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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第二三話  第四楽章:幸せへ続くマーチ

「運命の女神ラシアスよ、我らを導きたまえ……!」
 これは誰の祈りだったか。

*

「武力でどうにかする前にもう一度話合いを」

 それは誰もが考えたことだった。武器を持つのは最終手段にしたいと。
 しかし、再三の謁見の申し入れは軽くあしらわれ、どんな理由をつけて嘆願しても門前払いをくわされた。

「王に話し合う意思は無い」

 説得を諦めた人びとは、ついに武器を手に取った。



 決行の日。武装した一般市民もとい反乱兵は、ひとまず城を取り囲む森の一角に集められていた。
 そこでいくつかのグループに分けられ、集団行動を心がけるように呼びかけられている。

 呼びかけているのは教会の神父達だ。
 先導をきって反乱のメンバーを集めたものの、本来なら人びとの命を危険に晒すような真似をしたくはないようだった。

「皆さん、あまり興奮されませんよう。城を制圧することよりも、まずは自分の体、命を大切にすることを念頭に置いてください。チームのメンバーでお互いに守りあってください」

 城の警備兵に見つからないように、静かに注意喚起している。

 そこから少し離れたところで、息を潜めて耳をそばだてている人物がひとり。
 マリクだ。
 木陰に隠れて一団の様子をうかがっている。

 できれば彼らが突入して大事になる前にこっそりと忍び込み、カミィを無理やりにでも救出してしまいたい。
 そう考えて、行動にうつすタイミングをはかっていた。

 武器は一応、腰の後ろに挟んで鉄パイプを一本装備してきたが、相手が銃では心もとない。気休め程度だ。

 反乱兵の会話は途切れ途切れにしか聞こえないが、どうやらもう少し準備に時間がかかりそうに見える。
 今ならまだ間に合う、とその場の雰囲気から判断を下す。
 そうと決まればすぐにでも潜入しなければ。
 そこから離れようと一歩下がると、背中に何かがぶつかった。

「おっと」

 真後ろに木でも生えていただろうかと振り向いて、マリクは固まった。
「お、おま、なんでここに」

 しー。と人差し指を唇にあてるジュンイチが、そこに立っていた。

「僕のお姫様をさらいに」
 たいへんロマンチックな台詞だったが、対面している相手が男ではにべもない。

「遅いんだよ……」
 つっけんどんに返事をしてしまうが、それでも追い返そうとは思わなかった。

「あいつらがドンパチやりはじめたら面倒だ。先に忍び込んでさらっちまおう」
 あいつら、と反乱軍のほうを指す。彼らも整列をはじめている。

「急がないとヤバイ。カミィの居る部屋は俺が知ってる。ついて来い」

 以前忍び込むときに、城の間取りは頭に叩き込んだ。迷うこと無くたどり着けるはずだ。
 マリクはジュンイチの返事を待たずに走り出した。
 まっすぐに城の裏手、中庭のあるほうへ向かう。ジュンイチも黙ってそのあとに続く。

 森を抜け、生け垣の陰に隠れながら進むふたりが中庭の入り口に差し掛かった頃。

「突撃ー!」
 という声が聞こえ、大勢の足音とくぐもったうなり声、続いて発砲音が正門の方向から響きはじめた。

「はじまったか……!」
 マリクはジュンイチに目で合図し、歩調をはやめた。

*

「何だ? 騒がしいな」

 執務室で仕事をこなしていたトーマスがひとりごとを漏らしたのと、大慌てで大臣が駆け込んできたのはほぼ同時だった。
 大臣の顔色は真っ青だ。
 丸々としていた頃の面影はもはや無く、ゲッソリとやつれている。
 ビー玉のように真ん丸な目だけが、顔の中央でギラギラと光っていた。

「王! 大変です! 数百とみらられる数の民が武装して庭園に!」
「はぁ!?」

 奇声ともとれるような驚愕の声を発して、トーマスは立ち上がった。

「状況は? 兵は何をしている?」

 たずねながら、デスクの引き出しにしまわれていた銃を取り出す。
 神父を殺したあの拳銃だ。

「正門の見張りは不意打ちでやられたようです。銃声をききつけた中庭の兵が正面の庭園へ急行。現在大多数はそこで応戦中です。しかしながら敵の数が多いようで苦戦を強いられている様子。突破されて城内へなだれ込まれるのも時間の問題かと」

 こういうときにこそと、一段と丁寧に銃の解体、点検をこなしながら聞いていたトーマスは、劣勢の知らせに舌打ちをした。

「このためでは無かったのだが仕方ない……武器庫の奥のドアを開け。そこに最新式の自動小銃が二百丁ある。それでなんとかしろ」

 別の引き出しから鈍色に光る鍵を取り出し、大臣に投げてよこす。

「俺様は念のため奥へ避難する。鎮圧が済んだら呼べよ」
 点検が終わった銃をふところにおさめ、ドアへ向かう。

 すれ違いざまに大臣から、
「最新式の銃など一体何のために用意しておられたので……」
 と声をかけられたが、トーマスはそれを一瞥しただけだった。

「豚どもめ……」

 いずれ隣国へ攻め入るつもりで密かに輸入していた銃器がこんなところで役立つとは。と考えながら、しかし内心では思い通りに動かない国民への怒りを爆発させて、城の最奥の部屋へ向かう。

 途中、自室に戻ってゲツエイと少し話をしておくべきか?

 正門から遠のけばまだ静かな城内では、外で暴動が起こっているという事実も白昼夢に感じられた。

*

 昼食のあと、ウトウトとベッドでまどろんでいたカミィは、突然響いたガラスの割れる音で飛び起きた。

「きゃあ!」

 見れば窓ガラスが割られて何者かが侵入してきている最中だった。

「こ、ここには何もありませんよ!」

 普段こんな大きな音や声がすればすぐに来るはずの見張りも、今に限って気づいた気配がない。
 それもそのはず、この部屋の見張り兵も大臣に呼ばれ外の鎮圧に向かっているからだが、怯える少女はそんなこと知るよしもない。

 ぎゅっと目をつぶって身体を丸め、頭まで布団にくるまる。

「ここには何もないんです、本当です!」

 助けが来るのを期待して、壊れたおもちゃのように繰り返すだけ。

「落ち着いて」

 少し笑いを含んだ声がして、ゆっくりと布団が剥ぎ取られる。
 聞いたことのある声に顔を上げると、そこには、夢にまで見た人物の姿があった。

「え……吾妻様……夢……?」

 ベッドに座り込んで、焦点の合わない目で見つめながらぼんやりと呟くと、
「夢だったら良かった?」
 と優しくて意地悪な返事がくる。

 こんなやりとりも随分と久しぶりだ。
 たった一言交わしただけで、心臓がドキドキと激しく脈打ち、体温が急激に上がる気がする。
 やっぱりわたしは吾妻様が好きなんだわ。と、脳内で再確認する。

 それはジュンイチのほうでも同じなようで、この少女の反応はやはり新鮮で面白いものだ。という様子で、一挙一動見逃すまいと瞬きすら惜しんでじっと見つめている。

「夢でも幻でもなんでもいい。とにかく今は急いでここから逃げるぞ」

 ほわほわと自分達の世界に入り込んでいるふたりの横から、もうひとりの侵入者の急かす声がした。
 普段の彼であったなら、
「イチャつくのはあとでもできる。誰も見てないところで、好きなだけやりやがれ」
 と文句のひとつも垂れていただろうが、さすがの緊急事態にそんな余裕は無いらしい。
 とにかくはやく、と手で合図する。

「あ、マリク……逃げる?」

 現実に引き戻されて、
「逃げるのはダメ。ダメだよ」
 言葉の意味を理解したカミィは拒否した。

「そんなこと言ってられる状況じゃなくなったんだよ! ここは危険だ! 暴動が起きてる! もうすぐここにも反乱軍が来るぞ!」

 マリクは大股でベッドサイドまで歩き、そこに立つジュンイチを押しのけて、イヤイヤと首を振る少女の腕を掴んだ。
 今回は引きずってでも連れ出す覚悟だ。
 引っ張られてベッドから落ちたカミィは、床に膝をついて抵抗の意思を見せる。

「乱暴はやめて!」
「じゃあ僕が抱きかかえてあげようか」
「えっ……」

 冗談のようで、その実、大真面目なジュンイチの申し出に頬を赤らめる。

「そ、それは少し……いえ、とても魅力的な提案ですけれども」
「またお前らはそうやってすぐ自分の世界に……」

 などと緊迫した状況に似つかわしくないやりとりをしていると、何の前触れもなく外側から部屋のドアが開かれた。
 三人の注意は一斉にそちらへ向かう。六つの瞳の視線を受けて声を上げたのは、トーマスだ。

「何だお前達! ここで何をしている! 何者だ!」
「やべっ見つかった、カミィはやく!」
「待てっ、何のつもりだ!」

 すぐに事態を把握して、マリクは再びカミィの腕を引く。それを引きとめようとしたトーマスを、さらに引き止めたのは廊下からの声だった。

「見つけたぞ、王!」

 混戦する正門、庭園を抜けて城へ入った反乱兵が、ここまでたどり着いたのだ。

 少数精鋭で来たらしく、たったの五人だったが、その数が逆に自信をあらわしているように思える。
 国軍を抜けて反乱軍に加わった人かもしれない。
 防具こそ無くただの布製のつなぎ服を着ていたが、銃器の構え方には手慣れた印象を受ける。

「王、あなたを捕縛する。覚悟!」

 ひとりの反乱兵がトーマスへ近づくと同時に、
「ゲツエイ!」
 叫んで、トーマスは部屋のなかへ駆け込んだ。

 カミィ達の居るベッドのそばを横切り、さらに奥へ。
 あとを追おうと兵が廊下から数歩入室した瞬間。

 黒い風が空を切った。


――天井から何かが落ちてきた。


 部屋にいる人びとが認識したとき、すでに反乱兵のひとりが肉塊へと変わり果てていた。

 鋭利な刃物で脳天から胴体を真っ二つにされた肉塊は、おびただしい量の鮮血を噴出しながら左右に割れる。
 ピタリと合わせればまたくっついて動きだすのではないかと思うほど、断面は真っ直ぐで芸術的に美しかった。
 床に崩れた衝撃でその断面から脳漿、内蔵、骨の欠片が飛び散り、ビチっと粘度の高そうな水音を立てる。

 そこにいる全員が、その光景をスローモーションのように感じ見た。
 両隣に立っていた兵は反射的に割れた肉塊を避けてあとずさる。

 無意識に皆が壁際まで下がり、輪のようにポカリと開いた部屋の真ん中に、ひとりの人物が降り立った。

 誰も声を出せない。息もできない。一ミリでも動けば次にやられるのは自分だ、という錯覚に陥って、その黒い人物を凝視している。

 ひとりトーマスだけが余裕の表情を浮かべていた。

「いいぞ、ゲツエイ、殺せ! ここにいる奴ら全員殺せ!」

 ゲツエイはゆっくりと振り返り、ニタっと笑う。
 右手にはかぎ爪、左手には小太刀が握られている。


 恐慌状態から一足先に持ち直した反乱兵が銃を構え直して叫ぶ。
「に、人数ではこっちのほうがう――」

 叫び終わる前に首が飛んだ。

 ポーンとゴムボールのように真上に跳ね上がる首。
 勢いあまってベチャっと天井にぶち当たり、切断面が衝撃で一瞬貼り付いて、それから重力にしたがい真っ赤な糸を引きながら落ちる。それはもう一度同じような音をたてて、フローリングとキスをした。
 地上に残った身体が倒れてドクドクと床に温かい染みをつくる。

 ふたつの死体から溢れる血が混ざり合い、深い沼が広がっていく。

 そしてその沼に沈むものがもうひとつ、間髪いれずにでき上がる。
 足首、膝、ふともも、腰、と下から順番にだるま落としのように輪切りにされた塊が、ず、ず、ず、とずれて崩れ落ちていく。

 あまりに非現実な光景から誰ひとり目が離せず、呆気にとられてただ見つめることしかできない。
 あっという間に、三つの遺体の混ぜあわせが完成。

 そんななか、マリクの手を振り払い、突如カミィがトーマスのもとへ走った。

「もうやめて! お願いトーマス様、あの人を止めて! こんなこともうやめさせて!」

 動くものを標的とするように、殺人マシーンがそちらへ振り返る。

「危ない!」
「あっぶねえ!」

 カミィとゲツエイのあいだに飛び出し、マリクは咄嗟に、迫る小太刀を鉄パイプで弾いた。
 甲高い音を立てて弾かれた小太刀はゲツエイの手を離れ、天井に突き刺さる。

 マリクに敵の動きが見えていたわけではない。当たったのはマグレだ。
 人を殺すことに躊躇の無いゲツエイと、ありきたりな喧嘩しかしたことのないマリクではその戦闘能力に差がありすぎる。

 力負けしてふらついたマリクの身体を、同じく飛び出していたジュンイチが後ろから支えた。
 痺れるような衝撃がビリビリとマリクの身体を通して支える腕に伝わる。

 弾かれた反動を利用し、ゲツエイは後ろに飛んだ。

 空中高くでくるっと一回転し、落下しながら、下に立って見上げていた反乱兵の首を股に挟む。
 足を四の字に曲げて兵の首を固定し、身体を捻ると、「ゴキッ」という重い音が響く。
 捻った勢いに乗せて足を離すと兵の身体は投げ飛ばされて壁に衝突し、ずり落ちた。座ったまま眠っているような姿勢で動かない。死んでいる。

 その場に居る全ての人の目はゲツエイに釘付けになっている。
 カミィだけがトーマスの足元へ跪いて懇願を続けていた。

「トーマス様、あの人にやめるように言って。あなただって本当はこんなことしたくないんでしょう? わたしにはわかります。こんなやり方で寂しさを紛らわすのはやめて。良くないことよ」

 必死に言葉を投げかけるが、トーマスはそちらを見向きもしない。次の兵を獲物と定めた己の刃を真顔で眺めている。

「カミィちゃん、ダメだ。説得なんて無駄だ」

 ジュンイチが止めるのも聞かず、カミィはトーマスの腕にすがりついて、さらに続ける。

「みんなに怒られるのが怖いのなら、私が一緒に謝ってあげるから! きちんと謝って、それで、罪を償って」

 獲物の首を掴んで片手で持ち上げ、すでに息絶えたそれを右手のかぎ爪で嬲っているゲツエイから目を離すと、トーマスは懐に手を差し入れた。

 取り出した拳銃の銃口をカミィに向ける。

 引き金に指をかけ――

「おまえ、うるさいよ」

――ためらいなく引いた。


「やめろ!」
 叫んだジュンイチの声は発砲音にかき消されて。


 発射された鉛の玉は、標的に命中した。



 衝撃。

 痛い、よりも先に、何か強い力がそこから体中に広がって。骨が、内蔵が、粉々に砕かれたんじゃないかという気がして。

 そのあとにくる熱さ。身体のなかにドロドロと溶岩を流し込まれているような。身体の内側から火をつけて燃やされているような。

 数秒のちに、やっと痛み。大量の釘を一気に差し込まれて鋭く抉られるみたいに。大きなドリルで向こう側が見えるほどの穴を開けられているみたいに。

 何が起こったのかを理解する前に、カミィは気を失って、張り詰めたワイヤーが切れるがごとく、倒れた。
+注意+
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