第三十六話「すれ違い・後編」
魔眼。
いきなりこんなものをもらって、普通なら驚く所だろう。
なぜか魔界大帝があんな所にいて、
なぜか俺にこんなものをくれた。
ご都合主義な展開で、ちょっと俺の頭も追いついていない。
だが、俺は神のお告げで動いた。
この展開は奴の思惑通りというわけだ。
そう思うと、今すぐえぐりだして踏み潰したい。
痛そうだし、怖いからやらないが。
とりあえず帰路につこうとして、
俺は自分の甘さを呪った。
町を歩く人物が二重に見えるのだ。
俺は目測を誤って、何度か人とぶつかった。
二度ほど難癖を付けられて、二度ほど平謝りをした。
そして二度ほど喧嘩になった。
喧嘩には勝ったが、意味のない争いだ。
こうした喧嘩は極力少なくしたい。
早急に使いこなせるようにしておかなければならない。
というより、使いこなせないと、旅を続けることもできない。
---
宿に戻ってきた。
魔界大帝に会った!
という事を話すと、二人は大層驚いた。
「魔界大帝か、復活していたとはな」
ルイジェルドが驚く所を見るのは、結構珍しい。
「まさか、いきなり魔眼がもらえるとは思ってもみませんでした」
「魔眼を与えるのは魔界大帝の能力だ」
魔界大帝キシリカ・キシリス。
復活の魔帝。
またの名を、魔眼の魔帝。
その戦闘力は大したことは無いが、
12個の魔眼を体内に隠し持ち、
あらゆるものを見透かす事ができるという。
中でも最も恐ろしいのは、その他者の眼を魔眼へと変える能力だ。
これのおかげで、キシリカは配下全てを魔眼持ちにし、
魔族を統べる程の力を手に入れることが出来た。
強くなりたいがためだけに、キシリカの配下に加わる魔族もいたぐらいだ。
「なんでこの町にいたんでしょうね」
「さてな。魔王や魔帝の考える事など、俺にわかるものか」
ルイジェルドはそう言って肩をすくめた。
そうだな、お前は長年仕えた魔神の真意もわかんなかったんだもんな。
と、言うとマジ凹みしそうだから口には出さない。
エリスはというと、魔界大帝という単語に眼を輝かせていた。
「すごいわね。私も会ってみたい!」
「会ってみたいですか?」
エリスとキシリカ。
二人を合わせるとどんな会話をするんだろうか。
俺もちょっと興味がある。
案外、馬が合うんじゃないだろうか。
「まだ町にいるかな?」
「どうでしょうね……」
案外、明日あたりまた路地裏にいけば、お腹をすかせて倒れているかもしれない。
そういう天丼ネタをやりそうな雰囲気はあった。
……いや、さすがに無いだろう。
なんか、誰かを探している感じだったし。
きっと、旅だったのだろう。
円環の理か何かに導かれて。
「さすがに、もう町にはいないでしょうね」
「そう、残念ね」
と、言いつつも、
エリスは明日にでも路地裏を見に行くだろう。
「そんな感じなので、僕は引きこもります。
二人は自由に行動していてください」
二人はそれぞれ頷いた。
---
魔眼の制御には、一週間掛かった。
結論から言うと、それほど難しくなかった。
魔力で魔眼を制御する。
それは無詠唱で魔術を使う時によく似ている。
今まで何度もやってきたことだ。
魔力で、見え方を、作るのだ。
最初は戸惑ったが、
ピントが二つあるという事に気づいてからは早かった。
一つは濃さ。
エロゲの会話ウィンドウみたいな感じだ。
最初は濃さがMAXで、あらゆるものが二重に見える。
これはできる限り、薄くする。
目の奥のほうの魔力を絞ると、未来が薄くなり、今が見えてくる。
普段から見えておいた方が便利そうなので、気にならない程度まで薄くなったら、そこでストップ。
この状態を維持する。
少し気を抜くと、濃淡が変化する。
安定するまで三日。
もう一つの長さ、あるいは遠さか。
見える未来の距離。
目の先のほうに魔力を込めることで調節することができた。
結果、最長で約1秒という事が判明した。
無論、魔力を込めれば2秒以上先の未来も見える。
見えるが、ブレる。
二つとか三つにブレて見える。
未来は常に変化しているという事だろう。
3秒、4秒と魔力を込める事で未来が見えたが、
5秒も未来にすると、何重にもブレて頭痛がした。
それだけ、未来の数は多いということだ。
そして、あまり遠い未来にピントを合わせようとすると、脳に負担が掛かるらしい。
キシリカも魔眼を二つ手に入れると廃人になるような事を言っていた。
もしかすると、彼女があんなアッパラパーなのも、魔眼の影響かもしれない。
何はともあれ、安全に使えるのは1秒だ。
それがわかるのに、また三日。
二つを同時に調整できるようになるまで、さらに一日。
計一週間。
俺は予見眼を使いこなす事に成功した。
---
さて、
俺が眼に力を入れて「静まれ、俺の予見眼!」とか言っている間。
エリスとルイジェルドは毎日二人してどこかに出かけていた。
エリスは毎日、汗だくで、
ルイジェルドはいつも通りの済ました顔で、
しかし、ちょっとだけ汗をかいて帰ってきた。
二人して、汗を流すようなことをやっているのだ。
それも、毎日!
「あの、参考までに聞きたいんですけど、
二人は何をしてるんですかね?」
すると、エリスはよく絞った布で汗を拭きながら、
「ふふん、ナイショよ!」
と答えた。
実に嬉しそうな顔だった。
ナイショでナイショな事をしてるんだろうか。
ナイスショットでホールインワンなのだろうか。
俺には、このエリスの汗の染み込んだ布をクンカクンカするしかないのだろうか。
いや、別に不安には思ってないけどな。
どうせ、どこかで二人して特訓でもしているのだろう。
ああ見えて、エリスは影で努力する子だ。
フィットア領にいた頃も、休日にはちょくちょくギレーヌと訓練をしていた。
何をしているのかと聞くと、今回のようにドヤ顔で「ナイショ!」と答えたものだ。
なら、今回も、それだろう。
その夜、
34歳ぐらいのニートっぽい奴が俺の頬をツンツンとつつきながら耳元で、「お前の二つ名は今日から負・け・犬」と言う夢を見た。
多分、人神の仕業だと思う。
あいつはロクなことをしないな。
---
一週間後、魔眼の調節ができたと報告。
するとルイジェルドに「なら、エリスと手合わせをしてみろ」と提案された。
戦闘でどれだけ使えるのか確認するのか。
それとも、特訓の成果を見るのか。
どちらもこなせて二度美味しい。
俺は二つ返事で了承した。
砂浜に移動。
ルイジェルドの立ち会いの元、そこらで拾った木の棒を持って向かい合う。
「魔眼なんて手に入れたからって、私に勝てるかしらね!」
今日のエリスはいつにもまして自信満々だった。
きっと、この一週間で何かを掴んだのだろう。
このドヤ顔、守りたい。
「負けてもいいんですよ。戦闘中にどれだけ見えるのか、知っておきたいだけですから」
今日は魔術は抜きだ。
1秒先を見えるように設定した魔眼だけで戦ってみる。
「ふぅん、ルーデウスらしい言葉だけど……」
エリスの言葉の途中で、ビジョンが見えた。
<エリスが突然、左拳で殴り掛かってくる>
予見眼がなければ、反応できなかっただろう。
彼女は、こと先制攻撃に関しては、天性の才能を持っている。
「ハァッ!」
「ほい」
よく見極めてから、カウンターでエリスの顔を横からぶっ叩いた。
次のビジョン。
<エリスが怯まず連続攻撃を仕掛けてくる、右手の棒>
これがエリスの強い部分だ。
どれだけ攻撃を受けても、決して怯まずに次の攻撃を仕掛けてくる。
足腰もしっかりしているため、多少の攻撃ではぐらつかず、
むしろダメージを受ければ受けるほど、怒りのボルテージが上がり、攻撃性が増す。
「たぁっ!」
「はいさ」
強めに小手を打つ。
エリスは木の棒を取り落とした。
いつもの俺なら、ここで勝負ありかな、と思うかもしれない。
少なくとも、ギレーヌの元で修行していた頃は、剣を落とした時点で負けだった。
だが、ビジョンではそうなっていない。
<エリスはすでに次の予備動作に入っている>
つまり、これはフェイントの一種だ。
剣を落として、俺の油断を誘ったのだ。
<俺の顎先に左拳でパンチ>
エリス得意のボレアスパンチ。
わざと剣を落とし、
油断を突き、
いつもの肉弾戦連携に持っていくのだ。
「………っ!」
「足元がお留守ですよ」
出足を払って転ばせた。
拳は空を切り、エリスは地面へと倒れていく。
だが、まだ諦めないらしい。
<地面に手を付き、反動と遠心力を使って、仰向けになりながら俺の右足に噛み付く>
「おっと」
俺は足を下げると同時に膝を落とし、
エリスの上に乗っかるように、動きを封じた。
無理な体勢から噛み付こうとしたエリスの体は捻れた。
片腕は自分の下に、片足は折りたたまれて尻の下に入っている。
コレ以上なにをするのか……。
と思っていると、じたばた暴れるだけのようだ。
「そこまでだ」
審判の声が上がる。
エリスがぐたっと力を抜いた。
勝った……。
勝ったのか。
初めて、近接戦でエリスに勝ったのだ。
魔術無しで。
「完敗ね……」
エリスは、珍しく清々しそうな顔で俺を見上げていた。
足をどける。
エリスはゆっくりと立ち上がり、パパッと土埃を払った。
<殴り掛かってくる>
パシッと拳を受け止める。
すると、エリスの顔がみるみる不機嫌になった。
「……帰る!」
エリスは大音声でそう言うと、
そのまま、肩を震わせて宿へと戻っていった。
怒らせてしまったか……?
いや、違うな。
自信を喪失させてしまったのかもしれない。
今まで簡単に勝てていた相手。
それが急に強くなった。
俺だったら嫉妬してしまうだろう。
「エリスはまだ子供だ」
ルイジェルドがエリスを見送って、そう言った。
「歳相応でしょう」
そう言うと、ルイジェルドは振り返った。
俺の眼を見て、頷く。
「うまい連携だったな」
「魔眼があれば、誰だってできますよ」
多少は鍛えていたというのもあるが、
この世界には俺程度の身体能力を持つ人物は大勢いる。
魔眼さえ手に入れば、あのぐらいはできるはずだ。
「魔眼というものは、渡されてすぐに使いこなせるものではない」
「そうなんですか?」
「かつて、スペルド族の戦士団にも魔眼持ちがいたが、
常に眼帯を付けていた。死ぬまで制御出来なかった。
一週間で制御できたお前は異常だ」
そうか。
そうかね。
そうかそうか。
まあ、俺も魔力制御に関しては結構頑張ってるからね。
一週間で使いこなしちゃいましたからね。
そっかそっか、俺ぐらい早く制御できた人はいませんか。
んふふ。
「もしかして、今ならルイジェルドさんにも勝てたりして」
「魔術を使えばな」
「接近戦では?」
「やってみるか?」
その誘いに、俺は乗った。
はっきり言おう。
調子に乗っていた。
「お願いします」
ルイジェルドが槍を脇に置くと、徒手空拳で構えた。
野良犬相手に表道具は用いぬということか。
「なんだったら、お前は魔術を使ってもいいぞ」
「いえ……せっかくなので素手で」
言い終わる前に、ビジョンが見えた。
<ルイジェルドの掌底が俺の目の前に向かって放たれる>
見える。
ルイジェルドの動きも見える。
対処できる。
「おっと!」
その拳を受け止めようと、手を伸ばす。
<俺の手が掴まれる>
ビジョンが見えて、思わず手を引っ込める。
その瞬間、ビジョンがブレた。
<ルイジェルドの拳が俺の顔を捉える>
ビジョンが浮かぶ。
二つの未来。
腕を掴むルイジェルド、顔面に拳撃を打ち込むルイジェルド。
ほぼ重なり、しかし少しだけズレた未来。
なぜだ。
1秒だとブレないはずなのに。
と、疑問に思う時間も1秒だ。
「うおぉっと!」
体を逸らしてなんとか回避する。
<ルイジェルドの拳が俺の顔面に向かって放たれる>
その拳撃は見えていた。
はっきりと、見えていた。
だが、俺は体勢を崩していた。
ルイジェルドの次の行動が見えていても、
回避行動に移る事ができなかった。
「ぶげっ!」
ルイジェルドの拳は俺の鼻先を捉え……撃ちぬいた。
俺は後頭部から砂浜に倒れ、そのまま一回転。うつ伏せに倒れた。
顔が陥没したかと思った。
触って顔を確認。
大丈夫だろうか。
わたくちの美しい顔は修羅場ってないだろうか。
俺は給食当番の五歳児みたいになっていないだろうか。
「終わりか?」
聞かれ、俺は敗北を悟る。
「はい、参りました」
最初にビジョンが見えた時は勝てるかと思ったが、
そうそううまくはできていないらしい。
「しかし、これでわかっただろう?」
ルイジェルドは俺に手を差し伸べる。
俺はそれを掴み、起こしてもらう。
「わかりません。いきなり未来がブレました。
何をしたんですか?」
「お前が何を見たのかは知らんが……。
お前が手で防御すれば掴み、出さなかったら殴る。
俺が考えたのは、それだけだ」
ふむ。
つまり、こういう事か。
俺の動きが予測されていれば、対処される。
地力に差があるから、一秒先が見えても意味がない。
将棋で言うなれば、
相手の次の一手が見えたからといって、
素人が名人には勝てる道理は無い、といった所か。
この世界の住人は、異常に能力が高い。
ルイジェルドと同じような動きができる奴も多いだろう。
「もっとも、俺は前に同じ魔眼を相手に戦った事がある。
それ以来、常にそれを想定した戦い方をしている。経験の差だ」
「そうですかね」
ルイジェルドは経験で魔眼に対処した。
もしかすると、この世界の剣術とかは、
魔眼への対処法、対抗する技があるかもしれない。
例えば、剣神流の『光の太刀』なんて、見えても回避できる気がしない。
「ちょっと、調子に乗っていたみたいですね」
それに、魔眼の弱点というのは古来から決まっている。
例えば、眼を塞ぐとか、鏡の盾を使うとか、
後ろから攻撃するとか、暗闇の中で戦うとか。
だが、それらを差し引いても、
やはり魔眼の力は魅力的だ。
あのエリスに勝ったんだからな。
これからの魔眼の使い道を考えると、心が踊る。
エリスの動きは完全に見えていた。
今まで見えなかった動きが見えていた。
つまり、もっと応用すれば、ルイジェルドの動きだって見えるはずだ。
と、そこで俺の中にハゲでグラサンな仙人がポンと現れた。
『ようやく殴られずに成長を確かめることができるのう!』
なるほど。
ありがとうおっぱい仙人。
うむ。
これからの魔眼の使い道を考えると、胸が踊るな!
---
鼻の下を伸ばして宿に戻ると、
エリスがベッドの上で足を抱えていた。
そうだ、忘れてた。
彼女は落ち込んでたんだった。
とりあえず、俺の中の仙人は亀に乗ってどこかに消えた。
「あの、エリスさん?」
「なによ?」
エリスの声音はいつも通りだった。
あの後、ルイジェルドから、二人がこの一週間、何をしていたのか聞いた。
やはり特訓だったらしい。
もちろん、エッチな特訓ではない。
強くなるため、丸一日を剣の修行に費やしていたのだ。
そして、エリスはルイジェルドから一本取る事に成功したらしい。
ルイジェルドから一本。
並ではない。
俺では一生取れそうもない。
ルイジェルド曰く、
それでちょっとテングになりかけていたので、
俺を使って頭を冷やさせた、という事らしい。
なんてことだ。
あの戦士気取りのロリコン野郎は、
自分のミスを俺に尻拭いをさせたのだ。
だが、結果は抜群だったようだ。
普段負けているルイジェルドから一本取って長く伸びた鼻は、
普段勝っている俺に完敗することで、容赦なく叩き折られた。
しかし。
しかしだ、しかしなのだ。
それはあまり良くないのだ。
『ちょっと掴めてきたかな?』
と思った時にわからされた時の感じは、俺もよく知っている。
今までやってきた事が否定される、やるせない気持ちになるのだ。
確かに頭は冷えるかもしれない。
大きな失敗はしないかもしれない。
でも、エリスは多分、今が伸び盛りだ。
そうやって頭を押さえつけるようなのはよくないと思う。
どんどん調子に乗らせて、どんどん伸ばすべきなのだ。
そして、伸びきった所で悪い点を指摘して修正するのだ。
「エリスはちゃんと強くなっています」
「別にいいわよ。慰めてくれなくても。
ルーデウスに勝てないことぐらい、最初からわかってたもん」
つんと唇を尖らせて拗ねるエリス。
うーん、なんて声をかければいいんだ。
こういう時のセリフのストックが無い。
ルイジェルドは部屋に戻ってこない。
アイツが伸ばした鼻なんだから、アイツがなんとかしろと思う。
俺が折った鼻だけどさ。
だが、ここでうまく慰められれば、好感度アップ間違いなしだ。
エリスは俺に首ったけになって、メロメロダンスで大人のチークタイムだ。
ルイジェルドも、きっとそういうアレを想定して、二人ッきりにしてくれたのだ。
「自信をなくさないでください。
ルイジェルドから一本取ったって聞きましたよ。
凄いことじゃないですか」
そう言いながら、隣に座る。
すると、エリスは俺に体重を預けてきた。
ふわりと、汗の匂いが香った。
いい匂いだ。
だがまだ我慢。ここは紳士的に……。
「ルーデウスは、ズルいわよ。
一人で魔眼なんて手に入れて、
私は一生懸命頑張ったのに……」
俺は硬直した。
一瞬で頭が冷めた。
俺の中の狼が尻尾を巻いて逃げた。
何も言い返す事ができなかった。
「…………」
俺は、何を浮かれていたんだろうか。
そうだ。
ズル。
ズルいのだ。
魔眼は、決して俺が努力して手に入れた力ではない。
降って湧いたように手に入れたものだ。
俺がやったのは、食料を買い込んで裏路地を歩いただけなのだ。
確かに、その後、調整には一週間掛かった。
だが、それだけだ、何の苦労もしていない。
それで、
そんな力で、
一週間、汗だくになって努力してきたエリスに勝って、
何を嬉しがっているんだ。
「すみません」
「謝らないでよ……」
「…………」
それ以降、エリスはずっと黙っていた。
けど、決して俺から離れようとはしなかった。
普段なら俺なら、エリスの体温や匂いにドキドキする。
けど、そんな気持ちにはならなかった。
ただ、バツの悪さだけを感じていた。
エリスの高い体温と汗くささが、俺を批難しているように感じた。
重い空気の中、
魔眼は、いざという時以外は使わない方がいい。
そう決めた。
こういう便利な道具は、俺の成長を妨げる。
そうだ。
ルイジェルドとの戦いでも分かったじゃないか。
大切なのは、魔眼の使い道を考える事じゃない。
俺自身の戦闘力を上げることだ。
魔眼を使えば、確かに俺は強くなるだろう。
だが、きっといつかは頭打ちになる。
道具に頼ったやり方では、いつか手痛いしっぺ返しをくらう。
危ない。
あやうく人神とかいう邪神の奸計に乗る所だった。
奴は俺を堕落させようとしているに違いない。
魔眼は、切り札。
そう考えるようにしよう。
---
その夜、俺は一人、考える。
結局、海を渡る方法は手に入らなかった。
どこかでミスをしたのだろうか。
今回はスムーズだったと思うのだが。
手に入ったものは魔眼だけだ。
これで何かをするのだろうか。
例えば、ギャンブルとか。
とはいえ、魔大陸にギャンブルという娯楽は存在していない。
せいぜい、喧嘩する二人のどっちに賭けるか、といったものだ。
これで稼ぐのはあまりおいしくない。
ルイジェルドを剣闘士役として出し、参加費鉄銭1枚、賞金緑鉱銭5枚。
なんてやるのもいいかもしれないが、どうせすぐに相手がいなくなる。
うーむ。考えてもわからない。
ただわかるのは、人神に助言をもらう前に戻ったって事だ。
ある意味、一週間を無駄にしたとも言える。
一週間も、無駄にしたのだ。
「よし……売るか」
口に出してみると、決意はあっさりできた。
丁度いいことに、今夜はルイジェルドがいない。
エリスはベッドの端でヘソを出して寝ている。
風邪を引いてはこまるので、毛布を掛けてやる。
止める者はいない。
この時間でも、裏路地の質屋は開いているだろう。
いかがわしいモノを扱う店は夜に開くものなのだ。
俺は杖を片手に宿を出た。
宿を出て三歩。
「こんな夜更けにどこにいく?」
ルイジェルドが立ちふさがった。
宿にいないから、どこか遠くに行ったと思ったが、
そうでもなかったらしい。
しまったな、こいつ、出歯亀する気だったのか。
なんとかごまかさないとな……。
「えっと、ちょっとエッチなお店に火遊びに」
「女を抱くのに杖が必要なのか?」
「えっと……魔術師プレイをするので」
沈黙。
さすがに無理があったか。
「売るつもりか?」
「……はい」
見事に言い当てられて、俺はさっさと白状した。
「もう一度聞くぞ。お前は、杖を売るのか?」
「はい。この杖は材質がいいので、高く売れます」
「そういう事を言っているのではない。
お前にとってその杖は、大切なものではないのか?
このペンダントと同じく」
ルイジェルドは、胸元からロキシーのペンダントを取り出した。
「はい、同じぐらい大切です」
「ならば、もし同じ事があれば、このペンダントも売るのか?」
「……必要とあらば」
ルイジェルドは深く息を吸った。
叫ぶのだろうか。
子供以外の事ではあまり声を荒げない男だが……。
「俺は、例え追い詰められても、槍は手放さん」
叫びはしなかった。
ただ、ため息のように言っただけだ。
「それは、息子さんの形見だからでしょう?」
「違う。戦士の魂だからだ」
戦士の魂か。
言うことは立派だが、それで海は渡れない。
ルイジェルドの目には、悲しみがあった。
「お前は前に、三つの選択肢を出した」
「出しましたね」
「その中には、杖を売るという選択肢はなかったはずだ」
「ありませんね」
嘘をついた事を咎められているのだろうか。
いや、嘘をついたつもりはない。
杖を売るのも正当法の一つだ。
「俺はまだ、お前の信頼を得ていないのか?」
「信頼? していますよ」
「ならば、なぜ相談しない」
その問いに、俺は眼を逸らした。
反対されるとわかっていた。
だから相談しなかった。
つまりそれは、信頼していない事の証拠とも言える。
「俺とて、この一年で今の世の中の事は知ったつもりだ。
依頼を受けても、迷宮に潜っても、
緑鉱銭200枚などという大金は、到底溜まらん」
今日のルイジェルドは珍しく現実的な物言いをしているな。
何か変なものでも食べたかな?
「お前はそれをわかっている。
ゆえに、密輸人という選択肢を考えついた。
俺には思いつきもしなかった。
だが、俺がミリスに渡る方法は、それしかない。
それで正解だ。なぜ杖を売ろうとする」
俺が思いつくのは、いつだってベターな選択肢だけだ。
全てを完璧にこなせるベストな選択肢は難しすぎて失敗する。
だから、正解なんてものは、いつだってわからない。
密輸人が正解だなんて、思っていない。
「例え正解でも、パーティに亀裂が入ったら、何の意味もありません」
「つまりお前は、密輸人を頼ると、パーティに亀裂が入ると思っているわけだな」
「ええ。密輸人は、ルイジェルドさんの価値観で言う所の、悪党ですからね」
密輸。
その運ぶ物のリストには、奴隷なんかも含まれるだろう。
そして、この世界の最もポピュラーな悪事と言えば、人攫い。
子供は攫いやすい。
つまり、密輸人は子供を攫って売る誘拐犯の片棒を担いでいる。
「ルーデウス」
「はい」
「今回は、俺のせいでこんな事になっている。
お前たちだけなら、緑鉱銭200枚などという大金で頭を悩ませずにすんだ」
その代わり、ここにくる途中で何かハプニングに合ったかもしれない。
ルイジェルドに助けられたことはいっぱいあるのだから。
「それを、お前が杖を売ることで解決するのは、俺の誇りが許さん」
誇りが許さんと言われてもな。
「杖を売る、金が手に入る。規定の料金で海を渡る。
誰も後悔しない。誰も何も我慢しなくて済む、
一番スマートなやり方じゃないですか」
「お前に杖を売らせてしまった俺の不甲斐ない気持ちが残る。
エリスとて、気にするだろう。
それがお前の言う、パーティの亀裂ではないのか?」
俺は押し黙る。
ルイジェルドは俺の眼を見た。
まっすぐな瞳だった。
「密輸人を探せ。俺は全ての悪事に眼を瞑ろう」
真剣な顔だ。
恐らく、彼は今、途中で子供が捕まっていても見殺しにする覚悟を決めている。
俺が杖を売らないために、だ。
俺のためにだ。
俺のために主義主張を曲げてくれているのだ。
そこまで強い覚悟があるのなら、俺も何も言うまい。
「もし、途中で我慢できないゲス野郎を見つけたら言ってください。
子供を助けるぐらいの余裕は、あるはずですから」
ルイジェルドがその気なら、スマートはやめだ。
密輸人を頼り、海を渡る。
けど、今回は迎合しない。
ルイジェルドが我慢できなくなったら、容赦なく裏切って助ける。
悪党なんて利用するだけして、ポイだ。
「じゃあ、密輸人を探す方向でいきましょう」
「ああ、それでいい」
「色々と不愉快な思いをさせることになると思いますが、よろしくおねがいします」
「それはお互い様だ」
俺はルイジェルドと硬く握手をかわした。
こうして、俺はエリスを出し抜き、恋の戦争に勝利したのであった。
いや、冗談だけどな。
---
もちろん、翌日にはエリスにも説明しました。
すると、大層驚かれた。
「えっ? だって、路地裏にいったのも、そういう人と話を付けるためだったんでしょ?」
すでに彼女の中では、密輸人を探すと思っていたらしい。
というか、その事に関して、
特訓の最中、ルイジェルドを説得してくれていたらしい。
かなわないな。
さて、それじゃ。
パーティが一丸となった所で、密輸人を探すとしますか。