もした。
 ルイジェルドは当然のように、私を打ちのめしてくれた。
 子供が好きな彼にとって、私を打ちのめすのは辛いことだったかもしれない。

 私にとっては、ルイジェルドも師匠と呼べる存在である。

 旅を開始して一年。
 強くはなれたと思う。
 ギレーヌに口をすっぱく合理合理といわれ、
 わかった気分になっていた当時とは違う。
 ルイジェルドとの稽古で、私は合理の真の意味を理解した。
 今まで適当でいいと思っていた体の動きの隅々にまで意味が存在した。
 小ざかしいと思っていたフェイントや、今まで何気なくやっていた先制攻撃の意味も理解した。

 そんなある日、ルイジェルドから初めて一本をとれた。
 今思えば、彼は何か他の事に気を取られていたように思う。
 けど、私にとっては、そんな隙でも構わなかった。
 初めて、一本とれたのだ。

 これで足手まといにはならなくなった。
 ルーデウスの隣で歩いていける。
 そう、私は調子に乗っていた。

 そんな増長を、ルーデウスは簡単に打ち砕いてくれた。
 いきなり魔眼を手に入れてきて、いとも簡単に私を組み伏せた。

 ルーデウスに、負けた。
 それも、魔術なしの真っ向勝負で。
 ショックだった。
 もう、何も彼に勝てるものが無い。
 ずるいと思った。
 あんなのは反則だと思った。
 私が何年も掛けて歩んできた道を、一発で覆された。

 同時に事実が突きつけられる。
 私は変わらず足手まといだ。

 人知れず泣いた。
 翌日の早朝、海辺で剣を振りながら、泣いた。
 ルイジェルドは気にするなと言ってくれた。
 元々、魔眼はルーデウスと相性がいい。
 お前は鍛えればより強くなれる。
 才能はある、だから諦めるな、と言ってくれた。

 何が才能だ。
 ギレーヌもルイジェルドも嘘ばっかりだ。
 そう思っていた。


 この頃、ルーデウスが大きく見えた。
 あまりに大きく、直視できないほどの輝きを持って見えた。
 神格化というのだろうか。
 完璧な人間は誰かと聞かれれば、
 間違いなくルーデウスと答えただろう。

 どうにか追いつきたいと思ったけど、無理だとどこかで諦めていた。


 それが変わりだしたのは、ミリス大陸に渡ってからだ。

 ギースに会って、世の中には剣や魔術以外にも、
 いろんな技術があることを知った。
 覚えようと思ったが、断られた。
 なんでだろう、とその時は思った。
 納得なんてできなかった。

 そして、ミリシオンでの出来事だ。
 せめて、自分一人でも、なんとか出来るようにと、
 最も簡単なゴブリン討伐に行ってきた。
 私だって一人でやれるんだと、少しは思いたかった。

 その時、私は初めて自分の才能の片鱗に気付いた。
 変な暗殺者のような相手と戦い、圧倒できた。
 いつの間にか、私も成長していたのだ。

 そして、帰ってくると、ルーデウスが弱っていた。
 なんとか事情を聞き出すと、この町にはパウロがいて、ルーデウスに辛く当たったらしい。
 泣いてはいないものの、深く落ち込んでいるルーデウスを見て、
 私は彼がまだ2歳年下の子供なのだと思いだした。

 それなのに、こんなワガママな女の家庭教師になって、
 10歳の誕生日を家族にも祝ってもらえなくて、
 足手まといを引き連れて魔大陸を旅してきて。

 そして父親に突き放されたのだ。

 到底許せるものではなかった。
 アスラ貴族の末席に名を連ねる者として、
 パウロ・グレイラットを斬ろうと心に決めた。
 パウロという人物の強さは父よりよく聞いている。
 なんでも剣神流・水神流・北神流の三流派を上級まで収めた、天才剣士という話だ。
 そして、あのルーデウスの父親。

 でも、勝てないかもしれないとは思わなかった。
 ルイジェルドに教えてもらった事は、私の中できちんと力になっている。
 ギレーヌに教わった剣術と、ルイジェルドに教わった戦闘術。
 二つを足して打ち倒せないはずはない。
 外道に負けてはいけないのだ。

 しかし、ルイジェルドに止められた。
 なぜと聞くと、これが親子喧嘩だからだと言う。

 ルイジェルドが自分の子供のことで悔やんでいる事は聞いていた。
 だから、今回はルイジェルドの言うとおりにすることにした。

 今になって考えてみればルーデウスもなんだかんだ言って、パウロのことを話す時は楽しそうだった。
 仲の良い親子が、ちょっとした仲違いをしているだけ。
 そう思えば、ストンと腑に落ちるものがある。
 でも、あの頃の私には納得できなかった。

 結局、ルーデウスとパウロは仲直りした。
 ルイジェルドの言う通りだったのだ。

 もう一度言おう、納得できなかった。
 どうしてルーデウスが父親を許すのかわからなかった。
 そう、許したのだ。
 彼は、あんな非道な父親を。
 自分なら絶対に許さないであろう相手を。

 ルーデウスはその事について、多くは語らなかった。
 ルイジェルドも教えてはくれなかった。
 彼らは大人なのだ。


 それから、中央大陸に渡った。
 この頃になると元気になってきたのか、ご飯をたくさん食べるようになった。

 そして、相変わらずルーデウスはすごかった。
 シーローン王国では、1日で第三王子と仲良くなって、家族を救出していた。
 私といえば、ルイジェルドと一緒に暴れただけだ。
 結果として、考えなしに暴れた事が、ルーデウスを助ける事になった。
 彼は「僕は何もしていません」「助かりました」なんて言ってたけど、あの調子なら一人で全て解決していたに違いない。

 ルーデウスは大きかった。
 大きすぎた。
 その大きな彼は、
 あの日、龍神と出会った日に、さらに大きくなる。

 龍神との対決。
 私とルイジェルドが、あの恐怖の象徴みたいな奴におびえた時、
 ルーデウスだけが平然としていた。

 ルイジェルドが手も足も出なかった相手に、一撃入れたりもした。
 あの時に出した魔術は、私の目には見えなかった。
 ルーデウスは岩砲弾だと言っていたが、
 今まであんな凄まじい岩砲弾は見たことがなかった。
 凄いのだ。本気を出したルーデウスは。
 世界最強とも言われている龍神と、ちゃんと戦えるのだ。

 そう思った次の瞬間、ルーデウスは死んだ。
 私はその瞬間まで、自分たちと死は無縁だと考えていた。
 ルーデウスは強いし、絶対に死なない。
 彼に守ってもらえる限り、私も死なない。
 ルイジェルドもいるし、安全。
 そう考えていた。

 勘違いだった。
 ルーデウスは死にかけた。
 もし、あの龍神の連れの少女が気まぐれをおこしていなければ、
 あるいは龍神が治癒魔術を使えなければ、
 ルーデウスはいなくなっていただろう。

 怖くなった。
 私は足手まといで、彼の荷物になっている。
 そう、改めて感じていた。

 それでもなお、私はルーデウスを神格化していた。
 なぜなら、彼は殺されかけてもケロっとしていたからだ。
 あまつさえ、またあの龍神と戦うことを想定して、訓練をつんでいた。
 死にかけた三日後に、である。

 私はそれが理解できなかった。
 理解できないけど、とにかく怖くて、彼の傍にいた。
 傍にいなければいなくなってしまう気がした。
 置いていかれてしまう気がした。

 そして、ルイジェルドと別れた。
 ルイジェルドは、あの龍神に勝つのは無理だと言った。
 けど、最後の最後に、教えてくれた。
 龍神の使った技を、思い出させてくれた。
 目に焼き付いたあの光景、龍神の動き、私の斬撃を受け流した技。
 その中から私は合理性を見出していた。
 龍神は正体不明の怪物なんかじゃない。
 人の技術を使う達人なのだ。


 そして、最後に。
 家に帰り着いて、何もないことを知った。
 父と祖父、母の死を知った。
 悲しかった。
 あんなにつらい思いをして帰ってきたのに、私には何もなかったのだ。
 家も、家族もいなかった。
 ギレーヌとアルフォンスはいたけど、なんだか別人のように余所余所しかった。

 もう、私にはルーデウスしかいなかった。

 だから私は、彼と家族になろうと思った。
 焦っていた。
 彼の仕事は、もう終わりかけている。
 契約期間は五年で、もうとっくに過ぎている。
 私を送り届けるという役目も終わった。
 彼の家族はまだ全員見つかっていない。
 すぐにでも、彼は旅立ってしまうだろう。
 私を置いて。
 そう思った。

 引き止めるため、身体で迫った。
 彼は最初渋っていた。
 もらってくれないかな、と思った。

 ルーデウスは私の下着には興味を示していたけど、
 決して私の水浴びを覗いたりすることはなかった。
 ミリス大陸に渡る船の中でも、その気になればいくらでも触ったり脱がせたりできたのに、しなかった。
 だから、体には興味が無いのかも、と思っていた。
 剣の修行ばかりしていたから、私は他の子よりも、ちょっと女らしさが足りないし。
 いくらエッチなルーデウスでも、こんなのを実際に抱くにはイヤなのかな、って思っていた。

 そんなことは無かった。
 ルーデウスは、すごく興奮していた。
 そんなルーデウスを見て、私も興奮した。

 そして、初めて身体を重ねた。

 私は、最初こそ痛かったが、次第に気持よくなっていった。
 対するルーデウスは、最初こそ気持ち良さげにしていたが、
 途中からは弱くて、か細くて、折れてしまいそうになっていた。

 そこで、気づいた。
 また、気づいた。

 ルーデウスは、私よりも小さいのだ。
 もちろん、私を女にしたモノは逞しいものだったが、
 背丈はもちろん、全体的に彼は小さいのだ。私よりも。

 ルーデウスは、自分より年下なのだとその時、初めて理解した。

 ルーデウスはこんなに幼いのに、私をずっと守ってくれた。
 船に乗った時だって、ずっとヒーリングをかけ続けてくれた。
 船を降りた時、彼は随分と疲れていた。
 あんな気持ち悪い乗り物にのって、彼だって平気でいられたはずはないのに。
 そうだ。
 もし、あのヒーリングがなければ、船から降りた後、ルーデウスは獣族(ギュエス)に遅れなんて取らなかったかもしれない。

 それに比べて、私はどうだろうか。
 力は強くなった。
 剣術だって、それなりに上手になった。

 けど、ルーデウスのことはあまり考えなかった。
 彼の大きさばかりに目を取られ、小ささには目をそむけていた。

 最終的には、家族を失った不安を盾にルーデウスに迫り、
 自分の欲望のまま、こんな仕打ちをしてしまった。


 もう一度言おう。
 私はルーデウスを愛している。
 けれども、私はルーデウスに相応しくない。
 私はルーデウスの負担にしかならない。

 家族にはなったけど、それ以上の関係にはなれない。
 夫婦にはなれない。
 彼の言うとおり、兄妹ぐらいが丁度いいだろう。

 私は彼に釣り合いがとれていない。
 一緒になっても、彼の足を引っ張り続ける事になるだろう。

 しばらく、ルーデウスとは距離を置いたほうがいい。
 自然とそう思えた。

 ルーデウスと一緒にいると、私は彼に甘えてしまうだろう。
 あの甘美な感覚はまだお腹の奥に残っている。
 ちょっと物足りないぐらいだ。 
 この浅ましさは、グレイラット家特有のものだ。
 案外、ルーデウスはあまりそういう方向では強くないかもしれない。
 がんばろうとするルーデウスを、こっちの方面でも惑わせてしまうかもしれない。
 それは、イケナイことだ。

 とはいえ、私はやっぱり彼が好きだ。
 アルフォンスが言うように、他の男の所に嫁ぐつもりはない。
 大体、いまさら貴族の子女らしく生きろというのも、無理な話だ。
 大体、見知らぬ領民のために尽力しろと言われても、ピンと来ない。
 大体、なんで私がそんなことをしなければならないのか理解できない。

 お祖父様もお父様もお母様も、もういない。
 フィットア領ももう無い。
 なら、私も『ボレアス』の名を捨てよう。
 けれども、サウロスお祖父様の孫として、
 お父様とお母様の娘として。
 鋼の意志で生きて行かなければ。


 強くなろう。
 改めてそう思った。

 彼と別れて、もっともっと修行するのだ。
 せめて、ルーデウスと肩を並べられると思えるまで。
 彼に勝てなくてもいい。
 でもせめて、ルーデウスと釣り合う女になるのだ。
 くっついているだけだと後ろ指を指されたりしない女だ。
 私には、ルーデウスのように賢く生きるのは無理だ。
 だから、力を求めよう。

 ギレーヌも、ルイジェルドも。ギースも言っていた。
 私には、剣の才能がある。
 ルーデウスと出会ってから今まで、一度たりとも自分が強いと思えたことは無い。
 けど、私を成長させてくれた彼らの言葉を信じよう。

 ギレーヌの勧めに従い、剣の聖地に赴く。
 そこで、強靭な剣士になるのだ。

 剣士(わたし)魔術師(ルーデウス)
 男と女が逆。
 でも、私達はそれでいい。

 成長できて、強くなれて、もう一度会えたら。

 その時こそ、家族の一歩上、夫婦になるのだ。
 彼の子供を産んで、幸せに暮らすのだ。

 うん。
 そうしよう。


 さて、しかし、なんと言って別れようか。
 ルーデウスは口が達者だ。
 なんだかんだと言って引き止められるかもしれない。
 私だけでは心配だと、ついてきてくれようとするかもしれない。
 自分のことは置いといて、ついてきてくれるかもしれない。

 書き置きか……。
 でも、私では、書き置きでも、何かしら痕跡を残してしまうかもしれない。
 それを見て、ルーデウスが追いかけてきたら、大変だ。
 彼は、私なんかにかかずらわっていてはいけない。
 もっとどんどん先に行く人だ。
 私も足を引っ張りたくない。


 こういう時、物語の剣士は黙って出ていく。
 けれども、ルーデウスはそういうのは嫌いだろう。
 旅の間も、何度も報告・連絡・相談と口を酸っぱくして言っていた。
 彼に嫌われたいわけではない。

 よし。
 一言だけ、残していこう。
 それで、ルーデウスはきっとわかってくれる。



--- ルーデウス視点 ---


 グッモーニン、エブリワン。
 おはよう、いい朝だね童貞諸君!
 童貞が許されるのは小学生までらしいけど、君たちは大丈夫かい?
 おおっと、僕はダメだったよ。ハハッ、もうすぐ13歳だからね。
 換算すれば中学生になってしまうよ。ハハッ!

 そしてこんにちわ、非童貞の諸君!
 今日から僕も君たちの仲間入りサ!
 いわゆる、リア充、ってやつだね!
 まさか僕もそっち側に入れるとは思っていなかったけど、
 リア充初心者として暖かく迎え入れてくれたまえよ。
 金持ち喧嘩せずって言うしね、仲良くしようじゃないか!

 女の身体よりオナ○ールの方が気持ちいいなんて噂を聞いたことがあったけど、
 ありゃ嘘だね。
 なにせオナ○ールには、あれとかこれとか唇とか舌とかついてないからね。
 身体全体で味わえるものでなければ意味がないね。
 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、全てを充足させるものがそこにはあったよ。

 いやなんていうのかな。
 一度抱いたぐらいで彼氏面しないでよ、なんてセリフがあるよね。
 言いたいことはわかるよ。
 でもね。
 もうなんていうか、ね。
 彼女の腰の辺りに手を回して、ぎゅっと抱き寄せるだろ。
 すると、彼女は俺の背中に手を回して、ぎゅっと抱き返してくれる。
 耳元で聞こえる荒い息、顔を見ればガッチリと絡み合う視線。
 口の辺りを舐めれば彼女も舌を出してきて、上の口も下の口も大洪水。

 もうね、互いが互いの物になってる感じがしてハッスルですよ。
 精神的充足っていうの?
 求め合い、与え合う。
 そりゃあ、ヤリなれた人なら、それで勘違いするなって思っちゃうよね。
 けど、俺みたいな初心者には無理さ。
 彼氏面しちゃうもん。
 そして、お互いに初心者なら、問題もないのさ。
 エリスだって彼女面したくなってるだろうさ。

 おっととと。失礼。童貞諸君には少々刺激が強すぎる話題だったかな。
 失敬失敬。
 私もね、もう少し落ち着いていようと思うんだがね。
 体感時間にして47年。
 渇望してやまなかったものがてにはいり、少々浮き足立っているようだ。
 おっと、この場合は手から離れて、かな?
 昔は、もし自分がそうなってもクールでいようと思っていたのだがね。
 ハハハ、自分というものはなかなかコントロールできないものだ!

 おや、もうこんな時間か。
 失礼、カノジョとの朝のピロートークの予定があるのでね。
 いやー、リア充というのは本当に忙しいね。
 特に夜の予定が忙しいね!
 今晩もビーストモードでバーニングタイムさ。
 もしかすると、昼間から忙しくなってしまうかもしれない。

 ほらエリス、朝だよ。
 起きて、起きないとイタズラしちゃうぞう。

 っと、いない。
 ベッドの隣側は空だ。
 彼女は起きるのが早いからな。
 初めての朝はピロートークからのコーヒーブレイクと相場が決まっているのに。
 まったく、恥ずかしがり屋さんなんだからもう。 

「よっと」

 起き上がる。
 腰のあたりが心地よいけだるさを返してくる。
 このおかげで、昨晩の一件が夢ではなかったと思えてくる。
 実に心地いい。

 とりあえず脱ぎ散らかした服を着る。
 ズボンが見つかったが、下着がない。
 仕方がないのでノーパンでズボンを履き、
 ベッドの脇にエリスのパンツがあったのでポケットにいれておく。
 上着を羽織って、大きく伸びをする。

「んー、グッドだ」

 これほどまでに清々しい朝は、そう無いだろう。
 と、俺はそこで、床に散らばるものに気がついた。

 赤いものが散乱していた。

「えっ……」

 髪だった。
 真っ赤な毛が、床にバサリと落ちていたのだ。

「なんぞ……これ……」

 俺はその毛を一房つかみ、臭いをかいでみる。
 昨晩、たくさん嗅いだ、エリスの臭いがした。

「ええ……?」

 混乱しつつ、視線を前へと送ってみる。
 すると、そこには一枚の紙が置いてあった。
 そのまま拾い上げ、そこに書いてある文字を読む。

『今の私とルーデウスでは釣り合いが取れません。旅に出ます』

 その意味を、俺は、じっくりと噛み締める。
 一秒。
 二秒。
 三秒。

 部屋を飛び出した。

 エリスの部屋を見る。
 荷物が無い。
 すぐに外に飛び出す。

 本部に入る。
 アルフォンスを見つける。

「あ、アルフォンスさん、エリスは!?」
「ギレーヌと共に旅立たれました」
「ど、どこに?」

 聞くと、アルフォンスは、やや冷ややかな目で俺を見た。
 そして、ゆっくりと口を開く。

「ルーデウス様には口外するなと、申し伝わっております」
「あ……そう、ですか」

 あれ?
     なんで……?
  わけがわからない。

 あれ?

   俺はなんで振られたんだ?

 いや、捨てられた?

   置いていかれた?

 あれ?
         家族……?

  あれ?


---


 一週間ほど呆然として過ごした。
 時折、アルフォンスが来て、俺に何ごとかと仕事を言いつけた。

 フィットア領には何もないと思ったが、
 小さな開拓村は少しずつ増えているらしい。
 難民キャンプから少し移動した所では、麦の栽培を始めていた。

 俺はアルフォンスに言われるがまま、村の周囲に土魔術で防壁を張り巡らせたり、
 堤がなくなって氾濫しがちな川に堤防を作ったりしていた。 
 ゆっくりだが、復興は進んでいるのだ。
 もっとも、本格的な開拓はミリシオンからの大規模移民が終わってからだそうだ。


 エリスは死亡した事にするらしい。
 エリス・ボレアス・グレイラットはいなくなり、
 ただのエリスが誕生したわけだ。

 そのせいで色々と苦しい事になるそうなので、
 正式に発表するのは数年後、とアルフォンスは言っていた。
 ダリウスとやらに支援でも受けているのだろうか。
 まあ、どうでもいいか。

 エリスがいなくなっても、アルフォンスは何事もなかったような顔をしていた。
 エリスに逃げられて残念ですね、と冗談交じりに言ってみたら、
 何にせよ、私はフィットア領を復興するだけです。
 と、事もなげに言い返された。

 本当はもっと色々と聞いて状況を知らなければいけないのかもしれない。
 だが、エリスがいない以上、わりとどうでもいい気分になっていた。
 もう、権力争いでもなんでも、勝手にやっていてくれという感じだ。


 で、俺が一週間、何を考えていたのかというと、だ。
 エリスがいなくなった理由をずっと考えていた。
 あの晩の自分の言動や行動を思い返していた。
 しかし、思い返しても、ピンク色の場面しか思い浮かばない。
 俺の記憶は全てあの瞬間に上書きされていた。

 もしかすると、俺はヘタだったのだろうか。
 欲望のままに襲いかかったから、幻滅されてしまったのだろうか。
 いやそれはおかしい、襲ったのは俺だが、誘ったのはエリスだったはずだ。

 いや、言うまい。
 俺は愛想をつかされたのだ。

 思えば、この三年、旅の最中は失敗ばかりしてきた。
 結果的にうまくいくことも多かったが、ルイジェルドに助けられての事だ。
 そんな相手に、あと二年も付きまとわれるのはエリスもイヤだったんだろう。
 だから、約束を先払いで済ませて、さようならしたのだ。

 思わせぶりな態度を取っていた理由は分からないが……。
 とりあえず、そう結論付けた。

 結局、俺は何も成長できていない。
 愛想をつかされても仕方がないだろう。

 そう諦めた時、
 ふと、思い至った。


「ああそうだ、ゼニスを探さないとな……」


 こうして、俺は中央大陸の北部へと旅立った。

第6章 少年期 帰郷編 - 終 -

次章
第7章 青少年期 入学編
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