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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第二一話   ☆誰がために(2)

 青年の描いた地図は非常に難解だった。

 なんとか解釈し、抽象画を道に見立て覚えた地図を紙に描き出し、それを頼りに街を歩いたが、目的の場所が見つからない。
 何度も人にたずねながらやっとそこに辿り着いたのは、街灯に明かりが灯る頃だった。

「ごめんください」

 寂れてはいない。かといって新築のように美しくもない。築二十年ほどに見える建物の一室。
【フェルナンド探偵事務所】と書かれたプレートが備え付けられた灰色のドアをノックして待つ。

 少しして、浅黒い肌をした筋肉質な男がドアを半分開けて顔を出した。
 思慮深そうな鋭い目つきをしている。

「あなたがディエゴさん?」

 彼の眼差しから力強いオーラを感じ取り、蛇に睨まれたような気分で恐る恐るたずねる。
 男は頷くと、大きくドアを開けて迎え入れる姿勢を見せた。

「いかにも。私がディエゴ・フェルナンドです。どうぞ」



 事務所の室内は簡素なものだった。
 案内されて座ったソファはやや硬い。
 それでも一日歩き通しで棒になった足を休めることができるのがありがたかった。

 目の前にはガラス製のテーブル。
 左手にはブラインドのかかった窓があり、その下には観葉植物がひとつあるだけ。
 対面に座るディエゴの後ろはややスモークがかったパーティションで区切ってあり、その奥に目を凝らせばデスクらしき形のものが透けて見える。

 緊張して喉が乾く。出されたコーヒーを一口のんで喉を潤してから、事情の説明に入った。

 まず秘密を守ることを誓えるか? とたずね、ディエゴが頷いたのを確認して、国王の政治に不満を持つ人を集めていることから武器の入手のことまで全てを話す。

「何か良い案はありませんか?」
 最後にそう質問して、口を閉じる。

 ディエゴはテーブルに肘をついて目を瞑り話をきいていたが、男が話し終わるとソファに背を預け、ふーんと大きく鼻で息をした。

「なるほど。事情は分かりました。……少しお待ちください」

 ディエゴはそう言って席を立ち、パーティションの裏側へ消える。
 デスクのそばで人影がもぞもぞと動き、カチャリという音のあとに、ダイヤルを回す音。どこかへ電話をかけているようだった。

 漏れきこえてくる声に耳をそばだてる。

「……日に……断……ない……実験……材……調達……ああ、それでは。今後ともよろ……」

 会話の内容はよく分からない。

 しかし、戻ってきた彼の表情を見て、うまくことが運びそうであることが読み取れた。

「武器の調達はなんとかなりそうですよ。とりあえず一週間で銃三百丁用意してくれるそうです。受け渡しの詳細については数日以内に書面を送ります」

 用意"してくれる"とは、誰が……と男が口を挟む前に、ディエゴは片方の口角を上げてシニカルな笑みを浮かべた。

「さて、では報酬の話にうつりましょう」

 いかほどふっかけられるのか。教会に金が無いのは伝えてある。マリクに金を借りなければならない事態は避けられますように……。
 息を飲んで祈る。

 ディエゴが提案した金額は、こうだった。

「あなたが今この場で持っているお金を全額、出してください」
「えっ……」

 具体的な金額ではなく有り金全部という提示に面食らう。

「い、今ですか? ほとんど持ちあわせておりませんよ」

 ポケットに手を入れ、小銭入れを取り出す。袋状の小銭入れは子どもの手のひらほどの大きさ。
 袋の口紐を解き、テーブルの上で逆さに振ってみせる。
 なかからはカラカラと数枚のコインが飛び出して、それで終わり。金額にすればパンをひとつ買えるほどしかない。

「これで全部です」
「どうも。ご依頼ありがとうございました」

 ディエゴはそのコインを丁寧につまみ上げて手の平に乗せると、礼を言い目を細めた。

「本当にそれで?」
 あまりにあっけなく済んでしまい、狐につままれたような心持ちになる。申し訳なさから肩がすくむ。

「ええ。お帰りはこちらです。またのご依頼をお待ちしております」

 笑顔で立ち上がりドアを開ける便利屋に促され、事務所を出る。
 ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認すると、三十分も経っていなかった。
 詳細の連絡は本当に来るのだろうかと半信半疑に思って首をかしげながら、帰路につく。

 教会に戻るまでに、腹の虫が数回鳴いた。
 ディエゴという人物の言うことを信じるのなら、今日の夕飯になるはずだったコインは、たったの十数分で銃三百丁に化けたらしかった。
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