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そしてふたりでワルツを 作者:あっきコタロウ(カミユ)

本編

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第十七話   ☆ああわびしきかな、続く契の現は憂し

 広い広いお城の端の端。狭くて暗いすみっこの部屋に、カミィはまだ閉じ込められたまま。

「今日こそもう一回、トーマス様とお話を」

 毎朝元気いっぱいに目をさましても、ハリネズミさんはどこで何をしているのやら。絵本のなかにはちゃんと居るのに、声をかけてもお返事は無い。何もできないで部屋でじっと過ごすだけでも、夜は毎日やってくる。
 カミィは仕方なく、毎晩、お手紙を書く。相手に届かないお手紙は、集めてつなげて「日記」と呼んだ。

 今日もベッドに潜ってペンを歩かせていると、バルコニーからコンコンと音がした。風が小枝を運んだような、小さな呼び声。夏の嵐が来たのかな。
 しばらくしてもう一度同じ音が、コンコン。

「なんだろう?」

 カーテンの間からそっと覗くと、夜の色のなか立っていたのは、外と同じ色のコートを着た知らない男の人。

「ほわ――!」

 飛び出しそうになった叫び声を、カミィはなんとか両手でストップ。男の人が「しーぃ!」とナイショのポーズをとったから。その人は「ここをあけて」と、鍵のところを外からつつく。

 言われた通りに鍵を開けたら、外と中がひとつになった。でも、外は暗くて先が見えない。

「お前、開けろって言っといてなんだけど、俺が危ない奴だったらどーすんだ。もうちょっと警戒心を……あーいや、今はそれはいい。その、覚えてるかわかんねーけど、えっと、久しぶり……だな」
「久しぶり……?」

 そういえば、チョコクリーム色の肌に、暗いところでも目立つ銀色の髪、お口のなかには狼さんみたいに尖った歯。この人は――。

「マリ……ク! マリクだぁ! 久しぶりだねぇ。どうしてここに来たの?」
 こどものときに森で出会ったお兄さん。カミィは自分を助けてくれたその人の手を握ってピョン。マリクの手は、やっぱり大きくて温かい。

「お前が困ったときに、きっと助けてやるって、約束したから」

 今も昔も同じように、出口が見えない迷路で困っていて。
 そんなとき、どこからともなくやってきた頼れるナイトさん。
 あのときは嬉しくて、大事な宝物をあげてもいいって思ったのに。
 どうしてだろう。同じ言葉が、今は、重たくて。

 握っていた手を離すと見える、マリクの首にぶら下がってる指輪。宝物にしてた本物のきらきら石(宝石)。覚えてもいなかった失くし物。だって宝箱は、別の物で埋まっちゃった。

「子どものときのことなんて、気にしなくてもいいのに。そんな昔の約束、わたしはもう忘れてたよ」

 マリクは困ったように笑ってる。
 それでもボール遊びは続く。

「わたしが困ってるって、どうしてわかったの?」
「薄紫の髪をした男のことは知ってるか?」

 覚えてる。廊下で出会った、声が綺麗なふわっとした人。

「あの人と知り合いなんだねぇ」
「知り合いってほどでも無いが……とにかくそいつから、お前が辛い思いをしてるらしいって聞いてきたんだ」

 準備は整えた。と、マリクは後ろのバルコニーを指した。
 高い塔のお姫様みたいに、髪を編んで垂らさなくても。多分マリクが準備した、縄のはしごがかかってる。風でゆらゆら、すぐ下のお庭まで。

「なあ、俺と一緒に逃げよう。お前が行きたいところ、どこへでも連れてってやる」

 いたずら好きのコヨーテが、お腹をすかせて誘ってる。
 ここから一歩足を出せば、風の匂いを嗅げるでしょう。三歩進めばそこはもう迷路の外。おいで、おいで。逃げちゃおうよ。


 でも。

「ごめんなさい。それはできないの」

 フレームに入れた花びらが見てるから。


「な……んでだよ! お前、困ってるんだろ? 王に虐められてるって、そう聞いたぞ。俺が助けてやるよ。頼っていいんだ。そういう約束じゃねーか」

「違うの。虐められてるんじゃないんだよ。あのね、トーマス様は、ひとりぼっちのハリネズミなの。家族の愛を知らないの。だからわたしは、お友達になってあげなくちゃなの」

「はあ?」

 マリクは本当に不思議そうな顔をして、

「お前、何言ってんだ? 愛なん――てぇっ!?」


 急に、ものすごく強い風が吹いた。嵐より、もっともっと強い。目をあけていられない。
 風が止まったときそこには、――何も、無くなっちゃってた。

「マリク!?」

 マリクが居ない。バルコニーも無い。ちょっと目を瞑ってるあいだに、全部消えちゃった。さっきまでマリクが立ってたところから下を覗いても、真っ暗闇がお口を開けてるだけ。残ってるのは、なにかで勢い良く切ったみたいな跡。綺麗にすっぱりツルツルに。


「何事ですか!?」

 慌ててお部屋へ飛び込んできた兵士にお話しようと思っても、何が起きたのかカミィにもさっぱり。

「あ、あぅ。か、かぜが吹いて、バルコニーが、壊れて、あの……無くなっちゃった」
「そんな馬鹿な」

 何もないお外に向かって、兵士はポカン。


*


――ガサガサガサ! と。

 葉と枝が擦れ合う音を盛大に響かせて、マリクは背中から着地した。
 幸いにもかすり傷をいくつかつくった程度で済んだのは、背の高い植え込みと柔らかい腐葉土がクッションとなったおかげか。

「痛って……どうなってんだよクソ!」

 見張りに見つかる前に離れなければ。
 向かい風に抗って歩きだす。

 相手が忘れていようとも、約束はずっと現在進行系。返す機会を失って、指輪は今もまだ胸元で揺れている。
 花束を手に来ていれば、別の答えが聞けただろうか?

「俺じゃ駄目だってのかよちくしょう……家族の愛なんて、俺だって知らねえよ。クソッ。馬鹿野郎」
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