第三十四話「ウェンポート」
ウェンポート。
魔大陸で唯一の港町。
坂の多い町並みで、入り口から町並みが一望出来る。
魔大陸らしい土と石造りの家だが、中には木造建築もちらほら。
ミリス大陸から木材を輸入しているのだろう。
町の端には造船所もある。
港町であるがゆえか、入口付近に露店が少なく、港の方に活気が溢れている。
少々他とは毛色が違う感じのする町だった。
そして港の向こう側。
町の外側には、広大な海が広がっている。
海を見るのはいつ以来だろうか。
たしか、中学時代に臨海学校に行って以来か。
海というのは、どこの世界も変わらないらしい。
青い海、潮騒の音、カモメのような鳥、帆を張る船……。
帆船をこの目で見るのは初めてだ。
映画では時折目にするが、実際に木製の船が帆を張って進んでいるのを見ると、年甲斐もなくワクワクする。
やはり、こちらの世界でも、逆風で進む技術とかあるんだろうか。
いや、この世界のことだ、
どうせ魔術師が追い風を作って進むとか、そういう方式なのだろう。
---
町に到着した瞬間、エリスがトカゲから飛び降り、走りだした。
「ルーデウス! 海よ!」
エリスの口から出たのは、達者な魔神語である。
彼女には普段から魔神語を使うようにと心がけさせている。
俺とルイジェルドも、出来る限り魔神語で話すようにした。
作戦は的中し、最近ではエリスの魔神語もかなり上達した。
やはり、外国語は普段から使わせるのが上達の近道であるらしい。
もっとも、読み書きは出来ない。
ちなみに、魔大陸にきてから、魔術は一切教えていない。
無詠唱はもちろんのこと、もう詠唱も忘れているかもしれない。
「まってエリス、宿も決めずにどこにいくんですか!」
俺の発言を聞いて、エリスの足がキュッと止まった。
ちなみに、このやり取りは三度目である。
一度目は迷子になり、二度目は街角で喧嘩になった。
三度目はない。
「そうね! 先に宿を決めないと迷子になっちゃうものね!」
エリスは海の方をちらちらと見ながら、うきうきと戻ってきた。
考えてみると、彼女は海を見るのは初めてか。
フィットア領の近くには川もあり、
休日にサウロスと出かけ、水遊びをしていたことはあるようだ。
生憎と俺はご一緒した事は無い。
「泳げるかな?」
「え? 港で泳ぐんですか?」
「泳ぎたい!」
俺もエリスの13歳の悩ましボディを見たいが……。
「水着が無いでしょう?」
「水着? なにそれ、いらないわ!」
その衝撃的な言葉に、俺は戸惑いを隠せなかった。
水着、なにそれ、いらないわ。
水着がいらない。
それはつまり、全裸ということだろうか。
いや、まさか、それはあるまい。
この世界にも裸体を恥ずかしがる文化はある。
だから、そう、恐らく下着だろう。
下着着用の上で、水を浴びるのだ。
水に濡れて張り付く下着、透ける肌色、浮かび上がるポッチ。
おかしい、なぜ俺はフィットア領の川遊びに同行したことがないのだ。
忙しかったからだ。
当時は休日も充実した日々を過ごしていた。
だが、一回ぐらい、一回ぐらい同行してもよかったかもしれない。
いや、今はそんなことは考えまい。
目の前の事に集中するんだ。
今を生きる。
そう、今を生きる、だ!
ヒャッホウ!
海だー!
「いや、この海では泳がない方がいいだろう」
と、ルイジェルドに水を差された。
「えっ!? なんで!」
「魔物が多い」
ということらしい。
魔物なんて俺とルイジェルドで全滅させればいい。
と、思わないでもなかったが、
案外、あの生体レーダーは万能ではないのかもしれない。
水の中は見通せないとか。
いや、でも一時的になら海水浴ぐらいできるんじゃないか?
港で泳ぐのはさすがに危ないとしても、
近くの浜辺で、土の魔術を使って生簀のようなものを作るとか。
や、でも万が一があるな。
魔物の中には、変な特殊能力を持っている奴もいる。
生簀ぐらい飛び越えてくるかもしれない。
それがタコならエロイベントで済むが、サメならジョーズだ。
仕方がない。
海水浴はやめておいた方がいいだろう。
本当に仕方がない。
「海水浴は今回は無し。
宿決めてから冒険者ギルドですね」
「うん……」
エリスがしょんぼりしていた。
うーむ。
しかし、俺だって健康的なエリスの体には興味がある。
ここ一年は成長度合いを確認できていないからな。
服の上からではわかりにくいが、あるいは開放的な浜辺なら、何かがわかるかもしれない。
「泳がなくても、浜で遊べばいいじゃないですか」
「浜?」
「海には砂浜というものがあるんです。
波打ち際に砂場がずっと続いているんです」
「それの何が楽しいの?」
何と言われてもな。
「ええと。波打ち際で水を掛けあったりとか……」
「ルーデウス、また変な顔してるわよ」
「うっ……」
「でも、面白そうね! 後で行きましょう!」
エリスは嬉しそうに、トンと地面を蹴り、トカゲに飛び乗った。
素晴らしい跳躍だった。
足首の力だけで飛び上がったのだ。
擬音的には「グオン」って感じだろうか。
エリスの足腰はかなり鍛えられている。
その事自体はいいんだが……。
将来はもしかしてギレーヌみたくムキムキになるんだろうか。
ちょっと心配だ。
---
俺たちは宿を決め、
馬屋にトカゲを預かってもらうと、
まずは冒険者ギルドへと足を伸ばした。
会議は寝る前でいい。
ウェンポートの冒険者ギルド。
そこは多種多様な見た目の冒険者たちがひしめいている。
見慣れた景色だが、人族が多くなったように感じる。
ミリス大陸に渡れば、もっと増えるのだろう。
まずはいつも通り、掲示板の前へと移動。
「すぐに海を渡るのではないのか?」
と、ルイジェルドに聞かれる。
「見るだけですよ。ミリス大陸の方が収入がいいらしいですからね」
ミリス大陸の方が収入がいい。
それは、通貨が違うからだ。
ミリス大陸の貨幣は、
王札 将札 金貨 銀貨 大銅貨 銅貨
の6種類にわかれている。
石銭1円を基準にしてみると、
王札5万
将札1万
金貨5000
銀貨1000
大銅貨100
銅貨10
こんな感じだ。
魔大陸におけるBランクの仕事は、屑鉄銭15~20枚前後。
石銭換算で150から200。
ミリスでのBランクの仕事が、仮に大銅貨15枚と仮定する。
石銭換算で1500。
10倍だ。
ミリスで稼いだほうがいい。
ただ、もし船が出るまでに時間が掛かるようなら、
ここでの依頼も受けることになるだろう。
基本的にはBランクの依頼だ。
AランクとSランクは危険な上、一週間以上の日数が掛かる事が多いからな。
数日でコンスタントに稼ぐなら、Bランクが一番だ。
ゆえに、Bランクが受けられなくなるSランクに上がる予定は無い。
Aの時点でSランクの依頼が受けられる。
なら、なぜSランクがあるのか、と最初は疑問に思った。
職員に聞いてみると、どうやらSランクになると特典がつくらしい。
詳しく調べてないのでわからないが、
宿賃の割引率が増えるとか、
割のいい仕事をギルドから割り振ってもらえるとか。
多少の違反行為なら目をつぶってもらえるとか。
そういう感じらしい。
Aランクの仕事を中心にやっていくのであれば、
AでいるよりSに上がった方が金銭的な効率は上である。
もっとも、そうした特典により大きな恩恵を受けるのは、
迷宮探索を主とする冒険者であるらしい。
俺たちは迷宮には潜らない。
危険だし、日数が掛かる。
依頼もBランクが中心だ。
ゆえにSランクなる予定は、今のところ無い。
エリスはなりたいみたいだけどな。
と、話が逸れたな。
とにかく、俺達は金儲けが目的で冒険者をやっている。
なので、ミリスの方が稼げるのなら、すぐにでも船に乗った方がいい。
「そういえば、船ってどこから出てるんでしょうね」
「港だろう」
「港のどこって話ですよ」
「聞いてみろ」
カウンターへと移動。
立っているのは女性で、たぶん人族だ。
なぜかカウンターに立つ職員は女性が多い。
そして、なぜか巨乳率が高い。
「ミリス大陸に行きたいんですけど、
どこにいけばいいのか、わかりますか?」
「そうした質問は関所でお聞きください」
「関所?」
「船に乗れば、国境を超えますので」
ギルドの管轄ではなく国同士の問題。
なので、ギルド員が説明する義務が無いってことか。
ふむ、そういう事なら、関所に移動しよう。
そこで詳しい話を聞いて……。
「あんたねぇ!」
と、考えている時。
ギルド内に叫び声が響き渡った。
振り返ると、
エリスが人族の男をぶん殴っていた。
ウチの核弾頭は今日も元気だ。
「誰の、どこを、触ったと、思ってんのよ!」
「ぐ、偶然だ! お前みたいなガキを誰が触るか!」
「偶然だろうとなんだろうと! 詫びの入れ方に誠意が足りないでしょうが!」
エリスの魔神語も、随分と流暢になった。
そして、流暢になるにつれて、喧嘩が増えた。
やはり、相手の言っている事がわかるとダメだね。
「ギャハハハ! なんだなんだ、喧嘩かぁ!?」
「やれやれ!」
「おいおい、子供にやられてんじゃねえよ!」
ちなみに、冒険者同士の喧嘩はわりと日常茶飯事らしく、
ギルドもあまり関与してこない。
むしろ、積極的に賭け事をはじめる職員もいた。
「踏みつぶしてやるわ!」
「す、すまん、俺の負けだ、勘弁してくれ、片足を掴むな、やめろぉぉ!」
などと考えていると、エリスはあっという間に男を転がしていた。
エリスの追い込み方は、特に最近堂に入ってきている。
前触れなくプッツンして、しかも的確に追い詰めてくる。
何キレてんだよ、と思った時には転がされて、男の急所にストンピングを受ける。
そこらのCランク冒険者ではどうにもならない。
そして、ある程度攻撃を加えると、ルイジェルドが止める。
「やめろ」
「……何よ止めないでよ!」
「もう勝負はついた、これぐらいにしておけ」
今回も、ルイジェルドが彼女を猫のように持ち上げて制止した。
男は這々の体で逃げていく。
「ちくしょう、イカレてやがる!」
いつもの光景だ。
俺じゃなかなか止まらない。
後ろから抱きかかえて止めると、
どうしても手が勝手に動いてしまうからな。
勝手に動いて変な所を揉みしだけば、今度は俺の命が危険に晒される。
「ハゲに赤髪の凶暴な小娘……!
お前らもしかして、『デッドエンド』か?」
誰かが叫んだ瞬間、ギルド内が静かになった。
「『デッドエンド』ってスペルド族の……?」
「バカ! パーティ名だよ。最近ウワサの偽物だって!」
「本物だって噂も聞いたことあるぜ」
おや?
「凶暴だけど、根は結構いいヤツだって……」
「凶暴だけどいい奴って矛盾してるだろ」
「いや、全員が凶暴じゃないって意味で……」
ざわ……ざわ……。
と、ギルド内がざわめいていく。
こういう状況は初めてだ。
どうやら、俺たちも随分と有名になってきているらしい。
この町ではルイジェルドの名前を売らなくてもいいかな?
「たった三人のパーティでAランクだもんな……」
「ああ、すげえな、でも本物だろうが偽物だろうがあの二人なら納得だぜ」
「『狂犬のエリス』と『番犬のルイジェルド』だろ?」
エリスとルイジェルドに二つ名が!
それにしても『狂犬』に『番犬』か。
なんで犬なんだろうか。
俺は何犬なんだろうか。
ちょっと予想してみよう。
闘犬は、無いな。
そういうカッコイイことはしてきていない。
勇ましい感じではないはずだ。
俺が俺に付けるならバター犬だが……。
この一年、俺はパーティにおける参謀として働いてきたつもりだ。
やはり、知的な名前だろう。
忠犬とかかな。
「じゃあ、向こうのチビが『飼主のルージェルド』か!」
「『飼主』は一番タチが悪いって聞いたぞ」
「ああ、悪いことばっかりやってるって話だ」
ズッコけた。
名前が、名前を、憶えられていない。
いや、確かに、俺はよくルイジェルドって名乗ってたよ。
何か一つ、いいことをする度に「ウチらデッドエンドのルイジェルドなんで、そこんトコ夜露死苦」なんて言ってたよ。
そして、悪いことをするたびに高笑いして「俺がルーデウスだ、グハハハハ」とか笑ってきた。
だからって、混ざることはないだろう?
うーん。
一年間それなりに活動してきて、
俺だけ名前を覚えられていないというのは、
ちょっとショックだな。
……でもま、いいか。
悪い方で名前が売れてるみたいだし、本名じゃないのは悪くない。
それに、飼主もいいじゃないか。
是非ともエリスに首輪を付けて連れ回したいね。
「それにしても小さいよな」
「きっとアレも小さいんだぜ。子供だからな!」
「おいおい、小さいなんて言ったら犬をけしかけられるぞ!」
「ギャハハハハハ!」
気付けば、全然関係ない事で笑われていた。
だが、残念だったな。
最近は順調に成長中だ。
っと、いかん。
こんな笑われ方をしたのでは、またエリスがキレてしまう。
と、思ったら、彼女は俺の方をチラチラみて、顔を赤くしていた。
あら可愛らしい。
「エリス、どうしました?」
「な、なんでもないわよ!」
デュフフ。
興味あるんなら、今晩、俺の水浴びを覗くといいぜ。
なあに、ルイジェルドには言い含めておくよ。
なんなら一緒に浴びようぜ。
その場合、ちょっと手とか足とか体とか舌とかが滑るかもしれないけどな。
と、冗談はさておき。
とりあえず関所に移動だ。
飼主らしく、威厳たっぷりな感じでこの場を去るとしよう。
「エリスさん! ルイジェルドドリアさん! 行きますよ!」
「なぜお前はたまに俺の名前を間違えるんだ……」
「ふん!」
俺たちは周囲の視線を集めながら、冒険者ギルドを後にした。
---
関所へとやってきた。
この町は魔大陸にあるが、船に乗った先はミリス神聖国の領土である。
荷を持ち込む際には税金を取られるし、
入国の際にも金が必要となる。
犯罪を抑制するためか、あるいは単に金にがめついだけなのか。
ま、理由なんてどうでもいい。
払えというなら払うだけさ。
と、軽く考えていた。
「人族二人と魔族なんですけど、いくら掛かります?」
「人族は鉄銭5枚……魔族の種族は?」
「スペルド族です」
関所の役人は、ギョっとした顔でルイジェルドを見た。
そして、その禿頭を見てハァと溜息をついた。
やる気のなさそうな顔で言う。
「スペルド族は緑鉱銭200枚だよ」
「に、200枚!?」
今度は俺がビックリした。
「な、なんでそんなに高いわけ!?」
「言わなくてもわかるだろうが……」
スペルド族の船賃が高い理由。
わかる!
今まで旅をしてきたから、よくわかる。
けど、高すぎる。
「なんでそんな無茶な金額なんですか?」
「知らねえよ。決めたヤツに聞けよ」
「おじさんの予想では?」
「あん? まあ、テロ対策だろ。奴隷として運び入れて、ミリス大陸で暴れさせるとかよ」
そういうことらしい。
スペルド族が爆弾扱いされているのはわかった。
「おまえら、例の『デッドエンド』だろ?
船に乗る時はちゃんと種族を調べられるからな。
ここで見栄はって緑鉱銭200枚を払ったって、意味はないぜ?」
役人はありがたい事に、そんな忠告をくれた。
つまり、ここでミグルド族だと偽っても、バレるということか。
「種族を偽っていたら罰金とかないんですか?」
「……高い金を払う分にはな」
役人の話によると、金さえ払えば大体オッケーらしい。
なんとも拝金主義な事だ。
---
関所から戻る頃には日が降りていた。
俺たちは宿に戻り、食事を取ることにする。
宿で出されたのは、港町特有の魚介料理だった。
拳大もありそうな貝が今夜のメインディッシュだ。
ニンニクバターっぽい味付けで酒蒸しにしてある。
うまい。
魔大陸で食った料理の中で、一番うまい。
「これ、おいしいわね!」
エリスはもっちゃもっちゃと口一杯にほうばって、嬉しそうだ。
彼女はここ一年で、アスラ王国流のテーブルマナーを完全に忘れつつある。
右手のナイフで料理を切り分け、そのまま刺して口に運んでいる。
さすがに手づかみで食べることは無いが、行儀なんてあったもんじゃない。
エドナが見たら泣くかもしれない。
俺の責任だろうか……。
「エリス。お行儀が悪いですよ!」
「もぐもぐ……行儀なんて誰が気にするのよ」
まだルイジェルドの方がマナーがいい。
もっとも、こっちも上品というわけではない。
ナイフを一切使わず、フォークだけで食材を切り分けている。
フォークを滑らせるだけで、食材がバターのように切れるのだ。
達人の技を感じるね。
「さて、それでは、飯の途中ですが本日の作戦会議を始めます」
「ルーデウス。食事の最中に喋るのはお行儀が悪いわよ」
エリスにすまし顔で言われた。
---
食事を終え、腹がくちくなった所で、作戦会議を開始した。
「渡航費用は緑鉱銭200枚。途方もないです」
「すまんな、俺のせいで」
ルイジェルドが顔を曇らせた。
俺も、まさかこんな金額だとは思っていなかった。
正直、渡航費用のことを甘く考えていた。
ちょっと稼げばすぐ乗れるだろうと。
実際、人族は鉄銭5枚だ。
他の魔族だって、精々緑鉱銭1枚か2枚。
スペルド族だけが異様に高いのだ。
「おとっちゃん、そいつは言いっこなしですよ」
「俺はお前の父ではない」
「知ってます。冗談ですよ」
それにしても、緑鉱銭200枚か。
並の金額ではない。
Aランク、Sランク依頼を中心にこの町で金稼ぎしたとしても、何年掛かる事か。
ミリス大陸はよほどスペルド族を受け入れたくないらしい。
「でも、困ったわね。まさかルイジェルドだけ置いていくわけにもいかないし」
ルイジェルドを置いていく。
それが一番手っ取り早い。
俺たちも冒険者としてはかなり慣れてきた。
ルイジェルド抜きでも、旅は続けられるだろう。
とはいえ、もちろん、そんなつもりはない。
ルイジェルドは旅の最後まで一緒。
我等友情永久不滅、ってやつだ。
「もちろん、置いては行きません」
「じゃあ、どうするの?」
「方法は……3つあります」
そう言って指を立て、3という数字を示す。
物事はまず3という数字からだ。
いかなる時にも進む、戻る、立ち止まるの選択肢は、常に存在しているのだ。
「ほう」
「凄いわね、3つもあるんだ……」
「ふふん」
説明はちょっとまってね、まだ思いついてないから。
えっと。
「まず一つ。
依頼で金を稼ぎ、ミリスへと渡る正当法」
「でもそれは」
「そう、時間がかかり過ぎます」
金稼ぎにだけ専念すれば、
あるいは一年以内に溜まるかもしれない。
何かハプニングが起きないとも限らない。
うっかりサイフを落とすとかな。
「二つ目。
迷宮に入り、魔力結晶と魔力付与品を取ってくる。
苦労はありますが、一発で向こう岸に渡れる金額が手に入るかもしれません」
魔力結晶は高く売れる。
具体的にいくらで売れるかはわからないが、関所で役人に渡せば、
スペルド族を渡らせる事ぐらいはしてくれるはずだ。
「迷宮! いいわね! 行きましょう!」
「だめだ」
迷宮案はルイジェルドに却下された。
「なんでよ!」
「迷宮は危険だ。罠は俺の目では見きれんものもある」
ルイジェルドの目は、生物は見分けられるが、
迷宮の作り出す罠には反応しないのだそうだ。
「行ってみたいのに……」
「……提案しといてなんですが、僕は行きたくないです」
注意深く進めばなんとかなるかもしれないが、
足元のおろそかな俺の事だ、どこかで絶対に致命的なミスをする。
ここはルイジェルドの言葉に従っておくべきだ。
「三つ目。
この町のどこかにいる、密輸人を探す」
「密輸人? なんだそれは?」
「こうした国境では、物を運び入れる際に、税金が掛かります。
今回、払えと言われているのもそうしたものです。
恐らく、商人であれば、品物にも税金が掛かるでしょう」
「そうなのか?」
「そうなのです」
でなければ、種族毎に値段が違うなど、あるものか。
「中には、すごい税金が掛かる代物もあるでしょう。
表立って運べない荷物を扱う相手のために、
税金より安く運んでくれる人がいるはずです」
まあいないかもしれんがね。
でも、そうした業者に話を付けられれば、
緑鉱銭200枚を払うより、遥かに安く運んでもらえるだろう。
関所の値段設定は明らかにおかしい。
ちょっとぐらいルール違反をしても、罰は当たらない……。
いやいや、いかんいかん。
楽な方向に行けば罠がある。
ちゃんと学んだだろう。
一応選択肢の一つには入れてみたものの、
悪いことはなるべくしたくない。
とりあえず、パッと思いつくのはこの三つか。
・正当法で金を稼ぐ
・迷宮で一攫千金
・裏業者に頼む
どの選択肢もイマイチだな。
ああそうだ。
もう一つあったな。
俺の杖、『傲慢なる水竜王』を売るのだ。
損得は抜きにして、これはなるべく売りたくないんだよね。
せっかく誕生日にエリスにもらったものだ。
今日まで大切に使ってきた。
これを手放す事には、ルイジェルドもエリスも賛成しないだろう。
でも、これが一番いいのかもしれないな。
---
その夜、お告げがあった。
神は言った。
「露店で食料を買いこんで、一人で路地裏を探せ」
と。
仕方がないので、やってやることにした。
「仕方なくなのかい……?」
いやもう、食い物、路地裏って点でイベントの内容もわかりましたんで。
「わかるのかい?」
どうせあれでしょ、お腹をすかせた迷子の子供とかいるんでしょ?
それが、なんか変な男に絡まれてるんでしょ?
「その通りだよ、すごいな!」
で、その子を助けると、実は造船ギルドの長の孫でしたー、とかなるんでしょ?
「ふふふ、それは明日の、お・た・の・し・み」
なぁにが、おたのしみだ。
そんな楽しい展開は今まで一度も無かっただろうが。
ていうかよ、おいこら、一年ぶりだなおい。
もう二度と顔出さねえのかと思って安心してたぞ、コラ。
「いや~、前の時は僕の助言で大変な事になったでしょ?
ちょっと顔を出しづらくってさ」
ハッ!
神様にもそういう所があるんすね。
でも勘違いすんなよ。
あれは俺が勝手にミスっただけだ。
でもちなみにどういう風にすれば正解だったか教えてください。
「正解と言われてもね。普通に衛兵に突き出せば、ルイジェルドと仲良くなれたはずだよ」
え? あれってそんな簡単なイベントだったの?
「そうだよ。それを、彼らを仲間に引き入れて、ノコパラに目をつけられるとはね。
まったく予想外だった。僕としては見てて楽しかったけどね」
俺は全然楽しくなかったけどな。
「でも、おかげで一年ちょっとでここまで来れただろう?」
だから結果オーライだとでも?
「物事は結果が全てさ」
チッ。
気に入らねえな。
「そうかい?
ま、いいけどね。
それじゃあ……君の機嫌も悪そうだし、僕は消えるよ」
ちょっとまて。
一つ確認しておきたいんだが。
「なんだい?」
もしかして、お前の助言って、
あまり難しく考えない方がうまくいくのか?
「僕としては、難しく考えてくれた方が面白いね」
あー、なるほどな!
そういうことか。
わかったよ。
宣言しておくぞ。
次回は面白くならない。
「ふふふ、それは楽しみだね」
だね……だね……だね……。
エコーを聞きながら、俺の意識は沈んでいった。