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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第十六話   ☆昼下がりの嵐と幻

***

 悪政がはじまって、三ヶ月が過ぎた。

 「しばらく耐えればなんとかなるだろう」と甘くみていた国民も、一向に緩まる気配が無い税率に、徐々に喘ぎはじめていた。
 しかし、トーマスがこれまで残してきた功績によって民から寄せられる信頼は未だ厚い。
 国はなんとか平静を保つことができていた。

 集めた金はといえば、トーマスが自身で管理していた。
 どのような用途でどれくらい使われているのかは、他の誰も知らない。

 一度、大臣が偶然に、トーマスと商人の密談を見かけたことがある。

 うるさく口を出すと乱暴を働かれる。それが恐ろしく、大臣は見てみぬフリをした。誰だって我が身が一番可愛い。
 何商人だったのだろうか……? というのは分からず終いだ。



 一方スラムでは、一部の人びとが直接的な打撃を受けていた。
 不況の煽りを受け仕事が減ったことで、立場の弱い者から職にあぶれはじめた。結果、借金をする人が増えた。生きるために。

 借金といえば、貸すのはもちろんマリクである。
 彼にとって、トーマスの政治はある意味で都合が良かったかもしれない。忙しいほうが余計なことを考えずに済んだからだ。

 遊ぶためだろうが、食いつなぐためだろうが、貸しは貸し。
 その理由や態度問わず、頼まれれば金を貸し、期限がくれば何がなんでも取り立てる。

 そして今日も、支払いの滞っている家へ取り立てに出向く――。


*


 国民の懐がだんだん寒くなるのと反比例して、気温は徐々に高まりつつある初夏。

 この国の行く先をもう少し見ていくことに決めたヘルトゥは、しばらく滞在したホテルの部屋を引き払い、スラムで出会った女性の家に世話になっていた。

 女性の家、と言ってもその家の主は六十代も半分を過ぎただろうかという年頃。
 腰を痛めて立ち往生していたところを、たまたま通りがかったヘルトゥが助けて家まで送ったのが縁という、いたって健全なお付き合いだ。

 女性の名はアベリータ。夫はすでに亡くなっている。
 アベリータは娘のティーア、孫のニニョと、女性ばかり三人で暮らしていた。
 国民の生活を肌で感じるには、ホームステイが一番。男手が足りないからと誘いを受けて、これ幸いと了承した。



 よく晴れて、乾燥した風が気持よく吹き抜ける日の午後。
 ヘルトゥが裏口で鼻歌交じりに洗濯物を干していると、家のなかから何かが割れるような音がした。

「ニニョが食器を割ったかな?」
 なかを覗くと、一室しかない家のど真ん中に、見慣れない青年が鬼のような形相で立っていた。

「金が返せないたぁどういうことだ」

 青年はひびの入ったローテーブルに片足を乗せて凄んでいる。
 床には割れた食器が口惜し気に散らばっていた。先ほどの物音はこの食器が割れる音だろう。青年がテーブルの上からなぎ払ったに違いない。

「おいおい、乱暴はよさないか」
「は? なんだお前」

 慌てて止めに入ると、青年は飢えた獣か狂犬のごとく、今にも噛みつかんばかりの勢いで牙を剥いた。

「私の名前はセルゲレン・ヘルトゥ。こちらのお宅にしばらく前から厄介になっているんだ」

 できるだけ相手を刺激しないよう穏やかに自己紹介をして、右手を差し出す。が、その手に触れることなく、青年はアベリータへ向き直った。
 その少し後ろ、部屋の隅ではティーアとニニョが抱き合って震えている。

「金が無いだと言いながら、こんな得体の知れない奴囲ってんのかよ! そんなことする暇あるなら働けよババア!」

 乱暴に壁を殴りつけようとする青年を咄嗟に羽交い締めにして、優しく諭す。

「まあまあ、君、少し落ち着きたまえ。一体これはどういうことなんです?」

 青年を押さえたまま、その場で縮こまっているアベリータにたずねる。
 アベリータはオドオドと、蚊の鳴くような声で決まりが悪そうに言った。

「内職の仕事が減って、生活費が足りなくなったので少し前にお金をマリクさんに借りたのです」
「ふむ、ではマリク君」
「あ? なんだよ」

 拘束から逃れ、乱れた衣装を直すマリクはまだ興奮して息が荒い。

「こうしよう。私が彼女の借金を代わりに返す。それでどうかね?」

 その提案に一番驚いたのはアベリータのようで、すぐに横から反応される。

「そんな! そこまでしていただくわけには」
「そうは言ってもね。こんな場面を見てしまっては、無視などできないよ。それに、お世話になっているお礼も兼ねているんだから気にしないでいい。君はどうだい?」
「アンタがそれでいいなら。俺は金が返ってくりゃ文句はねえよ」
「それじゃ交渉成立だ。あいにく現金は持ちあわせていないのだが、これを換金すればそこそこの金額になるだろう」

 ヘルトゥは懐から細かな刺繍が施された巾着を出すと、そのなかから赤く光る小さな石の欠片をひとつマリクに手渡した。

「綺麗だな。宝石か」

 マリクはそれをつまんで目の前にかざして眺めた。透き通った赤色に感心しているようだ。ヘルトゥの側からも向こう側が透けて見える。

「ところで、君が首から下げているその指輪……」

 宝石をなくさないように丁寧にポケットにしまっていたマリクは、その言葉で顔を上げた。

「とても高価なものに見える。失礼だが、君の収入で買えるものでは無さそうだ」
「ほんとに失礼な奴だな、ほっとけよ。俺が何持ってようが関係ねーだろ」

 宝石を回収して満足そうだったマリクの機嫌がまた途端に悪くなる。
 睨まれているのを歯牙にもかけないで、ヘルトゥは続けた。

「どことなくこの国の后を思いたたせるデザインだ。それに指輪に彫られている文字……『カミィに祝福を』。名前も一致している」
「いつの間にそこまで見た!?」
「さっき君を押さえたときに、視界に入ったものでね」

 面食らったように、マリクはたじろいで一歩下がった。胸元を押さえてリングを隠す。
 狼のように鋭く明るい金色の瞳が揺れ動き、ヘルトゥを睨む目つきが訝しむものへと変化する。

「昔、あいつを助けたときに報酬としてもらったんだよ。指輪の価値に釣り合う働きじゃなかったから、まだ借りは返せてねえけど……」

 もごもごと口ごもり、バツが悪そうに目を逸らす。

「なるほど。それなら今がチャンスだよ。彼女が望むかどうかは分からないが、助けが必要な状態にあることは確かだ」
「何!? どういうことだ?!」

 ヘルトゥは、飛びかかりそうな勢いの青年に、数カ月前城で見た光景を説明してやった。

「はっきりと本人から聞いたわけではないが……あの様子だとおそらく、王から不当な扱いを受けているんじゃないかと、私の目には映ったね」

 そこまで聞いて、マリクは血相を変えて飛び出した。

「あ、ちょっと、君!!」

 どうするつもりだい? と続く言葉は尻すぼみとなり空気に溶けた。
 あまりのはやさに対応しきれず、呆気にとられて、その場に立ち尽くす。

 悪いほうへ転んだまま、数ヶ月動きがない国の状況に、外からなにかしらの刺激を与えるつもりで多少は煽るように大げさに話した。
 が、それにしても彼の動揺っぷりは予想以上だった。

「ありがとうございます。ヘルトゥさん。私達のためにここまでしていただけるなんて、なんとお礼を言っていいか……」

 借金取りが出て行って、女性達の表情にやっと光が戻ってきた。
 ホームステイ先の人の助けになれたことはもちろん誇らしいが、それよりも今は、出て行った彼のほうが気になる。

 そもそも借金の肩代わりをしたのも、マリクを押さえたときに見えた指輪に掘られた名前が気になったからだ。
 その場を静めて彼と話をするために一番手っ取り早い方法だと思ったからそうしたまで。

 だが、そんなことはおくびにも出さないように振る舞う。

「本当に気にしないでください。ところで、急なのですが私はそろそろおいとますることにします。長いあいだお世話になりました」

 借金の肩代わりをしたことで、彼女らの依存度が増しているように感じる。これ以上滞在すると面倒なことになりそうだ。
 そう判断し、その場で一方的に別れの言葉を切り出した。
 もともと荷物は殆ど無い。身ひとつですぐにどこへでも行ける。

「そんな! いつまででも居てくださっても結構なのですよ」
「申し訳ないが、もう決めたことですから」

 予想通り引き止めにかかる女性陣を突き放して、小さな家を出た。
 長い間風来坊として生きてきた。突然の別れにも慣れている。なんの未練も無い。

 一歩踏み出してから、念のためキョロキョロと辺りを見まわしてみたが、マリクの姿はもう無い。

「さて、彼の影響力はいかほどのものかな」

 呟いて、次の滞在地を探す。


 当たり前となりつつあった日常が一時間もしないうちに霧散して、幻のような居候と、嵐のような借金取りがほぼ同時に去った家。
 残されたのは、突然の出来事に立ち尽くす女性が三人と、干しかけの洗濯物の山だけだった。
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