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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第十話    ☆組み立てたパズル、外された一ピース

「何っ!? 父上が!?」

 全力疾走してきたのだろう。
 部屋につくなり倒れこんだ使用人の口から父の訃報を受けて、トーマスはベッドから飛び起きた。

「落ち着いて。ゆっくり聞かせてくれ」
 青い顔をしてゼイゼイと息をする使用人を抱き起こして、冷たい水の入ったグラスを手渡してやる。

「あり……がとう……ございます」
 途切れ途切れの礼のあと、水は一気に飲み干された。

「それでまさか、また例のアイツの仕業か?」

【例のアイツ】とは、ここ数年のあいだに起きている王族殺人事件の犯人のこと。全ての犯行において、遺体が激しく損傷しているのが特徴だ。

「手口からみて、おそらくそうでしょう」
「一体警備兵は何をしていたんだ……。侵入者に気が付かないなんて……仮眠をとっていたのか?」

 たずねながら、鏡の前で最低限髪を整え、マスクを着ける。夜会時以外でもマスクを着用するのはトーマスのある種のクセだった。数年前から集めはじめ、今ではコレクターとしても有名だ。

「いえ。一晩中、寝室の入り口で見張っておりました。ですが物音ひとつしなかったらしく……朝、薬をお運びするためにメイドが部屋に入ったときには、もう王様は……」

 惨状をを思い出したのか、使用人はさらに顔を青くする。彼をその場に座らせたまま、トーマスは立ち上がった。

「現場を見てこよう」
「お止めになったほうがよろしいのでは……室内は非常に凄惨なありさまで……」
「覚悟はできているとも。それに、父の最期をこの目で見ておきたいんだ……」
「王子……」

 何かを言おうとして、しかしかける言葉が見つからなかったのか、使用人はそれ以上何も言わなかった。

*

「王子、いらっしゃったのですか」

 トーマスが到着したとき、現場はまだ"そのまま"の状態が保たれていた。
 ポリシア(この国の警察機関の総称)が来るまで下手にものを動かしたりしないように、と見張っていた兵士が駆け寄ってくる。

「ご苦労様」
 一声かけて、室内を見まわす。

 四方の壁に無法則な模様を描き出している乾いた血液、歩くとジュクジュクと赤い液体が染み出す絨毯、ベッドのまわりに砂利のごとく飛び散る細切れの肉、床にたたきつけられたように弾けている腸、磔刑さながらに手の甲とベッドをつなぐ折られた肋骨、内蔵が引きずりだされ袋のように穴の空いた腹部と、そのなかに残る白い……。

 原型を留めぬほどに変化した父親の遺体。
 その光景を目の当たりにして、トーマスは肩を震わせた。

「大丈夫ですか?」
「ああ……問題ない。あとは任せる、引き続きよろしく頼む。何か分かったら知らせてくれ」

 月並みな言葉をかけてくる兵士に向けてそれでもにこやかに振る舞ってみせ、彼は早々にその場をあとにした。

*

 トーマスが執務室に入ると、大臣が抱きつかんばかりの勢いで迫ってきた。
 まるまると太った体で走る様は場の空気に似合わずコミカルで、転がるボールのよう。サーカスにでも入れば走るだけで人気者になれるかもしれない。

「ああ、王子。おいたわしや……恐ろしいことがまた繰り返されましたな……」

 オイオイと涙を流し、
「病に伏せっておられた王にわざわざ追い打ちをかけるような仕打ち。不憫でなりませぬ」
 とグズグズしている彼を素通りし、デスクに着く。

「感傷にひたるのはあとだ。やらなければならないことが山のようにある」
「王子……ご立派でございます」

 手にしていたハンカチで涙と鼻水を拭う大臣を横目に、ペンを取って事務処理を進め、今後の予定を立てる。

「まずは、父の回復後に予定していた王位継承を前倒しに。来月頭を目処に行おう。準備を頼む。父の件は病死ということで国民には触れを出せ。それから、オルレアン領のセシル家へ至急この手紙を届けてくれ。可能なら返事をその場でもらって帰るように」

 顔はデスクに向けたまま、用意していた手紙を懐から出す。

「は、直ちに。どのような内容か聞いても?」
「結婚申し込みの手紙さ。本当は王位を継いでからと思っていたのだが、この際だから王位継承のお披露目と結婚のパレードを一緒に行ってしまおうと思ってね。とにかく明るい話題をぶつけてマイナスイメージを払拭せねば」
「なるほど、良い案でございますね。しかし、突然のプロポーズ、相手の女性に承諾してもらえるでしょうか?」

 そこでトーマスははじめて仕事の手を止め、大臣を見た。

「ハハハ、面白い冗談を言うな、大臣は。僕の求婚を断る女がこの世にいるとでも?」
「……たしかにそうでございますね」
 大臣は一瞬、トーマスの言葉を訝しむような態度を取ったが、そのまま同意した。

 あの舞踏会のあと、カミィのことを気に入ったトーマスは、こっそりとセシル家のことを調べていた。
 調査の結果、家柄や家族、本人に特に問題が無いと判断し、プロポーズの手紙をすでに用意していたのだった。

 その後もテキパキと指示を飛ばす王子と、汗をかきながら手伝う大臣がやっと一息つけたのは、太陽が地平線へ半分ほど沈んだ頃だった。

「では全て、段取り通りに」
「ああ、もう下がっていい」

 部屋にひとり残ったトーマスは、そのまま黙々と仕事を続けた。
 うず高く積まれた書類に目を通し、それぞれ適切に対処していく。パラパラと紙をめくる音だけが長いあいだ続いた。

 そのうちに太陽も沈みきって、そろそろ明かりをつけようと立ち上がり、後ろのカーテンを閉めるために出入り口へ背を向けたその瞬間。
 バタン! と勢い良くドアが開き――


*


 ドアが開く音がして、玄関のほうから男と女が楽しそうに話す声が耳に入ってきた。

「お父様とお母様が帰ってきたんだわ」
 カミィは読んでいた本を閉じた。
「吾妻様のことを相談しなくっちゃ」

 なんだか照れくさく、できるだけなんでもない風を装いたいが、どうにも浮足立って顔が綻んでしまう。踊るような足取りでスカートの裾をフワフワと揺らしながら、自室をあとにする。

「お帰りなさい。お父様、お母様。ご一緒だったの?」
「ただいま。別で出かけていたのだが、丁度そこで会ったんだよ」

 玄関口で微笑み合うふたりの姿はとても幸せそうだ。自分もこんな夫婦になりたい。
 憧れを抱きながら、両親不在のあいだの訪問者について口を開く。

「そうだったの。ところで、お話があるのだけれど……」
「なんだね?」
「実は、私に結婚の申し込みが……」
 思い出して顔が熱くなる。自然とモジモジとした態度になってしまう。

 ずいぶん驚くだろうと予想していたが、父の反応は案外あっけないものだった。

「ああ、カミィももう聞いているのか。それなら話がはやい。ぜひともお受けさせてくださいと、先ほど返事をしたところだ」
「えっ、お父様達にももうお話が伝わっているの?」

 なんと手回しのはやいことか。流石侯爵様。
 感心したカミィだったが、直後に父から発せられた言葉は、想像していたものとあまりにもかけ離れていた。

「伝わっているも何も、今そこでお城からの使者に会ったところだよ」
「お城って……なんのこと?」
「王子様からの結婚の申し込みの話だろう?」

 王子……? 
 首をかしげるカミィと、不思議そうな顔をする父。玄関はシーンと静まり返る。
 一瞬のち、どうやら話が食い違っているらしいと、ふたりは顔を見合わせた。

「ちょっとまって! 違うわ、私そんなこと知らない!」

 侯爵様からのプロポーズを受けようと思っていたのに、入れ違いで別の人からプロポーズされていた。
 その事実に思わず声を荒げてしまう。

「カミィ、少し落ち着きなさい」
「タイミングが悪かったようだが、これ以上の縁談は無いだろう。もう承諾の返事をしてしまった。もう一方には申し訳ないが、お断りしなさい」
「なんて勝手なことを……!」

 なんでもないことのように言う父と母。恐ろしい人達!
 顔を青ざめて驚愕しながらも、カミィは強く反対の構えをとった。

「嫌。王子様のところへなんてお嫁にいきたくない! 私、好きな人がいるの!」

 叫ぶように言い切る。

 父はひとつため息をついて、
「その人は王子様より立派な家柄のお方かい?」
「そ、それは……」

 いつもの穏やかな口調とはまるで違う厳しい物言いに、カミィは口ごもった。こんな口調で話しかけられたのははじめて。父はいつも優しかったのに。
 それでも負けずに、やっとのことで震える声を絞り出す。

「そんな言い方、お父様ったら意地悪よ」
「いいかい、よくお聞き。決して意地悪で言っているんじゃないんだ。私もお母さんも、カミィの幸せを一番に願っているんだよ。王族というこの国一番の地位があって、紳士的で、外見だって申し分ない。一体何が不満だっていうんだい?」

 興奮している野生の動物にするように、膝を折り目線を合わせて諭される。

「違うの、違うのよ。王子様に不満があるわけじゃないけど……」
「それなら、ね、わがままを言わないで。頼むからお父さんとお母さんを安心させておくれ」

「でも、でも……」
 言いたいことは山ほどあるが、しかし何から言っていいのやら思い浮かばず、ただ否定の言葉だけを壊れたおもちゃのように繰り返そうとしてしまう。

 父はついに呆れた様子で、
「とにかくいいね? もう返事は伝えてしまったのだから、今更お断りはできないんだよ。さ、部屋へ戻って、少し頭を冷やしなさい。ディナーのときには元気な顔を見せておくれよ」

 そこまで言われてしまうと、カミィにはもうどうすることもできなかった。

 頭のなかで、「お父様とお母様はわたしのためを思って、よかれと思ってやってくれている」「そんな押し付けはエゴだわ」「家出をしてしまおうかしら」「でも行くあてはどこにもないの」と、相反する考えが次々と湧き上がってはぐるぐると渦を巻き、もう一体何が正解なのか分からなくなってきた。

「私と一緒にお部屋へ戻りましょう。カミィ」

 厳しい口調の父とは逆に、いつもより優しい声の母に背中を押される。
 部屋への道すがら、少しだけ声を潜めて母は、

「ねえ、カミィ。お母さんもね、お父さんとは親同士が決めた結婚だったのよ。最初は嫌だったわ。でもね、いろいろあったけれど、お母さん今とっても幸せよ。あなたもきっと、幸せになれるわ」

 この話は私達だけの秘密よ。と、十代の少女のようなウインクをした。

「でもお母様、私、好きな人がいるの。うまれてはじめて、男の人を好きになったの」

 母が自分を元気づけようとしてくれているのは分かる。けれど、決して納得はできないと抗議するカミィの唇に、そっと人差し指が当てられる。

「人生ってね、決して思い通りにはいかないの。だけど、その時々にできることを精一杯やれば、きっとうまくいくようになっているのよ。カミィもそろそろ大人になりなさい。物事を受け入れて、そのなかで自分にできることを精一杯やるのが大人というものよ」

「だけど……いえ……なんでもない……そうなのね……」

 これ以上の抗議は無意味だ。
 両親はきっと、力尽くでも自分をお嫁に行かせるだろう。そう悟ったカミィは、出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。

 その日の夕食時、両親と一言も口をきかなかったことが、「結局従うしかないのだ」と現実を知った少女にできる精一杯の最後の反抗だった。


*


――バタン! と勢い良くドアが開き、夕方セシル家へ使いに出した者が帰って来た。

「ノックくらいはしてほしいものだね。心臓に悪い」
 振り返って、トーマスは大げさに胸をなでおろした。
「例の殺人鬼が来たのかと思ったじゃないか」
 おどけて言ってみせる。

「申し訳ございません王子。セシル伯爵から直接口頭で返事をいただいて参りました」
「ああ、ご苦労。どうだった?」
「はい、もちろん快諾でございました。後日改めて書面を届けると」
「うん。よくやった」

 満足気に笑みを浮かべて、トーマスは頷いた。


*


 お断りの手紙を書かなくちゃ。
 と、カミィはデスクに向かってみたものの、何から書き出せば良いのか思い浮かばず、うまく筆がすすまない。

 そもそも、すぐに気持ちを切り替えろというのが土台無理な話だった。自分はこれまで我慢というものをあまり経験したことがなかったんだ。と今になって思い知る。

 世界中で一番幸せなんじゃないかという昼の出来事と、この世に自分より不幸な人はきっといないという夕方の出来事。
 一日で天国と地獄を両方体験して、気持ちの整理が追いつかない。
 食後、自室に戻った途端に、堪えていた涙が決壊したダムのように溢れてずっと止まらない。

 それでもペンを取り、自分でも整理しきれない気持ちを思うがままに便箋に綴ってみる。

『結婚はお受けできません。だけど――』

 と最初に記してから、舞踏会の日の楽しかったこと、結婚の申し込みが嬉しくて本当はすぐにでも受けたかったこと、まだ二回しか会っていないのに好きなところがたくさんあること。

 少し目にかかる垂れ下がった前髪。射抜かれそうなほど鋭い眼差し。鈍い金色の瞳。少し猫背だけれど背が高くてがっしりした筋肉質な体。会話の節々から伝わる、のんびりしているようでとても素早く回転する頭脳。割れものを扱うときのように優しくカミィの手を握った手つき。自信ありげな悠々とした態度。
 もっともっとジュンイチのことを知りたいという気持ち。

 そんなことをまとまらない文章で書いては捨て、書いては捨て、何度も何度も繰り返す。
 ゴミ箱がいっぱいになる頃に、やっと納得のいく、人生最初で最後になるであろうラブレターができあがった。

 ああ、しかし、と手を止める。

 いまさら想いを伝えたところでなんになる。
 そんなことを言われても、と彼を困らせるだけではないか。
 まるで攫ってくれと言わんばかりの未練がましさ。
 もう彼との幸せな未来が手に入ることは一生無いのだ。絶望。

 結局、最後の一枚も捨ててしまって、『結婚の申し込みはお受けできません』と、その一言だけを記した。

 目からこぼれ落ちる水滴で手紙を濡らしてしまわないように、細心の注意を払って封筒にしまい込む。

 椅子の背もたれに頭を預けて窓から空を見上げると、半分に欠けた月が、高いところから嘲笑うようにこちらを見おろしている。
 涙で滲んでふたつに見えた月が、まるで割れてしまったわたしの心をあらわしているみたい。と、悲しみを加速させるばかりだった。
+注意+
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