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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第十二話   ☆捻れて、反転

 マリクが決意を固めたのと同じ頃。
 王城では、長いパレードを終えて帰還したトーマスとカミィが使用人に囲まれていた。

「とても素晴らしかったですわ」「あの賑わいは歴代の王のなかでも一番でした」「お疲れになったでしょう。お着替えと軽食の用意がございますよ」

 様々な賛辞の嵐のなか、まだ城の生活に慣れないカミィは愛想笑いで誤魔化してやり過ごす。そこへトーマスが近づいて、そっと耳打ちをした。

「カミィ、着替えが終わったら執務室へ来い」
「はい」

 カミィが顔を上げると、もうすでに彼は別の使用人と談笑している。

 婚姻を交わしてから数日、実はずっとこのような調子だった。
 夫婦らしい生活どころかふたりでゆっくりと会話をすることも無く、人前でだけ優しく話しかけられるという日が続いていた。

 カミィが后として城に迎えられたとき、トーマスは舞踏会の日と同じように優しく親切で、紳士的だった。
 セシル家に居たときの倍はあろうかというような広い自室を与えられ、身の回りの世話をするメイドもあてがわれて、何ひとつ不自由のないように取り計らってくれた。

 しかし。
 同じ城に住んでいるのに、夫婦ふたりで過ごす時間は限りなく少なかった。
 顔を合わせるのも公務のときだけで、それが終わると彼は執務室か自室に戻ってしまい、個人的な話をすることは無かった。

 想像していた夫婦生活とのあまりのギャップに、「王の后というのはこういうものなのだろうか」と疑問に思ったが、葬儀などがあって忙しかったから仕方のないことだと解釈し、ひとり納得していた。

 けれど今、はじめて個人的に呼びだされたことで、ついに新しい生活の幕が開けるのだ、と思った。

「葬儀もパレードも終わって、これからが本当の夫婦生活なんだ。しっかりしなくちゃ」

 小さく頷いて、覚悟を決める。

*

 着替えを済ませ、言われた通りに、夫となった人の執務室の部屋をノックすると、
「入れ」
 と一言、人前で話すときよりトーンの低い冷たい声が聞こえた。 

 何か怒っているのだろうか?
 いつもと違う雰囲気を疑問に思いながら、ドアノブを回す。

 王の執務室は、白や金を基調とした部屋が多い王城のなかでは珍しく、木製のデスクや本棚が並んでいて、自然な色使いで構築されていた。きらびやかとは遠いが、地味な印象ではなく上品さが上回るその空間からはセンスの良さを見て取ることができる。

 後ろ手にドアを閉めて顔をあげると、眼前にはいつの間にかトーマスが立っていて、腕を組みながらこちらを見下ろしていた。

「お前、今日の態度は何だ」
「え?」

 何のことだか分からない。とぼけた声が出てしまう。
 立ち尽くしていると、乱暴に腕がひっぱられた。

「パレードだよ。国民の前で俯いてばかりいやがって。自分の役割が理解できていないようだな。どうして俺様がお前を選んだかよく考えろ! 愛されてるとでも思ったか? そんなわけないだろ。単純に見た目がよかったからだ。お前は俺様のアクセサリー、国民の支持を集めるための偶像なんだよ!」
「な、何……?」

 掴まれている腕の痛みで、話の内容がさっぱり頭に入らない。

「お前の役目はその見た目を活かして国民に愛想を振りまくこと。それだけでいいんだ。どうしてそんな簡単なことができない? おい、ちゃんと聞いてるのか!? チッ、グズめ」

 ただただ目を瞬かせていると、しびれをきらしたらしいトーマスに突き飛ばされた。
 尻もちをつくと、その上にのしかかられる形で押し倒される。そして鼻先に指を突きつけられ、
「でも俺様はただのいじめっ子なわけじゃない。お前の働き次第ではペットくらいの扱いにしてやってもいいとは思っているんだ。せいぜい賢く立ち回ることだ」

 彼は笑っている。
 乱暴に、怒りの態度と口調をあらわしながら、表情だけは笑っている。
 その異様な光景に、背筋に寒気を覚える。
 押し倒されても抵抗するでもなく、言い返すでもなく、呆然と、何も言えずに彼の腕の下から青い瞳を見つめることしか出来ない。

「ほら、分かったらもう行けよ」

 起き上がったトーマスはドアを開けて、その場で震えるカミィを蹴り飛ばした。
 四つん這いで部屋から追い出されたカミィはまだ状況が把握できず、弱々しく立ち上がり、フラフラと歩き出す。

 夕焼け色の廊下を進みながら、考える。

 今の人は本当にトーマスだった? もしかしてよく似た別人だったのでは?
 記憶を疑うほどに豹変してしまった夫に当惑する。

 まだよく知らないところも多いが、カミィからみてトーマスは、物腰柔らかで、笑顔を絶やさず、女性に乱暴も働かないし、あんなに傲慢な態度を取る人では無いはずだった。

 これは夢なのかもしれない。悪い夢だ。目が覚めればきっとまだベッドのなかで、吾妻様からいただいたお花に囲まれているのだ。

 でも。
 掴まれた腕が痛い。よく見ると痣になっている。夢ならば痛みでさめるはずなのに。

「わたしは一体これからどうすればいいの? お父様、お母様……吾妻様……」

 ジンジンと疼く腕をさすっていると、やはりこれは夢などではなく現実なのだと思い知らされる。ひとさすりごとに、少しづつ実感が増してくる。
 痛みがおさまってきた頃、やっと理解して、うつむく瞳からはおさえきれず大粒の涙がこぼれはじめた。

 涙が湖になったなら、そのまま身を投げてしまいたい。と、そのときのカミィは本気で思ったのだった。


***

【ももいろのまると、すばやいはりねずみ】

『愛しの息子へ、愛を込めて――

 ふしぎないきものが たくさんくらす ほし ちょこりーむ。
 このほしにいる にひきの いきものの はなしを しましょう。

 ももいろで まるくて やわらかな すべてを つつみこむ いきもの。
 なまえが ないので ももいろのまる と よびましょう。

 ちいさくて とげとげで さわると すこし いたい いきもの。
 はりねずみに にています。
 すばやく うごくので すばやいはりねずみ と よびましょう。

 すばやいはりねずみは うまれたときから ひとりぼっちでした。
 おともだちがほしくて みんなにちかづいても とげとげがいたいので にげられてしまうのです。

 すばやいはりねずみは どりょくかだったので いろいろくふうして おともだちを つくろうとしましたが そのどりょくは すべてむだにおわりました。
 だから ずっと ひとりぼっちでした。

 すばやいはりねずみは すばやさをいかして たべものをとるのが とくいでした。
 ですが たべものをとっても いつも ひとりで たべていました。
 すばやいはりねずみは さみしい と おもいました。』

挿絵(By みてみん)

***


 病に臥せったとき、国王が、
「自分の代わりに執政を務めてほしい」
 と、一番末っ子のトーマスに白羽の矢を立てたのは至極順当な判断だった。

 兄達のなかには異を唱えた者も居たが、偶然なのか何かの意思か、不幸な出来事が重なって、ひとり、ふたりと消えていき、反対の声はだんだん小さくなっていった。

 幼い頃より兄弟のなかで一番帝王学への理解が深かったトーマスは、その能力を遺憾なく発揮し、まさに理想の王っぷりを国民に対して見せつけた。
 彼の政治はそれは見事なものだった。

 国民の失業率もほんの少しではあるが下げることができたし、貿易相手国との関係も以前より良好になった。
 領土争いをしていた隣国と結ばれた停戦協定もトーマスの手腕によるところが大きい。

 もともと頭の出来が良かったこともあるが、何よりトーマスは努力家だった。
 一番年下で、最も王位継承権の低かった彼は、それでもたゆまぬ努力を続けた。
 基礎教養、帝王学、社交術から雑学、生活の知恵まで、ありとあらゆる知識と処世術を学び、実践し、身につけていった。


 はじめ、トーマスの努力は、「人に認めてもらいたい」という、単純な理由からだった。
 他の兄弟とは違う出自のせいで、幼いころより王族内でいじめにあっていた彼は、なんとかして自分の存在を確立することに心血を注ぎ、努力を怠らなかった。

「存在を認められたい」という気持ちは徐々に、「いじめた奴らを見返してやる」という野心に変わり、ますます彼の心を激しく燃え上がらせた。

 三年前。
 ついにその努力が実を結び、兄達を差し置いてトーマスが選ばれたとき、久しぶりに彼は本心で喜んだ。

 だが、「まだだ。まだ足りない。僕はこの国を手に入れる」。

 彼の心はもはや父と兄弟に認められる程度では満足できなくなっていた。
 国を手中に治めねば。国民全てを屈服させねば。全ての人間に、自分という存在を認めさせなければ。

 トーマスが夜会マスクを集めはじめたのはこの頃からだったろうか。
 自分の本心を隠すように。
 マスクで顔を覆い、笑顔を貼り付け、いついかなるときも理想の王を演じ続けた。

 そして今。
 本物の王となり全てを手に入れた彼は、努力することを、やめた。

 心の仮面を脱ぎ捨てるように、マスクを外す。

 この日から
 オフィーリア国歴代最高の王は、最悪の王と成り代わる。
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