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そしてふたりでワルツを 作者:あっきコタロウ(カミユ)

本編

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第八話    ☆踊る本能と花束の調べ(1)

 舞踏会から数日。

 深夜、再び肉。

 王城のひときわ豪華な一室で、秘密の解体ショーが上演中。

 演者はひとり。観客は無し。
 黒い衣装を纏った【何か】は、今夜も月光のスポットライトを浴びて。

 横たわる【小道具】に、そっと爪先をあてる。
 小枝を手折るのと同じ。綿を裂くのと同じ。軽い力で、何の苦もなく。
【何か】は、とっくに動かなくなった【小道具】から柔らかい部分を削ぎ落とし、口に詰めて、飲み込んだ。
 プルプルした長いものを掴んで勢い良く引きずり出すと、生きものみたいにうねうねと踊る。桃色の芋虫にも見えるそれは、食感も芋虫によく似ている、と【何か】は思った。

 ひとしきり【小道具の中身】を撒き散らすと、空になった【小道具箱】に、満足の証の体液を注ぐ。

 ビクビクと体を震わせ充分な余韻に浸ってから、【何か】は【劇場】をあとにした。


*


「ゲツエイ、うまくやったのか」

 毎度のことながら、絞ればバケツ一杯満たせそうなくらい体中を血まみれにして戻ってくる【何か】を、【ゲツエイ】と、男は呼んだ。

「誰にも見られなかっただろうな」

 ゲツエイはニヤニヤと首を縦に振る。

「お前は本当に使えるよ。良いものを拾ったもんだ。もう下がっていい」
 手を払うと、ゲツエイは頷いてどこかへ消えた。

「長かった……。だが、これでもう邪魔者は居ない。これからは俺様の時代だ。もう我慢して演じる必要は無いんだ。やった! やったぞ! ハハハハ」

 闇のなかで、男はひとり、笑い続けた。




***




 冬にしては暖かく雲ひとつない清々しい空の下を、特大の花束が歩いてくる。マリクの目にはそう映った。

 仕事として債務者を作業現場に送り届けたあとのこと。
 例によってセシル邸周辺をウロウロ往復していると、手足の生えた花束が歩いてきたのだ。

「なんっだ……ありゃ……」

 本数は百を超えそうな大きな花束。運ぶ人物がすっぽり隠れて、どうやって前を見ているのかも怪しい。あまりに奇っ怪、まるで妖怪。

 妖怪花束は、聴いたことのないヘンテコな歌を鼻ずさみ(・・・・)、しっかりとした足取りで真っ直ぐにセシル邸の門へ。

「おいおいおいおい。待て。お前、何者だ?」

 こんな怪しい奴を黙って見過ごせるわけがない。

 呼び止めると、花束の後ろから顔を出したのは、本物の妖怪だと言われても納得できそうな不気味な男。やたらとでかくて筋肉質で、気だるげに背中を丸め、目の下には濃いクマ。そのくせ表情はなぜかニヤついている。

 ……こんな怪しい奴を黙って見過ごせるわけがない。

「なに?」
「お前は誰だ。ここに何の用だ。花屋か?」

 スラムなら誰もが恐れおののく威圧声。だが、男に動じる素振りは見えず。

「僕は吾妻ジュンイチ。カミィちゃんに返事をもらいにきたんだ」
「吾妻……」

 その名を聞いても、すぐにはピンと来なかった。

 どこかで聞いたことある名前。
 頭のなかで「あがつまじゅんいち」を反芻して、飲み込み――マリクの口から心臓が飛び出した。

「吾妻!? セバスチャンさんのところの吾妻か!?」
「そうだよ」

 つい先程、債務者を送り届けてきた作業現場。その仕事を提供している貴族の名前が、まさしくその吾妻だった。

「返事ってのは、何の返事だ?」
「研究に協力してくれるよねって返事」
「研究? 何の?」
「見て分からない?」
 ジュンイチは両手で抱えたものを突き出した。

「わかるわけねーだろ」
 マリクはかぶりを振って花束を眺める。

 その量にばかり気を取られていたが、よく見ると束になっている花はすべて薔薇。赤、青、白、ピンク、黒……。ところどころに蕾も混じって。

「きみは少し花言葉を勉強したほうがいいね」
 ジュンイチは花束へ無造作に手を突っ込むと、葉っぱを一枚ちぎって手渡してきた。
「薔薇の葉の花言葉は『がんばれ』だ」

「馬鹿にすんじゃねえ!」
 初対面でずいぶん舐めた真似を。受け取った葉を投げ捨てる。
「学がなくて悪かったな。結局何なんだ答えろよ。そんなでけー花束持って、求婚するわけでもあるめえし」

 と、目の前にスッと人差し指が立てられた。

「そう。それだよ、ご名答」
「は? それって?」
「求婚」
「あぁっ!?」

 何を言っているんだこの男は!

「お前、研究って言ったじゃねーか」
「研究テーマは、恋だ」


 テーマは、【恋】。


 などと言われて、笑い出さなかっただけでも褒められるべきだと思った。
 恋。恋だって? 大のおとなの男が、恋の研究? もしかしてこの男、とんでもないバカか?

「つまり、簡単に言うと、お前はカミィが好きなわけ? それで、結婚してくれって頼みにきたと」
「そういうことだね」

「まわりくどいんだよ!」

 マリクは勢い良く天を仰いだ。
 何をしに来たか尋ねるだけで、えらい時間を食わされた。

「本気かよ」
「もちろん。きみは恋ってしたことある? 恋とは何か。身体的、精神的に異常を来すこの心理状況をどのようにして」
「あーっ! もういい分かった。それ以上寄んな」

 気だるげだった態度が一転、興奮して早口に詰め寄られ、マリクはよくよく理解した。
 目の前の男は本気だ。本気で恋とやらを研究しようとしている。バカみたいな花束も、本人にとっちゃ大真面目なんだろう。

 認めるのは癪だがそれは多分正解だ。花束なんて金にもならない食えもしないもの。けど、きっとカミィは喜ぶであろうもの。

「お前、吾妻ってことは、金持ちか?」
「そうだね。お金はたくさんある」
「それならいい。結婚したら、必ずあいつを幸せにしてやると約束しろ」


「それはそのつもりだけど。でも、なぜきみが約束を迫るの?」

 問われて、詰まる。

 自分ですら見て見ぬふりをしてきた甘さを、見抜かれた気がして。

 認めたくない。直視したくない。ましてや他人に見破られるなどあってはならない。
 スラムで生きていくには、冷酷でなければ。情は捨て去れ。甘さは、命取りになる。

「どうだっていいだろそんなこと! あいつには借りがあるから、そんだけだ」

 言い聞かせて、マリクは、逃げるように歩き去った。
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