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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第二十話   ☆誰がために(1)

 果物や服飾品が盛られたワゴンがまばらに立ち並ぶ、スラムにしては広めの通り。
 その奥、露店のある一角を抜けて少し歩いたところに、一軒の酒場があった。

 反乱軍の同志を集める為にスラムまでやってきた教会の男は、その酒場の前で足を止めた。

 聞いた話によると、この店は労働者達が夜毎集う大衆的な店だそうだ。たしかに、正面に大きく掲げられた木製の看板が親しみやすさを演出していて気安い感じがする。
 この店は毎日の開店時間が決まっておらず、はやい日は昼から、遅い日は太陽が沈んでから、という具合らしい。

 よりたくさんの人に話を聞いてもらうべく人が集まる場所を求めてやって来たのだが、少しはやすぎたらしい。ドアにはまだ、『閉店』の札が掲げられていた。

 いつ開店するか分からない店の前でじっと立っているのもなんだかもったいない。何かできることはないかとあたりを見回すと、少し離れたところにしゃがみ込んでいる赤茶色の髪をした青年が視界に入った。

「暇だな~。はやく開かねーかな~」

 というひとりごとが聞こえてくる。尻を少し浮かせ、たてた両膝に腕を乗せる伝統的な不良座りで、店の営業開始を待っている様子。

 季節はもうすっかり秋になっていた。

「ちょっとさみ~」
 と、両腕を擦ってぶるると震えている青年に、男は声をかけた。

「すみません。少しおたずねしたいのですが」

 青年は珍しいものを見るようなきょとんとした表情で顔を上げた。
 砂色のスラムに、自分の着ている黒い神父服は不釣り合いだろうか。

「この辺で一番顔が広い方って、どなたでしょうか?」
「そりゃあうちのボスッスよ。何せスラムの王ッスから! 金貸しやってるッス。お金に困ったら相談のるッスよ。取り立てはきびしーけどね」

 青年はまるで自分のことのように得意気に腕を組む。よほど自慢のボスなのだろう。

「そのスラムの王様とやらには、どこへ行けば会えますか?」 
「この道をまっすぐ行って、赤い土でできた家と、白い石でできた家のあいだの路地に入って、突き当りにある小さい空き地の手前がボスの家ッス。今日は仕事休みだから多分家で寝てるッスよ」
「どうもありがとうございます」

 スラムの王とまで言われている人物なら、その人脈はきっと大きいに違いない。説得すればかなりの戦力になってもらえるのではないか。

 男は丁寧に頭を下げ、教えられた方向へ歩きはじめた。


*


 ノックの音がする。

 控えめにドアが叩かれる、コンコンという音。
 無視して目を閉じていると、しばらくしてもう一度音が鳴った。今度はゴンゴンともう少し強く。

 それと同時に、
「王様ー。スラムの王様はいらっしゃいますかー?」
 という声がした。

「ああ!?」

 突拍子もない呼びかけに、ソファでまどろんでいたマリクは飛び起きてドアへ急いだ。

「でけー声で何言ってんだ!?」

 はじくように勢いよくドアを開ける。その先に立っていたのは、細い目をした神父服の男だった。知らない男だ。

 王族、貴族の次くらいに自分に縁がないであろう聖職者がわざわざ訪ねてくるとは。怪しんで、マリクは声を落として凄んでみせた。

「誰だテメー」
「はじめまして、私は教会組合から参った者です。赤茶髪の青年の紹介で、この辺りで一番顔が広いというスラムの王様に話をきいていただきたく」
「チッ。ボコのやろーか……」

 小さく舌打ちをする。
 ボコのことは嫌いじゃないが、いつも面倒を運んでくるところだけはどうにかしてほしい。

「その王様ってのやめろ! 俺の名前はマリクだ」

 大股でさっきまで寝ていたソファに戻って腰掛ける。
 威嚇の姿勢は解かない。背もたれに肘を置き、【ガラの悪い王様】然とした態度を意識する。

「で、何の用だ? 勧誘なら帰れよ。俺は神なんか信じちゃいねーからな」

 入り口付近で立ち止まっていた男は数歩進み出て、言った。

「マリクさんは昨今の国王の政治についてどう思われますか?」

 金を借りに来たのではないだろう。と予想していたが、政治についてきかれるとも思っていなかった。自然と眉間にシワが寄る。

「は?」
「上がったまま一向に下がらない税に、皆喘いでおります。城へ掛け合いに向かった仲間は、非道な方法で殺されました。我々国民は今こそ立ち上がるべきです。教会の組合と、街の方々、すでにそれなりの数の賛同者が集まっています。スラムの皆さんにもこの事実を知っていただきたいのです」

 男が話すあいだ、マリクは黙ってそれを見ていた。政治の話などまったくもって興味がない。
 一応最後まできいてから、あくびを噛み殺して、一言。

「それで?」
「マリクさんから、ぜひともスラムの皆さんにも声をかけていただけたらと……」

 違う、そうじゃない。という非難を込めてマリクはふぅ、とわざとらしく息を吐いた。

「いくら?」
「え?」
「金だよ。いくら出すのかってきいてんだよ」

 ハッとした様子で、男は頭を振った。

「すみません。お金は用意していませんでした」

 マリクはイライラとした態度を隠すことなく、身を乗り出す。

「ふざけてんのかテメー。タダでそんなことやってやる義理はねーよ馬鹿野郎」

 腰をおろしたまま、眼前のローテーブルを軽く蹴る。動いたテーブルが当たりそうになって、男はバランスを崩してあとずさった。

「しかし、スラムの治安も良くなりますよ」
「政治だの治安だの知ったこっちゃねーよ。金を払うか払わないか。この二択だ。用が済んだならとっとと帰りやがれ」

 フラついた男に追撃するかたちでマリクは拒絶の言葉を投げた。
 これ以上話すつもりはないという意思表示でそっぽを向く。それでも男は食い下がってくる。

「我々はテロ行為を犯すこともやぶさかではない覚悟です。あなた方のような暴力に慣れた方にも協力を仰ぎたい」
「テメーは俺達を何だと思ってんだコラ! タダで使える戦力か? あ? 傭兵を雇うのにだって金がいるだろ。そういうナメた態度で利用しようとしてくる奴が俺は一番ムカつくんだよ」

 下手に出ているように見えて、とんでもなく失礼な男だ。
 マリクは憤慨し、腹立ちまぎれに男の胸ぐらを掴んで正面の壁に押し付けた。

「わあほら暴力が」
「うるせえ!」

 そのまま男を殴ろうとして拳を振りあげたとき、彼の言葉にひっかかりを覚えて手を止めた。

「テロ行為って言ったな? 何するつもりだ」

 掴んだ服をひっぱりあげて、鼻を突き合わせる。
 持ち上げられつま先立ちで、体も声も震わせながら、男は答えた。

「武器を入手し、直接城へ攻め込むつもりです」
「武器を持って……城へ……?」

 マリクは掴んでいた手をパッと離した。離した、というよりは、力が抜けた、というほうが正しい。

 男はその隙に素早くそこから逃れた。襟もとを正しながら、後ろ向きでドアまで移動する。

「とにかく、気が変わったらご連絡ください」
「待てっ。まだ話は終わっちゃいねえ!」

 脱兎のごとく走りだす男。
 追って捕まえようと思えばおそらく簡単だろうが、マリクはそうしなかった。

 それよりも、男の言葉が気になる。
 武器を持って城へ……。
 場合によっては怪我人や、下手をすれば死人が出るような事態になるのではないか。

 城にはカミィが居る。
 どれだけの規模か分からないが、街の人間が束になって城で戦闘をはじめれば、彼女の身の安全は保証されないだろう。
 どんなに無実・無関係を主張しても、后という立場上、捕まればどうなるか分からない。

「助けてやらねーと」

 だが、一度拒絶されている。
 無理に連れ去ることもいとわないが、その前に打てる手は打っておきたかった。

 ジュンイチと会って話をしたい。

 彼とは未だに連絡が取れずにいた。
 本気になれば方法は無いことも無かったが、あえて取らずにいた、というのが正しいかもしれない。一度はカッとなって闇雲に走ったが、冷静に考えると、会ったところでなるようにしかならないだろうと思ったからだった。
 仮に会えたとして、そしてその結果ジュンイチとカミィが結婚したとして、そのあと必ず幸せが保証されているかと言うと、そうではないのだ。

 けれど、状況が変わった。

 暴動が起こる前にカミィを城から救い出す。ジュンイチを連れていけば素早く連れ出せるかもしれない。それでも拒絶されたなら力づくで連れ去ってやる。何事も命あっての物種だ。

「クソっ。できればあの野郎には頼みたくなかったが、こうなったら仕方ねえ。最終手段だ……」

 口の中に苦味が広がるような心地で、マリクは家を出た。
 行き先は【フェルナンド探偵事務所】。
 通称【便利屋ディエゴ】のところだ。


*


 ほうほうのていでマリクのところから逃げ出した神父は、広い通りまで戻ってやっとひといきついた。振り返るも、追ってきている気配はない。詰め襟の隙間から空気を入れると、汗が乾くにともない身体から熱が逃げる。
 しばらくそうして落ち着いてあたりを見回すと、行きに通りがかった酒場はまだ開店前のようで、親切な青年もその場にしゃがみこんだままだった。

「あっ、はやいッスね! ボスとは会えたッスか?」
 先に男に気づいた青年が声をかけてくる。その明るい声色に、男は安堵を覚えた。この人懐こい青年があの恐ろしいスラムの王の部下だというのが信じられない。

「いえ、それが……」
 せっかく紹介してもらったのに交渉が決裂してしまった負い目を感じながら、事情を説明する。
 結果を聞いて、青年は特に残念がることもなく、
「そうなんスかー。仕方ないッスね!」
 と快活に笑った。もともと上手くいくとは思っていなかったのか、もしくは脳天気な性格なのか。
 緩んだ口元をみるに、後者なのかもしれない。

「あ、そんじゃ、かわいそうだからもうひとり紹介してやるッスよ」
「いえ、そこまでお世話になるわけには」
「いーからいーから!」

 青年はその場にあった大きめの石を手に取ると、薄く砂の積もる地面になにやら抽象画を描きはじめた。蛇のようなミミズのような、何だか分からないがとにかくぐねぐねとした細長い線の集合体。
 黙ってそれを覗き込んでいると、青年は顔をあげてぐねぐねの一部を指した。

「ここ! ここに行くといいッス」
「あの、この図は?」
「街の地図ッス!」
「地図……」

 この不可思議な図が地図であると頭に入れてから見てみると、なるほどたしかに、地図に見えなくもない。
 青年が言う一点は神父が立ち入ったことの無い裏通りを指していた。

「ここに何が?」
「便利屋があるッス。ディエゴさんって言うんス。顔も広いし、きっと話を聞いてくれるッスよ。報酬は取られるかもしんないけど、ボスよりは優しいと思うッス」
「ありがとうございます。なんとお礼を申し上げていいか」
「いッスよ! そのかわり、可愛い彼女ができますようにって女神様にお願いしといて欲しいッス!」
「はい?」
「神父さんって女神様にお願いする仕事ッスよね?」

 青年はどうやら神父という職業について何か壮大な勘違いをしているようだ。だがその勘違いのおかげで彼がこうして自分に親切にしてくれているのなら、あえて間違いを正す必要は無い。

「承りました。運命の女神の導きがあなたに訪れますように」

 武器を持って城に攻め入ると言っても、実は武器の入手先をどうするのかも考えあぐねていたところだ。便利屋という人物に、その点についても相談してみるのが良いかもしれない。

 スラムには女神信仰が正しく普及していないことを身をもって実感し少々胸を痛めながら、男は礼を言ってその場を後にした。
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