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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第二四話   ☆運命の女神よ、我らを導きたまえ


「痛ッ!」

 声を漏らしたのはトーマスだった。
 だらりと下がった右腕から血を流している。取り落とされた銃が、重い音を鳴らす。

 やめろ、と叫ぶと同時にジュンイチが投擲したメスが、トーマスの腕に命中していた。
 そのせいで銃の狙いがブレた。
 至近距離からカミィの心臓めがけて引き金を引いたが、命中したのは脇腹だ。

「お前! なんてことを!」
 ジュンイチは血相を変えて、もう一本メスを取り出した。
 出血してさえいなければ気持よく眠っているように見える少女のほうへ駈けながら、トーマスへ向かって再びメスを投げる。

 その背中に、ゲツエイの飛び蹴りがヒットした。

 投げられたメスは狙いがずらされトーマスの横をすり抜けて壁に突き刺さる。
 打撃をくらい低い声で呻いて、ジュンイチは膝をついた。

「うおらあ! お前の相手は俺だあ!」

 ジュンイチに馬乗りになったゲツエイに向かって、マリクが横から鉄パイプを全力で薙ぎ払った。
 しかしパイプは勢い良く空を切る。
 素早く後ろに飛び退いたゲツエイを追って、マリクはパイプをめちゃくちゃに振り回した。
 ゲツエイは余裕の笑みを浮かべながら最低限の動きで躱している。よく動くおもちゃを見つけて楽しそうだ。

 その隙をついてジュンイチは立ち上がり、再びトーマスの足を狙ってメスを投擲。

 届くより前に、血が滴る二の腕を押さえて、トーマスが呼んだ。
「ゲツエイ! 遊びは終わりだ」


 一度大きく下がって反動をつけたゲツエイは、向かい合うマリクの頭上を飛び越えてトーマスのそばに逆立ちで着地。
 かぎ爪が飛んできたメスを弾く。
 軌道の変わったメスは斜めに飛んでベッドに刺さり、羽毛を散らした。
 その一瞬のうちに、ゲツエイはその場でまた飛んで、今度は二本の足で着地した。

 主人をかばうように立つゲツエイの後ろで、トーマスは声を張り上げる。

「許さないぞ貴様ら……みんなして俺様に歯向かいやがって……もういい。こんな国はもう要らない。俺様は俺様の理想の国をつくり上げてやる。さようなら、だ。豚ども! 次に会うときは戦争だ!」

 行くぞゲツエイ! の合図で忍者は主人を肩に担いだ。
 ヒュウと突風が巻き起こり、ゲツエイとトーマスはその場から消えた。

「させるかよ!」

 逃すまいとマリクが投げた鉄パイプは彼らが立っていた場所をそのままの勢いですり抜けて、壁に当たって落ちた。
 動ける者がふたりしか居なくなった部屋に、カランカランと乾いた音が鳴り響く。

 マリクは急に足の力が抜けるのを感じ、その場にドサっと座り込んだ。
 恐るべき相手が去って緊張の糸が切れたのか、はたまた、瞬きするほどの時間で手品のように消えたふたりに驚いたからなのか。
 混乱して自分でもよく分からないでいる。

 ともかく敵は去った……?

「消えた……おい、見たか? 消えたぞ」

 マリクは確認の意味も込めてジュンイチに声をかける。が、
「そんなことはどうでもいい!」
 ジュンイチはそれを一蹴してカミィのそばに跪いた。小さな身体から漏れる赤黒い液体が白衣を濡らす。

「ああ、大変だ。はやく治療しなきゃ……」

 止血のためにそばのベッドからシーツを引き剥がし、患部に強く当てて圧迫する。
 白衣を脱いでシーツの上から巻いて結び、すぐに彼女を抱えて立ち上がった。

「医務室は下だ。ホールの少し奥。それと、これ持っていけ」
 マリクは座ったまま、首から下げていた指輪を外して投げる。ぐったりとした少女を抱いたままで、ジュンイチは器用にそれを受け取った。

「あとは頼んだぞ。俺、しばらく立てねえや」

 乾いた笑いとともに情けない声を漏らすマリクに、ふ、と少しだけ優しい笑顔を見せたジュンイチは、医務室を目指して走り出した。

*

 全速力で廊下を駆ける。

 途中にある部屋のドアがことごとく開いているのは、潜入した反乱兵達が王を探す際にひとつひとつ開け放っていったからだろう。
 ジュンイチは横目でなかの様子をうかがい、医務室を探し進む。

 王が逃げたことをまだ知らない警備兵と反乱兵は庭園で小競り合いを続けているようだ。
 無駄に長い廊下にイラつきを覚えて走っていると、前方から数人が向かってくるのが見えた。
 ジュンイチやマリク、少数精鋭の反乱兵と同様に、大きな一団とは別行動で忍び込んだ者だろう。

 すれ違いざま、その集団の後方に紛れていた薄紫色をした髪の男が、ジュンイチの腕のなかで眠る少女に目をやって驚きの声をあげた。

「后!? 何があった?」
「二階最奥の部屋に行けば分かる!」

 ジュンイチは止まらず、振り返らず、そのまま走り続けた。

 そうこうしているうちにもカミィの顔色はどんどん悪くなる。
 ようやっと医務室を見つけたときにはもう呼吸すらも弱々しく、今にも命の灯が消えてしまいそうに見えた。

「死んじゃだめだよ。がんばってね」

 声をかけ、畳まれていた寝台を引っ張りだす。
 圧迫していた布を解き、血で皮膚に貼り付いた洋服を剥がし、撃たれた傷を確認する。
 至近距離から撃たれたため銃弾は貫通しているが、出血が酷い。
 脇腹に開いた穴をメスで広げ、内臓を確認する。奇跡的に付近の内臓に損傷は見られない。

 部屋の奥に並べられた薬品棚を漁り、麻酔薬やカンフル剤、消毒液を発見する。
 引き出しをひっくり返し、鉗子、開創器、ハサミ、ピンセット等、使用できそうなありとあらゆる器具と薬を手に、今できる最大限の処置を済ませる。

 外科的手術はジュンイチの鮮やかな手並みによって完璧にこなされた。しかし、依然カミィの顔色は悪いままで、呼吸も弱い。

「だめだ。血が足りてないんだ」

 このままでは失血によるショック死が考えられる。再度くまなく医務室内を探しまわるが、輸血バッグは見つからない。

「研究室に戻ればあるけど……」

 振り返り、寝台の上に目をやる。車に乗せたとして、移動に耐えられるだろうか?

「いや、駄目だ」

 様子を見て、首をふる。
 そのとき、脳裏にひとつの考えがよぎった。

「……直接輸血法なら」

 自分の血管と患者の血管をつないで直接輸血する方法だ。
 血液型は同じだったはず。
 しかし、あまりにもリスクが大きい。
 点滴のフィルターを通さずに生の血液を直接他人の体内に流し込めば、拒絶反応で重篤な後遺症が残ったり、死んでしまうことがある。

 しかし。


「放っておいても死んじゃうんだ」


 言うがはやいか、ジュンイチはカミィの左手と自分の右腕を寝台に固定し、それぞれの手首を切り開いた。
 自分の動脈とカミィの静脈、二本の血管の口を向かい合わせ、縫い合わせる。
 数ミリほどの太さしかないものに、正確に片腕で素早く糸を通す。
 決して常人にできることではない。天才と言われるジュンイチだからできたことだ。

 つながってほどなく、カミィの唇に赤みがさしはじめた。頬もピンク色に染まる。
 それを確認して、ジュンイチはまた血管を切り離し、それぞれもとの持ち主のものと繋ぎあわせて体内に納めた。

 目の前がチカチカして頭がフラつく。今度は自分が血を出しすぎたようだ。
 倒れそうだが精神力で持ちこたえる。
 患者の容態が急変しないかどうか、数時間は観察を行わないといけない。

 ひとまず、血圧の低下や呼吸困難などの症状は見られないことに安堵を覚える。少し発熱があるようだが撃たれた傷のせいだろう。

 時計を確認したあと、寝台の横に椅子を運んで座る。

 鏡を見なくても分かる。きっと今自分は貧血によりとても青い顔をしているだろう。それに、血でドロドロに汚れたシャツ。心身ともにボロボロでいつにも増してダルく、背中を丸める。
 それでも、言いたいことがある。
 寝台に肘をついて、横たわるカミィの手を両手でそっと握った。

「あのね、僕、実を言うと、感情っていうものがよく分からなかったんだ。原理としては理解していたけど、想像で分かったような気になっていただけだった。怒りとか、悲しみとか、恋とか、不安とか、恐怖とか、そういうものを自分で感じたことが無かったんだ。唯一、研究は楽しかったかな。でも、それだけだった。誰かが死んで涙するとか、人と会話をして面白いとか、知らなかったんだ」

 穏やかに眠るカミィに向けて、独白は続く。

「でもさ、違ったんだ。からっぽだと思っていたのに、僕のなかには、本当はたくさんの感情が眠っていたんだ。きみにふられたとき、ただ実験に失敗しただけだと、最初は思ったんだ。でもそれだけでは説明できない喪失感に襲われた。断られた理由をたずねに行こうかとも思った。でも不安だった。きみ以外の人間にはどう思われても構わないのに、きみにだけは嫌われるのが怖かった」

 忘れようとして、実験にのめり込んでいたことを思い出して、自分を嘲笑する。

「だけどマリクくんに言われて思い出した。僕は本来そんな人間じゃないんだ。僕の考え方を変えてしまったのはきみへの恋心だったんだ。ひとりでは絶対に知ることができなかったいろいろなこと、全部きみが教えてくれたんだ」

 握った手を、祈るように額に押し当てる。

「今だって、きみを失うのがとても恐ろしい。人はいつか死ぬって、それが当たり前だって、分かっているけど。分かっていても納得ができない。きみに生きていて欲しい。教えてほしいことがまだまだたくさんあるんだ」

 目を瞑って、掠れた声で。

「こういうとき、なんて言うんだっけ。……そう、思い出した。『運命の女神ラシアスよ、我らを導きたまえ』。神なんて信じていないけど。今だけは、何にだって縋りたい気分だ。きみが目を覚ましてくれるなら、僕は、他に何もいらない」

 だから、お願い。
 またその笑顔を、見られますように。

 ジュンイチの祈りが終わると、部屋は静寂に包まれた。
 いつの間にか外の喧騒は収まり、室内には時計の秒針の音だけが鳴り響いていた。
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