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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第15章 青年期 召喚編

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第百四十九話「キシリカを探して」

 リカリスの町。

 懐かしい場所だ。
 まだ憶えている。
 ここは俺が魔大陸で冒険者になった最初の町であり、ルイジェルドやエリスとの思い出の町だ。
 最終的に追い出されるように後にしたため、嫌な記憶が残っているが……。
 でも、ここでの経験は悪いものではなかった。
 物事は難しく考えず、悩みすぎない方がいいと教わったのも、この町だった。

 斜面を降り、クレーターの外周をぐるりと回って、入り口へと向かう。
 入り口には、前の時と同じように、二人の門番が立っていた。
 昔は、ルイジェルドを町中にいれるため、被り物をさせたっけか……。

「おい、門番がいるぞ、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ、基本的に魔大陸の町は、来るものは拒みませんからね」
「でも、なんか物々しい感じだぞ?」

 クリフの言葉通り、門番の姿は何やら物々しかった。
 漆黒の全身鎧に、フルフェイスの兜まで被っている。
 鎧はトゲトゲしく、なんとも禍々しい格好だ。
 俺がリカリスの町にいた頃は、兵士はこんな装備はしていなかった。
 この数年で、衣替えが行われたのだろうか。

『止まれ』

 街中に入ろうとすると、兵士に呼び止められた。

『なんでしょう?』
『いや、そっちの女だが……』

 兵士はエリナリーゼをジロジロと見ていた。
  クリフが盾にでもなるように、エリナリーゼの一歩前に出る。
 エリナリーゼは堂々としたものだ。

「なんですの?」
『……どうだ?』

 もう一人の兵士が、一枚の紙を取り出した。
 それとエリナリーゼを、何度も見比べている。

 ひょいと覗いてみると、サキュバスに似た妖艶な美女の絵だった。
 背が高く、胸が大きく、波打つウェーブの髪が印象的だ。
 色が付いていないのもあるが、エリナリーゼに似てない事もない。
 まあ、胸が全然足りないが。

『違うな』
『ああ、違う』

 兵士たちは、そう言うと紙をしまった。

『邪魔したな、行っていいぞ』
『何かあったんですか?』
『貴様らは知らなくてもいい』

 突っぱねられるようにそう言われ、黙ってその場を後にした。

「誰か、探しているみたいですわね」
「そのようですね」

 この町に、犯罪者でも逃げ込んだのだろうか。
 まあ、俺たちには関係ないだろう。
 けれど、気をつけてはおくようにしよう。
 人を探している間に路地裏で殺人鬼に遭遇、なんてシャレにならないしな。

「とりあえず、どうしますの?」
「金を作りましょう。冒険者ギルドへ」
「了解しましたわ」

 短くやりとりをして、俺たちは道を歩き出した。

「おぉ、すごいな……」

 入り口近くの露天市場を見て、クリフが感嘆の声を上げた。

 ここは相変わらず活気に溢れている。
 様々な種族の商人と冒険者。
 彼らが乗っているのはトカゲのような魔獣だ。

 だが、やっていることは魔法都市シャリーアの入口付近と、そう変わらない。
 商人は冒険者と喧嘩をしたり、町人がものめずらしそうに歩き回っていたり、
 乞食が商人に情けを掛けてもらおうと詰め寄り、蹴飛ばされていたり。
 こういうのは、どこも変わらないものだ。
 クリフもそういった光景はよく見ているはずだから、単に色んな種族がごった返しているのを見るのが、珍しいのだろう。

 だが、ちょっと気になる点もある。
 黒鎧を着た兵士が、あちこちに立っているのだ。
 彼らはエリナリーゼを見かける度に、ハッとした顔で懐から紙を取り出していた。
 しかし、遠眼にも違うのがわかるのだろう、話しかけてくる事はなかった。

「クリフ先輩のお嫁さんは、こっちでも大人気ですね」
「あ、ああ……大丈夫なのか?」
「エリナリーゼさんが、過去にこの町で何かをやらかしたのでなければね」

 そう言ってエリナリーゼを見る。
 彼女は肩をすくめた。

「やましい事は何もしていませんわ」

 エリナリーゼの目は、少しだけ泳いでいた。
 きっと、やらしい事はしたのだろう。


---


 冒険者ギルドは、何も変わっていなかった。
 雨風にさらされて、少々劣化が進んだだろうか。
 いや、前からこんなものだった気がする。

 中に入ると、視線が一斉にこちらを向いた。
 懐かしい感覚だ。
 以前はここで一芝居うって、盛大に笑いものにされた。
 おかげでルイジェルドが馴染むのも早かったが、結局は台無しになってしまった。

 視線はすぐに霧消した。
 長耳族と人族のパーティというのは珍しいだろうが、種族が違うというだけでは注目に値しないのだろう。

 俺たちは受付へと赴き、いくらかのラノア金貨を魔大陸の金へと換金した。
 百枚近くある緑鉱銭を、特に確認せず金貨袋にジャラリと入れる。
 以前は、サイフの中身を見て、一枚二枚と数えるのが日課だったが、俺も変わったものだ。
 いや、あのころに比べて裕福になっただけだが。

 ついでに、キシリカ捜索の依頼を冒険者ギルドへと出しておく。

『容姿は小さな女の子、髪は紫、ボンテージファッションに身をつつんでいて、自分は魔界大帝だと名乗り、マッドな笑いを発するのが特徴』

 捜索願いだからランクが低いが、報酬は高めだ。
 それが掲示板に張られるのを見ていると、ふと、依頼掲示板の端に、フィットア領の捜索願いについて書かれていた。
 もう、ミリスの捜索団は解散したのに、こっちではまだ捜索願がそのままなのだ。
 連絡先が、相変わらずミリス神聖国のパウロ宛になっていた。
 このままだと、これを見た人は、苦労してミリスに行っても、途方にくれてしまうのではないだろうか。

 俺は受付に赴き、連絡先の名前を、難民キャンプのアルフォンスに書き換えてもらった。
 多分、今でも難民の受け入れはやっているだろうしな。
 俺の住所を書いてもいいが、知らない人の面倒までは、ちょっと見切れない。

「さて、とりあえずこっちはこれでオッケーだな」
「この後、どうするんだ?」

 クリフの問いに、今後の事を考える。
 もちろん、自分でも探した方がいいだろう。
 一週間ほど滞在して、情報収集。
 人も使って、自分の足も使って、精査するのだ。
 あくまで、冒険者ギルドの依頼は、俺たちがいないときの保険だ。

「まずは、情報収集ですね」

 俺は周囲を見渡す。
 すると、一人の男が、俺たちの方へと歩いてくる所だった。
 馬の頭を持つ男だ。
 こいつの事は、よーく覚えている。
 俺たちを罠にハメた男だ。
 こいつのせいで、俺たちはこの町を追われる事になった……とまでは言わない。
 一応、俺たちもルール違反を犯していたわけだからな。

『よぉ!』

 馬面の男――ノコパラはいつぞやと同じように、元気よく話しかけてきた。
 こいつは、新しい顔を見ると話しかけるのが日課なのだろうか。
 と、思ったが、彼が声を掛けたのは俺ではなく、エリナリーゼだった。

『久しぶりじゃねえか! ロキシーとはもう別れたのか?』

 エリナリーゼは訝しげな目でノコパラを見ていたが、
 やがて、ふと思い出したのか、ポンと手を打った。

「ああ、ロキシーの昔のパーティメンバーの方でしたわね」
「……え?」

 ロキシーの昔のパーティメンバー?
 なんだそりゃ。

「ルーデウス。通訳してくださいな。
 この方はわたくしの……というより、ロキシーの知り合いですわ」

 エリナリーゼに背中を押され、ノコパラの前に出る。
 八年前。
 俺たちを食い物にしようとした男だ。

 ロキシーの知り合い。
 昔のパーティメンバー。
 ってことは、こいつ、もしかしてロキシーも食い物にしていたのだろうか。
 そんな話は、聞いたこともないのだが。

『よぉ、俺はノコパラ。お前は言葉がわかるのか?』

 俺の事は、憶えていないのだろうか。
 仕方ないか、あれから8年。俺の姿も大きく変わった。
 ノコパラもフケて……は、見えない。
 馬のフケ顔がどんなのかなんて、俺にはわからない。
 逆に言えば、ノコパラも人族の顔はさほど見分けが付かないかもしれない。

『ええ、ノコパラさん。俺は言葉がわかります』
「ルーデウス、この方は町の事情にも明るいし、情報収集を手伝ってもらっては?」
「……」

 こいつの情報収集能力やしつこさってのは、俺も知っている。
 人の動きを良く見ている男だ。
 情報収集という点では、役に立つだろう。
 俺たちは、かつてコイツにハメられかけた。
 だが、こいつはこいつで、公衆の面前でウンコまで漏らした。
 もしかすると、俺たちを逆恨みしているかもしれない。
 それを穿り返して邪魔されるより、俺の正体を黙っていて利用した方がいい気がする。

『ドロヌマです。よろしくお願いします』
『おう、ドロヌマね……ん? どっかで会ったことあるか?』
『いえ、まさか』

 もし、この場にエリスがいたら、きっとノコパラを許さないだろう。
 だが、俺は水に流す。
 彼は別にルイジェルドがスペルド族だと知っていたわけではないし、
 俺たちに隙があったのも事実だ。
 それに、今は昔のことをとやかく言って、余計な争いをしている暇はない。

『我々は、人を探しています。協力していただけますか?』
『……いくら出す?』

 イラッとするが。
 しかし、タダで適当な仕事をされても困る。

『緑鉱銭2枚。発見したら4枚でどうですか?』
『4枚!? い、いいのかよ!』

 あ、高すぎたな。
 久しぶりでこっちの相場を忘れている。
 まあいいか。

『それだけ切羽詰っているってことです』
『ヘヘッ。でもエリナリーゼの頼みってんなら、その半値でやってやるよ』

 ノコパラはヒヒンと笑って、鼻をこすった。


---


 彼はキシリカの情報を伝えると「半日後に連絡する」といって、町の雑踏へと消えていった。

「よく我慢しましたわね」

 ノコパラの背中を見送った後、エリナリーゼが話しかけてきた。

「何がですか?」
「今思い出しましたけど、あなた昔、あいつにハメられたんでしょう?」
「よくご存知で」
「前にこの町に来た時、チラッと耳にしましたのよ。ノコパラが『デッドエンド』をハメようとして死にかけたって。ロキシーは知らないと思いますけれど……」

 知っていたのか。
 まあ、知らないわけがないか。
 スペルド族が町に出た、なんてスクープは。

「あれは、不幸な事故みたいなもんですよ」

 楽して先に進もうとした俺の、自業自得でもある。
 人を利用しようとするノコパラには虫唾が走るが、俺は人のことをとやかく言えるほど聖人でもない。
 ノコパラが俺を見ても俺だと気づかないなら、それでいい。

「なんにせよ、ノコパラをどうこうするつもりはありませんよ。
 今回、また俺たちをハメようってんなら、話は別ですがね」

 仏の顔も三度までとは言うが、俺は仏じゃない。
 二回もやられれば、次はきっと許さないだろう。

「ところで、ノコパラがロキシーの元パーティメンバーだったって、どういう事ですか?」
「ああ、それは――」

 ロキシーとノコパラの関係を聞いて、俺は複雑な気分になった。
 まあ、子供の頃にどれだけいい奴でも、成長して良い人間になるとは限らんよな。


---


 半日の間、やることは多い。
 まず、宿の確保だ。
 この町には冒険者向けの宿が数多く存在している。
 それこそ、駆け出し向けの宿から、高ランク向けの宿まで。

 今回は高ランク向けの宿を取った。
 高い宿を取るというのは、防犯の意味合いも強い。
 まあ、いくらか取られた所で、魔大陸の金は安いので、それほど痛くは無いが。

 宿を探している途中『狼の足爪亭』の前を通った。
 かつて、俺たちが取っていた宿だ。

 ちょうど、駆け出しと思われる三人の若者が、あーだこーだといいつつ、宿から出てくる所だった。
 依頼には少々遅い時間だが、買い物にでも行くのだろうか。
 そういえば、かつてこの宿に一緒に泊まっていた駆け出しの冒険者……クルトたちはどうしているだろうか。
 俺の采配ミスで一人死なせてしまったが、まだ元気にやっているだろうか。
 いや、さすがに八年だ。
 生きてはいないかもしれない。
 でも、もしどこかで会ったら、昔話の一つでもしたいものだ。

 ああ、そうだ。
 ピーハンターの連中にも話を通しておくか。
 名前は確か、ジャリルとヴェスケル。
 ペット探しの得意な小悪党だ。
 今回探すのはペットではないが、キシリカも動物みたいなものだし、案外見つけてくれるかもしれない。

「まずは、知り合いの店を訪ねてみようと思います」
「さすが師匠、顔が広いですな」
「そこぐらいしか知らないけどな」

 そう思い、俺はピーハンターのやっていた店へと赴くことにした。
 ペットショップである。

 確かこのへんだろう、とおぼろげな記憶を頼りに通りを歩く。
 記憶も曖昧だし、町並みも変わっている。
 それでも何度か通った道だ、目印となる建物なども、なんとなく覚えていた。

 しかし、そこには別の店があった。
 魔物の肉を加工して売る、肉屋である。
 ハリネズミみたいな毛を持つ男が店番をしていたので、聞いてみる。

「いらっしゃい」
「前に、ここにペットショップがあったと思うんですが、どうなったかわかりますか?」
「ああ、ジャリルか。あいつは、二年前に魔獣の調教に失敗して死んだよ」

 え、死んだ?
 マジか。

「ヴェスケルの方は?」
「ヴェスケル? あいつは、一年前に町から出て行ったよ。ジャリルがいないと仕事になんねぇからってな」

 ヴェスケルもいないのか。
 それにしても、ジャリル、死んじゃったか。
 魔大陸が過酷な土地だというのは知っていたが、実際に死んだと聞くと、やっぱり少しさびしいな。

 最後には、あいつもルイジェルドを裏切ったわけだが、
 それでも一緒に仕事をした仲だし。
 一応は、仲良くもやれていたのだ。

「俺はヴェスケルにこの店を譲ってもらったんだ。あんた、二人の知り合いかい?」
「ええ、まあ、一応」
「そっか、じゃあ、安くしとくぜ」

 俺はキシリカの情報も聞き、情報料として大王陸亀の干し肉を一つ買って、その場を後にした。
 大王陸亀の肉は、相変わらずマズかった。


---


 それから半日かけて、情報収集に努めた。

 情報収集自体は、それほど効率のいいものではなかった。
 なにせ魔神語を喋れるのは俺だけだ。
 なので、俺が一人で聞きまわっているようなもんだ。

 やっぱりロキシーをつれてくれば良かったかもしれない。
 もっとも、町中を探すとなれば、一人でも二人でもそう変わるまい。
 情報収集は、専門家のノコパラの動きに期待すればいい。
 なんて思いつつ、聞いてまわったのだが……。

『容姿は小さな女の子、髪は紫、ボンテージファッションに身をつつんでいて、自分は魔界大帝だと名乗り、マッドな笑いを発するのが特徴です。見ませんでしたか?』
『ああ、その子なら、見たよ。結構前だったけど……一年ぐらい前かなぁ』

 なんて声が多く帰ってきた。
 意外だ。
 実に意外だ。
 これは、一発目でいきなりあたりを引いたのかもしれない。

「大当たりだったな!」

 クリフがうれしそうな声を上げる。
 もはや見つかったも同然、といわんばかりだ。
 だが、エリナリーゼは首を振った。

「けど、最近は見ないって話ですのよ?」

 そうなのだ。
 『一年ぐらい前に見た』なのだ。
 ついでに言えば、『ここ半年では見かけなくなった』という話も多かった。
 もしかすると、すでにこの町にはいないかもしれない。

 となると、次に聞くべきは『どっちに行ったか』ってところか。

 ここ、リカリスの町は魔大陸の北東の端に位置している。
 次の町にいくとするなら、南か西となる。
 南西方向は山があったはずだから、そっちにいくとは……いやでも、キシリカだからなぁ。

 俺がキシリカの何を知るというわけでもない。
 けど、何かやらかしそうな雰囲気はあった。
 街道を使わないとなると、本当にどっちにいったかわからんなぁ……。

「まずはノコパラの成果を聞きましょうか」
「半日では、さほど実りがあるとは思えませんけれど……」

 ともあれ、俺たちは冒険者ギルドに戻った。
 テーブルの一つを占拠して、食事でも取りつつまとうかと思っていた所で、ノコパラがやってきた。

『よぉ。待たせたな』

 奴は出て行った時と同じような、上機嫌な顔をしていた。
 いや、馬面の機嫌なんて分からないが。
 こいつはいつも上機嫌に見える。

『さすがに本人は見つからなかったが、情報は仕入れてきたぜ』
『聞きましょうか』

 たった半日で得られる情報などタカがしれている。
 基本的に、ノコパラが得た情報は、俺たちの知っているものだった。

 でも、流石というべきか、多く目撃された場所や、最後の目撃証言など、細かくまとめてあった。
 よく半日でこれだけ調べられるものだ……。
 いや、恐らく日頃からある程度収集しているか、情報に詳しい人物とのツテがあるのだろう。
 そして、情報の種類に応じて、ピックアップすると、そんな感じか。
 ギースが得意そうだ。

『で、その魔界大帝なんだが、魔王様も探してるらしいんだよ』
『魔王?』
『そう、一年ぐらい前からな、隣の領地から魔王様がきてんだよ。はるばるな』

 なんでも現在、このリカリスの町の中央にある城、旧キシリカ城に魔王が滞在しているらしい。
 街中に点在している黒鎧の兵士たちは、その魔王の私兵というか、騎士というか、親衛隊にあたるそうだ。

『もしかして、その魔王の名前って、バーディガーディ?』
『いや、違うな。バーディ様じゃない。アトーフェ様だよ。バーディ様の姉君の、とんでもなくおっかねえ魔王様だ』

 バーディガーディに姉なんていたのか。
 黒いアマゾネスって感じなんだろうか。

『おっかないんですか?』
『ああ、なにせ、ラプラス戦役を戦いぬいた武闘派の魔王様だからな。迂闊な事をすりゃあ、一発で首が飛ぶぜ』

 気さくなバーディガーディを見ていると、よくわからんが。
 しかし、そういう事なら、なるべく近寄りたくはないな。

 いや、でもバーディガーディと血縁という事は、不死属性を持っているのだろうか。
 大昔から生きているのなら、もしかするとドライン病の治療方法を知っているかもしれない。
 今からでも謁見の許可を得て、聞いてみるか……。
 会えるかどうかは分からないが。

『そういえば、バーディガーディは帰ってきてないんですか?』
『まだ帰ってきてないけど……お前、仮にも魔王様なんだから、呼び捨てはないだろ、呼び捨ては』
『失礼』

 バーディガーディはまだ帰ってきていないらしい。
 あいつは、本当に、どこをほっつき歩いているんだろう。
 いや、そもそも8年前から、すでにこの町にはいなかった。
 ほっつき歩くのが趣味みたいなものなんだろう。

 今の話を、掻い摘んで他の面々に説明する。
 すると、ザノバが顎に手を当てた。

「しかし、探しているにしては、似顔絵が違いましたな」

 言われてみると、確かにあの似顔絵は、俺の記憶にあるキシリカとはぜんぜん違った。
 俺の知るキシリカは幼女だ。
 うん、絵を見た時は分からなかったが、確かにあの絵の美女は、キシリカに似ている。
 キシリカが成長すると、あんな風になるのか。

 もしかして、この数年でキシリカも成長したのだろうか。
 いや、違うな、逆か。
 幼女を見たという情報はあったのだ。
 てことは、その魔王とやらは、キシリカが幼女という事を知らないのか?
 うーむ……。
 ノコパラにも聞いてみるか。

『親衛隊の持っている似顔絵と、実際の姿が違うようですけど、その辺はどう思います?』
『魔王様方はそのへんアバウトだからな、年齢のほうはどうでもいいと思ったのかもしれねえぞ』
『あ、なるほどね』

 バーディガーディはアバウトだった。
 なら、アトーフェもそうかもしれない。

『じゃあ、そのアトーフェ様に話を聞いてみましょうか』

 そう宣言して立ち上がる。
 すると、ノコパラが慌てだした。

『お、おい、やめとけって、アトーフェ様はヤバイから、会わない方がいいって』
『いえ、これも必要な事です。礼を失することさえなければ、問題ないでしょう』

 問題ないよな?
 問題無いと思いたい。
 いざとなったらザノバを盾にして、俺が攻撃して。
 バーディガーディをそうしたように、一発ぶちかまして逃走……。
 どっかでバーディガーディを見つけて、間に立って許してもらう。
 よし、これで行こう。

「謁見ならばお任せください。余の立場を使いましょう」

 ザノバは立ち上がり、フッと笑った。
 こいつも一応王族だし、こうしたやりとりでは期待できるか。
 そういう事なら、アリエルを呼んできた方がいいかもしれないが……。

 まてよ、ペルギウスとのやりとりを見るに、ザノバの方が相手に好かれる可能性もあるのか。
 アリエルは、わりとコネを作ろうと一生懸命になっちゃってる感じだから、下心が見えると嫌悪感を持たれる可能性もある。

『アトーフェ様は、芸術的なものに関しては詳しい方なんでしょうか?』
『あ? 芸術? いや、どうだったかな。まあ、魔王様方ってのは、大抵何かしら趣味は持ってるはずだが』

 バーディガーディの趣味……なんだっけ。
 あいつはそういうのは無かったように思う。
 いや、酒が趣味になるのかな?
 高い酒をよく飲んでたし。
 おっかないと言っても、バーディガーディを怖くした感じなら、まだいける気がする。

「よし、とりあえず行ってみましょう」

 話がまとまった所で、エリナリーゼとクリフも立ち上がった。


---


 一時間後。
 俺たちは、城が見える位置で立ち尽くしていた。

 結論から言おう。
 ダメでした。

 ザノバがシーローン王国の紋章を見せて、俺が通訳で謁見したいと申し出たのだが、

『そんな国は知らん。アトーフェ様はお忙しいのだ! 誰とも謁見などせぬ!』

 と突っぱねられた。
 門前払いという奴だ。
 まあ、アスラ王国や王竜王国、ミリス神聖国ならまだしも、
 シーローン王国は小国だし、仕方ないか。
 日本人にアフリカ大陸のマイナーな国名を言うようなものだ。
 まして、今回はアポイントメントすら無かった。
 こうなるのも道理だろう。

「申し訳ありません。我が国の威光が足りないようで」

 ザノバは失礼な事を言われたにも関わらず、怒る事なく、むしろ俺に頭を下げた。

「いや、俺の考えが足りなかったよ」
「余もなんとなく、知らないだろうとは思っていましたが……」

 そう言うザノバの眉根は寄っていた。
 ザノバはあまり愛国心溢れる方ではないだろうが、それでも自分の国がコケにされたら、悔しいだろう。

「……なあ、少し休まないか」

 クリフは近くの壁にもたれかかり、溜息をついた。
 俺はまだまだ余裕はあるが……。

「確かに、少々疲れましたな」

 見ると、ザノバも汗をかいていた。
 見た目にだまされやすいが、こいつらもインドア派だから、丸一日の行動は堪えるか。
 俺も動きつめで、少し頭が働かなくなってきている気がする。
 休むか。

「そうですね。では、軽く食事でも取りましょうか」

 昼飯を食う時間は無かった。
 途中で食った干し肉だけでは物足りない。
 まあ、こっちの飯はマズイから、あまり食いたくはないのだが。

「師匠、ちょうどそこに露店がありますゆえ、そこで済ませましょう。クリフ殿もよろしいか?」

 言われてみると、先ほどから肉を焼くいい匂いがしていた。
 匂いの先には、香辛料をたっぷりと使った、魔大陸特有のスパイシーな串焼きの露店があった。
 行列……とまではいかないが、3人ほど客が並んでいた。

「僕は文句はないけど、立ち食いか……行儀が悪くないか?」
「何を今更……」

 二人が問答している間に、エリナリーゼがスッと列の最後尾に並んだ。

「わたくしが並んでおきますわね。その間に、ルーデウスは椅子でも用意してくださいな」
「言葉わかんなくて大丈夫か?」
「数は、指で示せばわかりますものよ」

 言葉がわからなくても通じるものがある。
 ってことか。

 俺は言われるがまま、魔力を使い、道の端に腰掛けを生み出す。
 立ち食いでもいいが、休む意味も込めて、腰をおろしたい。
 俺は地面でも構わんのだがね。

「僕も並ぼう」

 クリフもエリナリーゼと共に列に並ぶ。
 俺はさっさと用意を終えて、ザノバと共に椅子に座った。

「ふぅ」

 座ると、どっと疲れが出た気がした。
 こうして座っていると、今やっている事が徒労のような気がしてくる。
 キシリカは見つかるかどうかもわからない。
 見つかっても、知っているかどうかもわからない。
 むしろ、分からない可能性の方が高い気もする。
 バーディガーディもそうだが、あいつらは長生きしているが、病気とは無縁そうだ。

「……師匠、あまり考えすぎてはなりませんぞ」
「え?」
「ナナホシ殿の病気に、師匠が責任を持つ必要はないのですからな」

 責任は無い。
 うん。そうだな。
 だが、責任の問題じゃない。
 俺の気持ちの問題だ。

「そうだな」
「もっとも、生きて故郷に帰りたいと思う気持ちは、余も少しはわかりますゆえ、こうして手伝いはしますが」
「そうなのか。お前は、今の生活を気に入ってるんだと思ってたよ」
「無論。ですが時折、故郷の風景を見てみたいと思うのも、事実ですゆえ」

 ザノバも、ノスタルジックな気分になることがあるらしい。
 人形があればどこででも同じだと思っていたが、ザノバも人の子か。

「……ナナホシ殿はあれだけ必死なのですから、きっと故郷に大切な物を残してきたのでしょうなぁ」
「好きな奴と、家族……そんなもんらしいけどな」

 2つともありきたりだが、とても重いものだ。
 とても、とても。

「その2つは、余には少々、わからんものですがな」
「お前にとっての人形だよ」

 そんな会話をしつつ、ぼんやりとクリフ達を見る。
 クリフとエリナリーゼ。
 あの二人も、会った当初から見ると、ずいぶん変わった。
 クリフは相変わらず空気を読まないが、それでも他人のことをよく見るようになった。
 エリナリーゼも、男の尻ばかり追いかけていた頃が懐かしい。
 あいつらだって、互いが引き離されたら、全力で戻ろうとするだろう。

「……」

 クリフたちの前の客が肉を買った。
 そのお零れでも預かろうとしたのか、ボロボロのフードを被った乞食が寄ってきて、客に蹴り飛ばされた。
 クリフがそれを見て、ムッとした顔をしていた。
 しかし、エリナリーゼに止められ、喧嘩には至らない。

 クリフはいい奴だから、きっとあの乞食に、飯とか恵んでやるんだろう。
 なんて思っていると、案の定、クリフは肉の串を多めに買い、それを乞食に渡していた。
 乞食は、ありがとう、ありがとうと言いつつ、ガツガツと串を食べる。
 食べて、食べて。
 やがて食べ終えた後も、図々しくもさらにクリフにねだり、クリフが串を渡す。

 乞食はクリフの手を取り、感動に打ち震えた感じで……。
 あれ?
 なんかデジャヴュが。
 ていうか、あの乞食、ありがとうって人間語で言わなかったか?

 と、思った瞬間、乞食がそこらに響き渡る大声で笑い出した。

「ファーハハハハハ!」

 そしてボロを取り去り、高らかに宣言した!

「妾の名はキシリカ・キシリス! 人呼んで、魔・界・大・帝!
 貴様は妾の命を救ってくれた、さぁ、なんでも願いを言うがよい!」

 目眩がした。


---



 魔界大帝キシリカ。
 彼女は、以前見た時と、なんら変わらない姿でそこにいた。

 膝まであるブーツ、レザーのホットパンツ、レザーのチューブトップ。
 青白い肌に、鎖骨、寸胴、ヘソ、ふともも。
 そして極めつけは、ボリュームのあるウェーブのかかった紫色の髪と、山羊のような角。

 それらはいつか見た時より、数段汚れていた。
 だが、間違いない。
 キシリカ・キシリスだ。

「ファーハハハハハ! ファーハ! ファーハハハハハ!」

 クリフが呆然としていた。
 エリナリーゼが目を点にしているのは初めてみた。
 俺もまた、何が起こったのかよくわからなかった。

 冷静なのはザノバだけだった。
 こいつだけは、顎に手を当てて「ほう、あれがバーディ陛下の想い人ですか」などと嘯いていた。

「……」

 情けは人の為ならず。
 そんな言葉がふと思い浮かんだ。

 クリフという男は、それをまさに実践していると思う。
 乞食にモノを恵むというのは、口で言うのはたやすいが、中々できるものではない。
 何せ、相手は乞食なのだから。
 服装はボロボロで、近づくとツンと強い刺激臭がして、垢のこびりついた肌に、赤く汚れた歯。
 彼らを可哀想と思い、買ったばかりの食料を上げることは、できるだろうか。

 俺には出来ないかもしれない。
 蹴り飛ばすまではしないが、博愛の精神は持ちあわせていない。
 だが、クリフはそうした精神を持ちあわせているのだろう。
 初めて見た時は、なんとも心の狭そうな奴だと思ったが。
 彼は将来、いい神父になるだろう。
 ビバ、クリフ。

 さて、クリフを褒めるのはこのぐらいにして。 

 なんでキシリカはこんな所で乞食なんかしていたのだろうか。

「さぁさぁ! 遠慮するな! なんでも望みを言え! その前に名を名乗れ!」
「え? ええ……? く、クリフ・グリモル、です」

 クリフは、唐突にキシリカだと名乗った乞食の少女を前に、助けを求めるような顔でこっちを見た。
 その間にも、キシリカはクリフの前で尊大なポーズを取りつつ、言葉を続けていた。

「クリフか! 妾に飯を食わせてくれた功績は大きいぞ。なにせ、もう半年も何も食ってなかったからな!」

 俺は彼らに近づきつつ、声をかけた。

「なんでしたら、もっとお食べになりますか?」
「おお! よいのか! 貴様、太っ腹じゃな! 太っ腹な男はよいぞ! 大成する!」

 それからしばらく、キシリカは大王陸亀の串焼きを食い続けた。
 あの小さな体のどこに入るんだってぐらい、モシャモシャと。
 食って食って食いまくった。

「ふぅー、食った食った。これであと一年は持つな!」

 キシリカは腹をポンポンと叩きつつ、結局屋台の肉を全て食べてしまった。
 屋台のおっちゃんも商売繁盛で満足だろう。
 さて……。

「お久しぶりです。キシリカ様」
「なんじゃ貴様は!」

 俺が頭を下げると、キシリカはフンと俺の方を睨んだ。

「ん? おぉ?」

 そして、目をグルリと入れ替えて、ポンと手を叩いた。

「おぉ! 貴様か! 人族のくせに気持ち悪い魔力を持つ男!
 もちろん覚えておるぞ! 魔眼をやった男だ。
 名前は確か、そう、えー……ルー、ルン、ルンバ……ルンバウス、久しいのう!」
「ルーデウス・グレイラットです」

 俺はお掃除ロボットじゃねえよ。

「ルーデウス、久しいのう……ずいぶんでかくなったようじゃが、どうじゃ、その後、うまくいっとるか!」

 キシリカは俺の太もものあたりをポンポンと叩いた。
 まるで、どこぞの課長のようだ。

「はい、キシリカ様に魔眼をもらったお陰で、なんども命を救われました」
「ファーハハハハハ! そうじゃろうそうじゃろう!」

 キシリカは嬉しそうに頷いた。
 単純だな。
 チョロい。

「しかし、妾が褒美をやるのはただ一人! ただ一人にしかやらん!」

 キシリカは、ビシリという音を立てて、クリフを指さした。

「貴様じゃ、クリフ・グリモル。なんでも言うがいい」
「……」


 クリフは指を刺されて、ごくりと唾を飲み込んだ。

 ここで一瞬、俺の中に「まさか」という思いが生まれた。
 魔界大帝キシリカ・キシリスの褒美と言えば魔眼である。
 というのは、この世界ではわりと有名な話である。

 そして、クリフには目的がある。
 魔眼を使えば、あるいは魔道具を作るのに役立つかもしれない。
 俺だって、思いつく。
 だから。
 まさか、と。

「な、なら、ドライン病の治療方法を教えてほしい」
「ほう」
「俺の知り合いが、その病気に掛かったんだ。今はなんとか持っているが、治る気配がない。何か知ってたら教えて欲しい」

 ほっとした。
 杞憂な上、失礼だった。
 これは、帰ってからクリフに飯の一つでも奢らねばなるまい。

「ふむ、ドライン病か。懐かしい名前を聞いたの。今どきあんな病気に掛かる奴がおったとは驚きじゃな」

 俺はザノバに目配せし、頷き合う。
 どうやら、キシリカは病気を知っているらしい。

「それで、治るのか?」
「無論じゃとも。あんなもの、ソーカス草の葉を茶にでもして飲むだけで、ウンコと一緒に出て行くわい」

 自分の口元に笑みが浮かぶのを感じる。
 よし。
 キシリカが勘違いしている可能性もあるが、とりあえず情報ゲットだ。
 ソーカス草を茶にして飲む。
 要するに、煎じて飲ませるってことだろう。

「ソーカス草? 聞いた事ないな。どこにあるんだ?」
「ふむ……幻の都マイオ」
「幻の都マイオ!?」

 まずいな。
 幻とかついている都は、大抵みつけにくいんだ。
 夢の中でだけ訪れることができるとか、砂漠の中を移動しているとか……。

「そこより北にある赤竜山脈の端、赤竜の尾と呼ばれる渓谷にある、ドラゴンテイルの洞窟。その奥深くに群生していたのが、ソーカス草」
「ドラゴンテイルの洞窟」

 ここまできてお使いクエストか。
 いや、いい。
 悪くはない。
 キシリカが見つからず、何年も探し続けるよりは。
 あれ?
 でも、赤竜山脈に、赤竜の尾なんて場所、あったっけ?

「それは、どこに?」
「うむ、第二次人魔大戦の終わりに、龍神と闘神の戦いの末、大陸に大穴が開き、消滅した」
「……えっ」

 じゃあ。
 もう、無いってことか。
 ていうか、俺が知っている話と違うな。
 大陸に大穴をあけたのは、キシリカと黄金騎士の戦いの結果という話じゃなかったか?
 いや、でもキシリカって戦闘力という点ではあまり高くないらしいし……。
 まあいい。
 伝承なんてものは、都合よく捻じ曲げられるものだ。

 今はソーカス草だ。
 そっちの方が大事だ。

「じゃあ、もう、ソーカス草は存在しないってことですか?」
「いや、あくまでドラゴンテイルの洞窟が、最初に発見された場所というだけじゃ」

 キシリカはゆっくりと首を振った。
 最初に発見とは、別の場所にも生えているのだろうか。

「ソーカス草は、日の差さない深い洞窟の奥地に生える」

 日の差さない深い洞窟。
 迷宮とかだろうか。
 また迷宮に入るのだろうか。
 だとしたら、今度はメンバーをキッチリ揃えていこう。
 20人ぐらいで……いっそ賞金を出して冒険者を募って100人ぐらいで。

「なので、妾が命じ、各魔王どもの城の地下で栽培を始めたのじゃ!」
「……」
「なにせ、ソーカス茶はうまいからな。それに、あれを飲んでおるものは、みんな長寿じゃ。なにせ、不死魔王の血族はみんな飲んでおるしな。ファーハッハッハッハ!」
「……」

 つまり。
 あれか。
 魔王の住んでいる城の地下になら、栽培されてるって事か?
 それどころか、高級茶の原料なら、そこらで売っている可能性もあるのか。

「ファーッハッハッハッハッハ!
 取りにいかされると思ったか?
 おもったじゃろ?
 残念じゃったな。そこのキシリカ城でも栽培しておるわい!
 ファーッハッハッハッハッハ!」

 こいつ、蹴り飛ばしてやろうか。
 と、思った時、クリフが拳を握り締めて前に出た。

「こいつ!」
「待ってくださいクリフ先輩! 全てを吐かせてからです!」
「お、おう」

 いかん、つい本音が。

 それに、城にあるのなら、何の問題もない。
 むしろ、好都合だ。
 おちょくられてイラッとはしたが。
 これもまた勉強と思っておこう。
 よし、平常心。
 平身低頭。

「では、キシリカ様。なにとぞ、そのソーカス茶を少し分けていただけないでしょうか」
「よかろう! しかし、一つ問題があってな」
「問題?」
「うむ。今、キシリカ城には、嫌な奴がきておってな。頭は悪いが、ちょいと厄介な相手での、妾もそいつから半年も前から逃げ回って……あ」

 そこで、キシリカは言葉を切って、俺の後ろを見る。

「ん?」

 俺も顔を上げ、後ろを見た。

 そこには、黒い鎧を着た兵士たちがいた。
 五、六、七……20人以上はいる。
 さらに向こうの通りから、路地から、ぞろぞろと増えて……。

 総勢にして30人近い人数が、俺達を囲んだ。


---


 兵士たちは威圧するようにこちらを見ていた。

 エリナリーゼが前に出て、腰の剣に手を掛ける。
 その額には冷や汗が浮かんでいた。
 さすがに、数が多すぎるな。
 まずい、逃げ場がない。
 右手にザノバ、左手にクリフを抱えて飛ぶか?
 キシリカとエリナリーゼが残ってしまう。
 どうする。

 先頭の男が、一歩前に出た。
 ややしわがれた、しかしまだ張りのある声で、そいつは言った。

「我らはガスロー地方が不死魔王アトーフェラトーフェ様の親衛隊である」

 流暢な人間語だった。
 こちらに合わせてくれたのだろうか。

「アトーフェ様の勅命である。キシリカ様をこちらに渡し、今すぐ城へと出頭せよ」

 彼の言葉に、背後の黒騎士たちは、似顔絵とキシリカを見比べて「えっ?」という感じの動きをしている。
 ノコパラの予想通り、似顔絵が違うのは、命令を出した奴がアバウトだからだろうか。
 似顔絵と違っても、あれだけ大声でキシリカだと叫べば、さすがにバレるか。

「嫌だと言ったら?」

 エリナリーゼがそう呟いた瞬間、全員が一斉に腰の剣を抜き放った。
 鞘から剣の抜ける、ジャキンという音。
 それが幾重にも重なり、耳にキンと残るほどの大音量で響き渡った。

「容赦はしない」

 俺は、一目みたら相手の強さがわかるとか、そういう能力は無い。
 だが、そんな俺でも、一応はそれなりに経験をつんでいる。
 あからさまにやる奴ってのは、わかるものだ。
 親衛隊の面々は、間違いなく、やる連中だ。
 そこらの騎士団とは比べ物にならないほどの強者臭を感じる。

「い、いかん。こやつらに捕まったら何をされるかわからんぞ!
 なにせアトーフェは魔王の中でも随一のアホウじゃからな!」

 キシリカの言葉に、俺は眉を顰めた。

 捕まったら何をされるかわからないアホウに、どうして捕まろうか。
 大体、俺はもうアトーフェとやらには用は無いのだ。
 ここは、なんとか切り抜けて……。
 あ、でも城の地下には草があるって話だったか。
 なら忍び込んで……って、見たことないから、どの草かもわからんしな。
 迷っていた所、兵士が兜を取った。

「お願いします」

 灰色の髪をした、老戦士といった雰囲気を持つ男だった。
 彼は柔和な笑みを作り、頭を下げた。

「来てくださらないと、我々がアトーフェ様に罰を与えられるのです。決して悪いようにはしませんので、どうか……」

 その姿勢は、実に真摯であった。

 俺はノーといえる日本人……だった男だ。
 昔とは違う。
 どうかお願いします、なんて言葉を言われると、まあ少しぐらいという気持ちも湧いてくる。

「そ、そんな奴の言葉を聞くでない!
 アトーフェは話の通じる奴ではないぞ!」

 キシリカの冷や汗をたらした顔。
 何かありそうだな。

「話は聞いておりました。ソーカス草はガスロー地方でも栽培されておりますゆえ、栽培の仕方も知っております。なんでしたら鉢植えも用意致しますので、どうか……」

 老兵士の下げられた頭。
 とても誠意が感じられる。
 力づくで連れていってもいいだろうに、わざわざ頭を下げているのだ。

 アトーフェについてはよくわからないが、俺の知る魔王ってのはバーディガーディみたいなのだ。
 あれの部下となれば、それはもう苦労するだろう。

「ところで、どうしてキシリカ様はこんなにアトーフェ様を嫌がっておいでなのですか? 半年間も追いかけている理由も、できれば教えてもらえれば……」
「一年前、この地にて、アトーフェ様が受け取るはずだったゲクラ地方産のお酒を、キシリカ様が一人で全て飲んでしまわれたのです」
「ほう」

 老兵士は、はぁ、と溜息をついた。

「アトーフェ様はそのお酒を大変楽しみにしておられたので、烈火の如くお怒りになられました。そして本国より我ら親衛隊を呼びつけて捜索を申し付けられたものの、我らは今のキシリカ様のご尊顔を知らず、似顔絵もあの通りなので、中々捕まえられなくて……」
「なるほど、わかりました」

 俺は魔術でキシリカに手錠をかけた。
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