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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第十五話   ☆月の影に潜む刃は獣(2)


 最初に虫を殺す遊びを教えたせいか、もしくは名前を付けたせいか。
 刷り込み効果と似たようなもので、「トーマスと居ると楽しいことが起こる」とゲツエイは思っているようだった。

 いつもどこからか見張っているらしく、トーマスが夢にうなされると決まってゲツエイが訪れるようになっていた。


 なぜ夜にしか現れないのかと不思議に思ったことがある。

 ある時たまたま目にした文献に、【忍者】なる存在のことが書かれていた。
 文献によると、忍者という部族は隠密行動が得意らしい。辺境の小さな島で、世界との関わりを断って暮らしている珍しい部族だそうな。文献に描かれている忍者の服装は、ゲツエイのそれによく似ている。彼はきっと忍者なのだろう。だから夜、人目を忍んで行動しているのだ。
 トーマスは、そう結論付けた。

*

 ゲツエイと出会って数年が過ぎた頃、エスカレートする虐めがついに一線を超えた。
 トーマスが城の二階の廊下を歩いていたとき。
 後ろから走ってきた誰かに突き飛ばされて、そばの階段から落ちてしまったのだ。
 幸いにも打ちどころは悪くなく、片足の捻挫だけで済んだ。
 だが、もしも頭から落ちていたら……と思うと、命の危険を感じ、ゾッとせざるをえなかった。



「今夜はうなされそうだ」

 嫌な夢を見るとゲツエイが起こしに来る。
 そうと分かっていても、やはり眠りに着く前は少し億劫になる。

 パジャマに着替えたあと、ベッドに腰掛けて包帯の巻かれた足を眺める。

――死ぬ。
 どんなに頑張っても、どんなに努力しても。
 たった一瞬で、人は簡単に死んでしまう。

 自分の存在が灰となって消えてしまうことを想像すると、トーマスの目からは自然と涙が零れた。
 タオルで拭って顔を上げると、いつの間にか目の前にゲツエイが立っていた。

「どうした? まだ眠っていないぞ」

 返事は無い。
 ゲツエイが言葉を発しないことにももう慣れた。

「流石に今日は参ったよ。危うく死ぬところだった。今まで努力してきたのに、こんな簡単なことで死ぬなんてごめんだな」

 そのまま仰向けに倒れて、天井を見つめる。シミひとつ無い天井は、白く発光していると錯覚してしまうほどの眩さ。
 その白さと相反するように、心のなかにどす黒い感情が芽生えはじめる。


「僕の邪魔をする奴はみんな消えてしまえばいいのに」


 なんてな。と座り直すと、そこにゲツエイはもう居なかった。
「なんだあいつ……話くらい最後まで聞けよ……」
 もう一度横になって電気を消し、トーマスはそのまま眠りについた。


 案の定夢にうなされたが、その夜ゲツエイは起こしに来なかった。




 翌朝、彼の身体を揺さぶったのは、城の使用人だった。
「なんだ、いつも夜中に起こしにくるのに。僕の味方でいてくれるんじゃなかったのか!?」
 約束もしていないゲツエイに内心で悪態をつく。

「トーマス様。そのままの服装でよろしいので、すぐに王様のもとへ!」
 眠い目をこすってからだを起こすと、使用人から挨拶もそこそこに急かされる。

「何事だ?」

 言われるがままに王の自室へ駆けつけると、十人以上いる兄達がすでにそろって横一列に並んでいた。彼らの視線を受けながら、一番端へそっと並ぶ。

「全員揃ったか」
 王子達を見まわして、この頃はまだ病に侵されていなかった王が、威厳のある声を出す。

「ひとり足りないようですが」
 トーマスを含めて十一人しかいないのを確認して、一番うえの兄が口を挟んだ。

「いや、よい。これで全員なのだ」


 そして王は頭を振って、
「エイブは死んだ」
 と静かに告げた。


【エイブ】――トーマスのひとつうえの兄の名だった。


「なっ……」
「どういうことです!?」

 ざわつく王子達を制して、王は事実だけを述べる。

「昨夜、何者かに殺された。現在ポリシアが捜査中だ。落ち着くまでお前達は各自室から出るな。もう下がってよい」
「父上! もう少し詳しく……」

 食い下がる二番目の兄を押さえて、一番うえの兄が統率を取る。

「分かりました。皆、父上の言うことに従おう」

 一連の流れを部屋の隅に近いところから見ていたトーマスは、どこか他人事に感じていた。

 エイブはトーマスに一番きつくあたっていた兄だった。
 そのせいか、死んだと聞いても悲しみが湧いてこない。
 それどころか、清々したと言っても良い。
「障害がひとつ消えてむしろラッキー」
 とまで、部屋へ戻る道すがらに考えたほどだった。

「しばらく外には出られないのか。この機会に自習でもしよう」

 目先の予定を組みながら自室のドアを開けると、部屋の丁度真ん中にゲツエイが立っていた。

「こんな真っ昼間に珍しいな」
 廊下に立つ警備兵に気づかれないように注意を払いながら、ドアを閉めて鍵をかける。

 ゲツエイのそばに寄って、彼の様子がいつもと違うことに気がついた。

 久しぶりに昼に会ったから、ではない。
 明らかに違う。
 黒い服装のせいで分かりづらいが、何かで濡れてビショビショになっている。
 白い面は真っ赤に染まっているし、いつもはまるで無臭のゲツエイ本人からも、変な臭いがする。

 どこかで嗅いだことのあるような――この臭いは、血? それと……。

 そして、何が起こったのかを理解した。

「ゲツエイ……お前……やったのか?」

 何を、とはあえて聞かなかった。
 聞く必要は無かった。

「邪魔をする奴は消えてしまえばいいのに」
 そう指示を出したのは自分なのだから。

 ゲツエイは肉食獣のように大きく口を開いて、発達した犬歯を見せて笑った。


――肯定。


 その瞬間。湧き上がるこの気持ちは、何だ!?
 歓喜。恐怖。期待。不安。納得。高揚。興奮。苛立ち。承認欲求。支配欲!

 自分を階段から突き落としたのはエイブだったのだろう。 
 だから、殺した。

 トーマスはその事実がたまらなく嬉しかった。
 エイブが死んだことではない。ゲツエイが自分のために動いたことが、だ。

 数年の付き合いになるが、ゲツエイが「人間らしい」行動を取っているところを見たことがない。言葉も話さないし、動作も人間というより野生の獣そのものだった。「本能」で生きている。そんな印象だった。

 理性を持つ人間ゆえの打算や偽善、汚いところは嫌というほど見てきた。他人は信用できない。
 理性を持たない、純粋な獣と変わらないゲツエイだけが、唯一体面を気にせず接することができる相手だった。

 そのゲツエイが、トーマスの剣となり盾となる。それがたった今証明された。信用できる剣がいつでも懐にある。しかもそれは、誰にも存在を知られずに隠し通せる透明な刃なのだ。
 こんなに幸運なことがあっていいのだろうか? 答えはイエス。なぜなら俺様は、王になる男だからだ!

「よくやった、ゲツエイ。さすがは俺様の子分だよ」

 トーマスは微笑むと、ゲツエイの肩を叩こうとしてギトギトに濡れているのを思い出し、やめた。

「だけどこれからは無闇に殺すな。怪しまれるからな。俺様が指示を出したときだけにしろ」

 ゲツエイはコクリと頷いて、瞬きするあいだにどこかへ消えた。


*


「気に食わなければいつでも殺せる」
 そう思いながら生活すると、不思議と兄弟の虐めが気にならなくなった。
「最近よく笑うようになられましたね」
 と使用人から声をかけられる機会も増えた。

 殺人がバレる心配は無かった。
 捜査に何の進展もなく、エイブ殺害の犯人は分からないまま迷宮入りすることになりそうだと聞いた。

 そもそも、忍者という存在自体がお伽話のようなもので、彼だって目の前にゲツエイがいなければ「忍者」と言われたところでピンと来なかっただろう。
 この国では、ゲツエイは透明人間だ。トーマス以外にその存在を知る者はいない。ポリシアの捜査がゲツエイへたどり着くことは無いに等しいだろう。万が一トーマスに疑いがかかったとして、誰が犯行を証明できるというのだ。

 いずれ邪魔者は全員殺し、この国は全て自分のものになる。そのための準備期間だと思えば、自然と勉強にもこれまで以上に身が入る。

 そしてついに。
 それまでの努力が実を結び、病に臥せった王から代理の任を受けることになった。

 そこからは、計画を練りひとりずつじっくりと兄を殺し、時々偽装して発表した。
 毎日の執務も完璧にこなし、国民の支持を得て、良いアクセサリーになりそうな妻を見つけ、そして最後に、父を殺した。

 ひとつきりの暗器を手に、トーマスはこの国の王になった。
 この国はもう彼のもの。人も、物も、全てを手に入れた!

***

『あるひのこと すばやいはりねずみと ももいろのまるが であいました。
 ももいろのまるは とてもやわらかいので とげとげが ささりませんでした。

「ぼくは おなかが すいている」
 ももいろのまるは すばやいはりねずみに いいました。

「きみは ぼくから にげないんだね」
 すばやいはりねずみは ひとりでたべきれないぶんの たべものを ももいろのまるに あげました。

「たべもの もっと ほしい」
 ももいろのまるは いいました。

 それから まいにち にひきは いっしょに すごしました。
 すばやいはりねずみは ももいろのまるのために たべものを とりました。
 ももいろのまるは ごはんのときいがいは ただ すばやいはりねずみに だまってよりそうだけでした。

 でも それでよかったのです。
 やわらかくて あたたかな ももいろのまるの たいおんに つつまれているとき すばやいはりねずみは たしかに ほかのいきものの ぬくもりを かんじることが できたのですから。

 こうしてふたりは しんゆうになりました。
 そして すえながく しあわせに くらしました。

 おしまい

――あなたにも、大きな愛で包み込んでくれる人との出会いが、訪れますように。』



 絵本に挟んで持ってきた一輪の薔薇を、カミィは弄んでいた。
 押し花にしたそれを、しおりにしようかフレームに入れようかとぼんやり眺めながら、頭では別のことを考える。

【歪み】の原因は殺人事件についてでは無かった。きっともっと根深いところにある。
 そこまでは理解できたものの、ではどうやって原因を突き止めればよいのかさっぱり分からない。
 話し合いの場すら設けることができず、城の最奥にある部屋に閉じ込められてしまった。

「吾妻様は今何をしているかしら」

 手のなかの花に想いを寄せて、途方にくれる。
 正直なところ、先だってのできごとでひどく傷ついたし、もう努力せずに逃げ出してしまいたい気持ちでいっぱいだ。

「お食事をお持ちしましたよ」

 ノックに続き、外から鍵をあける音がして、メイドがパンとスープを運んできた。
 五十代後半か六十代に見える栗色の髪をした太ったメイドは、たしかメイド長だと言っていたはずだ。

「ありがとうございます」

 本を閉じてひとり用の小さなテーブルにつくと、料理の説明をしながら配膳してくれる。
 部屋からは出られないが、なかで過ごすには充分快適なように配慮されていた。

 考えこみながら静かに食事をしていると、お茶の用意をしていたメイドが部屋を見まわし、ふと、ベッドのそばの絵本に目をとめた。

「あら? あの絵本は……トーマス様にいただいたのですか?」
「いいえ、普通に流通しているものを購入したのです。どうして?」

「言ってもいいのかしら」
 メイドは少し躊躇したあと、
「これは私や大臣のような古株しか知らないことなのですが」
 と前置きして、話しはじめた。

「あの絵本の作者は、トーマス様のお母様なのです」
「え!」

 予想だにしていなかった展開に、カミィは思わずスプーンを取り落とした。
 屈んでスプーンを拾い上げ、メイドは続ける。

「前王様がお遊びで手を出された女性からおうまれになったのがトーマス様で、物心つく前にお城に引き取られたのです。お可哀想に、引き取っても前王様はトーマス様を可愛がるでもなく、お世話を全て使用人にお任せになられて。ご兄弟からも母親の身分の違いのせいで、昔は随分辛くあたられておられたのです」
「それで、どうなったのですか?」
「どうということもありません。それだけの話です。お母様も、もう亡くなっておられますし……」

 新しく受け取ったスプーンを握りしめて、たずねる。

「では、あの本は生前のお母様が、トーマス様に向けてかかれたものなのですね? トーマス様はあれを読まれたのですか?」
「いいえ。おそらくは、読んでいらっしゃらないでしょう。幼い頃から学業に熱心でいらしたので、絵本のような児童向けの本には興味を示されておられませんでしたから」

 話しながらメイドが淹れてくれたお茶は綺麗な琥珀色をしている。スプーンでかき混ぜると、溜まった砂糖が溶けていく。

「そうですか……教えてくれてありがとう」
「お后様ですからお話しましたけど、本のことはできるだけご内密に。デリケートな問題ですから」



 食事を終えると、またひとりの時間がやって来る。
 カミィはベッドに腰掛け、もう一度絵本をひらいて、最初から最後までじっくりと読んだ。

 彼の母は、彼が城内でひとり辛い思いをしていると知っていたのだろうか?
 だから本にして自分の気持ちを伝えようとしたのだろうか?
 すばやいはりねずみは、トーマスのことなのだろうか?

『――あなたにも、大きな愛で包み込んでくれる人との出会いが、訪れますように。』

 メイドから話をきいたあとに読み返すと、最後の一文には、
『私が包んであげることはできなかったから』
 という続きがあるような気がする。
 トーマスの母の、そしてトーマスの気持ちを勝手に想像して、カミィは少し泣いた。

【歪み】の原因は、これかもしれない。

 両親に恵まれ、愛されて育った自分には、誰からも愛されずに育った人の気持ちは分からない。
 彼はきっと、ひとりぼっちで寂しくて歪んでしまったのだ。

 彼が、【すばやいはりねずみ】なら、わたしが【ももいろのまる】になってあげよう。
 お友達になって寄り添ってあげれば、彼は優しい心を取り戻すに違いない。
 辛く当たられても我慢して辛抱強く接してみよう。
 とげとげが刺さっても痛くないふりをして。

 逃げ出さずに、戦う決意。
 これは、今まで人に敷かれたレールの上をのんびりと歩いてきた少女にとって、はじめて自分の足で大地に立つに等しい決断だった。

「できることを精一杯やれば、きっとうまくいく」。
 母の言葉が、今なら少し理解できる気がする。

「吾妻様、わたし頑張るからね。見ていて。きっとこの国を良くしてみせるわ。あなたが暮らしやすくなるように。別々の道を歩んでも、あなたのことは忘れないわ。くじけそうになったらこのお花を見て勇気を出すの」

 一生のうち、愛するのはあなただけ。
 そう宣言するように、薔薇の花は結局フレームに入れることにして、いつでも見えるように窓際に立てかけた。
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