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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第十一話  第ニ楽章:銀狼のラプソディー

 国王が病気で亡くなったというお触れは、多くの貴族や一般国民に深い悲しみを植えつけた。
 王城では三日間に渡りホールが開放され、誰でも参列可能な葬儀が行われた。葬儀には、身分の垣根なく黒い服に身を包んだ人びとが傷心の色をたたえて参列し、広いホールは夜の海が波打つようだった。

 そんな悲しみのムードもそろそろ落ち着きを取り戻し、国民の話題が移ろい始めた頃。
 城下街でパレードが開かれるという知らせが国内を駆け巡る。

*

 この日、もうすぐ太陽が真上にさしかかる時間だというのに、マリクはまだ自宅のソファの上で惰眠を貪っていた。

 ひんやりとした印象の石造りの壁にかこまれて睡眠と覚醒の狭間を漂う感覚を楽しんでいると、ギィという聞き慣れた音がした。この家に一つしか無い出入り口の方から聞こえる、歪んだ木のドアが開けられる音……今はあまり聞きたくない音だった。
 同時に、乾燥した風が頬を撫でて人の訪れを告げる。
 気づかないふりをして目を閉じていると、わんぱくな風に巻き上げられた砂埃と共に締りのない声が覆いかぶさってきた。

「ボス起きて~。遊びに行きましょうよ~」
「勝手に行けよ。俺は今日は一日ゆっくりするって決めてんだよ」

 全力で不機嫌を露わにし、寝返りをうち背を向ける。

「そう言わずに~。城下でパレードがあって、屋台なんかも出てるらしいッス」

 ゆさゆさと揺すってくる相手に無視を決め込んで、横になり続ける。
 激しい攻防はしばらく続いたが、敵の手がもう一組加わり二組になったところで、とうとう根負けして身を起こさざるをえなかった。

「あーわぁったよ! 行くよ、行けばいいんだろがよ! 嫌がらせかよ」

 起き上がったマリクの前で、
「イエーイ」
 とハイタッチする若者ふたりは、金貸し仕事の部下だ。

 背が低くて赤茶髪のお調子者の男と、熊のような体格をしてスキンヘッドの寡黙な男は、その見た目のアンバランスさから【デコ】【ボコ】というアダ名で周りから呼ばれている。

 あまり気が合いそうには見えないのだが、なぜか彼らはとても仲が良く、こうして休日にも一緒に遊ぶほどだった。
「嫌」と言えないデコを、ボコが無理やり連れ回しているんだろうという風な冗談が飛ばされると、決まって、
「違いますよ!デコのほうから誘ってくるんス!」
 というのがボコの言い分だった。

「邪魔だどけオラ」
 そんなふたりのあいだを割って、マリクは渋々外に出た。

*

「それで、なんで今日は誘いに来たんだよ。いつもみたいにお前らふたりで遊べばいいじゃねーか」

 もうすぐパレードの一団が通りかかるというので、厳重な警備体制で道路が通行止めにされている。
 その両脇の屋台でひしめき合う人びとをかき分けながら、
「新しい王だの后だのに俺は興味はねーんだよ」
 とマリクはまだ不機嫌に文句を垂れる。

 大きなフランクフルトを頬張るボコが、
「俺だって興味ないスけどね。デコが、『ボスは貴族のお嬢さんが好きだ』っていうから。確かにボス、貴族のほうの仕事行ったときいつもフラフラしてますよね。アレ、ナンパしてんスか? 今度俺も誘ってくださいよ」

 マリクは使い捨てのカップに入った飲みかけの炭酸酒を盛大に噴き出した。「お前は一体何を吹き込んでいるんだ」と非難の目をデコに向ける。

「ちげーよ。俺は用事があって動いてんだよ。適当なこと言ってっと殴るぞ」

「またまた~。恥ずかしがらなくてもいいんスよ。可愛い女のコは俺も好きッス! そういえば新しい王様のお后様はずいぶん可愛いらしいッスよ。あ、ほら、来た来た!」

 ボコが指差す先に、楽器を奏でながら行進する兵士達の姿が見えはじめた。統率のとれた動きはパフォーマンスとして非常にに面白い。

 その一団をしばらく眺めていると、兵士達の後ろから色とりどりの羽や花で豪華に装飾された屋根のない車がやってきた。車は人が歩くようなゆったりとしたスピードで進んでいる。

 南国に生息する鳥のような派手な車からは、新しい王が国民に向かってにこやかに手を振っている。
 一振りするたびに「キャー!」と黄色い声援が巻き起こり、人が雪崩を起こしそうになるのを警備兵が必死に押しとどめていた。

「話には聞いてましたけど、王様すごい人気ッスね……」

 その様子をうらやましそうに見ていたボコから、
「隣のお后様もホントに可愛いッスね。いいなあ美男美女で金まであるんだもんなあ。世のなか不公平じゃないッス?」
 と問いかけられ、くだらないと思いながらも視線を向ける。

 その瞬間、

「なっ……」
 驚愕の声を抑えきれず、マリクは持っていたカップを取り落とした。


 王の横に座って俯いている后が、どう見てもカミィだったからだ。
 何度も遠くから眺めた横顔を見間違うはずがない。

「あいつ……マジでお姫様になっちまったってのかよ……」

 昔冗談で「お姫様だったらなあ」というようなことを言ったのを覚えているが、よもや現実になるだとは誰が予想できただろうか。

「わり、俺用事思い出したから帰るわ」
「あ、ちょっとボス、どこ行くッスか?!」

 いてもたってもいられず、マリクはその場から抜けだした。
 背後からは引き止める声が小さく届いたが、そのうち喧騒に紛れて聞こえなくなった。

*

 たった数日前にセシル家の前で出会ったばかりのジュンイチは、「結婚の申し込みをしに来た」と言っていたのに。一体どういうことなのか。

 人混みから脱出し、静かな場所で落ち着いて考えてみる。

 人びとに向けて手を振る王の横で俯いていたカミィは、どう好意的に解釈しても、とてもじゃないが望んでそうなったようには見えなかった。おそらく不本意な結果に違いない。

 なぜジュンイチのプロポーズを断り、突然王の后になってしまったのだろう。


 ジュンイチとマリクが出会った日。

 彼が本当にカミィを幸せにする気があるのか心配になって、余計なお世話だと知りつつも、しばらくしてから再度セシル家へ引き返した。
 こっそり敷地内に忍び込み、窓の外からふたりが話しているところをしばらく覗いた。
 はたから見ると馬鹿にしか見えないような花束だったが、受け取った彼女は確かに嬉しそうにしていたし、ふたりはお互い好き合っているように見えた。それなのに、なぜジュンイチは振られてしまったのだろう?

「クソっ。ひとりで考えても埒があかねえ」

 マリクは直接問いただすべく、吾妻邸へ向かうことにした。

*

 まだ太陽は高く、突然の訪問でもそれほど失礼には当たらない時間帯のうちに、セシル家よりも数段大きな屋敷構えの吾妻邸に着いた。

 使用人が数十人いてもおかしくないほどの屋敷なのに、ドアをノックすると、いつも決まって対応に出てくるのは同じ人物だ。
 この日もそうだった。

 その人物は必ず丁寧に屋敷から一歩外に出て、きちんとドアを閉めてから客人へ向き直る。

「マリクさんこんにちは。はて、仕事の日では無かったように思いますが、本日はどういったご用件で?」
 温厚な人柄をあらわすように、目尻には深いシワが刻まれている。

「セバスチャンさん、吾妻ジュンイチを出してほしいんだが」
 そう告げると、セバスチャンは珍しく少し表情を変えた。

「は、マリクさんは坊っちゃまとお知り合いだったのですか? それはそれは……驚きました。しかし、実を申しますと坊ちゃまは数日前から軍の研究所に篭りきりで、こちらには帰っておられないのです」
「軍だな? わかった。ありがとうセバスチャンさん」

 それだけ聞くと、マリクはすぐに身体の向きを変えて走りだした。
 早くしないと日が暮れてしまう。

*

 吾妻の領土内を住宅街とは別の方向へすすむと、ジュンイチが居るという軍の施設がある。実際に来るのははじめてだ。

 軍属の人間に会うにはどうすればいいのだろうか? 勝手が分からない。
 遠巻きに眺めているだけでも、無機質な建物が醸し出す雰囲気に圧倒される。なんだか盗みに入るときのような後ろめたい気持ちになる。
 その空気に圧されて、マリクはとりあえず近くの手頃な物陰に身を隠すことにした。

 しばらく物陰からそっと様子を伺っていると、白衣を着た研究員風の男がふたり施設から出てくるのが見えた。あまり肉体派ではなさそうな、色の白い痩せたふたり組だった。

「あれくらいなら勝てそうだ。脅してジュンイチの居場所を聞き出してやる」

 薄灰色の外壁にそって、人気が無い方へと進んでいくふたりのあとをつける。
 耳を澄ませて会話を盗み聴きすると、彼らは丁度ジュンイチの話をしているようだ。

「吾妻大佐は一体どうされたんだろうね……?」
「以前から変わった人だとは思っていたが、ここ数日の様子には恐怖しか感じられないよ」
「知ってるか? 昨日の異臭騒ぎの原因。大佐が何か大きなものを溶かしたらしいぞ」
「そういえば捕虜がひとり消えたって誰かが騒いでいたような……」
「おい、やめろよ」

 震えあがる男達が少し開けた場所に差し掛かったとき、マリクは生け垣の裏から飛び出した。

「うわあああんぐっ――」

 妙にリアリティのある怪談めいた話をしていたところに、不意に何かが飛び出してきた! という状況。男達がパニックに陥るのも無理はない。
 叫び声をあげる男の口を手際よく背後から押さえつけ、耳元で警告する。

「おい、静かにしろ。おとなしくしてりゃ乱暴はしない」

 正面で尻もちをついて怯えているもうひとりにも目配せをして、ふたりが落ち着くのを待ってから、手を離した。

「なんなんですか、あなたぁ」
「ここに吾妻って奴がいるだろ、ソイツに用があんだ。会わせてくれ」

 戦々恐々と、へっぴり腰で苦情を言っていたふたりは顔を見合わせ、

「無理ですよ。私達ですら、大佐が来られた日にお見かけして以来会ってないんですよ」
「そのときだって挨拶すらできませんでしたし。いつもは掴みどころは無いけどノンビリした人なんですが、そのときはなんかすごい不機嫌そう……というか、声を掛け辛い雰囲気で」
「研究室に近寄っちゃダメだって言われてて」
「前を通りかかるのもダメって」

 おかげで私達も今少し暇なんです。と交互に話す。

「うるせぇ! いいから会わせやがれ!」

 意外とおしゃべりな研究員達に向けて拳を振りあげ殴りかかるマネをすると、彼らは、
「わああ! 乱暴はやめてください! 受付! 受付がありますから」
 と今来た方向を指差した。

 研究員達の、
「でも、たとえ平常時でも、紹介状がないと大佐には会えませんよ」
 という警告を聞き終わる前に、もうマリクは道を引き返していた。

「せっかちな人だな」
「ああ」



 研究員達に教えられた先。
 最初に隠れて見張っていた出入り口の少し奥に、受付はあった。

 受付と言っても、綺麗な女性が丁寧に案内してくれるような類のものではなく、ただカウンターがひとつと呼び出しベルがあるだけの簡素なものだった。
 そもそも研究施設に一般人が立ち入ることはほとんどないのだろう。呼び出しベルにも関係者用とだけ書かれていて、不親切なつくりになっている。

 ベルを鳴らすと、警備員らしきいかつい兵士が対応に出てきた。

「吾妻ジュンイチに会いたいんだが?」

 用件を告げると、兵士はマリクの姿を上から下までジロジロと見まわしてあからさまに訝しむ表情を見せた。口にこそ出さないが、「怪しい奴だ」と思っているのがありありと伝わってくる。

「紹介状は持ってるのか?」
「は? 無いけど?」

 そんなものが必要だとは聞いていない。

「紹介状も無しにお前みたいな奴が大佐に会えるはずないだろ」

 まったく時間の無駄だと小さく呟いて、シッシッと野良犬を追い払う仕草で手を降る兵士に、そうはいくかと食い下がる。

「大事な用があんだよ!」

 ここまで来て引き下がれるわけがないと迫っていると、額に冷たいものが当てられた。
 一拍置いて、それが何だか理解する。兵士が懐から銃を取り出していた。

「うるさいな。いい加減にしないと撃つぞ」

 銃口を強く押しつけられて、冷や汗が湧き出る。命の危機となれば流石に身を引かざるを得ない。こんなところで殺されるのは不本意だ。

「クソがッ!」

 マリクは悔し紛れに力いっぱい兵士を睨みつけて、捨て台詞を吐きその場から逃げ出した。まるで負け犬だ。

 少し距離をとって振り返ると、兵士はまだその場に立って銃を手にニヤニヤと笑っている。
 完全に舐められている。わざと神経を逆撫でするような態度に腸が煮えくり返るほど腹が立った。

*

 吾妻邸はダメ、軍の施設もダメ。
 たったの二箇所だが、それら以外にジュンイチへ繋がる方法が今は思い浮かばない。

 いつの間にか空もオレンジ色に染まりはじめ、沈む太陽に追われているように気持ちばかりが急く。

「イラつくぜ!」

 仕方なく帰宅する途中、ゴミ捨て場から溢れている空き瓶を腹癒せに蹴飛ばす。軽い瓶は思ったよりも大きく宙を舞って壁に叩きつけられ、割れた。

 スラムの金貸しと、三大貴族の侯爵。

 そもそもセシル家の前で出会ったのも偶然で、本来ならば決して交わることのないふたりだったはずなのだ。
 もう二度と会えなくても不思議では無いのだが、ここまでくればもはや意地のようなもの。

「何か別のやり方でどうにかして問いただしてやる」

 諦めきれず、マリクは別の方法を探すことにした。
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