挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

4/45

第三話   第一楽章:ちくはぐなシンフォニー(1)

 それぞれが心待ちにした舞踏会、その当日。

 玲瓏れいろうたる金細工が四面の壁や柱に施され、空間自体がまるでひとつの芸術品のように美しく彩られたホール。天井からぶら下がった華美なシャンデリアが室内を明るく彩り、集まった人びとの影を形作る。

 壁際にズラリと並べられたテーブルには、ビュッフェ形式で色彩豊かな料理が並ぶ。ワイン、ビール、果実を絞ったジュースといった飲みものも用意され、各種を切らさないように給仕達が目を光らせている。

 ゲストは銘々に楽団の音楽に合わせて踊ったり、テーブルの上の料理を食べたり飲んだりしながら雑談に花を咲かせていた。


 ジュンイチが会場へ到着して周囲を観察すると、少人数のグループとなって談笑しているファウストを発見。
 集っているのは軍の関係者だろう。数人の男と、その妻らしき女。それと、ひときわ小さくて若い女。女というよりはまだ少女と形容したほうが正しいような、幼さの残る風貌。
 距離を詰めると、「お兄様、お姉様、お久しぶりです」という言葉が耳に入る。

「あれ? ファウストくんって妹が居たの?」
 先日同様に背後から質問を投げると、ファウストも同様にビクリと身体を震わせて振り返った。直後、目を見開いて、後ずさり。
「これは妻の妹です。そして失礼。私はお手洗いへ」
 かすれた声で一言放って身を翻し、いつも以上に素早い退散。

 その場で歓談していた他の人間達も、ジュンイチの方へ顔を向けた瞬間、ひとりはマスクの奥で眉をひそめ、また別のひとりは首を横に振って、足早に散ってゆく。

 その場に残ったのは、ファウストの義妹だという少女のみ。

「あの、そのマスクは大変珍しいですね。夜会用のマスクをお持ちでないのですか?」
「無いよ。マスクなんて顔が隠れればどれでも一緒でしょ? 夜会マスクもガスマスクもかわらないよね」

 意図的に残ったらしい少女は、ジュンイチが装備しているガスマスクを、煌めき潤む桃色の瞳で凝視している。

 そのとき、場内の喧騒に混じり、向き合うふたりのあいだに飛び込んだのは、彼の姿を揶揄する響き。

「まったく、あれはどちらのお方だろうね? あんな格好で来て、恥というものを知らないのだろうか?」
「ホホホ、およしなさいよ。きっとマスクをあつらえるお金も無い貧乏なお方なのよ」
「それにしてもあのデザインは気持ちが悪いわ。不気味ね」

 ある程度の距離を保って同様の内容をひそひそと囁く人が、他にもちらほらと見受けられる。

 少女も状況に気づいたようで、
「気にしないほうがいいですよ。珍しいものって、仲間はずれにされやすいんです。でもその格好では少し困ると思います。今日はこちらをお使いになって」
 小さく一歩前へ歩み出ると、自らが着けていた空色のマスクを外し、差し出してきた。

 ジュンイチにとって貴族達のあざけりは取るに足らない、小さな虫の羽音と同義。
 けれど、頑なに拒否する理由も無い。

「くれるの? ありがとう」

 軽い気持ちで受け取って、その場で着けかえる。サイズが小さくやや窮屈だが、装着感は悪くない。

「なるほど。良いものだね。涼しい」
「お似合いですよ。金色の瞳が、空に浮かぶ太陽みたい」

 透くような空色のマスクを着用したジュンイチに向け、少女は頬を紅潮させて微笑んだ。
 自分の鈍い金色の瞳を、「鳥のようだ」と考察したことはあれど、太陽とは。自分には無かった面白い発想をする少女に、興味を煽られる。

 あらためて刮目してみると、鈴のような軽やかな声。新雪のように白くて細やかな肌。桜色の頬にかかる、空気に溶け込みそうな淡い色合いの、柔らかそうな髪。力を入れると簡単に折れそうな華奢な体。
 客観的に判断して「容姿端麗」と名状して差し支えない姿。

 そんな少女が目と鼻の先から笑顔で見上げてくるという事実に、疑問が浮かぶ。

――この少女の目的は何だろうか?

 貴族にありがちな媚びや擦り寄りが脳裏によぎる。しかし今夜は仮面舞踏会。素性を隠した社交の場。自分が吾妻の当主であると、参加者のほとんどは知らないはずだ。この少女もしかり。
 仮にファウストから情報を得ていたとしても、この場で最も擦り寄るべきなのは自分ではなく王子であるはず。なにせ今日の主催は王子。会場内で一番地位が高いのは彼である。
 この少女の外見ならば、王子にも気に入られる可能性は非常に高いと推測可能。
 あえて自分に取り入ろうとするメリットが見当たらない。


「きみはどうしてここに居るの?」
「王子様から招待状をいただいたからですよ」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……質問をかえよう。どうしてさっきからずっと僕を見つめているの? マスクをくれたのはなぜ?」

 尋ねると、少女はきょとんと、
「さあ? どうしてでしょうか?」
 首をかしげた。

「えっ」

 これにはジュンイチも意表をつかれた。こんなにふわふわとして要領を得ない問答はかつて経験が無い。自分の行動の原理が不明などということがあり得るか?

 常に研究という理論と結果の真理のなかで生きてきた。物事には必ず何かしらの因果関係があるはずだ。なのに今、その因果がまるで見えない。この少女ほど空想的で予測不能な人間は未知なるもの。

 新鮮な謎に直面し、困惑は探究心に変化を遂げ、興奮でからだが火照る。

「しいて言うなら」
 頭を傾けたまま、少女が口をひらく。

「うん、なに?」
 その場に紙とペンが無いのが悔やまれる。すぐにでも回答をレポートにまとめたいのに。

「私、最初はあなたのマスクが珍しくて声をかけたんです」

 そう言われてジュンイチは、眉をさげてガスマスクを望む少女と、手に持つそれに交互に視線をうつした。

 こんなものいくらでも手にはいる。まったくもって惜しくない。
 それになにより、これを与えると一体どんな反応を見せるのか?

「あげるよ」
「まあ、いただけるなんて! 嬉しい!」

 手渡すと、少女は受け取ったマスクを掲げ片足立ちで一回転。全身で歓喜を表現したのち抱きしめた。

 ガスマスクを渡してこんなリアクションをされたのもはじめての体験。

「着け方がわかりませんので、教えてくださる?」
「いいよ」
 彼女の腕のなかからもう一度マスクを手に取って、後ろにまわり、
「少し大きいみたいだから、きつくしておこうね。それと外すときは……」
 注意点なども説明してやりながらベルトを閉めてやる。

 ジュンイチが、「身長は僕の胸元くらいまでしかないんだな」とか、「首の後にほくろがひとつある」とか、「近づくと微かに薔薇のような香りがする」とか、無意識に細かく検分してしまっている自分に気付いたのは、ベルトを閉め終わって、マスクを着けた少女が振り向いたときだった。

 少女の一挙一動が気になりはじめている。もはや突飛な行動を繰り返す部分だけではない。言葉遣いにも、見た目にも、節々に幼さが残る少女の全てが魅力的に見える。

 それを自覚すると、急に心臓が早鐘を打つ。
 胸が苦しく、足がフラつき、体が熱い。急に風邪でもひいたかのように息苦しく、喉が乾く。それでいてなんだか心地良いような、うまれてはじめての感覚。

「似合いますか?」
「うん……すごく……面白いよ」

 生返事をして、自分の体と心に起こっている変化について考えを巡らせる。

 しかし目の前で、
「すごいです! ここが、こう、取れるんですね!」
 と口元の吸収缶部分をパカパカと付け外しして無邪気に遊ぶ姿が視界にはいると、考えがうまくまとまらない。

 これまでの人生においては、周りがどんなに煩かろうが、邪魔が入ろうが、思考を中断されることなど一度も無かった。
 没頭してしまえば他のことは気にならなくなり、研究のみに全てを注ぐことができた。
 なのになぜか、この少女を前にするとそれができなくなってしまう。

 このような心理現象は以前本で読んだことがある。
 これはもしかして――。

 辿り着いた結論が正しいのか確かめようと言葉を紡ごうとしたとき、不意に轟いたのは何かが割れたらしき派手な音。食器か、ガラスか、遠くから。

「何かしら? 見に行ってきます。マスクをありがとうございます。大切にします」

 それだけ言い残すと、少女は返事を待つこと無く背を向け、パタパタと人の波へと消えていく。

 引き止める隙すら与えられなかったジュンイチは、近くにあったテーブルからワインの入ったグラスを手に取り、中身を一気に飲み干した。
 乾きは、増すばかり。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ