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そしてふたりでワルツを 作者:あっきコタロウ(カミユ)

本編

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第二二話   ☆誰がために(3)

「吾妻ジュンイチに会うにはどうすればいい」

 そんな依頼をディエゴに持ちかけて数日。
 マリクの元へ届いた返事は、「スラムの大通りにある大衆酒場へ行ってみろ」。
「ずいぶん溜め込んでるんだろう?」と、馬鹿みたいな額の報酬を搾り取られた。これで会えなきゃ、事務所に押し入って家具全部壊してやる。

 指定された店のドアをくぐって、襲い来るのは真っ昼間から酒を浴びる酔っぱらいの喧騒。
 砂と泥に塗れたボロ布の集団がカウンターやテーブルに溢れるなか、探し人の纏う白衣はあまりにも目をひいた。
 店の奥、ふたりがけの小さな薄汚れたテーブル。探し人はなぜか、見覚えのある神父と一緒。

「やっと見つけたぞ吾妻ジュンイチ! 侯爵様たぁ良いご身分だな! 会うだけで金がかかる」
「ひえっ!? マリクさん!」
 一直線に異色のふたりに向かえば、そこに居た神父は振り向いて飛び上がった。

 一方ジュンイチはのんきな様子。
「やあ、久しぶり。きみ、マリクっていうんだね」
「久しぶり。じゃねぇ! お前、あの男が何しようとしてるか知ってるか?」
 あの男、とマリクが指すのは、すでに店から消えかけている神父の背中。先日の脅しがよほど効いたらしき逃げ足のはやさ。

「さあ? 知らない。他人のすることにいちいち興味は無いから」
 ジュンイチは相変わらず掴みどころが無く、とぼけた声にヘラヘラした顔。目だけは死んだように鈍く濁って、どろっとした視線はどこも見ていないような。

「あの男はなあ、人を集めて、武器持って城へ戦いに行くっつってんだぞ! お前、そんなこと平気なのかよ」
「ちょうど今、僕が銃を融通したところだよ。それがどうかしたの?」
「どうもこうも! 城にはカミィが居るんだぞ。武器もった軍団が入ったら、立場上は后のあいつだってタダじゃすまねえはずだ。お前は、カミィと結婚したがってたじゃねーか! あいつが好きなんじゃなかったのか? あいつを幸せにしろっつっただろ! それがなんで! どうして! 逆に危険に晒す行為を手助けして平気でいるんだよ」

 ああ……。と小さく息を漏らして、ジュンイチは目を伏せた。

「だって僕は振られちゃったし、もう関係の無いことだから。振られたらおしまいって、本に書いてあった」

「馬鹿野郎!」

 怒声と一緒に振り上げた拳は届くこと無く。
 完全に見切られ、眉一つ動かさずに片手で受け止められた。

 やはり本物の軍人には勝てないのか。それとも相手が”天才”と呼ばれる類の人間だからか。

「馬鹿野郎……空気読めよ。こういうときはおとなしく一発殴られとくもんだろーが」
「やだよ。当たったら痛いかもしれないじゃないか」

「振られたからそれでお終い? たったそれだけのことで、すぐに諦められるのかよ。結婚まで申し込んだ相手が、どうなったっていいってのかよ。死んだら全部、全部終わりなんだぞ!」
「でももうどうしようもないじゃないか。他の人と結婚しちゃったんだから。この国では現在、男女の婚姻は、同時にそれぞれひとりとしか結べないことになってるんだよ。知らない?」
「んなことくれー知ってるよ! 馬鹿にすんじゃねえ!」

 どんなに全身で押し込んでも、やっぱり前には進まない。意見も、拳も、なにもかも。

「俺はお前のやり方を認めねーぞ。金持ちで、身分もあって、何でも手に入ってきたお前にはわからねーだろうがなあ。普通の人間は、欲しいものは、自分で取りにいくもんなんだよ。たとえそれがエゴであっても、どんな手段を使っても、他人から奪い取ってでも! 自分が欲しいもんは自分で掴まねーと、待ってるだけではどうにもならねーんだよ!」

 欲しかったもの。
 普通の生活。隙間風が差し込まない家。優しい両親と、愛に溢れた家族。毎日の暖かい食事。信頼できる友達。

 何も無かった。自分には、何も。
 うまれたときから父は無く、飲んだくれの母は我が子に一切の世話をせずのたれ死んだ。
 砂の混じった雨水をすすり、他人の家と家の隙間で眠り。組織に属しても、弱者であるうちは利用され裏切られ。弱いものを食いものにして奪ったものも、さらに強いものに奪われて。

 だからって世界を恨むでもなく、掴み取る為に努力してきた。まだ手に入れていないものだって、これから手に入れる。

 すべての人が、最初から持ってるわけじゃない。なのに、目の前の恵まれた男は、それを知らない。


「きみはなぜそんなにあの子にこだわるの? 好きなの?」
 ふいに投げられる質問。純朴な少年のような問いかけはこれで二度目。

「ああ、好きだよ」
 ここまできて取り繕っても仕方ない。ついにマリクは認めた。言葉にするのははじめてだった。
「スラムの王だなんだって恐れられてる俺がほだされるなんて、甘いよな。笑えよ」

 自嘲の重りに引かれても、上げた拳は握りしめたまま。

「きみはあの子と、結婚したいの?」
「は?」

 寄越されたのは、笑うどころかずいぶん真面目な顔。けれど滑らかに腑に落ちる。大真面目に恋を研究すると豪語したこの男だからこそ……。

「好きだっつっても、別にあいつを嫁にしたいとかそういうんじゃねーよ。俺に妹がいたらあんな感じかなって。はじめてあいつと出会ったとき、俺は孤独だった。スラムじゃ裏切られてばっかだったから。たまたま出会ったあいつが向けてきた純粋な信頼が、俺は嫌いじゃなかった。それからなんだか気になった。あの日、お前と会った日に言われて気づいた。白状すると、いつのまにか情がうつってた。だから、あいつに幸せになってほしい。そして、あいつを幸せにするのは王じゃない。お前の役目だ」

 瞳を閉じると蘇る。拒絶された苦々しい記憶。
 たったひとりの少女を救うことさえ、自分ではダメで。妖怪じみた量の花束を渡す勇気もなければ、強引に城から奪い去る資格も無い。

 目の前の男なら、全部全部簡単にやってのけられるはずなのに。

「俺はもしかしたら、自分が歩めなかった幸せな人生ってやつを、勝手にあいつに重ねてるのかもしれない。周りに大事にされてきたあいつを心のどこかでうらやましいと思って、自分を重ねて、その幻想を守ろうとしてるのかもしれない」

「それって心理学上でいうところの防――」

「うるせーな! 難しいことは知らねーよ。けど、俺が恥を忍んでここまで言ったんだ。お前ももっとよく考えろよ。お前が今欲しいものは何だ? お前が望むものは何だ? これで分かんねーんだったらお前は天才なんかじゃない。ただの馬鹿だ」

 言い切ってやっと拳を下げれば、人の気持ちが分からない馬鹿野郎は黙って困ったような顔をするだけ。

「ウンともスンとも無しかよ! もういい、俺が力ずくでなんとかする。お前に期待した俺のほうが馬鹿だった!」

 勢い任せに机を蹴り飛ばし、振り返らずに出口へ。
「見せもんじゃねーぞコラ、寄越せ!」
 途中、目が合った客に因縁をつけて、酒瓶を奪って一気飲み。これはやけ酒なんかじゃない。景気付けだ。


*


「何か適当なお酒持ってきて」
 倒れたテーブルを直しに来たマスターに注文し、ジュンイチは深く椅子に掛けた。

 運ばれてきたのは琥珀色をしたアルコール度数の強い酒で、ずいぶんとぬるい。
 目の高さに掲げグラスを揺らすと、液体の向こうが歪んで見える。擬音で表現するなら”ぐにゃぐにゃ”が適切だろうか。

『欲しいものは奪え』

 それは、この世のほとんどの事象における真理。食物連鎖も、戦争も、ときには医療ですら奪うことに等しい。

 では、恋愛もそうなのだろうか?
 力ずくで奪うことが本当に正しいことなのか?


――そもそも正しいとは何だ?


「あ、そうか」

 グラスをテーブルに置くと、軽快で心地よい音がした。
 液体を通さずに見る世界の輪郭は鮮明。

「恋は人を狂わせるって本当なんだなあ」

 正当性に拘ること自体、はじめから無意味だったのか。
 なぜなら恋に正解は無いのだから。

 恋という心理現象における終着点は、命が尽きるその瞬間。毎回必ず同じ結果が出る定理や数式とは違い、恋の解はひとつひとつ違う形。

 それなら、好きなように動けばいい。
 その行動がまた、分岐の先に繋がる実験。

 諦めることも等しく選択のひとつ。

 だけど。

『今欲しいものは何だ? 望むものは何だ?』

「僕が欲しいものは……」

 味なんてあったもんじゃない、酔うためだけにつくられたような酒を一気に飲み干し、ジュンイチは立ち上がった。Q.E.F.。これがなすべきことだった。
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