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無職転生 - 異世界行ったら本気だす -  作者: 理不尽な孫の手
第4章 少年期 渡航編
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第三十四話「ウェンポート」

 ウェンポート。

 魔大陸で唯一の港町。

 坂の多い町並みで、入り口から町並みが一望出来る。

 魔大陸らしい土と石造りの家だが、中には木造建築もちらほら。

 ミリス大陸から木材を輸入しているのだろう。

 町の端には造船所もある。

 港町であるがゆえか、入口付近に露店が少なく、港の方に活気が溢れている。

 少々他とは毛色が違う感じのする町だった。



 そして港の向こう側。

 町の外側には、広大な海が広がっている。

 海を見るのはいつ以来だろうか。

 たしか、中学時代に臨海学校に行って以来か。


 海というのは、どこの世界も変わらないらしい。

 青い海、潮騒の音、カモメのような鳥、帆を張る船……。

 帆船をこの目で見るのは初めてだ。

 映画では時折目にするが、実際に木製の船が帆を張って進んでいるのを見ると、年甲斐もなくワクワクする。

 やはり、こちらの世界でも、逆風で進む技術とかあるんだろうか。


 いや、この世界のことだ、

 どうせ魔術師が追い風を作って進むとか、そういう方式なのだろう。



---



 町に到着した瞬間、エリスがトカゲから飛び降り、走りだした。


「ルーデウス! 海よ!」


 エリスの口から出たのは、達者な魔神語である。

 彼女には普段から魔神語を使うようにと心がけさせている。

 俺とルイジェルドも、出来る限り魔神語で話すようにした。

 作戦は的中し、最近ではエリスの魔神語もかなり上達した。

 やはり、外国語は普段から使わせるのが上達の近道であるらしい。

 もっとも、読み書きは出来ない。


 ちなみに、魔大陸にきてから、魔術は一切教えていない。

 無詠唱はもちろんのこと、もう詠唱も忘れているかもしれない。


「まってエリス、宿も決めずにどこにいくんですか!」


 俺の発言を聞いて、エリスの足がキュッと止まった。

 ちなみに、このやり取りは三度目である。

 一度目は迷子になり、二度目は街角で喧嘩になった。

 三度目はない。


「そうね! 先に宿を決めないと迷子になっちゃうものね!」


 エリスは海の方をちらちらと見ながら、うきうきと戻ってきた。

 考えてみると、彼女は海を見るのは初めてか。

 フィットア領の近くには川もあり、

 休日にサウロスと出かけ、水遊びをしていたことはあるようだ。

 生憎と俺はご一緒した事は無い。


「泳げるかな?」

「え? 港で泳ぐんですか?」

「泳ぎたい!」


 俺もエリスの13歳の悩ましボディを見たいが……。


「水着が無いでしょう?」

「水着? なにそれ、いらないわ!」


 その衝撃的な言葉に、俺は戸惑いを隠せなかった。

 水着、なにそれ、いらないわ。

 水着がいらない。

 それはつまり、全裸ということだろうか。

 いや、まさか、それはあるまい。

 この世界にも裸体を恥ずかしがる文化はある。

 だから、そう、恐らく下着だろう。

 下着着用の上で、水を浴びるのだ。

 水に濡れて張り付く下着、透ける肌色、浮かび上がるポッチ。


 おかしい、なぜ俺はフィットア領の川遊びに同行したことがないのだ。

 忙しかったからだ。

 当時は休日も充実した日々を過ごしていた。

 だが、一回ぐらい、一回ぐらい同行してもよかったかもしれない。


 いや、今はそんなことは考えまい。

 目の前の事に集中するんだ。

 今を生きる。

 そう、今を生きる、だ!


 ヒャッホウ!

 海だー!


「いや、この海では泳がない方がいいだろう」


 と、ルイジェルドに水を差された。


「えっ!? なんで!」

「魔物が多い」


 ということらしい。

 魔物なんて俺とルイジェルドで全滅させればいい。

 と、思わないでもなかったが、

 案外、あの生体レーダーは万能ではないのかもしれない。

 水の中は見通せないとか。


 いや、でも一時的になら海水浴ぐらいできるんじゃないか?

 港で泳ぐのはさすがに危ないとしても、

 近くの浜辺で、土の魔術を使って生簀のようなものを作るとか。

 や、でも万が一があるな。

 魔物の中には、変な特殊能力を持っている奴もいる。

 生簀ぐらい飛び越えてくるかもしれない。


 それがタコならエロイベントで済むが、サメならジョーズだ。


 仕方がない。

 海水浴はやめておいた方がいいだろう。

 本当に仕方がない。


「海水浴は今回は無し。

 宿決めてから冒険者ギルドですね」

「うん……」


 エリスがしょんぼりしていた。

 うーむ。

 しかし、俺だって健康的なエリスの体には興味がある。

 ここ一年は成長度合いを確認できていないからな。

 服の上からではわかりにくいが、あるいは開放的な浜辺なら、何かがわかるかもしれない。


「泳がなくても、浜で遊べばいいじゃないですか」

「浜?」

「海には砂浜というものがあるんです。

 波打ち際に砂場がずっと続いているんです」

「それの何が楽しいの?」


 何と言われてもな。


「ええと。波打ち際で水を掛けあったりとか……」

「ルーデウス、また変な顔してるわよ」

「うっ……」

「でも、面白そうね! 後で行きましょう!」


 エリスは嬉しそうに、トンと地面を蹴り、トカゲに飛び乗った。


 素晴らしい跳躍だった。

 足首の力だけで飛び上がったのだ。

 擬音的には「グオン」って感じだろうか。


 エリスの足腰はかなり鍛えられている。

 その事自体はいいんだが……。

 将来はもしかしてギレーヌみたくムキムキになるんだろうか。

 ちょっと心配だ。



---



 俺たちは宿を決め、

 馬屋にトカゲを預かってもらうと、

 まずは冒険者ギルドへと足を伸ばした。


 会議は寝る前でいい。


 ウェンポートの冒険者ギルド。

 そこは多種多様な見た目の冒険者たちがひしめいている。

 見慣れた景色だが、人族が多くなったように感じる。

 ミリス大陸に渡れば、もっと増えるのだろう。


 まずはいつも通り、掲示板の前へと移動。


「すぐに海を渡るのではないのか?」


 と、ルイジェルドに聞かれる。


「見るだけですよ。ミリス大陸の方が収入がいいらしいですからね」


 ミリス大陸の方が収入がいい。

 それは、通貨が違うからだ。


 ミリス大陸の貨幣は、

 王札 将札 金貨 銀貨 大銅貨 銅貨

 の6種類にわかれている。


 石銭1円を基準にしてみると、


 王札5万

 将札1万

 金貨5000

 銀貨1000

 大銅貨100

 銅貨10


 こんな感じだ。


 魔大陸におけるBランクの仕事は、屑鉄銭15~20枚前後。

 石銭換算で150から200。

 ミリスでのBランクの仕事が、仮に大銅貨15枚と仮定する。

 石銭換算で1500。

 10倍だ。

 ミリスで稼いだほうがいい。


 ただ、もし船が出るまでに時間が掛かるようなら、

 ここでの依頼も受けることになるだろう。

 基本的にはBランクの依頼だ。

 AランクとSランクは危険な上、一週間以上の日数が掛かる事が多いからな。

 数日でコンスタントに稼ぐなら、Bランクが一番だ。

 ゆえに、Bランクが受けられなくなるSランクに上がる予定は無い。


 Aの時点でSランクの依頼が受けられる。

 なら、なぜSランクがあるのか、と最初は疑問に思った。


 職員に聞いてみると、どうやらSランクになると特典がつくらしい。

 詳しく調べてないのでわからないが、

 宿賃の割引率が増えるとか、

 割のいい仕事をギルドから割り振ってもらえるとか。

 多少の違反行為なら目をつぶってもらえるとか。

 そういう感じらしい。


 Aランクの仕事を中心にやっていくのであれば、

 AでいるよりSに上がった方が金銭的な効率は上である。


 もっとも、そうした特典により大きな恩恵を受けるのは、

 迷宮探索を主とする冒険者であるらしい。


 俺たちは迷宮には潜らない。

 危険だし、日数が掛かる。

 依頼もBランクが中心だ。

 ゆえにSランクなる予定は、今のところ無い。

 エリスはなりたいみたいだけどな。


 と、話が逸れたな。


 とにかく、俺達は金儲けが目的で冒険者をやっている。

 なので、ミリスの方が稼げるのなら、すぐにでも船に乗った方がいい。


「そういえば、船ってどこから出てるんでしょうね」

「港だろう」

「港のどこって話ですよ」

「聞いてみろ」


 カウンターへと移動。

 立っているのは女性で、たぶん人族だ。

 なぜかカウンターに立つ職員は女性が多い。

 そして、なぜか巨乳率が高い。


「ミリス大陸に行きたいんですけど、

 どこにいけばいいのか、わかりますか?」

「そうした質問は関所でお聞きください」

「関所?」

「船に乗れば、国境を超えますので」


 ギルドの管轄ではなく国同士の問題。

 なので、ギルド員が説明する義務が無いってことか。


 ふむ、そういう事なら、関所に移動しよう。

 そこで詳しい話を聞いて……。


「あんたねぇ!」


 と、考えている時。

 ギルド内に叫び声が響き渡った。


 振り返ると、

 エリスが人族の男をぶん殴っていた。

 ウチの核弾頭は今日も元気だ。


「誰の、どこを、触ったと、思ってんのよ!」

「ぐ、偶然だ! お前みたいなガキを誰が触るか!」

「偶然だろうとなんだろうと! 詫びの入れ方に誠意が足りないでしょうが!」


 エリスの魔神語も、随分と流暢になった。

 そして、流暢になるにつれて、喧嘩が増えた。

 やはり、相手の言っている事がわかるとダメだね。


「ギャハハハ! なんだなんだ、喧嘩かぁ!?」

「やれやれ!」

「おいおい、子供にやられてんじゃねえよ!」


 ちなみに、冒険者同士の喧嘩はわりと日常茶飯事らしく、

 ギルドもあまり関与してこない。

 むしろ、積極的に賭け事をはじめる職員もいた。


「踏みつぶしてやるわ!」

「す、すまん、俺の負けだ、勘弁してくれ、片足を掴むな、やめろぉぉ!」


 などと考えていると、エリスはあっという間に男を転がしていた。

 エリスの追い込み方は、特に最近堂に入ってきている。

 前触れなくプッツンして、しかも的確に追い詰めてくる。

 何キレてんだよ、と思った時には転がされて、男の急所にストンピングを受ける。

 そこらのCランク冒険者ではどうにもならない。


 そして、ある程度攻撃を加えると、ルイジェルドが止める。


「やめろ」

「……何よ止めないでよ!」

「もう勝負はついた、これぐらいにしておけ」


 今回も、ルイジェルドが彼女を猫のように持ち上げて制止した。

 男は這々の体で逃げていく。


「ちくしょう、イカレてやがる!」


 いつもの光景だ。

 俺じゃなかなか止まらない。

 後ろから抱きかかえて止めると、

 どうしても手が勝手に動いてしまうからな。

 勝手に動いて変な所を揉みしだけば、今度は俺の命が危険に晒される。


「ハゲに赤髪の凶暴な小娘……!

 お前らもしかして、『デッドエンド』か?」


 誰かが叫んだ瞬間、ギルド内が静かになった。


「『デッドエンド』ってスペルド族の……?」

「バカ! パーティ名だよ。最近ウワサの偽物だって!」

「本物だって噂も聞いたことあるぜ」


 おや?


「凶暴だけど、根は結構いいヤツだって……」

「凶暴だけどいい奴って矛盾してるだろ」

「いや、全員が凶暴じゃないって意味で……」


 ざわ……ざわ……。

 と、ギルド内がざわめいていく。


 こういう状況は初めてだ。

 どうやら、俺たちも随分と有名になってきているらしい。

 この町ではルイジェルドの名前を売らなくてもいいかな?


「たった三人のパーティでAランクだもんな……」

「ああ、すげえな、でも本物だろうが偽物だろうがあの二人なら納得だぜ」

「『狂犬のエリス』と『番犬のルイジェルド』だろ?」


 エリスとルイジェルドに二つ名が!

 それにしても『狂犬』に『番犬』か。

 なんで犬なんだろうか。


 俺は何犬なんだろうか。


 ちょっと予想してみよう。

 闘犬は、無いな。

 そういうカッコイイことはしてきていない。

 勇ましい感じではないはずだ。

 俺が俺に付けるならバター犬だが……。


 この一年、俺はパーティにおける参謀として働いてきたつもりだ。

 やはり、知的な名前だろう。

 忠犬とかかな。


「じゃあ、向こうのチビが『飼主のルージェルド』か!」

「『飼主』は一番タチが悪いって聞いたぞ」

「ああ、悪いことばっかりやってるって話だ」


 ズッコけた。

 名前が、名前を、憶えられていない。


 いや、確かに、俺はよくルイジェルドって名乗ってたよ。

 何か一つ、いいことをする度に「ウチらデッドエンドのルイジェルドなんで、そこんトコ夜露死苦」なんて言ってたよ。

 そして、悪いことをするたびに高笑いして「俺がルーデウスだ、グハハハハ」とか笑ってきた。

 だからって、混ざることはないだろう?


 うーん。

 一年間それなりに活動してきて、

 俺だけ名前を覚えられていないというのは、

 ちょっとショックだな。


 ……でもま、いいか。

 悪い方で名前が売れてるみたいだし、本名じゃないのは悪くない。


 それに、飼主もいいじゃないか。

 是非ともエリスに首輪を付けて連れ回したいね。


「それにしても小さいよな」

「きっとアレも小さいんだぜ。子供だからな!」

「おいおい、小さいなんて言ったら犬をけしかけられるぞ!」

「ギャハハハハハ!」


 気付けば、全然関係ない事で笑われていた。

 だが、残念だったな。

 最近は順調に成長中だ。


 っと、いかん。

 こんな笑われ方をしたのでは、またエリスがキレてしまう。

 と、思ったら、彼女は俺の方をチラチラみて、顔を赤くしていた。

 あら可愛らしい。


「エリス、どうしました?」

「な、なんでもないわよ!」


 デュフフ。

 興味あるんなら、今晩、俺の水浴びを覗くといいぜ。

 なあに、ルイジェルドには言い含めておくよ。

 なんなら一緒に浴びようぜ。

 その場合、ちょっと手とか足とか体とか舌とかが滑るかもしれないけどな。


 と、冗談はさておき。

 とりあえず関所に移動だ。

 飼主らしく、威厳たっぷりな感じでこの場を去るとしよう。


「エリスさん! ルイジェルドドリアさん! 行きますよ!」

「なぜお前はたまに俺の名前を間違えるんだ……」

「ふん!」


 俺たちは周囲の視線を集めながら、冒険者ギルドを後にした。



---



 関所へとやってきた。

 この町は魔大陸にあるが、船に乗った先はミリス神聖国の領土である。

 荷を持ち込む際には税金を取られるし、

 入国の際にも金が必要となる。

 犯罪を抑制するためか、あるいは単に金にがめついだけなのか。

 ま、理由なんてどうでもいい。

 払えというなら払うだけさ。


 と、軽く考えていた。


「人族二人と魔族なんですけど、いくら掛かります?」

「人族は鉄銭5枚……魔族の種族は?」

「スペルド族です」


 関所の役人は、ギョっとした顔でルイジェルドを見た。

 そして、その禿頭を見てハァと溜息をついた。

 やる気のなさそうな顔で言う。


「スペルド族は緑鉱銭200枚だよ」

「に、200枚!?」


 今度は俺がビックリした。


「な、なんでそんなに高いわけ!?」

「言わなくてもわかるだろうが……」


 スペルド族の船賃が高い理由。

 わかる!

 今まで旅をしてきたから、よくわかる。

 けど、高すぎる。


「なんでそんな無茶な金額なんですか?」

「知らねえよ。決めたヤツに聞けよ」

「おじさんの予想では?」

「あん? まあ、テロ対策だろ。奴隷として運び入れて、ミリス大陸で暴れさせるとかよ」


 そういうことらしい。

 スペルド族が爆弾扱いされているのはわかった。


「おまえら、例の『デッドエンド』だろ?

 船に乗る時はちゃんと種族を調べられるからな。

 ここで見栄はって緑鉱銭200枚を払ったって、意味はないぜ?」


 役人はありがたい事に、そんな忠告をくれた。

 つまり、ここでミグルド族だと偽っても、バレるということか。


「種族を偽っていたら罰金とかないんですか?」

「……高い金を払う分にはな」


 役人の話によると、金さえ払えば大体オッケーらしい。

 なんとも拝金主義な事だ。



---



 関所から戻る頃には日が降りていた。


 俺たちは宿に戻り、食事を取ることにする。

 宿で出されたのは、港町特有の魚介料理だった。

 拳大もありそうな貝が今夜のメインディッシュだ。

 ニンニクバターっぽい味付けで酒蒸しにしてある。

 うまい。

 魔大陸で食った料理の中で、一番うまい。


「これ、おいしいわね!」


 エリスはもっちゃもっちゃと口一杯にほうばって、嬉しそうだ。

 彼女はここ一年で、アスラ王国流のテーブルマナーを完全に忘れつつある。

 右手のナイフで料理を切り分け、そのまま刺して口に運んでいる。

 さすがに手づかみで食べることは無いが、行儀なんてあったもんじゃない。

 エドナが見たら泣くかもしれない。

 俺の責任だろうか……。


「エリス。お行儀が悪いですよ!」

「もぐもぐ……行儀なんて誰が気にするのよ」


 まだルイジェルドの方がマナーがいい。

 もっとも、こっちも上品というわけではない。

 ナイフを一切使わず、フォークだけで食材を切り分けている。

 フォークを滑らせるだけで、食材がバターのように切れるのだ。

 達人の技を感じるね。


「さて、それでは、飯の途中ですが本日の作戦会議を始めます」

「ルーデウス。食事の最中に喋るのはお行儀が悪いわよ」


 エリスにすまし顔で言われた。



---



 食事を終え、腹がくちくなった所で、作戦会議を開始した。


「渡航費用は緑鉱銭200枚。途方もないです」

「すまんな、俺のせいで」


 ルイジェルドが顔を曇らせた。

 俺も、まさかこんな金額だとは思っていなかった。

 正直、渡航費用のことを甘く考えていた。

 ちょっと稼げばすぐ乗れるだろうと。

 実際、人族は鉄銭5枚だ。

 他の魔族だって、精々緑鉱銭1枚か2枚。

 スペルド族だけが異様に高いのだ。


「おとっちゃん、そいつは言いっこなしですよ」

「俺はお前の父ではない」

「知ってます。冗談ですよ」


 それにしても、緑鉱銭200枚か。

 並の金額ではない。

 Aランク、Sランク依頼を中心にこの町で金稼ぎしたとしても、何年掛かる事か。

 ミリス大陸はよほどスペルド族を受け入れたくないらしい。


「でも、困ったわね。まさかルイジェルドだけ置いていくわけにもいかないし」


 ルイジェルドを置いていく。

 それが一番手っ取り早い。

 俺たちも冒険者としてはかなり慣れてきた。

 ルイジェルド抜きでも、旅は続けられるだろう。

 とはいえ、もちろん、そんなつもりはない。

 ルイジェルドは旅の最後まで一緒。

 我等友情永久不滅、ってやつだ。


「もちろん、置いては行きません」

「じゃあ、どうするの?」

「方法は……3つあります」


 そう言って指を立て、3という数字を示す。

 物事はまず3という数字からだ。

 いかなる時にも進む、戻る、立ち止まるの選択肢は、常に存在しているのだ。


「ほう」

「凄いわね、3つもあるんだ……」

「ふふん」


 説明はちょっとまってね、まだ思いついてないから。

 えっと。


「まず一つ。

 依頼で金を稼ぎ、ミリスへと渡る正当法」

「でもそれは」

「そう、時間がかかり過ぎます」


 金稼ぎにだけ専念すれば、

 あるいは一年以内に溜まるかもしれない。

 何かハプニングが起きないとも限らない。

 うっかりサイフを落とすとかな。


「二つ目。

 迷宮に入り、魔力結晶と魔力付与品(マジックアイテム)を取ってくる。

 苦労はありますが、一発で向こう岸に渡れる金額が手に入るかもしれません」


 魔力結晶は高く売れる。

 具体的にいくらで売れるかはわからないが、関所で役人に渡せば、

 スペルド族を渡らせる事ぐらいはしてくれるはずだ。


「迷宮! いいわね! 行きましょう!」

「だめだ」


 迷宮案はルイジェルドに却下された。


「なんでよ!」

「迷宮は危険だ。罠は俺の目では見きれんものもある」


 ルイジェルドの目は、生物は見分けられるが、

 迷宮の作り出す罠には反応しないのだそうだ。


「行ってみたいのに……」

「……提案しといてなんですが、僕は行きたくないです」


 注意深く進めばなんとかなるかもしれないが、

 足元のおろそかな俺の事だ、どこかで絶対に致命的なミスをする。

 ここはルイジェルドの言葉に従っておくべきだ。


「三つ目。

 この町のどこかにいる、密輸人を探す」

「密輸人? なんだそれは?」

「こうした国境では、物を運び入れる際に、税金が掛かります。

 今回、払えと言われているのもそうしたものです。

 恐らく、商人であれば、品物にも税金が掛かるでしょう」

「そうなのか?」

「そうなのです」


 でなければ、種族毎に値段が違うなど、あるものか。


「中には、すごい税金が掛かる代物もあるでしょう。

 表立って運べない荷物を扱う相手のために、

 税金より安く運んでくれる人がいるはずです」


 まあいないかもしれんがね。


 でも、そうした業者に話を付けられれば、

 緑鉱銭200枚を払うより、遥かに安く運んでもらえるだろう。

 関所の値段設定は明らかにおかしい。

 ちょっとぐらいルール違反をしても、罰は当たらない……。


 いやいや、いかんいかん。

 楽な方向に行けば罠がある。

 ちゃんと学んだだろう。


 一応選択肢の一つには入れてみたものの、

 悪いことはなるべくしたくない。


 とりあえず、パッと思いつくのはこの三つか。


・正当法で金を稼ぐ

・迷宮で一攫千金

・裏業者に頼む


 どの選択肢もイマイチだな。



 ああそうだ。

 もう一つあったな。

 俺の杖、『傲慢なる水竜王(アクアハーティア)』を売るのだ。


 損得は抜きにして、これはなるべく売りたくないんだよね。

 せっかく誕生日にエリスにもらったものだ。

 今日まで大切に使ってきた。

 これを手放す事には、ルイジェルドもエリスも賛成しないだろう。


 でも、これが一番いいのかもしれないな。



---



 その夜、お告げがあった。

 神は言った。


「露店で食料を買いこんで、一人で路地裏を探せ」


 と。



 仕方がないので、やってやることにした。


「仕方なくなのかい……?」


 いやもう、食い物、路地裏って点でイベントの内容もわかりましたんで。


「わかるのかい?」


 どうせあれでしょ、お腹をすかせた迷子の子供とかいるんでしょ?

 それが、なんか変な男に絡まれてるんでしょ?


「その通りだよ、すごいな!」


 で、その子を助けると、実は造船ギルドの長の孫でしたー、とかなるんでしょ?


「ふふふ、それは明日の、お・た・の・し・み」


 なぁにが、おたのしみだ。

 そんな楽しい展開は今まで一度も無かっただろうが。


 ていうかよ、おいこら、一年ぶりだなおい。

 もう二度と顔出さねえのかと思って安心してたぞ、コラ。


「いや~、前の時は僕の助言で大変な事になったでしょ?

 ちょっと顔を出しづらくってさ」


 ハッ!

 神様にもそういう所があるんすね。

 でも勘違いすんなよ。

 あれは俺が勝手にミスっただけだ。

 でもちなみにどういう風にすれば正解だったか教えてください。


「正解と言われてもね。普通に衛兵に突き出せば、ルイジェルドと仲良くなれたはずだよ」


 え? あれってそんな簡単なイベントだったの?


「そうだよ。それを、彼らを仲間に引き入れて、ノコパラに目をつけられるとはね。

 まったく予想外だった。僕としては見てて楽しかったけどね」


 俺は全然楽しくなかったけどな。


「でも、おかげで一年ちょっとでここまで来れただろう?」


 だから結果オーライだとでも?


「物事は結果が全てさ」


 チッ。 

 気に入らねえな。


「そうかい?

 ま、いいけどね。

 それじゃあ……君の機嫌も悪そうだし、僕は消えるよ」


 ちょっとまて。

 一つ確認しておきたいんだが。


「なんだい?」


 もしかして、お前の助言って、

 あまり難しく考えない方がうまくいくのか?


「僕としては、難しく考えてくれた方が面白いね」


 あー、なるほどな!

 そういうことか。

 わかったよ。

 宣言しておくぞ。

 次回は面白くならない。


「ふふふ、それは楽しみだね」


 だね……だね……だね……。

 エコーを聞きながら、俺の意識は沈んでいった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 種族ってどうやって調べるんだ? 混血だってあるだろうし。
[一言] 関所の役人はスペルド族と聞いて驚きこそしているが、スペルド族と確信できる視覚的情報がないことから「どうせ(最高値の?)スペルド族なわけない」と思ったのでは?だから種族検査でスペルド族以外の結…
[気になる点] ドドリアさn行きますよ!(笑) [一言] 下の方へ、見栄張ってスペルド族だっていっても、ミグルド族だってバレるからな?って意味でしょう。
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