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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第十八話  第三楽章(1):穿たれるゴスペル

 ジュンイチは相変わらず引きこもって沈黙を守り、カミィは部屋のなかでただただ時間を浪費し、マリクはますます忙しく仕事に精を出し、ヘルトゥは新しい滞在地で何やら考え事をする。

 銘々に過ごすオフィーリアの人々。
 その頂点に立つトーマスの独裁政治は、とどまるところを知らなかった。

 一時の我慢だと言い聞かせて耐えていた国民達は、いっこうに楽にならないどころかますます苦しくなる生活に疲弊し、トーマスへの不信感を募らせはじめていた。

 税が上がったことによって痛手を受けているのは、一般市民だけではなかった。
 直接税金を収めているわけではない教会施設も、悪政による痛手をうけていた。

 オフィーリアにも、一応ポピュラーな宗教というものがあり、運命の女神【ラシアス】が信仰されている。

 参拝者はさほど多くはないが、小さな教会も街のなかに点在している。
 そこでは、身寄りの無い子どもを引き取って育てる施設の役割も担っている。

 組織の比重で言えば、教会としてよりも施設としてのほうが大きかった。
 教会の運営は、主に宗徒からのお布施や、貴族からの寄付でなりたっている。
 生活に余裕がなくなった市民からのお布施が減ってしまったことで、各地の教会はついに行き詰まって身動きがとれなくなってしまった。 

*     

「一度、王に謁見を申し込んでみませんか」

 沈黙を破ったのは、着古されてヨレた司祭服を着た細い目をした男だった。

「あまりことを大きくしたくは無いのですが……私達だけの問題ではありませんからね。致し方ありません」

 灰色の床をしばらく無言で見つめていた背の低い男が顔を上げて、正面の席から同意した。

 小さな教会の狭い礼拝堂。
 宗徒用の長椅子を全て壁際に移動させてつくった空間に、簡素な灰色のパイプ椅子が内側を向いて円になるように置かれている。

 椅子は十脚。十人の男が座っていた。
 皆、発言したふたりとよく似た出で立ちをしている。
 裾が褪せていたり、よく見れば継ぎ目があるような、ボロの衣装に包まれていた。
 生地が薄くなったりはしていたが、汚れなどはなく清潔感は保たれている。

 集まっているのは、各地域の教会の代表者達だった。

 もともと、新しい服を揃えることもできないほどに資金繰りはギリギリでやっていた。
 税が上がったせいで首がまわらなくなり、ついには保護している子ども達の日々の食事にすら頭を悩ませなければならなくなってしまった。

 どこの教会でも似たような状況で、今回はなんとか解決策を見い出せないかと、代表者同士の会合が開かれたのだった。

「誰が謁見に行くかが問題です」

 すぐに名乗り出る者は居なかった。
 仮にも神に仕える立場の者が、生活が苦しいなどと出過ぎたことを訴えるのは欲深く罪なことなのではないか。
 と、誰もが行動にうつすのを躊躇っていた。

 またいくばくかの沈黙が彼らにまとわりつき、重い空気がその場にいる人達の頭上で寛ぎはじめたとき。

「では、私が行きましょう。私の担当する教会と城との距離がこのなかでは一番近いので」

 ツヤがなく、乾燥した肌の坊主頭の男が提案した。

 他人の考えを察するのが得意な男で、普段から人が嫌がることをすすんで引き受けることが多く、尊敬を集めている。
 ひたいに特徴的なほくろがあり、それが人間の黒目ほどの大きさなことから、第三の目で心を見透かしているのだと噂されていた。
 実際はただのほくろだが、そんな噂にも説得力があるような気にさせるほど人望の厚い男だった。

「よろしくお願いいたします。謁見の内容は、税がいつ下がるのかを質問するというものにしましょうか」
「なぜ税を急に上げられたのかもたずねましょう」
「国民の生活が苦しいというのは王は把握されてるのでしょうか? そちらも訴えたほうが良いのでは?」
「では、そのようにまとめましょう」

 口に出さないだけで、皆思うところはたくさんあったようだ。
 ほくろの男が引き受けると決まった途端、次々と心の内に秘めていた不満や疑問がそれぞれから飛び出し、数分前までの沈黙が嘘のよう。
 流れる川のごとくサラサラと議論は進行した。

*

 それから数日。

 王と謁見の約束をとりつけたほくろの男は、時間通りに城へ訪れた。
 遅い時間だった。たどり着くまでの道すがらは暗く、足元が見えないところもあったくらいだ。
 城はそんな暗さと対照的に、数多い部屋の明かりのおかげで、建物自体が光っているかのように眩しかった。
 時間が時間なせいか、時折見張りの兵士らしき人が立っているだけで、使用人などの姿はほとんど見かけられない。

 謁見室へ案内されるあいだ、長い廊下を男は目だけで遊覧する。入城するのははじめてだ。
 あまりキョロキョロと落ち着きなく歩くのは聖職者の態度としてふさわしくないと理解しつつ、それでも、普段目にすることのない高価そうな骨董品の数々や、柱に施された細かな装飾などの物珍しさに興味を抱かずにはいられない。

「どうぞなかへ」

 大臣に促されて、名残惜く一度廊下を振り返る。
 きらびやかな城内を見おさめて観光気分を捨てると、意を決して謁見室に足を踏み入れた。

 室内は教会の礼拝堂がまるまる入りそうなほど広い。数十歩進んで、やっと奥に居る王の顔が見えるほどだ。
 一段高くなった王座の手前数メートルでかしこまって膝を折り、頭を下げる。

「本日はお忙しいなか、謁見をお許しくださりありがとうございます」

 足元の赤い絨毯を見つめて待つ。

「今日は何の用だ?」

 頭上から王のものらしき声が降る。顔を上げる許可が出ていないので、下を向いたまま用件を話しはじめる。


「税のことで相談がございます」

――段上から衣擦れの音がした。

「現在の税率で生活苦を訴える民が増えておりますのはご存知でしょうか」

――カツカツと鳴り響く足音が近づいてくる。

「我らが保護する子どもたちも満足に食事を摂ることが難しくなり」

――光る金具のついた靴のつま先が視界に入り、

「おい。顔を上げろ」
「はい?」



 ドン! という、耳をつんざくような轟音がして。
 顔を上げた男はその勢いのまま血を噴いて後ろへ倒れた。





「ふうん。思ったよりも反動が強いな」

 硝煙の燻ぶる銃口に目を向けて、トーマスがぼやいた。

「一番軽いものを注文したのにな。こういうものなのか」

 間に合わず銃声にかき消された、「王様!」という制止の声の、「ま」の形で口を開けたまま、大臣は、ただただ唖然として目の前のできたての遺体と自らの主を交互に見た。

 倒れた男のひたい。ほくろがあった位置に、ぽっかりと穴があいている。

 近づいてから撃ったとはいえ、そこを狙ったらしきトーマスの射撃の腕はなかなかのものだ。
 まだ温かそうな死体からは、血液が風呂の栓を抜いたようにドクドクと溢れ、赤い絨毯にさらに濃い染みをつくり出している。

「音も結構うるさいものなんだな」

 ただのまとに試し撃ちをしてみただけ。
 という態度で、トーマスは銃の感想をひとりごととして小さく述べている。
 以前大臣が見かけた商人とのやり取りは、銃を購入するためのものだったようだ。

「なんということを……」
 大臣はやっとのことで一言絞り出した。

「愚民が僕に直接文句を言いに来るなんて、神への冒涜に等しいよな。しかもこいつ聖職者だとさ。皮肉なもんだ。笑えるよ」

 無慈悲な王は転がる死体を足裏で揺する。

「もう二度とこんな馬鹿な真似しないように、見せしめが必要だと思わないか?」

 同意も否定も出来ず、大臣はただただ立ち尽くした。

「こいつの体……いや、首だけで充分かな。切り落として箱に詰めて送り返しとけ。どこの教会の奴か、調べればすぐに分かるだろう。くそっ、靴が汚れた」

 王は不機嫌そうに悪態をついて、死体から距離をとる。
 汚れた部分を、足拭きマットよろしく絨毯の綺麗な部分にこすりつけて血を落としている。

「今日の仕事はもう終わりだ。俺様は部屋へ戻る」

 靴が綺麗になったのを確認すると、王は銃を手にしたまま謁見室を出た。

「神への冒涜を犯したのはあなたのほうです、王様……。お赦しください、神よ」

 遺体と一緒に残された部屋のなか、大臣はトーマスに対する反感の言葉と神への懺悔を繰り返した。
 床に膝をついて手を組み、頭上に掲げて神への許しを乞う。

 祈ったところで遺体が消えるわけではなく、誰かがどうにかしなければならない。
 小一時間祈ったあと、言われた通りに遺体を処理する覚悟を決めた。
 逆らえば、次ここに転がるのは自分かもしれない。

 あまり大柄ではない体格をした男だったが、全身の力が抜けているとそれなりの重さになる。ひとりで持ち上げるのは至難の業だ。

「このような扱いをして申し訳ございません……。どうか、どうかご理解ください。私も生きるために必死なのです」

 糸の切れた操り人形のようにくったりした遺体にことわって、脇の下に手を通す。
 ずっしりとした命の重量を思い知りながら、ずるずると引きずり、人目を避けて裏庭へ運ぶ。

 【見せしめ】なのだから、隠す必要は無いのだろうが、自分の行いを人に見られたくない。大臣は途中で幅の広い布を倉庫から調達して、遺体を包んだ。


 時刻が遅かったことが幸いし、誰にも出会わずに目的の場所に到着した。
 たった数分間の移動だったが、死んだ人の体を運んでいると思うと、永遠の時間のように思われた。

 これからさらに体感時間は長くなるだろう。遺体に手をかけなければならない。

 ひとりでやるには荷が重すぎる。
 誰かを共犯に仕立てあげたい気持ちが湧き上がるが、他人にまで罪を背負わせることはしたくない。
 逃げ出したい気持ちと責任感のあいだで大臣は葛藤し、結局、「やっぱりひとりで実行するしかない」という結論に達した。

 真夜中までかかって、大臣は、うまれてはじめて人間の体に刃物を入れて、うまれてはじめて人間の頭と胴を切り離し、うまれてはじめて切断した人間の頭を箱に詰めた。

 その夜は、大臣にとって、人生で一番長い夜となった。
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