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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第十四話   ☆月の影に潜む刃は獣(1)

 バインダーの中身はサスペンス小説のような内容だった。

『遺体』『血液』『殺人』などの物語でよくみる単語が羅列され、『犯人のものと思しき体液』『指紋は無い』『深夜の犯行』といった事件の状況などが詳しく書き込まれている。

 それだけなら面白おかしく読み進められただろう。
 しかしそこに時折混じる、『ルイス・ファン・アルベルト・ラ・セルダ(第十五代国王)』『一月の仮面舞踏会』『オフィーリア城』という身近な単語が脳内を支配し「これはつくり話ではない」と悟ったとき。

 驚きと恐怖で腰が抜けて、カミィはその場にへたり込んだ。

 それは、紛れも無く現実のポリシアの捜査資料らしかった。

「なに……これ……」
 床に座り込みながらも、資料をめくる手は止まらない。
 夕焼け色に染まる室内で、一心不乱に記されている文字を目で追った。

 病死だと発表されていたはずの前王が、ここでは殺人事件の被害者とされている。
 さらに、事故や病で死んだと発表されていたはずの王子達の捜査資料まであった。
 王族に起こっていた不幸は全て偶然ではなく、数年の年月をかけて同一犯によって起こされた連続殺人事件という隠された事実が、手のなかにある数十枚の紙に閉じ込められている。

 夢中になって読み進めていると、突然まっ黒な影が資料を覆うように降り注いだ。

「おい、お前。ここで何をしている」

 絶対零度のような声が背後から響き、ハッと我に返る。

 すぐさま振り向くと、マスクの奥から人を殺せそうなほどの眼力で睨みつけて見下ろすトーマスが立っていた。

「ごめんなさい。勝手に入ったのは謝ります。トーマス様とお話をしようと思ってここに来たら鍵が開いていたから……それより、これは何なのです? お父上はご病気で亡くなったのではないのですか?」

 トーマスは目を細めて、何かを品定めするようにカミィのことを上から下まで見まわしたあと、「ふっ」と優しく笑い、手を取って立ち上がらせた。

「病死だと発表したのは、国民の精神へのダメージを考慮してなんだよ。本当は殺害されたのだけれど、まだ犯人の目星もついていないし、真実を発表して不安を煽らないほうが良いと思ったのさ。嘘も方便と言うだろ?」

 その声色は、舞踏会で出会ったときと同じ、マシュマロのように柔らかく甘いものだった。

 カミィは彼の態度が急にまた柔らかくなった理由を考える。
 ヘルトゥが言っていた【歪み】はもしかしてこの殺人事件が原因だろうか? 誰にも相談出来ず、ひとりで抱え込んで悩んで……そのせいでピリピリしていた?

 きっとそう。そのせいに違いない。

 やり場のない感情を抑えることができなくて八つ当たりしてしまう。というのは誰にでもある。
 カミィ自身もそういう経験は身に覚えがあった。

 乱暴を働かれはしたが、一度や二度の失敗で目くじらを立てても仕方がない。それよりも今は、今後の関係をより良いものにしていく努力が必要だ。少し怖かったけどここに来て正解だった。

 許そう。
 そう思い、めいっぱいの笑顔をつくる。

「まあ、それでなんだかイライラしていらっしゃったの」

 できるだけ明るい声でそう言うと、彼もニコリと笑い返してくれた。

「そうなんだよ。辛く当たってしまってすまなかったね。だけどこれから城に嫁いでくるというキミに一体どうしてそんなことが言えようか。いたずらに怖がらせるだけになってしまう。しかしもうバレてしまったのだから、これからはきっと大切にすると誓うよ」

 世間一般のお嬢さんが聞いたなら鼻血を噴いて倒れてしまいそうな言葉を囁きながら、割れものに触れるような手つきでそっと頬を撫でられる。

「でも、それじゃあ、他の資料は一体? 王様以外の方も殺されたのでしょう? どうしてそれも隠すの?」

 安心して疑問を口に出すと、頬を撫でていた手が止まる。

「なんだ、全部見たのか」
 トーマスの表情が氷つき、無表情に戻る。今まで優しく撫でていたのと同じ手で、突如カミィは突き飛ばされた。

「きゃっ!」
「好奇心は身を滅ぼすと忠告したはずだがな。賢く立ちまわれ、とも。もしかして利用できるかと思ったのに、それすらできないほどの馬鹿だとは。神様はお前に脳みそを入れ忘れたようだな。代わりに詰まっているのはスポンジケーキか? お前と話していると甘ったるくて吐き気がするよ。生ゴミめ」

 床に尻もちをついたカミィを見下ろして、汚いものを触ってしまったとでも言いたげにハンカチで手を拭いながら、彼は罵倒を続ける。

「お前は一体何が目的なんだ? 馬鹿なら馬鹿なりにおとなしくしていればいいだろう。チョロチョロと動きまわって、何を企んでいる?」

 台本でも用意されているかのように次々と降りかかる罵声。いっそのこと顔を背けて耳をふさいでしまいたくなる。

 頭が混乱して処理が追いつかない。
 つい今まで、また出会った頃のように優しい彼に戻っていたのに、一瞬で乱暴な彼に変わってしまった。瞬きをしている間に別人とすり替わってしまったかのように。

「そんな、私は何も……ただ、夫婦になったのだからもう少しわかり合えるのではないかって」
「分かり合う必要がどこにある」

 床から見上げるカミィの脇腹を蹴って、彼は少し楽しそうに笑った。

「もう一度忠告してやろう。お前は俺様の言うことをただ黙って聞いていればいいんだ。余計な干渉や詮索はするな。そうすれば命は保証してやる。分かったか? もっと簡単に言わないと分からないか?」

 命の保証、と言われ、カミィの頭によくない考えがよぎる。

「もしかして、お兄様達や王様を殺してしまったのは……」

 ただの考えすぎならそれでいい。また蹴られても構わないから否定してほしい。
 そう願ったのに。

 返事はあまり聞きたくないものだった。


「ああそうだよ! 全て俺様が仕組んだことさ。俺様の邪魔になる奴は全員殺す。計画の最後に父上の死体を見たときなんか、こらえきれなくて笑ってしまったよ。あれは愉快だった。ハハハハ」

 思い出し笑いをするトーマスの顔は夕日に赤く照らされて、血の海で騒ぐ悪魔のように見えた。

「でも……一体どうやって? トーマス様が自分でやったのではないのでしょう?」

 高笑いが一瞬で止まる。
 道化を模したマスクとその下の無表情が恐ろしいほどに不調和だ。

「詮索するなと言っただろう。お前はどこまで馬鹿なんだ。それともやっぱり馬鹿のフリをして何かを探っているのか? どんなに探しても証拠は出ないぞ。残念だったな。だがこれ以上ウロチョロされても目障りだ……」

 彼はうんざりした口調で煽ったあと、少し考えて、座り込んだままのカミィの腕を掴んで引っ張りあげた。

「痛い! やめて!」

 抗議するが無視されて、そのままドアまで引きずられる。強引さに足が縺れて転びそうになるが、そんなことはおかまいなし。

「おい! 誰か! 誰か居ないか!」
「はい、いかがなさいました?」

 トーマスの呼び声を聞いて兵士がふたり駆けつけてきた。

「こいつを部屋まで連れて行け。外から鍵をかけて見張りを立てろ。俺様が指示を出すまで絶対に部屋から出すなよ」
 それだけ言うと、彼は兵士にカミィを引き渡し、さっさと執務室へ戻ってしまった。

「そんな! それでは監禁ではないですか! もう少し話し合いを……トーマス様! トーマス様!!」
「お后様、こちらへ」

 兵士に連れられながら悲痛に訴えたのに、その声は聞く者のいない廊下に寂しくこだまするしかなかった。


*


「くそっ、コソコソと嗅ぎまわりやがって……これだから他人は信用できない」

 虚しく床に散らばった資料をかき集めながら、トーマスはひとりごちた。

「あのヘルトゥとかいう奴もだ。俺様の政治に口出しするとは、生意気な奴め。どうしてどいつもこいつも俺様の完璧な計画に足を突っ込もうとするんだ。腹立たしい……」

 まとめた資料をデスクの上に投げ出して、何もない空間に向かって声を上げる。

「おい、ゲツエイ! ゲツエイ!」

 その名を呼ぶと、どこからともなく赤い髪の男が現れた。

 その男はトーマスより少し背が低く、黒くて薄い布の服をところどころ紐で縛ったような出で立ちをしている。
 長い髪は後ろでまとめ、襟元の余り毛は細く編み込まれていて、腰には短い刀を下げている。
 色の白い顔には大きな目があり、その周りは赤く隈取のようなメイクが施されていて、どこか人間離れした印象を受ける。
 頭の右側には中央で表情が分割された不思議な面をかぶっている。片方はまゆを寄せ、きばをむき出した恐ろしい形相。もう片方は目と口を大きく見開いた表情。
 頭のてっぺんから足の先まで、まるっきりこの国のものでは無い様相。

「しばらくあの女を見張れ。まだ殺すなよ」

 ゲツエイは、「殺すな」と言われて少し悲しそうな顔をした。

「おかしな動きをしたら足の一本くらいならやってもいい」

 そう言うと、今度はニコリと笑い頷いて、そのまま音もなく消えた。

「そうだ、みんなゲツエイみたく文句言わずに命令だけを聞いていればいいんだ。他人は何を考えているのか分からん。腹が立つ。俺様が信用できるのはゲツエイだけなんだ……」

 ゲツエイにことを任せると、少し気が抜ける。誰もいなくなった室内で、トーマスはデスクに突っ伏して少しのあいだ時間の流れに身を任せて休むことにした。


***


 王に引き取られたばかりのトーマスは、まだ自我も芽生えていないような幼子だった。

 母は貴族ではなくそこらに居る普通の娘で、たまたま王が遊び心で一度手を出しただけの女だったらしい。
 子どもを身籠ったと分かったとき、女は悩んだが、ひとりでも育てる覚悟で産んだそうだ。
 しかし母ひとり、子ひとりの生活はやはり苦しく、周りのサポートを受けられる状況でもなかった彼女は、泣く泣く王に手紙を出して助けを求めた。

 そこではじめて自分に子が居ると知った王は、女と暮らすことはできないが、子どもは引き取ると返事をした。
 自分と居るよりも良い生活が送れるだろうと、女も承諾した。

 そうして城へやって来たトーマスは、乳母に育てられ数年の月日を過ごした。

 しかしすでに十一人も王子が居たオフィーリア城では、彼の立ち位置は限りなく低かった。
 引き取ったはよいものの、王は世間体を気にして彼に目をかけることはせず、兄達も弟を可愛がろうとはしなかった。

 それどころか、彼を【雑種】と呼んで陰湿な虐めを繰り返した。
 影でコソコソと行われた虐めに、もとより無関心な王は気づかず、使用人やメイドは立場上仕方なく見てみぬフリをし、トーマスは心も身体もボロボロで孤立していた。

 それでも彼は強かった。
 はじめ泣いてばかりだった彼も、いつしか心を強く持つことを覚え、勉強に励むようになった。

 それでも時折、ストレスが貯まって仕方のないときがある。
 そんなとき、鬱憤のはけ口は、虫や小動物などの自分より弱くて小さな生きものだった。


 十ニ歳のある日。
 トーマスは城の庭園で、花壇の前にしゃがみ、目の前を通過する蟻の行列を眺めていた。


 よく晴れた日だった。
 直射日光を遮る身体の下、小さな黒い点達は、せっせと食べものを巣まで運ぶ。
 だが、巣のあるべき場所には土が盛られていて、規則正しい列はそこで崩れてしまうのだ。睡魔と闘いながら鉛筆で線をひいたときのように、一本の線がぐしゃぐしゃになっていく。

 苦労して食べものを運んでも、ゴール目の前で努力が無にかえってしまう働き蟻を見ていると、トーマスはたまらなく愉快な気持ちになった。
 虐げられている自分よりもさらに弱いものがこの世に存在する。そんな優越感に浸ることができた。

 背中がゾクゾクする感覚をしばし堪能し、満足して立ち上がる。
 最後に、巣のまわりに集まっている蟻を踏みにじって振り返ると、真後ろにいつの間にか人が立っていて、トーマスのすることを興味深そうに覗き込んでいた。

「うわ! 何だお前、いつからそこに居た!?」

 息がかかるほどの至近距離に居たにもかかわらず、まったく気配を感じられなかった。

 トーマスとほとんど同じか少し下くらいの年齢に見える少年は、オフィーリアでは見たことのない怪しげな服装をして、白い面を頭に引っ掛けている。
 異形の少年は問いには答えず、そこに散らばる蟻の死体を、赤い目をギンと開いてじっと見つめていた。

 殺すつもりならもうとっくに背後からやられているだろう。とりあえず敵意はないはずだ。
 そう判断し、
「お前もやりたいのか?」
 と声をかける。

「ほら、やれよ。こいつは蟻より面白いぞ。足をちぎるんだ。次に触覚、羽は最後だぞ」

 花壇の花から蜜を吸っていた蝶を捕まえて、少年に差し出した。
 受け取った少年は、渡された蝶を瞬きもせずに凝視している。

「こうやるんだよ」

 何も言わぬ少年に言葉が通じているのか不安になり、もう一匹蝶を捕まえて実演してみせた。

 羽を掴まれて動けない蝶の足を一本ずつ引きちぎっていく。
 もぞもぞと動いていた蝶も、動かすパーツが無くなってはどうしようもない。
 最後に羽をちぎり、羽化する前の芋虫に逆戻りしてしまったみたいな胴体をふたつに分解してから、土の上に捨てる。

「な? 面白いんだ。やってみろよ」

 さあどうぞ。と、両手を広げてジェスチャーで伝えると、異形の少年は頷きトーマスの真似をする。
 蝶の足を一本、また一本、もう一本……羽までちぎり終わったところで、ふたりは顔を見合わせた。
 弱者をなぶる快感と生きものの命を奪う背徳感に、思わず笑いがこみ上げる。ふたりはまるで昔からずっと仲の良い友達だったみたいにクスクスと笑い合った。

 処理の仕方としてひとつだけ違ったのは、最後に残った蝶の胴体を、異形の少年はそのまま口へ運び、食べてしまったことだった。

 どんな味がするのか? 美味しいともまずいとも言わずニヤニヤしながら咀嚼する少年を見て、トーマスは少し気持ち悪くなり、一歩後ずさった。

「うっ……なんでそんなもの食べるんだよ……」

 虫を食べてしまうなんて、こいつはどう考えても異常だ。
 蝶を飲み込み、興奮冷めやらぬといった感じでハアハアと呼吸音で返事をして佇む少年にただならぬものを感じ取り、恐怖を覚える。

「なんなんだよ、お前……ちょっと怖いよ……」

 少年から漂う異様さを例えるなら、姿は人間のそれであるのに、精神は野生の獣のような、そういった不釣り合いさだった。

「ぼ、僕、もう行くから……じゃあな。た、楽しかったよ……!」

 楽しかったのは事実だが、同時に恐ろしいものを見たとして、トーマスはその場から逃げるように城内へ走った。
 振り返ると、異形の少年はその場所から一歩も動かずにこちらを見届けていた。




 その夜、部屋でひとり眠りについていたトーマスは、悪夢にうなされていた。

 空も大地もない真っ暗な空間に放り出され平衡感覚を失い、命綱をつけずに宇宙を漂うような浮遊感に包まれている。
 ふわふわと深い海のなかを進むようにその空間を泳ぐと、長い長い時間の果てに一筋の光が見える。
 近づくに連れて光は大きくなり輪になって、くぐり抜けると地に足がつく。

 地面の硬さを楽しんでいると、どこからか意地悪な顔をしたピエロ達が湧いてきて、彼を取り囲んで嘲笑うのだ。
 苦労して辿り着いた先にも救いはないと知って、精神が絶望の淵に沈むと、身体も足元から地面にズブズブと沈み、また何もない空間に逆戻りする。

 何十時間にも感じられるその意味のないループが、朝までずっと繰り返される。


 そんな夢を、よくみていた。
 この夢をみているとき、「これは夢だ」という自覚がある。
 苦しんでいる自分をもうひとりの自分が遠くから眺めていて、「はやく終わらないかな」と退屈そうにしているのだ。
 朝が来れば終わる。もうひとりのトーマスは、それをただ待っているだけだった。


 だが、この日は、朝を待たずとも悪夢のループから抜け出すことになった。
 うなされている彼を誰かが揺すって起こそうとしたからだ。

「う……ん……なんだ? だれ?」

 強制的に夢の世界から引きずり出されてすぐ目に飛び込んできたのは、中央でぱっくりと表情が分かれた鬼神の顔だった。

「わっ――」

 夢のなかのピエロよりも怖い顔が視界いっぱいに広がる。恐ろしさに叫び声をあげようとするが、馬乗りになっている何者かの手によって口をふさがれる。
 恐慌状態に陥り固まっていると、白い面を上げて、その下から異形の少年の顔が現れた。

「むぐむぐ、むぐ……」

 トーマスが落ち着いたのを見て、少年は押さえていた手を離し、ベッドからおりた。

「お、お前だったのか……」

 そういえばこいつはおかしな面を頭にかけていたな。
 と、昼間のことを思い出す。

 うなされているときにすでに泣いていたのか、今驚いたせいで涙がでたのか?
 どちらなのか分からないが、なぜだか濡れている頬をパジャマの袖で拭って、ひそひそ声でたずねる。

「お前、どうしてここにいるんだ。一体どこから入った? 見張りに見つからなかったか?」

 少年は質問を無視して、懐から手のひらサイズの布袋を取り出し、中身をベッドの上にぼたぼたと乱暴に落とした。
 ベッドで上半身だけを起こしているトーマスの膝辺りで小高い山になったそれは、大量の、成人男性の人差し指くらいの太さと長さをした何かだった。

「何を持ってきたんだ?」

 ベッドサイドのスタンドライトをつける。
 よく見てみると、それはウネウネと這いずる大量の芋虫だった。

「ヒッ!」

 上擦った悲鳴をあげる口に再び手をあてて、少年はトーマスの目をじっと見つめた。
 赤くギラギラと輝く双眸に見つめられると、催眠術にかかったように頭がぼうっとしてくる。

 少年は目の前で芋虫をふたつにちぎってみせてから、「さあ、どうぞ」というジェスチャー付きでニヤリと笑った。

 それは丁度、昼にやってみせたこととよく似ていた。

「お前……僕と遊びたいのか? 友達になりたいんだな?」

 少年は否定も肯定もしない。
 ただ口角を上げながら前を見つめているだけだ。
 それを無言の肯定と受け取る。

「いいぞ。それじゃあお前のほうが小さいから僕の子分にしてやるよ。名前は何て言うんだ?」

 異形の少年は少し口を開けて言葉を発しようとしたが、そのまま口をつぐみ、窓から外を見上げた。
 出会ってからほぼずっとニヤニヤとしていた少年が、珍しく表情を変えている。

 しばらく待ったが、少年はそのまま何も言わない。

「言いたくないなら別に言わなくていいけど、子分に呼び名が無いと不便だぞ。僕がつけてやるよ」

 腕を組み、じっくり悩む体勢を整えて、正面に立つ少年を眺める。

 その日は見事な満月で、トーマスの髪とよく似た色の月明かりが少年に降り注ぎ長い影をつくっていた。
 黒い服が影と溶け合って境界が薄れ、まるで影と少年が溶け合っているように見える。

「月の影……ゲツエイ……うん、いいな。今日からお前はゲツエイだ。どうだ? 気に入ったか?」

 少年はニヤリとして首を縦に振った。

 その夜、ふたりは、こっそりと笑いながら虫を殺すという秘密の遊びに興じた。
 いつの間に眠ってしまったのか、翌朝目をさますと、ゲツエイは居なくなっていた。
 それでも、床に落ちた一匹の芋虫が、昨夜の出来事が夢では無かったことを証明していた。

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