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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第三話   第一楽章:ちくはぐなシンフォニー(1)

 それぞれが心待ちにした舞踏会、その当日。

 細かな金細工が四面の壁や柱に施され、部屋自体がまるでひとつの芸術品のように美しく彩られたホール。天井からぶら下がった華美なシャンデリアが室内を明るく照らし、集まった人びとの影を形作る。

 壁際にズラリと並べられたテーブルにはビュッフェ形式で肉や野菜、スープなどの美味しそうな料理が並ぶ。ワイン、発泡酒、果実を絞ったジュースといった飲みものも用意され、各種を切らさないように給仕達が目を光らせている。

 ゲストは銘々に楽団の音楽に合わせて踊ったり、テーブルの上の料理を食べたり飲んだりしながら雑談に花を咲かせていた。

 ジュンイチが会場へ到着してあたりを見まわすと、少人数のグループとなって話をしているファウストを発見した。
 一緒に居るのも軍の関係者だろう。数人の男と妻らしき女、それと、なんだか小さくて若い女。女というよりはまだ少女と呼んだほうが正しいような、幼さの残る出で立ちをしている。
 近づくと、「お兄様、お姉様、お久しぶりです」という声が聞こえてきた。

「あれ? ファウストくんって妹が居たの?」
 背後から声をかけるち、ファウストはいつものようにビクリと身体を震わせて振り返り、硬直した。
「妻の妹です。そして失礼。お手洗いへ」
 と一言残し、逃げるように去ってしまう。

 その場で歓談していた軍の人間達も、ジュンイチの方を向いた瞬間、ひとりは呆気にとられたような、また別のひとりは途方に暮れたような、銘々の表情を浮かべて足早に散ってしまった。

「ありゃ。みんなどっか行っちゃった」

 その場に残ったのは、ファウストの義妹だという少女がひとり。

「あの、そのマスクは大変珍しいですね。夜会用のマスクをお持ちでないのですか?」
「マスクなんて顔が隠れればどれでも一緒でしょ? 夜会マスクもガスマスクも変わらないよね」

 逃げ遅れたのではなく意図的に残ったらしい少女は、ジュンイチのガスマスクに興味津々といった感じで話しかけてきた。星が散るようなキラキラとした瞳を真っ直ぐに向けてくる。

 そのとき、周囲の喧騒のなかから、
「まったく、あれはどちらのお方だろうね? あんな格好で来て、恥というものを知らないのだろうか?」
「ホホホ、およしなさいよ。きっとマスクを誂えるお金も無いような貧乏なお方なのよ」
 と、ジュンイチの姿を揶揄するような声が届いた。

 素顔を隠しているため、大胆になっているのだろう。わざと聞こえるように言っているらしい。
 周りに意識を向けると、ある程度の距離を保って、ふたりへ好奇の視線を送りながらひそひそ話をしている人が他にもちらほらと見受けられた。

 少女も状況に気がついたのか、中傷の声からジュンイチを庇うように、
「気にしないほうがよろしいですよ。革新的なものはいつの世もはじめは受け入れられ難いのです。でもその格好では少し困ると思います。今日はこちらをお使いになって」
 と着けていた空色のマスクを外して差し出してきた。

 ジュンイチにとって貴族達のあざけりは取るに足らない、小さな虫の羽音のようなものだった。
 けれど、場内は人びとの熱気で想像以上に暖かく、顔全面を覆うガスマスクは少し暑い。

「くれるの? ありがとう」

 軽い気持ちで目の前に出されたマスクを小さな手から受け取って、その場でガスマスクを外す。
 代わりに装着したマスクは女性用でやや窮屈だったが、露出が増えて目論見通り涼しくなった。

「なるほど、良いものだね」
「お似合いですよ。金色の瞳が、空に浮かぶ太陽みたい」

 透くような空色のマスクを着けたジュンイチに向かって、少女は満足気に微笑んだ。
 自分の金色の瞳を、「鳥みたいだな」と思ったことはあるが、太陽とは。その発想はなかった。面白いことを言う少女をジュンイチはもう一度よく観察した。

 鈴のような軽やかな声、水晶のように透き通った瞳と新雪のように白くて細やかな肌。桜色の頬にかかる、空気に溶け込むように淡い色合いの柔らかそうな髪、力を入れると折れてしまいそうな華奢な体。
 どこへ出しても愛されるであろう姿で人懐こくただニコニコと見つめてくる姿に、疑問が浮かぶ。

――この少女の目的は何だろうか?

 貴族にありがちな媚びや擦り寄りが脳裏によぎる。しかしまだ名乗っていない自分を、吾妻の当主であるとこの少女が知っている可能性は低い。
 仮にファウストから何か聞いていたとしても、この場で最も擦り寄るべきなのは自分ではなく王子であるはずだ。なにせ今日は王子が主催の舞踏会なのだから。

 他人の容姿にはあまり興味が無い自分ですら「愛らしく好ましい」と感じるこの外見ならば、客観的に見て、王子にも気に入られる可能性は非常に高いだろう。
 わざわざ自分に取り入ろうとするメリットが見当たらない。頭が悪いのだろうか?

「きみはどうしてここに居るの?」
「王子様から招待状をいただいたからですよ」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……質問を変えよう。どうしてさっきから僕を見つめているの?」

 尋ねられて少女はキョトンとした顔になり、
「さあ? どうしてでしょうか?」
 首をかしげた。

「えっ」

 質問の答えが返ってこないどころかそのまま悩みはじめた少女に困惑する。こんなにふわふわとして要領を得ない問答ははじめてだ。自分の行動の原理が分からないなどということがあり得るか? 何を考えて生きているのだ?

 常に研究という理論と結果の真理のなかで生きてきた彼にとって、この少女ほど空想的な人間は未知なるものだった。
 困惑は探究心に変わり、外気に触れて熱の冷めた顔が、興奮でまた少し火照るような感覚がする。

「しいて言うなら」
「うん、どうしたの?」

 その場に紙とペンが無いのが悔やまれる。すぐにでも回答をレポートにまとめたいのに。

「私、最初はあなたのマスクが珍しくてお声掛けしたのです。周りの人の評判はあまりよろしくないようですけれど……」

 そう言われてジュンイチは、残念そうにマスクを見る少女と、手に持っているそれに交互に視線をうつす。ずっと持ったままいるのも邪魔であったし、珍しいものでも無いので惜しくない。

「じゃあこれ……貰ったマスクのお礼にあげるよ」 
「まあ、いただけるなんて! 嬉しい!」

 残念そうだった少女の表情は打って変わってパッと明るくなり、受け取ったマスクを大事そうに抱きしめて喜んだ。

「着け方がわかりませんので、教えてくださる?」
「着けてあげるよ」

 その腕のなかからもう一度マスクを手に取って、後ろにまわり、
「少し大きいみたいだから、きつくしておこうね。それと外すときは……」
 など注意点なども説明してやりながらベルトを閉めてやる。

 ジュンイチが、「身長は僕の胸元くらいまでしかないんだな」とか、「首の後にほくろがひとつある」とか、「近づくと微かに薔薇のような香りがする」とか、無意識に細かく観察してしまっている自分に気付いたのは、ベルトを閉め終わって、マスクを着けた少女が振り向いたときだった。

 言葉遣いも、行動も、その節々に幼さの残るこの少女の、一挙一動が気になりはじめている。

 それを自覚して、心臓が早鐘を打つ。
 胸が苦しく、足がフラつき、体が熱い。急に風邪でもひいたかのように息苦しく、喉が乾く。それでいてなんだか心地良いような、うまれてはじめての感覚。

「似合いますか?」
「うん……すごく……面白いよ」

 生返事をして、彼は自分の体と心に起こっている変化について考えを巡らせる。

 しかし目の前で、
「すごいです! ここが、こう、取れるんですね!」
 と口元の吸収缶部分をパカパカといじって無邪気に遊ぶ姿が気になって、考えがうまくまとまらない。

 今までであれば、周りがどんなに煩かろうと、邪魔が入ろうと、思考を中断されることなど一度も無かった。
 没頭してしまえば他のことは気にならなくなり、研究のみに全てを注ぐことができた。
 なのになぜか、この少女を前にするとそれができなくなってしまう。

 このような心理現象は以前本で読んだことがある。
 これはもしかして――

 思い浮かんだ結論が正しいのか確かめようと言葉を紡ごうとしたとき、「ガシャーン! バリーン!」と何かの割れるような音が場内に派手に響いた。

「あら? 何かしら? ちょっと失礼。マスクをありがとうございます。大切にします」

 それだけ言い残すと、少女は返事を待つこと無く背を向けて、音のしたほうへパタパタと走り去ってしまった。

 引き止める隙を与えられなかったジュンイチはその場で遠ざかる背中を見送りながら、近くにあったテーブルからワインの入ったグラスを手に取り、中身を一気に飲み干した。
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