第十九話 第三楽章(2):解を求むオラトリオ※
ほくろの男が城へ出向いた翌朝。
帰ってこなかった男を気にかけつつも、教会の業務は平常運転。
職員用の部屋には、慎ましいデスクが向い合せでふたつ置かれている。席についた職員は、正面に人が居ない景色に一抹の寂しさを覚えた。
そこへ、施設で暮らす少年がやってきた。両手で抱えた箱を差し出して、
「門の前に荷物が置いてあったよ」
「女神様のお導きでしょうか。ありがたいですね」
少年は箱を手渡すと、ひまわりの笑顔で「そうだね! あとで何が入っていたか教えてね!」と元気に外へ駆けてゆく。
赤い包装紙で綺麗にラッピングされた箱は黄色いリボンで飾り付けられ、どの角度からみてもプレゼント。導かれて来たのは夢か希望か。
ラッピングを解くと、箱のなかにさらに箱。外箱とはうってかわって無機質な内箱の蓋には、カードが一枚挟み込まれていた。
カードといっても、手近にあった紙を手で切ったような雑なもの。丁寧な梱包とは不釣り合いで、急いで入れたか、またはこっそりと忍び込ませたような。カードよりもメモ書きと呼ぶのがふさわしい。
カードには走り書きで、『天使は堕ちた』からはじまる数行の短い散文が記されていた。
「なんだこれ?」
首をかしげ、職員は箱に手をかける。
ゆっくりと蓋を開けると、現れたのは黒い布に包まれた小さめのスイカほどの丸い物体。
厳重に、幾重に、巻きつけられた布は封印のよう。
一枚、一枚、守りを解いて。
”これ以上開けてはいけない”。
虫の知らせを無視したならば。
無表情に目を見開いたほくろの男とご対面。
首だけの姿となった彼は言う。
”ただいま”。
――目が合うともうダメだった。
朝、おいしくいただいたはずのトマトが、ベーコンが……まだ形状を維持したまま、職員の口から床へ飛び散って。これは血。これは肉。あわや意識も飛び散りそうだ。
受話器を取り、震える指で教会の組合ナンバーをプッシュ。ボタンは鋼のように重く固い。
プツリと呼び出し音が途切れたら。
「すぐに各地の代表者を集めてください!」
それだけをなんとか言い放ち、職員の意識もプツリと切れた。
その夜。
礼拝堂では、再び会議が開かれていた。
前回と違うところは、椅子がひとつ少なくなったこと。
「なんと酷い……一体誰がこのような!」
「城へ行ってこうなったのですから、城の関係者に違いありません」
「道中で賊に襲われたという可能性もあります」
「なぜ賊がわざわざ、く、首をき、切って……ああ、口にするのも恐ろしい。とにかく、なぜこのようなことをする必要があるのです」
「それは城にしても同じでしょう」
議題は言わずもがな。
ほくろの男が殺害され、その首がご丁寧に梱包された状態で贈られて来た件。
飛び交う推理は未だ形が曖昧なまま。
「挟まっていたメモはどういう意味だ? 詩のようなものが書いてあるが……。メモを書いたのは犯人か?」
「その詩は何かの比喩であると考えるのが自然でしょう」
「皆さん、一度落ち着いてください」
いつもまとめ役をかって出ていたほくろの男は今や口なし。あとを継いで立ち上がったのは細目の男。
「私にはどうもこれが、救いを求める懺悔の言葉に思えるのです。これを書いた人物は、後悔しているのでは?」
「このような酷いことを思いつく人間が後悔など……」
「メモを入れた人物は直接の犯人ではない可能性があります。不本意ながら犯人に協力せざるを得ない状況になり、助けを求めているだとか。そうでなければわざわざ筆跡が残るようなメモを残さないでしょう」
「何かに気づいてほしい、と?」
メモを囲んで神父達、そろって内容を読み上げる。
『天使は堕ちた。信じた指導者は地獄よりの使者。そして私もまた、闇に呑まれた。すまない』
「指導者とは、誰を指しているのでしょうか? 指導者と言えば……」
「王……」
その瞬間、全員の視線が交差した。
「まさか、王が? そんな、ありえない」
「だが、彼は城へ行ったのだ。しかも、減税の嘆願に」
「もしや王の怒りをかって殺されてしまったというのか? ここに送りつけられたのは見せしめというわけか!」
導火線に火が付いて、伝う炎は加速度的。
「なんということを。最近の王はどこかおかしいと思っていたが、まさかこれほどまでとは!」
「反乱です! 王の好きにさせたままではいけません。我々は脅しになど屈しない。反乱軍を結成するのです!」