挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

12/45

第十一話  第ニ楽章:銀狼のラプソディー

 国王が病気で亡くなったというお触れは、多くの国民に深い悲しみを植えつけた。
 王城では一週間に渡り城門が開放され、誰でも参列可能な葬儀が行われた。葬儀には、身分の垣根なく黒い服に身を包んだ人びとが参列し、広いホールは波打つ海のようだった。

 そんな追悼のムードもそろそろ落ち着きを取り戻し、国民の話題が移ろい始めた頃。
 城下街でパレードが開かれるという知らせが国内を駆け巡る。

*

 この日、もうすぐ太陽が真上にさしかかる時間になっても、マリクはまだ自宅のソファの上で惰眠を貪っていた。

 体温で温まった掛布に包まって、睡眠と覚醒の狭間を漂う感覚が好きだ。
 うつらうつら。何度目かの睡眠に移ろうとしたとき。ギィという聞き慣れた音が耳に届いた。届いてしまった。この家の、たったひとつの出入り口。歪んだ木のドアが開けられる音。
 ……今はあまり聞きたくない音。気づかなかったことにする。

 しかし、訪問者は空気が読めない。寝ている家主への気遣いは、あいにく持ち合わせていないらしい。風に巻き上げられた砂埃と共に、締りのない声が無遠慮に覆いかぶさってきた。

「ボス起きて~。遊びに行きましょうよ~」
「勝手に行けよ。俺は今日は一日ゆっくりするって決めてんだよ」
 全力で不機嫌を出して、寝返りをうって背を向ける。

「そう言わずに~。城下でパレードがあって、屋台なんかも出てるらしいッス」

 無視を決め込んで横になり続けても、相手も負けるつもりは無いようで。ガシガシと揺すってくる手つきは徐々に強さを増していく。激しい攻防はしばらく続き。

「デコ! ボス起こすの手伝って!」

 敵の増援により二対一になったところで、とうとうマリクのほうが根負けして身を起こさざるをえなかった。

「わーぁったよ! 行くよ、行けばいいんだろがよ! 嫌がらせかよ」
 舌打ちするマリクの前で、訪問者である金貸し仕事の部下ふたりは「イエーイ」とハイタッチ。
 背が低くて赤茶髪のお調子者の男と、熊のような体格をしたスキンヘッドの寡黙な男。その見た目のアンバランスさから、ついたあだ名は【ボコ】と【デコ】。

 性格は正反対なのに、彼らはとても仲が良く、こうして休日にも一緒に遊ぶほど。
「嫌」と言えないおとなしいデコを、騒がしいボコが無理やり連れ回しているんだろう。という冗談が飛ばされると、決まって、
「違いますよ!デコのほうから誘ってくるんス!」
 というのがボコの言い分だ。真偽は定かでない。

「邪魔だどけオラ」
 そんなふたりのあいだを割って、マリクは渋々外に出た。少しだけ付き合ったら、すぐに帰ってまた寝てやる。



「それで、なんで今日はわざわざ誘いに来たんだよ。いつもみたいにお前らふたりで遊べばいいじゃねーか」

 もうすぐパレードの一団が通りかかるという城下町は、ポリシアによる厳重な警備体制で道路が一時通行止めになっている。
 その両脇の屋台でひしめき合う人びとを薄目で眺め、マリクはあくびを噛み殺した。

「俺は新しい王だの后だのに興味はねーんだよ」

 大きなフランクフルトを頬張るボコは、
「俺だって王には興味ないスけどね。デコが、『ボスは貴族に興味があるみたいだ』って言うから。たしかにボス、貴族のほうの仕事行ったときいつもフラフラしてるスよね。アレ、ナンパしてんスか? 今度俺も誘ってくださいよ」
「ブッ……!!」
 マリクは口に含んだ炭酸酒を盛大に噴き出した。麦色の液体は勢い良くボコのパーカーに直撃! 無地のパーカーに湿った地図が描かれる。

「ぎえーっ! 何するんスかボスーー!!」
「バカヤロー。お前がふざけたこと抜かすからだ。デコ、てめーも! 一体何を吹き込んでやがる」
 苦虫を噛み潰して非難の視線送ると、デコは無表情に小さく頭を下げた。

「俺は用事があって動いてんだよ。変な勘ぐりすんじゃねえ」
「またまた~。恥ずかしがらなくてもいいんスよ。慌てっぷりが逆に怪しい。貴族の女のコは俺も好きッス! そういえば新しい王様のお后様がカワイイって噂なんスよ。あ、ほら、来た来た!」

 ボコが指差す先から、城の兵士が列をなしてやってきた。楽器を奏で行進する姿はパフォーマンスとして素直に面白い。
 その後ろを、豪華に飾り付けられた屋根のない車がついて走っている。色とりどりの花や羽根の派手な装飾が、まぶたの奥をチクチクと刺す。

 車からにこやかに手を振っている男が、新しい王だろう。
 一振りするたびに「キャー!」と黄色い声援が湧きあがり、人が雪崩を起こしそうになるのを警備兵が必死に押しとどめていた。

「話には聞いてましたけど、王様すごい人気ッスね……。くっそーこれだからイケメンは!」
 ボコは羨ましそうに口を尖らせた。
 車の飾り付けにも負けず輝く月色の髪は、遠目に見てもたしかに綺麗だ。

「隣のお后様も噂通りにカワイイッスね。いいなあ美男美女で金まであるんだもんなあ。世のなか不公平じゃないッス?」
「金は頑張って稼ぎゃいいだろ。見た目はきっぱり諦め……あぁ!?」

 后を視界に入れた瞬間――マリクは絶句した。

 持っていた炭酸酒のカップが手から滑り落ち、こぼれた中身がボコのスニーカーに直撃!
「ぎええーーっ! ボスさっきから何なんスか!」

 それどころじゃない。
 何度も遠くから眺めた横顔。王の横に座って俯いている后は、どう見てもカミィ。

「あいつ……マジでお姫様になっちまったってのかよ……」

 昔、冗談で「お姫様だったらなあ」なんて口走った覚えがあるが、まさか現実になるだとは誰が予想する!?

 群衆に向けて手を振る王の隣。目を伏せるカミィは、どう好意的に解釈しても、とてもじゃないが望んでそうなったようには見えない。おそらく不本意でこうなっているはずだ。
 なぜ、突然王の后になってしまったのか。

「結婚の申し込みをしに来た」と言うジュンイチに会ったのはたったの数日前。こっそり盗み見たふたりは楽しげで。王との結婚が決まっていたなら、ジュンイチとあんなに笑い合えるはずがない。一体どういうことだ。

「わり、俺用事思い出したから帰るわ」
 マリクはジュンイチに直接問いただすべく、吾妻邸へ向かうことに。
「ボス!?」
 引き止める声は、喧騒に掻き消える。



 まだ太陽は高く、突然の訪問でもそれほど失礼には当たらない時間帯のうちに、セシル家よりも数段大きな屋敷構えの吾妻邸に到着。

 使用人が数十人いてもおかしくないほどのだだっぴろい屋敷なのに、ドアをノックすると、いつも決まって対応に出るのは同じ人物。
 その人物は必ず丁寧に屋敷から一歩外に出て、きちんとドアを閉めてから客人へ向き直る。

「マリクさんこんにちは。はて、仕事の日では無かったように思いますが、本日はどういったご用件で?」
 目尻に刻まれた深いシワが、温厚な人柄をあらわしている。

「セバスチャンさん、吾妻ジュンイチを出してほしいんだが」
 告げると、セバスチャンは珍しく少し表情を崩した。
「は、マリクさんは坊っちゃまとお知り合いだったのですか? それはそれは……驚きました。しかし、実を申しますと坊ちゃまは数日前から軍の研究所に篭りきりで、こちらには帰っておられないのです」
「軍だな? わかった。ありがとうセバスチャンさん。行ってみる」

 居場所が判明して、マリクはすぐに身体の向きを変えて走りだした。
 早くしないと日が暮れてしまう。



 ジュンイチが居るという軍の施設は、吾妻の領内を住宅街とは別の方向へすすんだ先にあった。なんとなく場所は知っていれども、実際に来るのははじめて。
 軍属の人間に会うにはどうすれば? 勝手が分からず、立ち止まる。

 そんなとき、都合よく施設から出てきたのは、色の白い痩せたふたり組。白衣を着た研究員風の彼らに、ジュンイチと会えるよう便宜をはかってもらおう。

 薄灰色の外壁にそって、ふたりは人気が無い方へと進んでいく。マリクは彼らの後を追う。
 耳を澄ませて会話を盗み聴きすると、彼らは丁度ジュンイチの話をしているところだった。

「吾妻大佐は一体どうされたんだろう?」
「分からない。以前から変わった人だとは思っていたが、ここ数日の様子には恐怖しか感じられないよ」
「知ってるか? 昨日の異臭騒ぎの原因。大佐が何か大きなものを溶かしたらしいぞ」
「そういえば捕虜がひとり消えたって誰かが騒いでいたような……」
「おい、やめろよ」

 震えあがる男たちが少し開けた場所に差し掛かったとき、マリクは生け垣の裏から飛び出した。

「うわあああんぐっ――」

 妙にリアリティのある怪談めいた話をしていたところに、不意に何かが飛び出してきた! という状況。男たちがパニックに陥るのも無理はない。
 叫び声をあげる男の口を手際よく背後から押さえつけ、耳元で警告。

「おい、静かにしろ。おとなしくしてりゃ乱暴はしない」

 正面で尻もちをついて怯えているもうひとりにも目配せをして、ふたりが落ち着くのを待つ。

「なんなんですか、あなたぁ」
「ここに吾妻って奴がいるだろ、ソイツに用があんだ。会わせてくれ」

 戦々恐々とへっぴり腰のふたりは、ジュンイチの名前を聞いたとたんに顔を見合わせ、

「無理ですよ。私たちですら、大佐が来られた日にお見かけして以来会ってないんですよ」
「そのときだって挨拶すらできませんでしたし。いつもは掴みどころは無いけどノンビリした人なんですが、そのときはなんかすごい不機嫌そう……というか、声を掛け辛い雰囲気で怖くて」
「研究室に近寄っちゃダメだって言われてて、命の保証は無いって」
「前を通りかかるのもやめろって。あの人のことだから逆らったら本当に殺され」

「ぐだぐだうるせえな。いいから会わせやがれ」
 拳を振りあげ脅しかかかると、研究員は慌てて今来た方向を指差した。

「わああ! 乱暴はやめてください! 受付! あっちに受付がありますから」
「最初からそう言えよ」
「あ、でも紹……」
 長いおしゃべりに付き合う暇は無い。まだ何か言いたげな研究員を置いて、マリクはさっそく道を引き返し受付を目指す。



 教えられた先。施設出入り口の少し奥に、受付はあった。

 受付と言っても、誰か案内がいるでもなく。カウンターがひとつと呼び出しベルがあるだけの簡素なもの。
 そもそもがここは研究施設。一般人が立ち入ること自体、もしかしたらほとんどないのかもしれない。呼び出しベルには関係者用とだけ書かれていて、不親切なつくりになっている。

 ベルを鳴らして、しばし待つ。対応に出てきたのは、警備らしき軍服の兵士。白衣を着た研究員たちとは違って、(いかめ)しい雰囲気。

「吾妻ジュンイチに会いたい」

 兵士はマリクの姿を上から下まで無遠慮に見まわして、あからさまに訝しむ表情を見せた。「怪しい奴だ」と思っているのを、隠す気も無いらしい。

「紹介状は?」
「は? 無いけど?」

 そんなものが必要だとは聞いてない。

「紹介状も無しにお前みたいな奴が大佐に会えるはずないだろ」

 まったく時間の無駄だと小さく呟いて、シッシッと野良犬を追い払う仕草で手を降る兵士に、そうはいくかと食い下がる。

「大事な用があんだよ!」

 ここまで来て引き下がれるわけがない。吠え立てると、額に冷たいものが当てられた。
 一拍置いて、それが何だか理解する。銃だ。銃をつきつけられている。

「うるさいな。いい加減にしないと撃つぞ」

 こちらは丸腰、相手は銃。突然の命の危機に、冷や汗が頬を伝う。

 どうしようもなく、距離をとった。

 兵士は銃を手にニヤニヤと笑っている。
 完全に舐められている。わざと神経を逆撫でするような態度に腸が煮えくり返る。

 しかし打つ手は無し。

「クソがッ!」

 仕方なく、マリクは施設をあとにした。たかが男ひとりに会うだけで、命をかけるのはさすがにバカバカしい。




 吾妻邸はダメ、軍の施設もダメ。
 たったの二箇所。けれど、重要な二箇所。他にジュンイチへ繋がる方法が浮かばない。

 スラムの金貸しと、三大貴族の侯爵で軍の大佐。
 そもそもセシル邸の前で出会ったのも偶然で、本来ならば決して交わるものじゃない。
 もう二度と会えなくても不思議は無い。

「んだってんだよ」

 帰宅する途中、ゴミ捨て場から溢れている空き瓶を蹴飛ばした。瓶は思ったよりも大きく宙を舞って眩しい彼方へ消えてった。

 いつの間にか空はオレンジ色。
 諦めはしない。マリクは別の機会を待つことにした。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ