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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第4章 少年期 渡航編

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 間話「すれ違い・番外編」

 ロキシー・ミグルディアは船旅を終え、魔大陸の港町ウェンポートへと降り立った。

 ロキシーはその途端、足を止めた。
 ウェンポートは、ミリス北端にあるザントポートとよく似た町並みである。
 初めて訪れた者でも、ある種の既視感を覚えるだろう。
 だが、ロキシーが足を止めたのは、既視感からではない。
 ミリス大陸とは明らかに違う空気。
 それを感じとったのだ。

(懐かしい……)

 胸の奥より湧き上がるのは懐かしさだ。

 ロキシーが以前にここに訪れたのは何年前だっただろうか。
 十五年ぐらい前だったろうか。
 思えば、人族にあこがれて里を飛び出して、かなりの時間が経った。
 ここから船に乗った時には、いつか戻ってくると考えていた。
 けど、ミリス大陸に渡り、ミリシオンで人族の作ったお菓子を食べた時は、こんなに美味しいものがこの世界にはあったのか、魔大陸では絶対に食べられない、二度と戻るもんかと決意したものだ。

(我ながら単純ですね……)

 事実、ロキシーはミリス大陸から中央大陸へと渡り、今日まで戻っては来なかった。
 戻ろうとも思っていなかった。
 中央大陸にはいろんなものがあった。
 見るもの全てが新鮮で、面白かった。
 いつしか、魔大陸に住んでいたのと同じぐらいの時間を、中央大陸で過ごしていた。
 魔大陸の事など頭には無かった。
 迷宮に潜り、死の恐怖を覚えるような瞬間でも、魔大陸に残した両親の事など思い出さなかった。

 それが、今、こうして戻ってきている。
 人生何が起こるかわからないものだ、とロキシーはしみじみ思った。

「ロキシー! 行きますわよ!」

 ロキシーが立ち止まっていると、一人の女性がロキシーを呼んだ。
 金色のフランスパンのような豪奢な髪の間から、長い耳が覗いている。
 スラリと高い背、キュっとしまったウエスト、そしてポンと大きなお尻。

 彼女を遠目に見る度に、ロキシーの心は嫉妬で埋め尽くされる。
 種族的に仕方のない事だとしても、せめて自分もああいう体型になれば、と思ってしまう。
 胸の大きさだけは同じ程度だが、バランスがとれて美しい彼女と、貧相な自分。

「はぁ、今行きますよ」

 ため息が出た。

 あの豪奢な女性の名前はエリナリーゼ。
 エリナリーゼ・ドラゴンロード。
 長耳族の戦士で、刺突を主とするエストックとバックラーで堅実な前衛を務める。
 その豪奢な見た目と同様の、華麗な技を持つ戦士だ。

 本来ならエストックなど、冒険者の持つ武器ではない。
 アスラ王国貴族が決闘(ころしあい)で使ったり、北方大地の剣闘士が甲冑を着て戦う時に用いるものである。
 エリナリーゼの持つものは迷宮の奥で手に入れた魔力付与品(マジックアイテム)である。
 そこらの雑多な剣よりよほど頑丈で、一振りするだけで、数メートル先の木を切り倒す真空波が発生する。
 また、バックラーも魔力付与品(マジックアイテム)で、受け止めた衝撃を緩和するという能力がついている。

「お、おお……大地、大地じゃ……」

 炭鉱族の老人が、ロキシーの後ろからヨロヨロと船を降りてくる。
 ガシャガシャと重い鎧を鳴らし、厳ついヒゲを揺らし、青い顔で杖に縋っている。
 彼の名はタルハンド。
 正式には『厳しき大峰のタルハンド』。
 身長はロキシーと同じぐらいで、しかし横幅は2倍以上ある。

 重い鎧に身を包み、厳ついヒゲを持ったこの人物は魔術師である。
 魔術師がなぜ鎧を、と最初はロキシーも疑問に思ったものだ。
 彼は足が遅く、敏捷性は皆無に等しい。
 魔物に攻撃されれば回避もままならない。
 なので逆に、ああして頑丈な鎧を着こむ事で、前衛でも魔術を使えるようにしているらしい。

「大丈夫ですか、タルハンドさん。ヒーリングを掛けましょうか?」
「いや、必要ない……」

 タルハンドは振りつつ、フラフラと頭を揺らしつつ、鈍重そうな体を引きずってくる。
 普段はもっと軽快なのだが、船酔いに掛かり、弱っているのだ。

「まったく、船ぐらいで情けないですわね」
「なんじゃと……貴様……」

 エリナリーゼが腰に手をあて、フッと笑う。
 タルハンドは顔を真っ赤にして怒る。
 すぐに喧嘩を始めるこの二人を止めるのが、現在におけるロキシーの役割である。

「喧嘩は後にしてください。エリナリーゼさんも、いちいちそんな事は言わなくていいんです。船酔いは体質によるものですからね」

 ロキシーと彼らは、王竜王国の港町イーストポートで出会った。
 冒険者ギルドで喧嘩をしている二人を、ロキシーは最初、無視した。
 だが、その喧嘩の内容がフィットア領で行方不明になった人物を捜索しに、魔大陸まで移動するという話だったので、割り込んだ。
 二人は、魔大陸の地理に明るくないということで、意見を違えていたらしい。
 土地勘のあるベガリット大陸か、中央大陸北部に移動すべきだというタルハンド。
 道なんかわからなくても人探しぐらい可能、なんなら現地で人を雇えばいいというエリナリーゼ。

 そして、一人では不安が残る、魔大陸出身のロキシー。
 出会うべくして出会ったというべきだろう。

 さらに話を聞いてみると、なんでもこの二人はかつて、パウロやゼニスと同じパーティだったと言う。
 『黒狼の牙』。
 ロキシーも聞いたことがある。
 中央大陸において最も有名だったパーティの一つだ。
 一癖も二癖もある人物ばかりが集まった凸凹パーティで、当時は何かと話題になっていた。
 結成から数年でSランクにあがり、そしてすぐに解散してしまったのだが、ロキシーはよく覚えている。
 それにしても、まさか、パウロとゼニスが『黒狼の牙』のメンバーだったとは。
 ロキシーは驚きが隠せなかった。

 そして、驚いたのは二人も同様だった。

 ロキシー・ミグルディアと言えば、巷で有名な『水王級魔術師』だ。
 魔大陸から渡ってきた青い髪の少女。
 魔法大学に入学し、数年で『水聖級魔術師』の称号を手に入れ、シーローン王国郊外にあった地下二十五階の迷宮を踏破。
 その後、シーローン王国の宮廷魔術師の座に収まった人物である。

 彼女の冒険譚の序盤の出来事は吟遊詩人によって詩にされ、かなり有名になってきている。
 里から出てきた魔術師の少女が三人の駆け出し冒険者と出会い、魔大陸を旅し、ミリスへと旅立っていくというストーリーだ。
 その詩にロキシーという名前は出ていない。
 だが、その魔術師の少女の名前がロキシーだというのは、詩が流行りだした頃に冒険者だった者にとっては有名な話である。

 三人は意気投合……。
 というほどでもなかったが、ルーデウスを探しに魔大陸に行くというロキシーと、パウロの要請で家族を探そうという二人の目的は一致していた。
 その場でパーティを組み、魔大陸へと向かった。

 まずは船に乗り、ミリス大陸へ。
 ミリス大陸の港町ウェストポートで大金を出し、スレイプニル種の馬と馬車を購入。
 高い買物であったが、三人とも金は持っていたので問題はなかった。
 二人共、パウロとは仲が悪かったため、ミリス神聖国首都ミリシオンへは寄らず。
 二人共、故郷では悪童として名を馳せていたため、青竜山脈の炭鉱族の集落にも、大森林の長耳族の集落にも寄らず、まっすぐザントポートへと移動した。
 二人の言い分としては、もうすぐ大森林に雨期が来るから、早く移動した方がいいという事である。
 雨期は長く、その間に大森林を移動することは出来ない。
 だが、二人の口論と、ミリス大陸なんかに一秒でもいたくないと言わんばかりに夜も馬車を走らせる様子から、単に帰りたくないだけなのだとロキシーは結論付けた。

 もっとも、結果として、通常より圧倒的に早いスピードで魔大陸までやってくることができたのだから、ロキシーとしては文句は無い。

「まずは冒険者ギルドに行きましょう」

 ロキシーが提案し、三人は冒険者ギルドへと足を向ける。
 まずは冒険者ギルド、それが冒険者としての基本である。

「いいオトコがいるといいですわね!」

 エリナリーゼの言葉に、ロキシーはムッと顔をしかめた。
 このエリナリーゼという長耳族は、貞淑そうな見た目と違い、男好きである。
 スラリとした体つきからは想像できない事であるが、すでに何人もの子供を産んでいるのだとか。
 本人曰く、そういう呪いに掛けられているのだそうだが、知らない男に体を許す悲壮感は無く、好きでやっているように見える。
 ロキシーには信じられない事である。

「エリナリーゼさん。探すのは男ではなく……」
「わかっていますわよ」

 全然わかっていない、とロキシーは顔をしかめる。
 当人は大丈夫だと言っているが、一緒に旅する仲間の身にもなってほしい。
 暇な時なら好きにすればいいが、今は緊急事態なのだ。
 それに、もし彼女が妊娠すれば、それだけ旅が遅れるのだ。
 ちょっとは控えてほしいと、ロキシーは思う。

「ロキシーも男の一人や二人ぐらい……」
「できません」

 エリナリーゼほどの美貌があれば、とロキシーは思う。
 だが残念なことに、ロキシーがこの人いいな、と思った人物がロキシーを女として見たことはない。
 ロキシーは子供に大人気だが、男にはモテないのだ。


---


 魔大陸の冒険者ギルド。
 雑多な種族同士がパーティを組むそこは、中央大陸とくらべて異色な感じがする。

 ロキシーがギルド内に入ると、明らかに新米とわかる冒険者と目が合った。
 戦士風の格好をした三人の少年だ。
 彼らはおずおずといった感じでロキシーに寄ってきた。

「あ、あの、もしよければ、パーティを組みませんか!」

 少年たちの意に決したような一言。
 ロキシーは苦笑した。

「いえ、見ての通り、すでにパーティを組んでいますので」

 そう断ると、三人は苦笑しながら去っていった。

 こうしてパーティ勧誘を受けるのは初めてではない。
 今までにも、何度か勧誘された。
 どれも、少年三人だった。
 かつて吟遊詩人が詩にするといっていたが、こんなに有名になるとは思っていなかった。

「あらあら、ロキシーにもいい男のお誘いがあるじゃありませんの!」

 エリナリーゼがロキシーの頭をポンポンと叩いてからかう。
 いつもの事である。
 ロキシーもいちいち相手はしない。子供ではないのだ。

「どのみち、ランクが違ってパーティは組めないでしょう」

 ロキシーの現在の冒険者ランクはAである。
 吟遊詩人の詩に惑わされるようないたいけな少年たちの平均ランクはD。
 少なくとも、Bランク以上だったのは見たことがない。
 最初に勧誘を受けた時、あの詩の主人公は自分なのだと自慢気に主張したのだが、ロキシーという名前の方は売れてなくて赤っ恥を掻いたものだ。
 ロキシーにとって思い出したくない思い出である。

 まさか、吟遊詩人がミグルド族という種族を知らず、ロキシーが12歳ぐらいから旅を始め、2年ぐらいでAランクまで上がったと勘違いしているとは。
 しかも、現在詩の内容はかなり脚色され、魔大陸を1年で踏破してAランクに上がったという事になっている。

 冗談じゃない、とロキシーは思う。
 本当はAランクに上がるのには5年ぐらい掛かったのだ。
 魔大陸で土台を作り、Bランクに上がるのに3年。
 それから色んなパーティにお邪魔しつつ2年。
 それでも、普通に比べればかなり早いはずだ。
 今なら、運さえ良ければFランクから始めても1年ぐらいで上がれるかもしれないが、何も知らない子供だけのパーティが1年でAランクになんて上がれるものか。

「育てば私好みになったかもしれないけれど、実に残念です」

 育てば、と言ってロキシーは昔の事を思い出した。
 かつて、自分に声をかけてきた三人の新米冒険者を思い出す。
 『リカリス愚連隊』を名乗っていた三人。

 ミグルドの里から出てきて、右も左もわからない田舎者だった自分を助けてくれた三人の少年。
 一人は、皮肉屋でその場かぎりの嘘ばかりついていた、でも面倒見がよかった。
 一人は、よく悪態をついて他人の悪口ばかり言っていた、でも一本芯が通っていた。
 一人は、とても賢くてパーティのまとめ役だった、でも旅の途中で死んでしまった。
 彼らとは、ウェンポートにたどり着いた時点で解散したのだが……。

 ロキシーは思う。
 残り二人はまだ生きているだろうか、と。
 中央大陸で活動していたからわかるが、魔大陸の冒険者は過酷だ。
 死んでいる可能性の方が高い。

(元気にしていればいいな……ノコパラとブレイズ……)

 と、そこまで考えて、ロキシーはふっと笑った。
 あれから20年経っているのだ。
 特に長寿でもない二人は、とっくに冒険者を引退しているかもしれない。
 変わらないのは自分だけだ。

(郷愁はまた今度にしましょう)

 ロキシーは気持ちを切り替えた。
 魔大陸に帰ってきたのは、決して里帰りするためではない。
 ルーデウスか、その家族を見つけ出すためだ。

「では、情報を集めましょう」

 ロキシーは二人に提案し、冒険者ギルド内を見回した。


---


 情報を集めていると、『デッドエンド』という存在がこの町にいるという事がわかった。
 なんでも、ここ最近で急激に名前を売れだした新鋭らしい。

 『デッドエンド』と言えば、魔大陸では知らぬ者のいない悪魔の名前である。
 スペルド族の中でも、特に危険で、子供ばかり狙うとされている怪物である。
 ロキシーも小さい頃は、母親に何度も脅されたものだ。
 悪い子は『デッドエンド』に攫われてしまうぞ、と。


 宿に戻り、『デッドエンド』の情報をまとめてみて、ロキシーは顔をしかめた。

「信じられない話ですね」
「なにがですの?」
「『デッドエンド』を騙るなんて、正気の沙汰とは思えません」

 デッドエンドの何が恐ろしいか。
 それは、実在する人物という点である。
 中央大陸では知られていないが、デッドエンドは確かに存在する。
 当然ながらロキシーは見たことはないが、耳に入る噂は、どれも恐ろしいものだ。
 魔大陸において、最も恐ろしい魔物だろう。
 冒険者ギルドは報復を恐れて特に指名手配などはしていないようだが、もし討伐依頼が出るのなら、間違いなくSランクだろう。
 しかも、成功すれば、Sの数が2倍になる依頼だ。

「わたくしにはわかりませんわね」

 エリナリーゼの調べてきた情報によると、デッドエンドを名乗る男は、長身で色白、禿頭で槍を持っている。
 そして、美男子だという話だ。

「いい男という話ですので、わたくしがベッドで聞いてみましょうか?」

 タルハンドが、ペッと不機嫌そうに唾を吐いた。

「どうでもいい情報じゃな」

 タルハンドの得た情報によると、『デッドエンド』は三人組。
 それぞれ、
 『狂犬のエリス』
 『番犬のルイジェルド』
 『飼主のルージェルド』
 を名乗っているらしい。
 後者二人は兄弟という話だ。

 狂犬は赤毛、番犬がのっぽ、飼主がチビ。
 狂犬は剣を、番犬は槍を、飼主は杖のような魔力付与品(マジックアイテム)を使うらしい。
 三人の評判はあまり良くない。

「狂犬はとにかく喧嘩っぱやく、飼主はとにかく悪いことしかしないそうじゃ。ただ、番犬はいい奴らしいのう。子供好きで、悪いことを見逃せない正義漢という話じゃ」

 随分とおかしな評価だな、とロキシーは考える。
 どこかで情報が歪められたのかもしれない。
 悪党が少しでもいい事をすると、やや過剰に伝えられるものだ。
 きっと、番犬がいい奴というのも、そうした所からきているのだろう。
 あるいは、そういう情報を流すことで、誰かを騙そうとでもいうのだろう。
 暴力だけでなく、知恵も回るらしい。

「危険な連中ですね。関わりあいにならないようにしましょう」
「そうじゃな。これから人探しをする時に、悪党に目をつけられては敵わん」
「では、本題に入りましょう」

 ロキシーは、話題を変える。
 冒険者ギルドに赴いたのは、そもそもデッドエンドの情報を探るためではない。

「フィットア領の人々の噂はありましたか?」
「ないな」
「全然ありませんわね」

 遅すぎたかな、とロキシーは思う。
 魔大陸はロクな装備もなく転移して生きていけるほど、楽な場所ではない。
 何もなしで一年間生き延びる。
 それすらも困難な土地だ。
 この一年間で、フィットア領から転移していた人々は、軒並み死亡してしまったのかもしれない。

「もっとも、わたし達が探すのは、パウロさんの家族です」
「ゼニス、リーリャ、アイシャ、そしてルーデウスか」

 それぞれの特徴はロキシーが知っており、二人に伝えてある。
 アイシャだけはルーデウスの手紙でしか知らないため、やや曖昧であるが。

「まあ、ゼニスなら大丈夫ですわね」
「そうじゃな」

 この二人はゼニスと知り合いである。
 ゆえに、心配はないと言う。
 ロキシーはゼニスがどれだけ『使える』のか知らないが、元『黒狼の牙』である二人の実力は折り紙つきだ。
 その二人が大丈夫というのだから、大丈夫なのだろう。

「ルーデウスも目立ちますから、すぐに見つかります」

 ロキシーは、五歳にして圧倒的な才能を見せた弟子の事を思い出す。
 あの子なら、どこにいても目立ち、話題になるだろう。

 ゼニスとルーデウス。
 この二人は町に入って情報を探せば、すぐにでも見つかるだろうと三人は考えていた。
 そして人里さえ近ければ、魔大陸で生きていくだけの力もあるだろう、と。

 だから、探すべきはリーリャとアイシャだ。
 二人の情報を集めていく、と最初に決めてある。

「期限を設けましょう。リーリャ、アイシャの情報を二日でできるだけ集め、三日目には準備をして、周辺の集落を回る、というのはどうでしょうか」
「二日や三日では短すぎるのではなくて?」

 エリナリーゼの言葉に、ロキシーは首を振る。

「死亡している可能性も高いですし、魔大陸は広大です。まずは魔大陸の主要な町をひと通り回って、各冒険者ギルドに探し人の依頼を出すのです」

 アスラ王国からフィットア領民捜索への援助金は出る。
 各町のギルドに依頼という形で仕事を頼めば、依頼の成功報酬はアスラ王国持ちで、あとは冒険者が探してくれる。一応、依頼人としての署名が必要であるため、頼まなければ依頼としては出してくれない。

 逆に言えば、そうしなければアスラ王国はギルドに金を払わない。
 あの大災害に対するアスラ王国の対応の悪さに、ロキシーは苛立ちを感じている。
 大国なのだから、もっと大々的に動けばいいじゃないか、と思う。
 実際に人々を探すために動いているのは、パウロたちだけ……災害に遭った本人達だけなのだ。

(アスラ王国の内部が腐っているというのは、噂だけではないらしいですね)

 一番長い歴史を持つ国だから、伝統と権力が腐って糸を引いているのだ。

「では、明日も情報収集に勤しむ事にしましょう」
「わかりましたわ」
「了解じゃ」

 ロキシーは物事に時間を掛けないタイプである。
 どこかに滞在するにしても無駄に時間を掛けず、最速に事を終わらせ、出立する。
 弟子であるルーデウスに奥義を伝授してすぐに出立した所にも、その性格が出ている。
 その即断即決は彼女の強みであるが、ルーデウスにドジと断じられる部分でもあった。
 もっとも、それを指摘する者はなく、本人はこれこそが自分の強みであると思い込んでいるが。

 とはいえ、初日にギルドに依頼し、二日目に自分たちでざっと探し、三日目には出立する。
 無駄のないスケジューリングと言えよう。

 もっとも、せめて滞在期間を一週間に設定すれば、もっと変わった結果が待っていただろうが……。


---


 二日目。
 ロキシーは好奇心から、『デッドエンド』の様子を見に行った。
 彼らは目立つため、すぐに居場所を知ることが出来た。

 砂浜で訓練に勤しむ男女の二人組。
 情報にあった通り、禿頭ののっぽと赤髪の少女だ。
 真剣と思わしき剣を両手で持ち、恐ろしい速度で禿頭に斬りかかる少女と、それを軽くいなす禿頭。
 確か『デッドエンド』は三人組で、大きいのが一人と、小さいのが二人という話だ。

(飼主とかいうチビはいないようですね……)

 番犬と狂犬は、極めて高度な攻防を繰り返した。
 攻防といっても、狂犬の攻撃を番犬がいなすだけのものだが、そこにはロキシーの及びつかない技術があった。
 ロキシーはその様子を遠く、岩の影から眺めていた。
 まるでプロ野球界で魔球を武器に戦っていく投手の姉のように。

 二人は強い。
 長年冒険者として世界を旅してきたロキシーの眼から見ても。
 少なくとも、小狡く立ち回ってきたのでは手に入らない強さに思えた。

(接触してみるのもいいかもしれない……)

 そうロキシーが思った瞬間、番犬が振り返った。

(……!)

 ハッキリと目線があったのを感じる。
 強烈な視線だった。

 ロキシーは言い知れぬ恐怖を感じた。
 自分が狩りの獲物になったかのような錯覚を受けた。
 急いでその場を後にする。


---


 少女の気配を、ルイジェルドは最初から感じ取っていた。
 何かようなのか、ただ見ているだけなのか。
 ふとそちらを見ると、一人の少女が岩から顔を覗かせている。

(いや……少女ではない)

 あれはミグルド族の成人女性だ。
 一見するとわかりにくいが、ルイジェルドの『眼』はごまかせない。
 しかし、知っている気配ではない。
 ミグルド族も集落が一つしかないわけではない。
 ただ珍しくて見ているのだろうか、とルイジェルドが見ていると、少女はぷいっと顔をそむけ、どこかへと行ってしまった。

(む……怖がらせてしまったか……?)
「隙あり!」

 ふと気を緩めた瞬間、エリスが突っ込んできた。
 気合の入った一撃であった。

「くっ!」

 その日、ルイジェルドはエリスに対し、初めて不覚を取った。

「やった! 入った!?
 入ったわよね!? やったぁぁ!」

 エリスは両手を上げて喜んでいた。

 最近、エリスの技は『乗って』いる。
 将来、さぞやいい剣士へと成長するだろう。
 だがまだ若い。
 ここで増長すれば、いずれ悪い結果を生む。
 ルイジェルドは、そうした戦士を何度も見てきていた。
 ゆえに、しばらくは一本をやるつもりでは無かったのだが、あのミグルドの女の事が気になり、少々油断してしまったようだ。
 ルイジェルドは、エリスに聞こえないように、静かにため息を付いた。


---


 ロキシーは宿への道を急ぎながら、何度も後ろを振り返った。
 追ってはこないか、襲撃を掛けられないか。
 不安に思いつつ、宿に戻る。
 あのレベルと戦うのであれば、魔力結晶の準備が必要であった。
 魔法陣の描かれたスクロールも使う必要があるかもしれない。
 まさか見ていただけで襲ってはこないだろうとロキシーも思うが、『デッドエンド』を名乗るクレイジーな連中である、準備はしておきたかった。

「ああっ! イイ! イイですわ! もっと、もっと!」

 エリナリーゼの部屋の前で嬌声が聞こえ、ロキシーは脱力した。
 あの女は情報収集をせず、宿に男を連れ込み、自分だけ楽しんでいたのだ。

「まったく……」

 エリナリーゼはすぐに男を連れ込む、という話はタルハンドより聞いていた。
 どんな状況でも、男とみればすぐに惚れ込み、一晩だけの関係を持つ。
 ザントポートでもそうだったし、タルハンドの話によると、迷宮の奥底でもそうだったらしい。
 節操がなさすぎる。

 しかし、ロキシーは同時に安心していた。
 一人でいるのは心細いと思っていた所だ。
 エリナリーゼが隣の部屋にいるのなら、自分は戦いの準備だけをして、情事が終わるのを待っているとしよう。
 そして、行為が終わった後、エリナリーゼの耳を引張り、二人で情報収集を再開するのである。
 エリナリーゼの監視もできて一石二鳥。

(まあ、さすがに宿まではこないでしょうが……)

 そう思い、ロキシーは自室で戦いの準備をする。
 部屋の壁は薄いわけではないのに、エリナリーゼの嬌声は聞こえてくる。
 それを聞いていると、ロキシーまで変な気分になってくる。

(…………おっと)

 思わず下腹部に伸ばしかけた右手を、左手で掴んだ。
 今はそんなことをしている暇はない。

(それにしても、随分長い……)

 3時間。
 ロキシーは静かに待ち続けた。
 エリナリーゼの情事は一向に終わる気配は無かった。
 そして、『デッドエンド』も襲撃を仕掛けてくる気配がなかった。
 ロキシーは馬鹿馬鹿しくなった。
 同時にやるべき事をやらず、ヤリたいことをやっているエリナリーゼに言い得ぬ苛立ちを感じた。
 今はそんな事をしている暇はない、と自分が我慢しているというのに……。

 怒りが頂点に達したロキシーは、エリナリーゼの部屋を蹴り破った。

「いつまでやってるんですか! 情報収集は……」
「あらっ? ロキシー? 帰ってたんですの?」
「……え、あ?」

 部屋の中には五人の男がいた。

「あなたも混ざりますの?」

 むわりと漂う男の匂い、下卑た笑顔を浮かべる男たち、そして、そんな男の上で恍惚の表情を浮かべるエリナリーゼ。
 そういうこと(・・・・・・)を複数人数で、しかも合意の上でやるなど、ロキシーの常識には無かった。

「あ、わ……」

 業深き光景に、ロキシーの処理能力はいとも簡単に限界を超えた。

「うわあああぁぁぁぁ!」

 ロキシーは無様にも叫び声を上げてその場から逃げ出した。
 隣室に飛び込み、フーフーと息を吐きながら杖を掴み。

「雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ!
 勇壮なる氷の剣を彼の者に叩き落せ!
 『氷霜撃(アイシクルブレイク)』」

 宿が半壊した。


--


 そして三日目。
 町を出立した。
 あんな事があったので、いろんな事が有耶無耶になってしまった。
 情報収集も半端だし、ギルドに依頼を出すのも忘れてしまった。
 宿も壊し、修理費としてかなり痛い出費をしてしまった。

「全部、エリナリーゼさんが悪いんです」
「仕方ないですわ。路地裏で情報収集をしていたら、熱烈なお誘いを受けたんですもの」
「だからって、あんな……五人、五人ですよ!?」
「ロキシーもそのうち分かりますわ。わたくしのように美しく強い冒険者が、あんなチンピラ五人に為す術もなくおもちゃにされる、そう考えただけで子供が出来そうになる感じが」
「知りたくありません」

 魔法大学時代まではロキシーも子供であり、恋人や夫婦というものの良さがわかっていなかった。
 本気で相手が欲しいと思ったのは、パウロとゼニスが仲睦まじく暮らしている時だ。
 自分にもあんな相手が欲しい。
 しかしどうやって。と、考えた時、魔法大学時代の知り合いの話を思い出した。
 彼女は迷宮の奥底で今の旦那と出会い、困難を二人で乗り越えて結婚に至ったのだそうだ。

 ロキシーはコレだと思った。
 私も迷宮にもぐれば、一人ぐらい捕まえられる、と。
 妄想は頭のなかで膨らんだ。
 男らしくて、キリッとしていて、背がスラッと高くて、でもまだ子供っぽい表情をする人族の青年に迷宮の奥底で偶然助けられるのだ、そのまま力を合わせて脱出していくうちに互いに恋が芽生えて、迷宮を脱出した所で仲間の死を知った青年をロキシーが慰めるのだ。そして始まる夜の時間……。

 実際に迷宮に潜ると、そんな幻想はいとも簡単に打ち砕かれた。
 迷宮は過酷な場所で、冒険者はみんな厳つくて、子供っぽいのは自分だけだった。
 5層ぐらいでソロの冒険者はいなくなった。
 その時点で出会いは捨てた。
 10層ぐらいでさすがにキツイと思ってパーティを募集したが、子供っぽいナリを馬鹿にされて、何度も笑われた。
 そのまま意地のようにソロで潜り、結局は踏破してしまった。
 若気の至りである。
 何度も死にかけたし、運もよかった。二度とやりたくない。

「まあ、ロキシーはまず最初の一人を見つけないといけませんわね。どう、今度一緒に……」
「絶対にやりません」

 幻想は砕かれた。
 だが、まだ理想は残っている。
 迷宮の奥底でイケメンゲットというのは無理だろうが、人並みに恋をして、人並みに結婚をするぐらいはできるはずなのだ。
 エリナリーゼがそこらで引っ掛けてきた名も知らぬ男に体を許す気は毛頭無い。
 そして……。

「今はそんな事にうつつを抜かしている暇はありません」

 少なくとも、魔大陸を旅する間、自分は独り身でいい、とロキシーは決めた。

 こうして、ロキシーは最初の一歩に躓きつつも、魔大陸を旅し始めた。
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