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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第ニ話    ☆その男、侯爵

 舞踏会が開かれる城は、国の中心地にそびえ立っている。
 その周りの緑豊かな地には貴族が多く住んでいて、森を挟んで城の丁度裏側には、吾妻あがつまという侯爵の屋敷がある。

 吾妻の当主ジュンイチは、汚れた白衣にヨレたシャツ、目の下には常にクマが浮かび、伸びた黒髪を輪ゴムでしばって、丈の少し短いジーンズを履いている。というおよそ侯爵家の当主であるとは思えない外見の人物で、オフィーリア国軍に所属する研究者だった。


 この日、熱中していた研究が一段落して少々退屈していたジュンイチは、デスクで天井を仰いでいた。
 彼は侯爵家の当主として果たすべき執務を執事のセバスチャンに一任して、もっぱら領土内の駐屯地にある研究施設にこもり、こうして日がな一日大好きな研究に明け暮れている。

「いっそ街で謎の病でも流行してくれれば面白いんだけどなあ」
 とは言っても、そうそうそんなことが起きるはずもなく。

「便利屋のディエゴくんに頼んで、人体実験させてもらおうかなあ」
 などと物騒なことを呟いて何の気なしに白衣のポケットに手を突っ込むと、きらびやかな装飾の施された封書が一通くしゃくしゃになって出てきたではないか。

「そういえば何か届いていたんだっけ……」

 受け取ったときは研究がノッていたから、適当にポケットに突っ込んだんだった。
 というのを思い出し改めて封書を見てみると、それは舞踏会への招待状だった。

「あんまり気分がノらないな」
 断ってしまおうとペンを取ったが、ふと気まぐれを起こして考えなおす。

 大規模な舞踏会なら行ってみてもいいかもしれない。どの程度の爵位まで招待されてるんだろうか……?

 同じ駐屯地に勤務する士官学校時代の同級生が爵位を持っていたのを思い出し、一度手に取ったペンを戻して立ち上がる。思い立ったが吉日。
 ジュンイチは研究室から踏み出した。

「まぶしいな」

 長い廊下の窓から差し込む光に思わず目を細める。太陽光に当たるのは一週間ぶりくらいだろうか。

「あっ、吾妻大佐!?」
 手で影をつくって歩いていると、すれ違いざまに驚きの声が届いた。それと、まるで珍獣を見るような珍しさと恐れを含んだ視線。人々が自分に向けてくるのは、だいたいこの視線だ。

「ちょうどいいや。きみ、ファウストくんの居場所知ってる?」

 兵士から、たずね人の居場所を聞き出したジュンイチは、少し遠いその場所までの散歩を楽しむことにして、またのんびりと歩き出す。

 しばらくして目的地につくと、すぐに目当ての人物を発見できた。
 同じ場所で勤務していても兵科が違う為、探しでもしない限りあまり会うことが無い元同級生。今回顔を合わせるのも実に半年以上ぶり。……なのだが、かしこまった挨拶は面倒くさい。「いつもの感じ」で気軽に声をかける。

「やあ、ファウストくん。きみのところにもこれ届いた?」

 武器の点検作業をしていたらしきファウストはビクリと身を震わせて振り返った。彼にしっかり見えるようにくしゃくしゃになった招待状を目の前で泳がせる。

「招待状ですか。届きました。用件はそれだけですか。では私は仕事がありますので、大佐も自身の研究室へお戻りください」

 ジュンイチが話しかけるとファウストはいつも身構えて距離を取ろうとする。

「冷たいなあ」
「大佐がいつも厄介事を運んでくるからです。自業自得ですよ。私は学生時代の【ネズミ事件】をまだ忘れていませんからね」


*


 ファウストが十八歳で士官学校に入学したとき、同期のジュンイチはまだ十七歳だった。
 所謂「飛び入学」という物で、しかも入学試験を首席で合格。さらには王家に次いで高い地位が与えられている侯爵家の人間ということも相まって、少々有名人のような扱いを受けていた。

 だが当時から研究一辺倒だったジュンイチは友人をつくろうという素振りを見せず、それどころかクラスメイトの名前すらろくに覚える気が無いようだった。

 そんな彼から、ある日ファウストは声をかけられた。

「きみ、ちょっといい?」
「はい。何か御用でしょうか?」

 少し緊張して答える。ジュンイチが自ら他人に話しかけるのは珍しい。周囲の生徒たちも密かにこちらを注目している。

「ちょっと実験に付き合ってもらえないかな? 生物の皮膚組織にのみ作用する酸性の液体をつくってみたんだ。動物にはもう試したんだけど、人間にも通用するのかみてみたい」
「それは、つまり、どういう……?」

 早口に説明され、状況が理解できないファウストに、
「つまりこういうことなんだけど」
 と言ってジュンイチが鞄から取り出して見せたのは、ガラスケースに入れられた一匹のネズミだった。

 充分な広さのケースのなかを、チューチューと可愛らしく鳴きながら走る小さなネズミ。ただひとつだけ普通のネズミと違うところは、そのネズミの左半身には皮膚が無かった。
 人体模型のように、ドクドクと脈打つ血管と筋組織を外気にさらしながらも元気に動いている。
 ふたりのまわりにいた全員がケースの生きものに釘付けになり、一瞬でその場が凍りついた。

「ヒッ……!」

 一体これは何なのか、理解が追いつかないけれど、何かおぞましいものだと感じる。ファウストは小さく悲鳴をあげて尻もちをついた。
 まわりの生徒達もジリジリとあとずさり、距離を取りはじめる。

「ちょっと皮膚を溶かすだけだよ。死ぬわけじゃないし、いいでしょ? なんなら、別の誰かでも構わないんだけど」

 まるで悪びれる様子もなく、本当に、「それだけだから」という面持ちで、ジュンイチはあたりをぐるっと見回した。ニヤリとした表情が不気味さを増大させ、ファウストの目には彼が悪魔のように映った。

 誰かが、
「わあああああ」
 と叫んで走り出したのを皮切りに、蜘蛛の子を散らすように周囲の全員が逃げ出した。

 その場には、腰が抜けて立ち上がれないファウストと、異形のネズミを手にニヤニヤと笑う悪魔だけが残る。
 獲物を求めて悪魔が笑いながらにじり寄ってくる。

「よ、寄るなっ! 寄るなよ! 頭のおかしい奴め! そんなわけのわからない実験に付き合えるわけないだろう!」

 ファウストはもう無我夢中で喚き散らし、涙を流して慌てふためいた。
 その姿を見てジュンイチは失望の表情をあらわにし、一つため息をついて、その場をあとにした。



 その一件以来、手のひらを返したようにジュンイチの周りには誰も寄り付かなくなった。少し前まで有名人として皆がちやほやしていたのに、あっというまに、視線が合えばビクビクと怯えて誰もが目を逸らし、話しかけられようものなら悲鳴と共に逃げ出す、という状況が完成した。

 そうして孤立したジュンイチは、結局卒業までひとりの友人もつくらないまま、授業以外は部屋に引きこもったり、フィールドワークしたりして、好きな研究に明け暮れて毎日を過ごしていた。

 卒業後も場所が軍の施設に移っただけで、特に変わらない毎日を送っているようである。
 むしろ自分勝手さに磨きをかけたようにも思える。
 侯爵の地位と資産を生かし自分専用の研究室を作り、毎日昼夜問わず好き勝手に何かしらの研究に没頭している。

 変人だが天才。
 その頭脳による軍への貢献具合は多大だが、誰もが「出来れば関わりたくない人物」として名前を上げる。

 そんな評価を下されているジュンイチが、ファウストの目の前で、くしゃくしゃになった招待状をヒラヒラと泳がせている。

「僕も行こうかな」
「私に決定権はありません。どうぞお好きになさってください」

 いい加減仕事に戻りたい。
 ファウストが背をむけると、ジュンイチは「ちぇー」とひとつ漏らしたあと、来た道を戻ったようだった。
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