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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第十七話   ☆ああわびしきかな、続く契の現は憂し

 広大な敷地を有する城の、何十分……いや、何百分の一ほどしかない部屋に、カミィはまだ閉じ込められたままだ。

 暇つぶしに与えられる本や、決まった時間に運ばれてくる食事に不満は無い。
 バスタブも部屋に設置され、ベッドのシーツだって毎日取り替えてもらえる。
 食事のあいだはメイドが話し相手にもなってくれた。不便はなかった。

 それでも、一日中部屋でじっとしているのは精神的に辛かった。もともと屋内で過ごすのは好きだったが、閉じ込められて監視されていると思うとストレスが溜まる。

「今日こそは話し合いを」
 と毎朝張り切って起きるのだが、肝心のトーマスと会えないのではどうしようもない。
 メイドに伝言を頼んでも、返事が来たことは一度も無かった。

 部屋を抜け出して会いに行くというのも考えたのだが、簡単ではなさそうだった。
 からだの自由は奪われていないけれど、ドアには外から鍵がかけられているし、廊下には昼と夜の交代制でずっと見張りが立っている。

 他には、出っ張りにしか見えないような小さなバルコニーがひとつあって、その下は庭園につながっていた。
 しかし、部屋が二階にあるため、自力での脱出は難しいように思われた。

 そういうワケで、今日も特に何をするでもなく一日の終わりを迎えたカミィは、部屋の奥に設置されたベッドのなかで日記を書いていた。
 最近は主にその日の天気と食事の献立くらいしか書くことがなく、退屈な内容に飽々している。

 ペンを持って、漫然と白い紙に視線を彷徨わせていると、バルコニーのほうからコンコンとドアを叩くような物音がした。

「風が小枝でも運んで来たのかな」
 無視していると、数分してもう一度同じ音が鳴った。
「なんだろう?」

 不審に思いカーテンの隙間からそっと覗くと、夜の色に紛れて見慣れない青年が立っていた。


「ひっ――!」


 漏れそうになった叫び声を、必死に自分の両手で口を覆って押し留める。
 青年が指を一本たてて必死に、「静かに」というジェスチャーをしたからだ。
「ここをあけてくれ」というような身振りで、鍵の部分をトントンと外からつついている。

 指示の通りに鍵を開けると、バルコニーから外の空気が一気に部屋に雪崩れ込み、カーテンが踊り騒ぐ。
 曇って星の見えない空と同じ色をした青年のコートも、風になびいて乾いた音を響かせた。

「お前……開けろって言っといてなんだけど、俺が危ない奴だったらどーすんだ。もうちょっと警戒心を……あーいや、今はそれはいい。その、覚えてるかわかんねーけど、えっと、久しぶり……だな」

 青年は呆れ顔で小言を漏らしたかと思えば、そのあとややうつむいて、頭を掻きながらはにかんだ。

 久しぶりと言われて、頭の奥にしまい込まれていたおぼろげな記憶が徐々に呼び起こされる。
 そういえば、健康的な褐色の肌に、暗いところでも目立つ銀色の髪、口をあけると顔を覗かせる尖った犬歯。それぞれにとても見覚えがある。

「マリ……ク! マリクね! 思い出した! 本当に久しぶり! なぜ? 急にどうしてここへ?」

 外の見張りに聞こえないように声のボリュームは抑えながらも、カミィはかつて自分を助けてくれた少年の手を握って跳ねた。

「お前が困ったときに、きっと助けてやるって、約束したから」

 顔を上げて、確信を持った口調で、マリクは言った。その自信に満ちた声は、昔と変わらない頼れるヒーローそのものだった。

 それが逆に――カミィをうしろめたい気持ちにさせた。

 約束を覚えていて実行に移したマリクとは正反対に、今の今までその存在すらすっかり頭から抜け落ちていた自分が恥ずかしい。

「あんな小さな頃のこと、本気にしなくても良かったのに。そんな昔の約束なんて、わたしはもう忘れてたよ」

 握っていた手を離すと、丁度目の前の高さにぶら下がっている指輪が視界に入る。懐かしいと同時に申し訳ない気持ちが湧き上がり、カミィは視線をそらした。
 マリクは何も言わず、曖昧に笑うだけだった。

 微妙な空気が流れたまま、言葉のキャッチボールは続く。

「わたしが困ってるって、どうしてわかったの?」
「薄紫の髪をした男のことは知ってるか?」

 薄紫の髪。それだけですぐにピンときた。廊下で助言をくれた優雅な人。

「あの方とお知り合いなのね」
「知り合いってほどでも無いが……とにかくそいつから、お前が辛い思いをしてるらしいって聞いてきたんだ」

 そう言うと、マリクはすぐ後ろのバルコニーを指した。
 彼がここまで登るのに使ったらしき縄梯子が、風に煽られて揺れている。

「なあ、俺と一緒に逃げよう。お前が行きたいところ、どこへでも連れてってやる」


 その言葉に、カミィはゴクリとつばを飲んだ。

 部屋の内側にいるカミィと、バルコニーに立つマリクの距離は、たったの数十センチしかない。
 勇気を出して一歩踏み出せば、全身で外気に触れることができる。
 三歩進めば梯子をつたって庭園へ降りられるだろう。
 それに今日は月も星も雲に隠れていて、外は暗闇が支配している。誰にも見つからずに逃げきれるかもしれない。

 しかし。

 カミィは片足を上げて、
「ごめんなさい。それはできないの」
 一歩後ずさった。

「な……んでだよ! お前、困ってるんだろ? 王に虐められてるって、そう聞いたぞ。俺が助けてやるよ。頼っていいんだ。そういう約束じゃねーか」

 少し前のカミィなら、喜んでついて行っただろう。
 だけど今は、心に決めたことがある。

「違うの。虐められてるんじゃないの。あのね、トーマス様は、かわいそうな人なの。両親に目をかけてもらえず、兄弟にも敵視されて、家族の愛を知らないで育ったんだよ。だから今、わたしという新しい家族への接し方がわからないだけなの。わたしまで逃げ出してしまったら、彼は裏切られたって感じてしまう。わたしはここに残って、彼を安心させてあげなくちゃダメ。そうすればきっと、優しい心を取り戻してくれるに違いないんだから」

「はあ?」

 マリクはまるで理解できないと言った様子で素っ頓狂な声をあげた。

「お前、そんなことであいつが良い奴になると本気で思ってるのか? 俺は王の野郎のことは何も知らねーけど、歪んだ奴はたくさん見てきたからわかる。お前がそばにいたって辛い思いを積み重ねるだけだぞ。愛なん――てぇっ!?」

 カミィの言葉に呆れた表情をして、彼が説得、もといお説教をしている最中、突如強い風が巻き起こる。
 と同時に、視界を赤黒い何かが横切り、マリクを乗せたバルコニーがスパンッと小気味良い音を立てて崩落。

「マリク!?」

 カミィは目の前から突然消えてしまった人物の名を叫んで下を覗く。
 手に触れるバルコニーの断面は、まるでヤスリをかけたかのようにトゲひとつ無く、切れ味の良い刃物で勢い良く切断した跡を思わせる。

 次いで、騒ぎを聞いて兵士が部屋へ駆け込んで来た。

「何事ですか!?」
「あ、あう……」

 何事と言われても、それはこちらが聞きたいほどだ。説明しようにも何も言葉が出てこない。
 一体何事が起こったのか?

 兵士の目にうつっているのはおそらく、庭に落ちてしまいうなほどギリギリの位置で膝をついて愕然としているカミィと、跡形もなく消えているバルコニー。

「何事……ですか」

 兵士はうろたえて繰り返した。

*

――ガサガサガサ! と。

 葉と枝が擦れ合う音を盛大に響かせて、マリクは背中から着地した。
 背の高い植え込みと柔らかい腐葉土がクッションとなって、幸いにもかすり傷をいくつかつくった程度で済んだ。

「痛って……どうなってんだよクソ!」

「何か騒がしいぞ」
「侵入者か!?」

 ゆっくりと悪態をつく暇も無く、物音を聞きつけて見張りがやってくる。

「やべっ」

 できるだけ目立たないように姿勢を低くして、その場から離れる。

「なんで急に落ちるんだよ。意味わかんねえよ」

 一度振り返って見つかっていないのを確認してから、立ち上がって走り出す。
 身を裂くように向かってくる風に抗いながら、先ほどのやりとりを思い出す。

『十年も前の約束なんて、忘れていた』
 カミィはそう言った。

 マリクにとって、最初は本当に約束のためだった。
 声をかける機会を失って、それでも定期的に少女の様子を窺ううちに、いつからか年の離れた妹を見守るような感情を一方的に持つようになった。
 情がうつるとはこういう気持ちのことを言うのだろう。ジュンイチに図星をつかれ、ついに自分の気持ちを認めざるをえなくなった。認めてしまえば、あとは心に従うしかない。

 俺は、アイツが不幸になるところを見たくない。

 一度助けたものを放っておくなんてできない。
 想いはずっと現在進行形で、全然昔のことなんかじゃない。

 でもカミィからすれば、自分は十年前に一度出会っただけの人だ。
 過ぎ去った十年のあいだに開いたふたりの温度差はすぐには埋められない。

 もし助けに来たのがジュンイチだったなら、カミィは一体どうしていただろうか?
 それでも拒んで王のそばに居ることを選んだだろうか? 

「俺じゃ駄目だってのかよちくしょう……愛なんて、俺だって知らねえよ」

 マリクは、カミィを不幸にする王にも、甘ったれたことを言うカミィにも、こんなときに連絡がつかないで何をしているのか分からないジュンイチにも、人ひとりを担いで梯子を降りるイメージトレーニングまでしてしまった自分にも、突然崩れたバルコニーにも、この世とありとあらゆるものに苛立ちを覚え、誰にぶつければいいのか分からなくなって目に入るもの全てに、
「クソ」
 だの、
「馬鹿野郎」
 だの、呪詛の言葉を吐きかけながら帰路についた。
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