挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

18/45

第十七話   ☆ああわびしきかな、続く契の現は憂し

 広い広いお城の端の端。狭くて暗い片隅の部屋に、カミィはまだ閉じ込められたまま。

「今日こそもう一度、トーマス様とお話を」

 毎朝張り切って目をさましても、ハリネズミさんはどこで何をしているのやら。絵本のなかにはちゃんと居るのに、声をかけてもお返事は無い。しかたなく部屋でじっと過ごすだけで、夜は毎日やってくる。
 カミィは仕方なく、毎夜、お手紙を書く。決して届かないお手紙は、束にして「日記」と呼んだ。

 今日もベッドに潜ってペンを歩かせていると、バルコニーからコンコンと音がした。風が小枝を運んだような、控えめな呼び声。夏の嵐が来たのかな。
 しばらくしてもう一度同じ音が、コンコンコン。

「なんだろう?」

 カーテンの隙間からそっと外を覗くと、夜の色に紛れて立っていたのは、見慣れない男の人。

「ほわ――!」

 飛び出しそうになった叫び声を、カミィはなんとか両手で口のなかに押し込んだ。
 男の人が「しーぃ!」とナイショのポーズをとったから。その人は「ここをあけて」と、鍵の部分を外からつつく。

 言われた通りに鍵を開けると、ぶわっと風が舞った。強い風なのに雲は動かず、空は暗くて星は見えない。バルコニーに立つ人のコートも闇の色。

「お前、開けろって言っといてなんだけど、俺が危ない奴だったらどーすんだ。もうちょっと警戒心を……あーいや、今はそれはいい。その、覚えてるかわかんねーけど、えっと、久しぶり……だな」
「久しぶり……?」

 そういえば、チョコクリーム色の肌に、暗いところでも目立つ銀色の髪、口をあけると見える尖った歯。この人は――。

「マリ……ク! マリク! 思い出した! 久しぶり! どうしてここに?」
 小さい頃に森で出会ったお兄さん。カミィは自分を助けてくれた少年の手を握って跳ねた。マリクの手は、ひとまわり大きくて温かい。

「お前が困ったときに、きっと助けてやるって、約束したから」

 今も昔も同じように、抜け出せない迷路で困っていて。
 そんなとき、どこからともなく現れた頼れるナイトさん。
 あのときは心強くて嬉しくて、大事な宝物をあげてもいいって思うくらいだったのに。
 どうしてだろう。同じ言葉が、今は、重たくて。

 握っていた手を離すと見える、マリクの首にぶら下がっている指輪。宝物にしてた本物の宝石。今はもう、覚えてもいなかった失くし物。だって宝箱は、別の物で埋まってしまった。

「あんな小さな頃のこと、本気にしなくても良かったのに。そんな昔の約束、わたしはもう忘れてたよ」

 マリクは困ったように笑ってる。
 それでもボール遊びは続く。

「わたしが困ってるって、どうしてわかったの?」
「薄紫の髪をした男のことは知ってるか?」

 覚えている。廊下で出会った、声が綺麗なふわっとした人。

「あの人と知り合いなんだね」
「知り合いってほどでも無いが……とにかくそいつから、お前が辛い思いをしてるらしいって聞いてきたんだ」

 準備は整えた。と、マリクは後ろのバルコニーを指した。
 高い塔のお姫様みたいに、髪を編んで垂らさなくても。多分マリクが用意した、縄のはしごがかかってる。風でゆらゆら、すぐ下の中庭まで。

「なあ、俺と一緒に逃げよう。お前が行きたいところ、どこへでも連れてってやる」

 いたずら好きのコヨーテが、頭のなかで餌を欲しがる。
 ここから一歩踏み出せば、風の匂いを嗅げるでしょう。三歩進めばそこはもう暗闇の外。おいで、おいで。逃げちゃおうよ。


 でも。

「ごめんなさい。それはできないの」

 フレームに入れた花びらが見てるから。


「な……んでだよ! お前、困ってるんだろ? 王に虐められてるって、そう聞いたぞ。俺が助けてやるよ。頼っていいんだ。そういう約束じゃねーか」

「違うの。虐められてるんじゃないの。あのね、トーマス様は、ひとりぼっちのハリネズミなの。家族の愛を知らないの。だからわたしはここに残って、お友達になってあげなくちゃなの。そうすれば、優しい心を取り戻してくれるに決まってるんだから」

「はあ?」

 マリクは本当に不思議そうな顔をして、

「お前、何言ってんだ? 愛なん――てぇっ!?」


 突然、ものすごく強い風が吹いた。嵐より、もっともっと強い。目をあけていられない。
 風が止むとそこには、――何も、無くなっていた。

「マリク!?」

 マリクが居ない。バルコニーも無い。一瞬で全部消えてしまった。さっきまでマリクが立っていた場所から下を覗いても、暗闇が口を開けているだけ。残っているのは、なにかで勢い良く切られたみたいな跡。トゲひとつなく綺麗にすっぱり。


「何事ですか!?」

 騒ぎに気付いて部屋へ飛び込んできた兵士に説明しようにも、何が起きたのかカミィにもさっぱり。

「あ、あう。か、かぜが吹いて、バルコニーが、壊れて、あの……無くなっちゃった」
「そんな馬鹿な」

 広い真っ暗闇に向かって、兵士はポカン。


*


――ガサガサガサ! と。

 葉と枝が擦れ合う音を盛大に響かせて、マリクは背中から着地した。
 幸いにもかすり傷をいくつかつくった程度で済んだのは、背の高い植え込みと柔らかい腐葉土がクッションとなったおかげか。

「痛って……どうなってんだよクソ!」

 見張りに見つかる前に離れなければ。
 向かい風に抗って歩きだす。

 相手が忘れていようとも、約束はずっと現在進行系。返す機会を失って、指輪は今もまだ胸元で揺れている。
 花束を手に来ていれば、別の答えが聞けただろうか?

「俺じゃ駄目だってのかよちくしょう……家族の愛なんて、俺だって知らねえよ。クソッ。馬鹿野郎」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ