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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第七話    ☆哀れ夢は現となりて、過去を苛むなり

 時は少し遡り、十年前。

 冷たい風の季節が通り過ぎて、上着とさようならした春のはじめ。
 七歳のカミィと父と母の三人は、(吾妻)の領地の平原までピクニックに来ている。

 家族でお出かけは久しぶり。
 おひさまぽかぽか。草はふわふわ。風は優しくて、空気は新しい。

「ちょっとあそんでくる!」
「あまり遠くへは行くんじゃないよ」
「はーい」

 どこへともなく駆け出して、正面に見えるのはゆったりとした丘。右には涼しそうな森。
 丘にのぼってお花を摘むのも楽しそうだけど、森へいくと動物さんに会えるかも。
 どちらにしようかと首を捻っていると、紫と青のグラデーションがかった珍しい色の蝶が目の前に。謎色の羽はひらひらと舞い踊り、森のほうへと飛んでいく。まるで誰かに呼ばれているみたい。
 カミィはちょっと冒険してみることに決めた。

「ちょうちょさん、まってぇ」

 走って走って、誘い飛ぶ蝶にやっと追いついた頃、辺りはたくさんの木にかこまれて薄暗く、カミィは自分のいる場所がわからなくなっていた。

「あれ? ここはどこ? パパ、ママ、どこにいるの……?」

 だんだん周りの木々がおばけみたいに見えてきた。もしかして木が動き出して、取り囲まれて襲われたらどうしよう。
 頭上から降ってくる、風にゆれる葉のガサガサとした音。「おまえを食べてしまうぞ~」と言うしわがれた声。不安はどんどん膨らんで、パンと破裂。

「うっ、うええん」

 涙が溢れそうになったとき、そばの茂みが一層大きく揺れて。
 ビクリとからだが跳ねる。
 息を止めてじっと見ていると、草を割って現れたのはひとりの少年。

「あ? なんだお前? ガキがひとりで何してんだ?」

 聞き慣れない話し方。少年の両方の足は透けてもいないし、しっかりと地面についている。大丈夫。この人はおばけじゃなくて、生きてる人間。

 ひとりぼっちじゃない。そう思うと、溢れかけた涙は引っ込んで、今度は知りたい気持ちが顔を出す。

「おにーさん、だあれ?」
「お前こそ誰だ」

 その少年は、チョコクリーム色の肌に銀の髪。パパやママみたいな大人ではないけれど、カミィよりは年上に見える。

「わたし? わたしはカミィ。ちょうちょさんをおいかけてたら、パパとママがいなくなっちゃったの。たすけてほしいの」
「なんだ、迷子か。助けてもいいけど……お前、金は持ってるか?」

「おかね? おかねは、もってないよ」
「だったら助けられねーな。タダ働きはしない主義なんだ。残念だったな」
 少年はくるりと背を向けて、別の茂みへと足をかけた。

 せっかく人と会えたのに、置いて行かれたらまたひとりぼっちになっちゃう!
 そうしたら、一生この森の迷路から抜けられないかもしれない。

「まって! おかねはないけど、かわりにこれをあげる」
 カミィは少年の腕を掴んで必死にお願い。

 あげる、とポケットから取り出したのは、こまかく蝶の模様が掘られた指輪。
 ところどころに小さな薔薇の形をした宝石がついていて、カミィがたくさん持っているおもちゃの指輪とはどこか違う。内側には【カミィに祝福を】という文字が掘られている。

 これはカミィがうまれた日、パパが特別につくってくれたものらしい。普段からカミィはこれをお守りにして、どこへ行くにも持ち歩いていた。
 宝物だけど、このまま森を抜けられないよりは……。

「これはさすがに、迷子の案内の報酬としては高すぎる」

 少年は困っている。手を伸ばして、けれどやっぱり引っ込めて。
 じっと差し出し続けると、少年はひとつためいき。ついには指輪を受け取った。

「わかった。じゃあ、貰っとく。だけど、無用な施しは受けたくねえ。報酬分はきっちり働かせてもらう。お前、他に望みはあるか?」
「うーん。……いまは、ほかにはないの」
「そうか」

 受け取った指輪をズボンのポケットにしまって、少年はカミィの手をとった。少年の手は、ひとまわり大きくて温かい。

「なら、お前の貸しにしておいてやる。俺は借りたもんは必ず返す。お前がいつか、また困ったら、そのとききっと助けてやるよ」

 そして、彼は握った手を引いて歩き出した。


*


 森のなかを、少年と少女が歩く。

 少年は右手に少女の手を、左手に道中で拾った木の棒を持って、ぶんぶん振り回し進む。

「お前、ガキのくせにこんな高そうな指輪持ち歩いてるなんて、よっぽど良いとこのお嬢さんだな。実はお姫様か何かか?」
 ポケットにしまい込んだ指輪の存在が、強く心を打って離れない。

「ううん。わたし、おひめさまじゃないよ」
「んなこたーわかってるよ、冗談だ。そうだったら俺は城に雇われて、それできっと大出世して、金持ちになれるのになってちょっと思っただけだよ」

 自分が生きる世界とは違うところにいる少女を相手にして、少し、夢を見た。普段はこんなこと、考える余裕は無い。騎士気取りで振り回していた剣は、よく見りゃただの木の棒だ。目がさめて、その場で捨てた。

「おにーさんは、おかねもちになりたいの?」
「その、おにーさんっての、やめねーか。調子狂う。俺のことはマリクと呼べ」
「マリク……」

「金持ちになりたいかって言われたら、そりゃあそうだろ。金ってのは人間よりよっぽど優しいんだ。俺はいつか金持ちになって、そんでスラムから抜け出してやる」
「スラム?」
「お前みたいなやつは、知らねえんだろうな」

 スラムという言葉の意味も、そこがどんなところかも。

「スラムって場所は肥溜めみたいなとこだ。くだらねえ。俺がもうちょっと大きくなったら、まずはスラムを支配する王になる。それでうまく金を稼いで、金が貯まったら街に家を買って、もっとマシな生活を手に入れてやる」

 マリクって名前には、王って意味があるらしい。と少年は付け加えた。

「マリクのいうことはむずかしくてわからないよ……」

 困った顔で力なく笑う少女は、その存在自体が高級な果物のようで。

「だろうな。知らねーままのほうが、いいんだろ。ほら、もう森の出口だ」
「うん。ありがとう、マリク」

 手を離すと、少女は明るい場所に向かって飛んでいってしまう。
 一度だけ振り返った少女の輪郭は光に溶けて。暗い場所からは逆光で眩しく、目を向けられない。

「指輪の借りは必ず返すから! 忘れんなよ!」
 口だけで約束して、少年も自分の進むべき方向へ踏み出した。


***


 時は過ぎ、現在。

「またこの夢か……」

 冷たい壁に囲まれた殺風景な部屋のなか、青年はひとり、狭いソファベッドから天井を見上げる。
 青いソファベッドと、青年の着ている赤いシャツから反射した光が、壁のうえで混ざり合う。

 眠るたびに繰り返すのは、十年前のできごと。
 貴族が慈善事業としてスラムの人々に斡旋している、集団労働に参加したときのこと。
 現場近くの森で出会ったひとりの少女の夢だった。そのときに受け取った指輪の借りを、まだ返せてない。

 青年は今では、労働者を斡旋する側の立場となった。定期的に貴族の住む地域へ出張する。
 そのたびに、後の調べで判明した少女の家の付近まで足を伸ばすが、未だ声をかけるには至らない。

 遠くから見る限り、少女は幸せそうだ。 
 恵まれた貴族の少女に、スラム暮らしの自分の助けが必要になることなんて、これから先あるんだろうか?

 紐を通して首から下げている指輪を弄んでると、ノックも無くドアが開け放たれ、数人の威勢の良い若者が飛び込んできた。

「ボス! そろそろ仕事いきましょうよ!」
「ん、ああ」

 皆青年と同じくらいの歳で、お世辞にも上品だとは言い難い若者達。
 青年は起き上がり、傷だらけのコートを羽織って家を出た。





「オラァ! 金返せ!」

 若者の怒声が響き、テーブルが蹴り飛ばされた。飛距離、数十センチ。
 一緒に飛んだ安酒のボトルが残っていた数滴を吐き出してこぼし、哀愁を謳う。

「ひぃい。乱暴は、乱暴はやめてください」
 トナカイのような鼻をした酔っ払い男は、怖気付いて腰を抜かした。

 先ほどボスと呼ばれたコートの青年が、男に目線を合わせるように屈んで凄む。

「酒呑んでる暇があるなら働けよ。”借りたもんは返す”。それが当たり前だろ? 仕事斡旋してやるからさ。二週間くらい貴族様んとこで汗流して来い。そしたらすぐに返せるだろ? じゃ、来月迎えに来るからな」

 青年は男の返事を待たずにその家をあとにし、次の取り立て先へ。


 この辺りの住人なら誰もが知っていて、恐怖と好奇の視線を送る。そんな金貸し屋のボスがこの青年。

 最初はひとりではじめた事業だった。
 地道な努力が実り、取り立ては厳しいが利息はあまり高くないとジワジワ噂が広がって、スラムでの認知度が上がり、部下も持つようになった。
 だんだんと規模が大きくなり、今では実質この一帯を取り仕切る顔役。

 望む者には誰であれ金を貸し、素直に返さない者には脅しや暴力も惜しまない。どうしても返せないなら仕事を斡旋してその収入から取り立てる。誠実だと言われればそうだ。悪どいと言われてもその通りだ。

 そんな青年のことを、いつの間にか人びとは、ときには感謝、ときには畏怖の念を込めてこう呼ぶようになった。

――スラムの王、マリクと。
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