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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第八話    ☆踊る本能と花束の調べ(1)

***

 舞踏会から数日。

 深夜、再び肉。

 紙を引き裂くかのように、柔らかなスポンジを掴みちぎるように、右手に装備したかぎ爪を使い肉を削ぎ落としていく。

 力は要らない。
 ベッドに横たわる赤い塊に馬乗りになり、そっと爪先をあてる。
 取っ掛かり部分をズブリと埋めたあと、大きく腕ごと引くと、抉れた肉が血しぶきを伴って粉雪のように宙を舞う。飛び散った血しぶきは天井や壁に跳ねて付着し、無作為な模様を描く。


――愉悦。


 自然と表情筋が緩み、クククと声にならない低い笑いがこみ上げてくる。

 まだ温かな肉塊の、腹部だった部分の肉をそぎ落とし、口に詰めて、飲み込んだ。
 次はなかに詰まっているグネグネとした内蔵を勢いよく引きずり出す。どこかの部族がよく食べている、タンパク質が豊富に詰まっているという芋虫のようなそれは、床に落ちてビタンと一度跳ねた。



 満月の光が差し込む王城の一室で、人知れず解体ショーが行われている。

 演者は一人。
 月明かりによってできる影と同じ色の服を着た【何か】。
 踊るように死体から肉と血を撒き散らし静かに笑っている。

 観客は居ない。
 目撃者があったとしたら、その人物は即座に【小道具】にされてしまうだろう。

【何か】にとって、殺戮は快楽だった。
 皮膚を引き剥がし、肉を切り裂き、暖かい血をシャワーのように浴びる。その瞬間、興奮して下半身が熱くなり、血液が一点に集中してドクドクと脈を打つ。

 生きものの生存本能とされる三大欲求【食欲】【睡眠欲】【性欲】。
【何か】にとって、【食欲】は【性欲】であり、イコール【嗜虐欲】でもあった。

 ひとしきり臓物を室内にぶちまけると、空洞になった死体のなかに、最高潮の証の体液が放出される。
 ビクビクと体を震わせ充分な余韻に浸ってから、【何か】は散らかった部屋をあとにした。

*

「ゲツエイ、うまくやったのか」

 毎度のことながら、絞ればバケツ一杯くらいは満たせるのではないかと思うほどに体中を血まみれにしながら戻ってくる【何か】を、【ゲツエイ】と、男は呼んだ。

「誰にも見られなかっただろうな」

 声は出さずニヤニヤと笑ったまま首を縦に振るゲツエイに関心する。
「よくやった。忍者とは上手いこと言ったものだな。忍ぶ者、か」
 頭も体も返り血で濡れそぼっているのに、歩いたところに血痕一滴、足跡ひとつすら残さない。

「お前は本当に使えるよ。俺様はツイてるな。良いものを拾ったもんだ」

 ハハハハと高笑いして、
「もう下がっていい」
 と手を払うジェスチャーをすると、ゲツエイは頷いてどこかへ消えた。

「長かった……。長かったけれど、これでもう邪魔者は居ない。これからは俺様の時代だ。もう我慢して演じる必要は無いんだ。やった、やったぞ」

 明かりを灯していない部屋で、男は一人、笑い続けた。


***


 冬にしては暖かく雲ひとつない清々しい空の下を、花束が歩いてくる。マリクの目にはそう映った。

 仕事として債務者を作業現場に送り届けたあとのこと。

 玄関のドアを叩く勇気がなく、例によってセシル家の周りをひとりウロウロと往復していると、手足の生えた花束が歩いてくるところに遭遇した。
 本数は百を超えるかというほどの大きな花束のせいで、それを運んでいる人物が隠れて花束そのものが進んでいるように見える。まるで妖怪だ。

「なんっだ……ありゃ……」

 どうやって前を見ているのかも怪しい妖怪花束は、聞いたこともないようなヘンテコな鼻歌とともに、しっかりとした足取りで真っ直ぐにセシル家の門の前にたどり着く。

 あまりにも奇っ怪なその姿に一瞬たじろいだものの、目的地がセシル家となれば声をかけないわけにはいかない。

「おいおいおいおい。待て。お前、何者だ?」

 呼び止めると、花束の後ろから黒髪の男がひょっこりと顔を覗かせた。

「え?」
「お前は誰だ。何しにここに来たんだよ。花屋か?」

 自分より少し背の高い男を睨み上げる。スラムなら誰もが恐れおののく仕草だが、男は動じる素振りを見せない。

「僕はねえ、カミィちゃんに返事をもらいにきたんだ」
「返事? 何のだ」

「研究に協力してくれるかどうかの返事」

 研究。
 一体何の研究なのかわからないうえにとても怪しいが、これはある意味でチャンスなのではないか。きっかけを失って膠着していた今の状況を変えられるかもしれない。

 この変な男が何か危ない素振りを見せれば、自分が駆けつけてカミィを助けてやればいい。
 そうすればやっと借りを返せて指輪の約束から解放される。
 もう夢にうなされることも、後ろめたい思いを背負いながら屋敷の周辺を行ったり来たりする必要も無くなるのだ。

 カミィが協力を断るならそれはそれで構わない。
 今までと何ら変わらない日常が続くだけ。どちらに転んでも今より悪い状況にはならないだろう。


「お前、名前は?」
「吾妻ジュンイチ」


 その名を聞いても、すぐにはピンと来なかった。
「どこかで聞いたことある名前だな」と感じ、頭のなかで「あがつまじゅんいち」と反芻して、飲み込み――マリクは口から心臓が飛び出しそうになった。

「吾妻!? セバスチャンさんのところの吾妻か!?」
「そうだよ」

 つい先程、労働者を送り届けてきた作業現場の仕事を提供している貴族の名前が、まさしくその吾妻だった。


 貴族は皆それなりに慈善事業に意欲的だが、そのなかでも吾妻は特に熱心だ。

 学校や教会への寄付はもちろんのこと、定期的に仕事のない者への自立支援も行っていて、マリクもセバスチャンには過去から現在までずいぶんと世話になっている。
 ただし、一方的ではなくきちんと報酬分の働きはこなしているつもりだが。


 セバスチャンが執務を仕切るようになるより前、マリクはスラムで少年窃盗団に属していた。決して褒められたことではないというのは今ならわかるが、そのときはそれが普通だと思っていた。生きるためには仕方がなかった。

 マリクの父親は誰だか分からず、母親も毎日呑み歩いたあげくにのたれ死んだ。

 自分の食い扶持を自分で稼ぐしかない少年達が集まって結成された窃盗団で、幼い頃はずいぶんとこき使われた。
 一所懸命に団のために働いても、分け前をもらえないということもままあった。

 人はより弱いものを利用する汚いいきものだ。それに比べ、金というのは素晴らしい。その価値は誰にも等しい。

 そんな考えが染み付いた頃、「吾妻の領主が、希望する者に仕事を提供するらしい」という情報が入った。どんな仕事かは分からなかったが、少なくともタダ働きでは無いだろう。マリクはこれ幸いと飛びついて、窃盗団を抜けた。

 そういう生い立ちから、基本的にお金以外は信用しないようにしている彼が、少し心を許せるとしている数少ない人物のうちのひとり。それがセバスチャンだった。
 そのセバスチャンと関係のある男が目の前に居る。
 少々変わってはいるが、危険な人物ではないのかもしれない。


「研究ってのは、何の研究だ?」
「これを見て分からない?」

 両手で抱えたものを突き出して言うジュンイチに、
「わかるわけねーだろ」
 かぶりを振って花束を眺める。

 その量にばかり気を取られていたが、よく見ると中身はすべて薔薇の花だった。赤、青、白、ピンク、黒……さまざまな色の薔薇のなかに、蕾なども混じっている。

「きみは少し花言葉を勉強したほうがいいね」
 ジュンイチは花束から、葉っぱを一枚ちぎって手渡してきた。
「薔薇の葉の花言葉は『がんばれ』だ」

「馬鹿にすんじゃねえ!」

 頭に血がのぼり、受け取った葉を投げ捨てる。
「学がなくて悪かったな。結局何の研究なんだよ答えろよ! そんなでけー花束持って、求婚するわけでもあるめえし」

 そこまで言うと、目の前にスッと人差し指が立てられた。
「そう。それだよ、ご名答」
「は? それって?」
「求婚」

 ヘラヘラと笑うジュンイチにつられてマリクの顔にも引きつった笑いが浮かぶ。

「待てよ、研究じゃなかったのかよ」
「研究テーマは、恋だ」


 テーマは、【恋】。


 などと言われて、笑い出さなかっただけでも褒められるべきだと思った。
 固まるマリクの正面で、ジュンイチは薄ら笑いを浮かべて続けている。

「つまり、簡単に言うと、お前はカミィが好きなわけか? それで、結婚してくれって頼みにきたと」
「そういうことだね」

「まわりくどいんだよ!」

 マリクは勢い良く天を仰ぐ。
 しかしすぐに真面目な顔に戻し、正面へ向き直った。

「お前、吾妻ってことは、金持ちか?」
「そうだね。お金はたくさんあるね」
「それならいい。カミィを幸せにしてやると約束しろ。破ったら殺す」

「破るつもりはないけど……でも、どうしてきみに約束しないといけないの?」

 問われて、言葉に詰まる。

 はじめて窃盗以外の仕事をしてきちんと相応の対価が支払われたとき、人を騙さずとも得られるものがあることを知った。
 スラムに溢れる"あたりまえ"は、外の世界ではあたりまえではないと知った。
 ならば、自分はスラムの汚い人間に溶け込まないようにしよう。それが人間であるための防衛線だと思っていた。働きには報酬を。施しには対価を。

 だから、指輪の借りを返さないとポリシーに反する。
 はじめはただそれだけの理由だった。

 しかし、なりゆきながら十年も見守り続けていると、徐々に別の感情も湧いてくる。

 いつしか自分のなかに、カミィの保護者のような、兄になったような気持ちが芽生えてきてしまっていることに、マリクは自分で気付かないふりをしていた。

 借りを返して重荷を捨てれば、心のつっかえが取れて清々する。夢をみることも無くなる。
 今日だってそう思ってここまで来たはずだし、ついさっきまでは本当にそうだったはずだ。

 なのに。

 初対面の人間に痛いところをつかれて、返す言葉に窮した。

「どうだっていいだろそんなこと! とにかくあいつを泣かすんじゃねーぞ」

 ジュンイチの一言で、知らんぷりを決め込んでいた自分の気持ちに強制的に向き合わざるをえなくなる。

 スラムの王とまで呼ばれている自分にこんなにも甘い一面があることを認めたくない。今はまだ直視したくない。ましてや他人に見破られるなどあってはならない。スラムで生きていくには、冷酷でなければならない。情など持ってはならない。


 でももし、もう少しまっとうな生活を手に入れたならば。スラムの生活から抜け出すことができたならば。
 そのときは、声をかけるくらいは許されるのではないだろうか。
 そうすれば、今より穏やかに自分の気持ちを認めることができるのではないだろうか。

「どうでもよくないよ」と言いたげなジュンイチに背を向けて、マリクは複雑な表情を見られないよう、その場から逃げるように歩き去った。
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