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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第十三話   ☆亡国の王子は焼跡で

 王座につくトーマスの姿は、高名な芸術家によってつくられた彫刻のようだった。
 装飾の彫られた背もたれも、刺繍の入った張り地も、はじめから彼のために用意されたものであったみたいにその身体を受け止めている。
 代理の任を終えて本物の王となった彼を、まるで王座そのものが歓待しているかのごとく。

 そしてトーマス自身の態度もまた、以前よりずっと王らしさを増していた。
 他を圧倒する威圧感を放ち尊大に構える姿はあまりにも自然。今までの姿は偽りだったのだと、誰もが一目見て察するほど。

 無理してつくった表情を剥がし自然に笑う彼は、本当に美しかった。
 悪巧みをする顔さえも、陶酔してしまいそうなほどに魅力的だった。

 その発言さえ聞かなければ。

*

「税を上げろ」

 謁見の間に呼びつけられた大臣が聞いた第一声は、それだった。

「なぜです? 今の税収でじゅうぶんに国費は賄えておりますが……」

 突然の政治方針の変更についていけず、大臣は頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

「なぜって? そんなことはお前には関係ない。俺様はとにかく金が欲しいんだ」

 一段高いところから冷たく見下されて、額に脂汗が滲む。
 蛇に睨まれたカエルのような心持ちとはこのことか。

「しかし、それでは国民になんと説明すればよいのか……」
「はああ……理由なんか適当にそれっぽくつくればいいだろ。お前のその真ん丸な頭には一体何が詰まっているんだ? 電球か? どうりで明るいわけだね」

 真面目に進言をする大臣の寂しい頭を苦い顔で揶揄して、トーマスは嫌味ったらしく大げさなアクションでため息をついた。

「王子、一体どうされてしまったのです? 昨日までのあなたは……」
「黙れ豚。俺様はもう王子じゃない。王だ。昨日の戴冠の儀とパレードで正式に王になったんだ。そう、王! 俺様が王だ! 王なんだよ! 分かるか? つまりこの国は俺様のものになったんだ。どうしようと勝手だろうが」

 強い口調に驚きたじろいでいると、彼は続ける。

「国民に力を持たせるな。最低限の生活ができるレベル以上の金は全て巻きあげろ。民は家畜だ。飼い殺せ」

 射抜くような鋭い瞳が、「お前もその家畜のうちのひとりなのだぞ」と物語っているような気がして、大臣は縮こまった。

「ああ、ただし貴族は少し自由にさせておけ。あいつらは使える。馬鹿みたいに見栄をはって、教会への寄付だなんだと慈善事業で競ってやがる。神なんて信じてやいないくせに。あいつらが貧乏な市民に与えた施しはいずれこっちに流れるんだ。まるで金の湧き出る泉じゃないか。ハハハ」

 そのとき、コンコンと、ノックの音が鳴り響いた。

「失礼いたします。ポリシアから前王殺害事件の捜査資料が届きました。いかがいたしましょうか」

 白いバインダーを持った使用人が入ってくる。

 今しがたの会話がもしも聞こえていたならば何か助け舟を出してはくれないか。
 大臣は期待し、救いを求めて視線を送ってみたが、使用人が気づいた様子は無い。

「執務室のデスクに置いておいてくれ。あとで確認する」
「承知いたしました」

 用件だけを済ませて使用人はそのまま下がった。
 大臣の想いを乗せた視線は受け止められることなく霧散した。


 かつての、天使のように優しく慈愛に満ちていた王子はどこへ行ってしまったのか。
 彼はこの先どこへ向かおうとしているのか。

 闇に堕ちたトーマスに狂気すら感じ恐れを抱いた大臣は、それ以上の反論はできず、掠れた声で、
「かしこまりました」
 の一言を絞り出すのが精一杯だった。


*


 翌日、すぐに新しい税率が国民に発表された。

 それは大きな注目を集め、街の話題はそれ一色となった。
 だがまだ国民には、ことの重大さが分からず、「生活が苦しくなりそうね」「でもどうにかなるでしょう。トーマス様の言うことだから、きっと何かお考えがあるのよ」と好意的に受け取る意見が多かった。

 これまでのトーマスの政治が理想的だったがゆえに、彼らは、危機感を抱くという思想に至らなかったのだ。

 しかし。
 ただひとり、その発表を見て疑問を持った人物がいた。異国からの旅人、ヘルトゥだ。
 オフィーリアの人ではない彼だけがこの状況を憂うとは、なんという皮肉だろうか。



 朝、ホテルの食堂にて。
 新聞で増税の記事を目にしたとき、自分の国での記憶がフラッシュバックしたヘルトゥは、食べたばかりの朝食を少し吐いた。

 大勢の人に襲われ殴られ、蹴られ、棒で叩かれ、刃物で切られ、腐った果物かと思うほどぐちゃぐちゃにされた男と女。
 火を放たれて、地獄の業火に焼かれるように崩れ落ちる城。
 統率者を失い、侵略される国。
 自業自得だ。と笑う声。
 市街での激しい戦闘。
 荒れ果てた楽園。

 恐ろしい場面が、鮮明な絵のごとく生々しく一枚一枚チラチラと瞼の裏に浮かんでは消えて、目眩がした。

 トラウマを呼び起こされ冷静な判断力を失った彼はすぐさま城へかけつけて、王への謁見を申し入れた。

*

「舞踏会以来ですね。お久しぶりでございます。まずは王位就任、お喜び申しあげます」
「ありがとうございます。どうぞ楽になさってください。本日はどういったご用件で?」

 今日のトーマスは、仮面を着けていた。

「人払いをお願いできますか」

 謁見室まで案内してくれたメイドを一瞥すると、その意図を汲み取ったらしきトーマスも神妙な面持ちとなる。
 指示によってメイドが部屋から離れたのを確認して、ヘルトゥは本題を切り出した。

「今回の増税についてお伺いしたい。一体どういう了見で突然にあのような高額な税を課すのです?」
「これはこれは……まさかあなたがそのようなことを仰るとは。驚きました」

 驚いた。と言いながらも、貼り付けられたような笑顔は健在だ。
 大げさな身振りには、ただの旅行者であるはずのヘルトゥが口を出すことへの皮肉が含まれているように感じられる。トーマスの仮面の裏側にある何かを感じ取れるのは、ヘルトゥが同じ王族であるが故だった。

「どうということもありません。発表の通りですよ。少々国庫金が心もとなくなりましてね。国民に助けてもらおうという次第です」
「それにしてはいささか国民の負担が大きいように思います。差し出がましくも忠告申しあげるが、このままではいずれ民の反感を買いますぞ。税率を見直されるのがよろしいのでは?」

「貴重なご意見ありがとうございます。しかし事態は急を要しておりまして……詳しくは申しあげられませんが父上が亡くなったことと関係があるのです。解決したあかつきには国民への対応も考えておりますので……ここはひとつ、見てみぬふりをしていただけませんか」

 ある程度予想はしていたが、やはり笑顔のままさらりと躱されてしまう。トーマスの笑顔はもはや無表情と同義と考えたほうが良いだろう。
 そして、表情が見えずとも、この返答は明らかに口からでまかせだ。数々の駆け引きをこなしてきたヘルトゥには分かる。

 何かがおかしい。

 自分に対するトーマスの態度は以前と何一つ変わっていない。それなのに、漠然とした違和感を拭い去ることができない。
 しかし、引き下がるしか道は無い。対抗するカードを何ひとつ持っていないのだ。

「そうですか……出過ぎたことを申しました。お許しください」

 謁見室から出るときに一度だけ振り向いてみたが、以前よりも王らしい雰囲気を身につけたはずの彼になぜ違和感を覚えるのか、その謎は分からず終いだった。


*


 少し踏み込みすぎた。
 と、城の廊下を歩きながらヘルトゥは自責の念にかられていた。
 やっと少し冷静になり、朝からの自分の行動を思い返し恥じる。

 彼には、旅を続けるうちに自分に課したルールが三つある。

 一 他国の問題には口を挟まないこと
 二 他人に深入りしないこと
 三 引き際を見誤らないこと

 別々の言葉に置き換えてはいるが、要は、全てにおいて、【傍観者の立場でいること】だ。

 行き過ぎた干渉は自分の身を滅ぼす。

 何度か危ない目に遭って学んだことだった。冷静さを欠いた行動には危険が伴う。当事者になってしまうとどうしても冷静ではいられない場面が出てくる。

「だが、あまりにも似すぎているんだ」

 普段は影を潜めている忌まわしい記憶が脳裏をよぎってまた気分が悪くなる。足が動かない。仕方なく、その場で立ち止まり収まるのを待つことにした。


 ヘルトゥが【他国の王族】というのは、半分本当で半分が嘘だ。
 祖国はもう無い。十年以上も前に滅んでいる。
 正しく言い直すなら、【他国の王族だった】人間だ。

 十七歳のとき、父が病死し、兄が王の座についた。
 三男だったヘルトゥはもともと王位を継ぐ気はなく、フラフラと遊び歩いていて、兄の打ち出した政策について何の疑問も抱かなかった。


 そして、国が滅んだ。


 無理を強いる税率のせいで、国民のあいだで不満が爆発し、暴動が起きた。
 王、王妃、親戚一同……全ての王族は、守るべき民の手によって無残に殺された。たまたま遊びに出ていた自分だけが運良く命拾いをした。

 その混乱に乗じて、かねてより小競り合いを続けていた隣国が攻め入り、まとめる者がいない国は瞬く間に戦場となった。
 王の悪政によって疲弊していた国民はあっという間に蹂躙され、支配された。

 ニ十年弱を過ごした故郷は、王がひとつ判断を間違えたことで、たったの一年足らずで無くなってしまったのだ。

 脱出の直前、最後に見た故郷の光景。街は燃え、瓦礫が山となり、人の泣き叫ぶ声がする。その凄絶な景色を尻目にひとりでその地から逃げ出した自分を、責める人すらもう居ない。

 その後は遊び歩いていた過去の自分と決別し、政治を学び、様々な国を巡って、見聞を広めながらここまで来た。

 いつか新たな安息の地が見つかることを夢みて。



 そうしたトラウマを呼び起こされ、「もう目の前で国が滅ぶところは見たくない」とつい熱くなってしまったのは、そんなにおかしなことではないだろう。

 トーマスの政策が。
 この国の状況が。
 封印していた記憶を呼び覚ますには充分なほどに、似すぎていたから。

 だけど。

「私もまだまだ未熟だな」

 似ていると言ったって、同じ結末を辿るとは限らないではないか。気持ちを抑えることができず出すぎた真似をしてしまった。
 後悔に襲われる。

 思ったよりも平静を欠いていたようで、頭は冷静になっても、身体がついてこない。
 貧血を起こしかけているのか、頭痛もする。
 目をつぶってこめかみを抑えながら壁に寄りかかっていると、横から小さく声がかけられた。

「あの、顔色がよろしくないようです。お医者さんを呼びましょうか?」
「申し訳ない。大丈夫です。少し、休めば」

 目を開けると、先日パレードで遠くから眺めた后が、すぐ隣から気遣わしげに見上げてきている。

「たしか舞踏会でもお会いしましたね。お后様。ご機嫌いかがですか」
「ええ、私は元気ですけど……あの、本当に大丈夫です?」
「問題ありませんよ。ただの、一時的な貧血ですから」

 そうして、大きく深呼吸を繰り返す。后は何も言わず、それをじっと眺めている。

 静かにときが過ぎ、数分の後にすっかりいつもの調子を取り戻したヘルトゥは、背筋を伸ばして彼女に向き直った。

「よし、もう体調は戻りました。ここのところ寝不足が続いたもので。ご心配をおかけしました」

 本当になんでもなかったというように、明るくおどけてみせる。
 心に仮面をかぶせるのは何もトーマスだけの専売特許じゃない。

「顔色良くなりましたね。安心しました」

 そのまま邂逅は和やかに終わるかと思われたが、カミィの腕に暗い色を発見し、ヘルトゥは動きを止めた。

「おや? その痣はどうしたのですか?」
「いえ、あの、これは、なんでもないのです」
 そう言って、隠すように腕をさすり俯いてしまう。
 無理に聞き出すことはしないほうが良いだろう。

「そうですか。お大事に。私にできることは多くはありませんが、何かお困りでしたらアドバイスくらいはして差しあげられますよ」

 そう言うと、彼女はハッと顔を上げた。
 桃色の瞳が何かを思案するように揺れている。ヘルトゥは何も言わずにその場でしばらく待った。

 誤魔化そう、と思えば簡単なはずだ。
 もう一度、「なんでもない」と言われればすぐに引き下がる準備はできている。

 だが。
 話す、と決めたのだろう。一度目を固く閉じたあと、少女はおずおずと切り出した。

「あの……人が、突然変わってしまうことって、あるのでしょうか……」

 その質問で、ヘルトゥは彼女に痣をつけたのが誰なのか、一瞬で理解した。

 ああ、やはり。自分がトーマスに覚えた違和感の答えを、この少女は知っている。
 心の内で、何かが繋がった音がした。

 自分の一言で、この少女を傷つける者から助けることができるかもしれない。
 しかし、もしかするとこの少女は先行きの怪しいこの国を救うことができるかもしれない。誰も止めることができなかった祖国の状況と違い、この少女が内側から崩壊を食い止めるかもしれない。

 あくまでも不干渉を貫くのであれば、後者にかけるしかない。

 ヘルトゥは、傍観者でいることを選んだ。

「人が突然……? 脳の病気や、もののけの類に憑かれたというのでなければ、人はある日突然には変わりませんよ。環境によって変化は起こり得ますがね。突然に見えたのなら、それはその人が片面をうまく隠していたということです。どちらが本当の面か分からないが、歪んで捻れて裏側が見えてしまったということ。そして、そういった歪みには必ず原因がつきものです。その原因が分かれば、あるいは歪みを矯正することができるかもしれない」

 私に言えるのはこのくらいです。と、締めくくり口を閉じた。
 少女はその一語一句を噛みしめる様子でウンウンと頷いている。

「歪みの……原因……」

 特にその一言が、何か大きなヒントになったようだった。

「ありがとうございます。とても素敵なアドバイスでした」

 お礼を言う少女は、迷路のなかで道標を見つけたような表情をしていた。
 出口はまだ見えない。だが無いわけじゃない。
 自分の言葉は、彼女の心に落ちる大きな影のなかに、小さな明かりを灯すことができたのだろう。

「それはよかった。では、またお会いしましょう。次はお互いに体調が優れているときに」

 冗談を飛ばして、出口へ向かう。
 城の廊下は長い。
 反響する足音を聞きながら、今後の立ち位置を計算しはじめる。
「もう少しのあいだ、見届ける義務ができてしまったな」
 一体どこまで踏み込んでよいものだろうか。見極めが重要だ。


*


「わたしはまだトーマス様のことを何も知らないんだ」

 言われてみれば、ジュンイチのことはもっと知りたい、なんでも知りたい、と思っていたが、トーマスのことを知りたいとは考えたことが無かった。

 めまぐるしく変化する環境についていくのが精一杯で、はじめての失恋というショックも相まって、そこまで考える余裕が持てていなかった。
 公務以外で話をする機会も無かったし、それをよしとして部屋に篭っていた自分にも責任があるような気がしてきた。
 時間はあったのに、部屋で泣いてばかりで自分から行動を起こさなかった落ち度がある。

「彼があんな風にわたしに冷たく当たるのには、きっと理由があるんだ。ただ嫌いでいじわるをしているわけじゃないんだ」

 解決の糸口を掴んだような気がする。とりあえず話し合いをしてみないことには何もはじまらない。
 カミィは早速トーマスの執務室へ向うことにした。

 公務のとき以外はだいたいここか自室にいるはずだ。
 執務室のドアをノックするが、返事がない。

「トーマス様? いらっしゃらない?」

 声をかけてしばらく待ってみたが、やはり何の返事も返ってこない。
 自室のほうだったかなと思いつつも、なんとなくドアノブに手をかけてみると、スッとドアが開いた。

「鍵がかかってない……」

 見つかったら怒られるかもしれない。
 そう考えなくはなかったが、もともと好奇心の強いカミィのこと。

 この前呼び出されたときにはあまりじっくりと部屋を見ることができなかったから、今日こそは。
 軽い気持ちで、そのまま執務室へ入り込む。

「本がたくさん! 楽しい!」

 執務室は書斎も兼ねているのか、壁際だけでなく部屋の内部にも、図書館のように等間隔で本棚が並んでいる。そこには隙間なくたくさんの本や何かの資料が几帳面に詰め込まれていた。
 一冊手にとってみようとしたが、きっちりとハマりすぎていて、固くて取り出すのが難しい。
 仕方がないので背表紙を眺めてみたが、新書や学術書のような難しい本ばかりで、求めていた童話や絵本とは似ても似つかないものしか並んでいなかった。

「やっぱり楽しくないな」

 肩を落として本棚から離れると、デスクの上に置かれたバインダーが目についた。
 黒漆喰が塗られた静かな色のデスクに、白いバインダーはとても目立つ。
「私を見て!」と主張しているようだ。

「これは何だろう。面白いものだったらいいな」

 バインダーを開いて、なかの書類に書かれている内容に目を通す。
 その意味を理解した瞬間、カミィは軽率な行為を激しく後悔することとなった。
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