第百四十八話「再び魔大陸へ」
計画は簡単である。
まず、ペルギウスの手を借りて魔大陸へと赴く。
そこで魔界大帝キシリカを探しあてる。
彼女に治療法を、あるいは治療法を知ってそうな人物を聞く。
実に簡単だ。
魔界大帝キシリカが、どこかの城でふんぞり返っているのであればだが。
俺の知る限りキシリカは魔大陸を放浪している。
見つけるには、偶然に頼るほか無い。
何ヶ月掛かるかはわからない。
ペルギウスは、魔大陸にある主要な町への魔法陣は描けると言っていた。
描けるのだ、ペルギウスは、転移魔法陣を。
考えてみれば、転移魔法陣というのは、実に恐ろしいものだ。
特に、この城から各地へと転移できるというのは、脅威だろう。
なにせ、天空にあるこの城は他からは攻められず、他へは防備をものともせずに攻め入る事が出来るのだから。
大昔に禁忌とされたのも、頷ける話だ。
もっとも、ペルギウスやオルステッドは隠れて使っているわけだ。
この世界には、禁忌とされている事をこっそり使っている奴は多いのだろう。
ちょっとズルいが、世の中そんなもんだ。
きっと、あの転移遺跡だって、オルステッドだけではなく、他の奴も使っているのだろう。
ともあれ、キシリカ捜索だ。
いつぞやのロキシーのように、一つ一つの町を虱潰しに探していくことになる。
どれだけ時間が掛るかはわからない。
だが、少なくても1年以内にはやりきれるだろう。
なにせ、移動が1日で済むのだから。
問題はキシリカが町にいない時、入れ違ってしまう可能性もあるという事だ。
そこら辺は、冒険者ギルドに一つずつ依頼していく事で解消しようと思う。
魔界大帝を見つけた者には金一封。
キシリカ狩りだ。
生け捕りに限る。
アライブオンリー。
俺は、他の面々を一室に集め、自分の計画を話した。
アリエル、ルーク、クリフ、ザノバ、エリナリーゼ。
そして、シルフィだ。
シルフィは、俺がペルギウスと話をしている間に、意識を取り戻していた。
しかし、その消耗は一目瞭然だった。
もともと痩せている体が、さらに痩せ細ったようにも見える。
少なくとも、あと5日は安静にしていた方がいいだろうとの話だ。
「ナナホシを助けるのに、皆さんにも協力をお願いします」
そう言うと、アリエルが即座に頷いた。
「そういう事でしたら、私の方からは魔道具を提供させて頂きます」
アリエルは、自分が持っていた指輪の魔道具を提供してくれた。
二対の指輪の形をしているもので、魔力を込めると二つの指輪の宝石が同時に光るというものだ。
危急を知らせるのに使う、アスラ王国の秘蔵の魔道具らしい。
何に使えるかは分からないが、何かあった時には役立つだろう。
ポケベルみたいな感じで。
「ザノバとエリナリーゼさんは、俺についてきてください」
ザノバとエリナリーゼには護衛を頼んだ。
なんだかんだ言って、ザノバは神子だ。
ヒュドラのような相手がいても、なんとかしてくれるだろう。
俺は闘気を纏えないから防御力が低いが、乱魔や吸魔石のお陰で魔法防御は高い。
ザノバが前衛になってくれれば、あのヒュドラとも戦えよう。
まあ、あまり過信してザノバに死なれても困るが、エリナリーゼがサポートしてくれるなら安心だ。
「僕は……」
「クリフ先輩には、魔道具の製作を頼みたいのですが」
ぶっちゃけ、治療法が見つかるかどうかはわからない。
キシリカが何かを知っているとは限らない。
時間を掛けても無駄足、という可能性もある。
それを避けるためにも、別方向からのアプローチをしておく必要があるだろう。
ナナホシの病気と、呪いとは、似ている。
だから、クリフの研究を少しイジれば、ナナホシの延命につながるような魔道具が生み出せるかもしれない。
「僕も行く!」
そう思ったのだが、クリフは反対した。
「行かせてくれ、僕だってナナホシのために何かしてやりたいんだ」
研究を続ける事がその何かに当たるわけだが、
しかし、クリフももっと動きたいのだろう。
何かをしているという実感は、普段と同じ事では得られないものだ。
「頼む、ルーデウス、僕だって、故郷に帰りたいっていう、あいつの気持ちはわかるんだ」
クリフはそう言って懇願した。
考えてみれば、クリフも故郷を離れてから、長い。
背丈が低いから15歳ぐらいに見えるが、たしか彼は19歳だ。
ミリス神聖国を出てから、6~7年になると言っていたか。
ナナホシの言う故郷に帰りたいと、クリフの思うそれは別のものだ。
けれど、本質ではきっと何も変わるまい。
「わかった」
「いいのか!?」
もともと、エリナリーゼを連れ歩き、ナナホシが凍結状態となると、研究できることは少ないだろう事はわかっている。
まあ、無理に同時進行しなくてもいい。
治療法が見つからないと判明した時点、あるいはキシリカを見つけられないと諦めた時点で、俺達が全力でサポートしつつ研究を進めるという方向でもいいはずだ。
「はい。クリフ先輩、よろしく頼みます」
研究にうまくシフトさせるためにも、捜索期間は短めにしておくか。
半年から一年というところか。
「……それで、ボクは……何を、すれば……いいのかな?」
最後に、シルフィが具合の悪そうな顔で聞いてきた。
まだまだ体力は回復していない。
俺たちに付いてくる事は無理だろう。
それに……。
「シルフィは、しばらくここで体を休ませてくれ」
「うん、そのあとは?」
「休養が終わったら……」
言おうかどうか、少し迷った。
「家に帰ってルーシーの面倒を見てやってて欲しい」
「え?」
シルフィの顔が曇ったが、俺は言葉を続ける。
「俺は長いこと帰れないかもしれないし、その間ずっと両親がいないってのは、よくない事だと思う」
子供には親が絶対に必要……と言うつもりはない。
けれど、やっぱりパウロやゼニスがいたから、今の俺がいるわけだ。
面倒を見てくれる親ってのは、いた方がいい。
そりゃ、一週間や二週間、親がいない時期はあってもいいだろう。
でも何ヶ月も放っておくわけにはいかない。
「えっと、うん。確かに、そうだよね。ルディがいないんだったら、ボクがルーシーを見てあげないといけないよね」
「ごめん」
「ううん」
ナナホシが血を吐いた原因がシルフィに無い事は伝えたが、それでも何かしたいのだろう。
「シルフィは、十分やってくれたよ。後は俺にまかせてくれ」
「うん……」
シルフィは頷いたが、まだ残念そうだった。
彼女も、決してルーシーを愛していないわけではないだろう。
でも、シルフィも10歳で転移してから、自立を強要された。
そして、再会することなく、両親共に死んでしまった。
それでも彼女はやってこれた。
紆余曲折はあっただろうけど、きちんと就職して、結婚して、自力でやってこれた。
彼女にとって、親というのはいなくてもなんとかなる存在なのかもしれない。
あるいは、親がいなくても子供は成長するってのは、この世界の主流の考え方なのかもしれない。
彼女は、まだ18歳だ。
人間、子供が出来たからって劇的に考え方が変わるもんじゃない。
子供を育てていく過程で変わっていくものなんだろうと思う。
前世で俺が18歳の時ってのは、子供を作るなんて考えてもいなかった。
それに比べれば、シルフィは立派なものだ。
ナナホシを助け、シルフィは家で留守番させる。
また嫉妬されてしまうかもしれないな。
「でも、ロキシーも文句言うと思うよ? 魔大陸の事なら、ロキシーが一番詳しいだろうし」
「そうだね、とりあえず、困った事があったら、ロキシーにも相談するよ」
ロキシーはこの場にいない。
ペルギウスは、どうしてもこの城に魔族を入れたくはないらしい。
頼んではみたが、却下された。
まあ、ロキシーも教師としての生活がある。
せっかくなれた教師だ。
たった一年でクビになることもない。
ナナホシを助ける。
けど、今ある生活だって守らなきゃいけない。
生活だって大事だ。
両方大事なのだ。
だから、シルフィとロキシーに守ってもらうのだ。
もちろん、これには俺のエゴが多分に含まれている。
自分の考えが理論的に正しいとも思えない。
でもやっぱり、シルフィとかロキシーには危ない所には行ってほしくない。
パウロみたいに、目の前で死なれるなんて、まっぴらゴメンだ。
この世界に安全な所なんて無い、とは思うが。
でも、魔大陸よりは、魔法都市シャリーアの方が危険度は低いはずだ。
「今度は腕とか無くさないでね?」
シルフィは、不安そうだった。
「善処します」
そうならないための、ザノバとエリナリーゼだ。
でも彼らが死にかけたら、俺は右腕を犠牲にしてでも助けるつもりだ。
もちろん、命までは賭けたくは無いが……。
今度はうまくやろう。
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もう一度家に戻り、ロキシーや他の家族にも説明した。
長いこと帰れないかもしれないと言うと、アイシャが涙ぐんでいた。
もっとも今回は行き来が容易だ。
何日かに一度は帰ってくるつもりでもある。
出張みたいなものだ。
長いこと帰れないかもしれない、というのは予防線みたいなものだ。
いきなり転移魔法陣が使えなくなり、帰ることが出来なくなるという可能性もあるしな。
「じゃあ、留守を頼みます」
「わかりました、ルディも気をつけてください」
ロキシーは自分も行くと主張するかと思ったが、詳しく説明すると、素直に家に残ると言ってくれた。
少し拍子抜けだ。
さて、空中城塞とは何度も往復する事になるだろうが、準備は重要だ。
いざという時もある。
ペルギウスは、仮に転移魔法陣が使えなくなったとしても、七大列強の石碑の前で魔道具を使えば迎えを寄越してくれる、とは言ってくれた。
それを信用しないわけではないが、何があるかわからない。
それこそ、俺達が出た直後に、ラプラスの復活が確認されて、そっちに掛かりっきりになるとか。
だから、金や換金できそうなモノを多めに用意し、転移遺跡の地図も持ってきた。
これらがあれば、半年以内には戻ってこれるだろう。
それ以外にも、光の精霊のスクロール等、便利そうなものはいくつか持ってきた。
準備万端だ。
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転移魔法陣は空中城塞の地下にあった。
この天空の城は、上だけでなく、下にも広いらしい。
それどころか、地下のほうが地上よりも複雑なようだ。
階段を幾つか降りていくだけでも、ダンジョンのような複雑な構造であると見て取れた。
上の城はあくまで客人を歓迎する時の物で、下が本命の要塞なのだろう。
「こちらです」
シルヴァリルに案内された部屋は、地下3階といった所か。
道順さえ覚えておけば、迷う所のない位置にあった。
部屋の中に照明は無かったが、魔法陣が青白く光っていたため、暗くは無かった。
「ペルギウス様が新たに描かれた転移魔法陣です。
魔大陸の、すでに使われていない魔法陣へと接続してあります」
「すでに使われていない?」
「転移魔法陣の中には、何らかの理由で片方だけが破壊され、もう一方が効力を失う、という事も多々ありますゆえ」
2つで1つの転移魔法陣。
片方が壊れた事で使えなくなったものを再利用したって事か。
この世界には、そういう魔法陣が大量にあるのだろう。
「ペルギウス様は、そうした魔法陣を全て把握しているのですか?」
「偉大なお方ですゆえ」
シルヴァリルは自慢げであった。
それにしても、転移魔法陣か。
こういう時に、もっと色んな所に転移魔法陣があって、自由に使えると便利なんだが……。
でも、禁忌だし教えてはくれないんだろうなぁ。
まあ、あんまり自分勝手なことをやって色んな相手を敵に回すのも怖いからな。欲張るのはやめておこう。
それに、こういうものは俺以外も使えるって事も忘れちゃいけない。
例えば、凶暴な魔物が運悪く転移魔法陣に乗ってしまう、なんて事もあるわけだ。
俺が考えなしに作った魔法陣で村が1つ壊滅しました、なんてのも寝覚めが悪い。
「この魔法陣が最も魔界大帝に近かろう、とペルギウス様はおっしゃっておりました」
「ペルギウス様は、キシリカ様の居所に心当たりがあると?」
「無論です」
そうか。
心当たりがあるのか。
どこか、大きな町に送ってもらえば、あとは自分でなんとかしようと思っていたが。
「ただ、見当違いである可能性もあると」
「……でしょうね」
俺の知る魔界大帝は、行動が予測できないタイプだ。
ここにいるだろうと思っていても、気づいたら移動している可能性もある。
そのフィアンセであるとかいう、バーディガーディもそうだが……。
ああ、そうだ、バーディガーディもいたな。
最近見ないし、もしかすると、自分の領土に戻っているかもしれない。
あいつも長生きしてるみたいだし、話を聞いてみる価値はある。
「わかりました。とりあえず行ってみます」
「向こう側は確認しておりません。出口が閉じられている可能性もありますので、ご注意を」
「閉じられている?」
「転移魔法陣を隠すため、入り口を潰してあるという事です」
入り口がなければ見つからない。
なるほど、道理だな。
隠し扉を探す奴はいるだろうが、ツルハシを持って壁を壊そうとする奴は、そうそういないだろう。
もっとも、そう思っていて発掘されまくってるのが、古代エジプト人だ。
考古学者か墓荒しには要注意だ。
案外、転移遺跡もそうやって発見されたのかもしれないな。
「まあ、ダメそうなら一度戻ってきます」
「ご武運を」
シルヴァリルに見送られ、俺達は魔法陣へと飛び乗った。
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転移をするのは、これで何度目だろうか。
転移事件、ベガリット大陸への行き帰り、ペルギウスの魔道具。
だから、これで5度目か。
夢から覚めるような感覚にも、なんとなく慣れてきた。
「ふぅ」
出てきた先は、暗い部屋だった。
カビ臭い匂いと、埃が充満している。
相当長い間使われていなかったらしい。
明かりもない。
燭台すら置かれていない。
まるで廃墟のようだ。
そういえば、出てくる場所がどこなのか、聞くのを忘れていた。
「へっくしゅ!」
背後でクリフがくしゃみをした。
見ると、他三人も魔法陣から出てくる所だった。
エリナリーゼは慣れたもの、ザノバも堂々たる足取りだったが、
クリフだけは物珍しそうに魔法陣を見ていた。
「ずいぶんと埃っぽい所ですな。はやく出ましょう」
ザノバの言葉に従い、俺は外への道を探す。
「うん?」
壁を見る。
扉のようなものは無い。
階段もない、天井にも穴は無い。
地面を注意深く見ても、やはり外へと続くはずの道は無かった。
密室である。
閉じられているってことか。情報通りだな。
「なあ、これ、どっちから出るんだと思う?」
「ふむ」
全員で手分けをして、出る方向を探る。
上、下、右、左、B、A。
「こっちですわ」
しばらくして、エリナリーゼが壁の向こうに空間を見つけた。
壁を叩いて、その音で判別したらしい。
壁が分厚いのか、俺は耳をくっつけても分からなかった。
さすが長耳族といった所か。
「よし。パンチだ。ザノバ」
「ふん!」
ザノバが壁を破壊した。
厚さにして五十センチはあろうかという分厚い壁に大穴が空く。
ザノバはそれを手がかりに、砂の家でも壊すかのように穴を広げ、人が一人通れるぐらいの大きさに仕上げた。
エリナリーゼが、ザノバの脇をすり抜け、サッとその穴を通った。
「先導しますわ」
壁の向こう側には、暗い空間があった。
真っ暗だ。
石造りの建物の中だということはわかるが、逆に言えばわかるのはそれだけだ。
ここが地上なのか、地下なのかもわからない。
「ルーデウス。明かりを」
エリナリーゼの言葉に従い、光の精霊のスクロールを使い、明かりを付ける。
すると、十メートル四方の部屋が浮かび上がった。
「うっ」
部屋の中を見てクリフが呻いた。
暗い部屋の床は、いくつもの白骨死体が落ちていた。
さすが魔大陸というべきか、骨の形が様々で、作り物のような感じがする。
「どうやら、ここは牢獄だったようですわね」
エリナリーゼに言われて骸骨を見ると、その手足には錆びた手錠がされていた。
クリフが鎮痛な表情をして、手を組んだ。
「くっ……ミリス様のお救いのあらんことを」
クリフの真似をして、俺も手を合わせておく。
ナンマンダブ。ナンマンダブ。
安らかにどうぞ。
ちょいとお邪魔してますが、すぐ出ていきますんで。
「行きますわよ」
それにしても、白骨ばかりだ。
一体何人閉じ込められていたのだろうか。
彼らも、壁一枚隔てた先に、転移魔法陣があるとは、夢にも思わなかったろうな。
いや、確かペルギウスは、使われていない転移魔法陣につなげたのだったか。
てことは、彼らがここに転移された後に転移先の魔法陣を閉じた、とかだろうか。
だとすると、ちょっと悪趣味だな。
「階段がありましたわ。登りますわよ」
部屋の隅には階段があった。
囚人はいるのに、鉄格子らしきものは存在しないらしい。
と、思ったが、階段への道の側に、錆びた蝶番が落ちていた。
もしかすると、当時は木製の扉があったのかもしれない、それが何千年も経過して、腐って無くなってしまった、と。
まあいい。
階段の先には、金属の蓋があった。
上方向へと開く扉と言ってもいいが、まあ蓋だな。
エリナリーゼが注意深く罠を調べ、開こうとしてみるが、どうやら開かないらしい。
上に何か重いものがかぶさっているのか。
「よし。いけ、ザノバロボ。こじ開けろ」
「ろ、ロボ? ……承知」
ザノバが扉に手を当てて、グッと力を込める。
扉はギギギと重い音を立てながらするりと開き、上から土砂が降ってきた。
「むおっ!」
「土は俺がどかす、続けてくれ」
「りょ、了解です、師匠」
ザノバが力任せに扉を開き、落ちてくる土砂を俺が魔術で除去する。
ザノバは凄まじく重そうな扉を、力任せに押し開けていく。
扉が開いた。
隙間からこぼれてくるのは、陽の光だ。
どうやら、外であるらしい。
人が通れるぐらいまで開いた所で、エリナリーゼがするりと抜けて、外へと出た。
「大丈夫ですわ」
その言葉を待ってから、俺達も外へと出た。
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外は急な斜面になっていた。
眼下には赤茶けた大地。
巨大な石がゴロゴロと転がる、高低差の大きな地平が広がっている。
遠くに見える魚の骨のような森は、魔大陸特有のものだ。
あそこに動いているのは大王陸亀だろうか。
懐かしい。
「ここが魔大陸か……!」
クリフがごくりと唾を飲み込んで、恐る恐る坂の下を見下ろしていた。
周囲に町は見えない。
本当にこんな所に、キシリカがいるのだろうか。
最寄りの町まで、移動する必要があるか。
そもそも、ここはどこらへんになるんだ?
一度戻って、その辺を確認した方がいいかもしれない。
いや、その前に周囲の探索だな。
「クリフ先輩、魔大陸は巨大で凶暴で、しかも群れる魔物が多いから、気をつけてください」
「ああ、わかってる」
クリフは真面目な顔で頷いた。
ここは危険な土地だ。
中央大陸やミリス大陸と同じ気持ちでいたら、腕の立つ戦士でも死んでしまう程度には。
「周囲に魔物はいませんわね。大丈夫ですわよ」
エリナリーゼにその手の油断は無い。
俺も油断は無い……と思いたい。
当時はルイジェルドがいたし、認識は甘いかもしれないが。
ベガリット大陸での経験は活かせるはずだ。
「あと、ミリス教徒は恐らくほとんどいません。考え方の違いは大きいですが、余計な事で喧嘩をしないようにしてください」
「うっ……それは、そうだな。わかった」
ちょっと偉そうな感じになってしまったかもしれない。
けど、クリフも魔族だらけの場所には行ったことが無いだろう。
ちょっとした行き違いで喧嘩ばかりするのも、進行の妨げになる、いつぞやのエリスの時とは違う、そうした事は避けていこう。
「クリフは魔神語がわからないから、大丈夫ですわよ」
エリナリーゼのフォローが入る。
そういう彼女も、魔神語は喋れない。
2年近くも魔大陸を旅していたらしいが、ほとんどロキシーに任せっきりだったそうだ。
もっとも、エロ関連の単語は知っているらしい。
クリフが聞いたら卒倒しそうな毎日を送っていたんだろう。
それも呪いのせいだが。
「師匠!」
などと考えているうちに、ザノバが坂の上へと登り、大声をあげていた。
奴の辞書には気をつけるという単語は無いのだろうか。
無いのだろうな。崖から落ちても無傷な男だろうし。
まあいい。
「何か見えましたか!?」
そういいつつ、俺たちも斜面を登る。
「っと」
斜面の終端は切り立った崖になっていた。
そして、崖の先に広がる光景は、目を見張るものであった。
「おぉ、すごいな……」
クリフが感嘆の声を上げるほど。
俺たちは、巨大なクレーターの縁に立っていた。
眼下には、町が広がっている。
クレーターの中央にあるのは、半壊した黒金の城。
そして、城を取り巻く、大きな町だ。
「心当たりって、ここかよ……」
俺はこの町を知っていた。
魔大陸三大都市の一つ。
クレーターは天然の城壁であり、魔物の侵入を防ぐ。
また、夜になるとクレーターの内壁に埋め込まれた魔石が光り、町中を明るく照らしだすのだ。
城の由来もしっていた。
かつて魔界大帝キシリカ・キシリスが本拠地にしていたという城で、ラプラスと魔王が戦い、半壊した城だ。
別名『旧キシリカ城』。
そして、俺にとって、少し嫌な思い出の残る町。
リカリスの町だ。