挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

11/45

第十話    ☆組み立てたパズル、外された一ピース

「何っ!? 父上が!?」

 使用人の口から父の訃報を受けて、王子はベッドから飛び起きた。
「落ち着いて。ゆっくり聞かせてくれ」
 全力疾走してきたのだろう。使用人は息も絶え絶え、部屋につくなり倒れこんだ。抱き起こして、冷たい水の入ったグラスを手渡してやる。

「あり……がとう……ございます」
 絞り出すような礼のあと、水は一気に飲み干された。

「それでまさか、また例のアイツの仕業か?」

【例のアイツ】。それは、ここ数年のあいだに起きている王族殺人事件の犯人を指す。全ての犯行において、遺体が激しく損傷しているという特徴がある。

「手口からみて、おそらくそうでしょう」
「一体警備兵は何をしていたんだ。侵入者に気が付かないなど」

 状況の把握に努めながら、トーマスは鏡の前で最低限髪を整え、仮面マスクを着けた。夜会時以外でも仮面マスクを着用するのはトーマスのある種の癖。数年前から収集をはじめ、今ではコレクターとしても有名だ。

「一晩中、寝室の入り口で見張っていたはずですが物音ひとつしなかったらしく。朝、薬をお運びするために部屋に入ったときには、もう王様は……」
 惨状を思い出したのか、使用人は顔面蒼白。

「現場を見てこよう」
「お止めになったほうがよろしいのでは……室内は非常に凄惨なありさまで」
「覚悟はできている。それに、父の最期を自分の目で見ておきたい」
「王子……」

 うつむいて黙り込んだ使用人をそこに残し、トーマスはひとり、足早に現場へ。



「王子、いらっしゃったのですか」
「ご苦労様」

 王子が到着したとき、現場はまだ"そのまま"の状態で保たれていた。

 四方の壁に無法則な模様を描き出している乾いた血液、歩くとジュクジュクと赤い液体が染み出す絨毯、ベッドのまわりに砂利のごとく飛び散る細切れの肉、床にたたきつけられたように弾けた臓物、磔刑さながらに手の甲とベッドをつなぐ折られた肋骨、中身が引きずりだされ穴の空いた腹部と、そのなかに残る白い……。

 もはや原型を留めていない、父親の死体。
 その光景を目の当たりにしては、さすがに堪えきれない。トーマスは口元を押さえ、肩を震わせた。

「王子、やはりお気分が?」
 現場を見張っていた兵士が気遣わしげに駆け寄ってくる。

「大丈夫だ。問題ない。ポリシア(警察機関)は?」
「連絡は済んでおります。じきに捜査官が到着するかと」
「何か分かったら知らせてくれ」

 王が死んだとあれば、国に残った王族はついに自分ひとり。これからやることが山ほどある。トーマスは気丈にふるまい、早々に執務室へと足を向けた。



 執務室に到着すると、大臣が抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ってきた。
 まるまると太った体で走る様は、例えるならば転がるボール。場の空気に似合わずコミカル。サーカスにでも入れば走るだけで笑いを誘うだろう。

「ああ、王子。おいたわしや。恐ろしいことがまた繰り返されましたな……。病に伏せっておられた王にわざわざ追い打ちをかけるような仕打ち。不憫でなりませぬ」
 オイオイと涙を流す彼の横を通り抜け、デスクにつく。

「感傷にひたるのはあとだ。今はやらなければならないことが山のようにある」
「王子、ご立派でございます」
 手にしたハンカチで涙と鼻水を拭う大臣を尻目に、ペンを取って事務処理を進めつつ、今後の予定を立てる。

「まずは、父の回復後に予定していた王位継承を前倒しに。来月頭を目処に行おう。準備を頼む。父の件は病死ということで国民には触れを出せ。それから、オルレアン領のセシル家へ至急この手紙を届けてくれ。可能なら返事をその場でもらって帰るように」

 視線はデスクに向けたまま、懐から取り出したのは一通の封書。

「は、直ちに。どのような内容かおたずねしても?」
「結婚申し込みの手紙さ。本当は王位を継いでからと思っていたんだが、この際だから王位継承のお披露目と結婚のパレードを一緒に行ってしまおうと思ってね。とにかく明るい話題をぶつけてマイナスイメージを払拭せねば」
「なるほど、良い案でございますね。しかし、突然のプロポーズ、相手の女性に承諾してもらえるでしょうか?」

 そこでトーマスははじめて仕事の手を止め、顔を上げた。

「ハハハ、面白い冗談を言うな、大臣は。僕の求婚を断る女がこの世にいるとでも?」
「……たしかにそうでございますね」
 大臣は一瞬、驚いたような素振りを見せたが、すぐにそのまま同意した。

 その後もテキパキと指示を飛ばす王子と、手伝って身をやつす大臣がやっと一段落したと感じたのは、太陽が地平線へ半分ほど沈んだ頃。

「では全て、段取り通りに」
「ああ。もう下がっていい」

 部屋にひとり残った王子は、そのまま黙々と仕事を続けた。
 うず高く積まれた書類に目を通し、それぞれ適切に対処していく。パラパラと紙をめくる音が続いて。

 そのうちに太陽も沈みきり、王子はそろそろ明かりをつけようと立ち上がった。カーテンを閉めるために出入り口へ背を向けたその瞬間。
 バタン! と勢い良くドアが開き――。


*


 ドアが開く音がして、楽しそうな声がする。

「お父様とお母様が帰ってきたんだ」

 カミィは手のなかの赤い薔薇を、一番お気に入りの絵本【ももいろのまると、すばやいはりねずみ】に、大切に挟んで閉じた。手渡されたバラは熱くて、目を離したら燃えてしまいそう。

「吾妻様のことを相談しなくっちゃ」

 思い出すと、どうにも顔がとろけちゃう。踊る足取りが止まらない。部屋から飛び出し、飛んで()わって玄関へ。客間を通り過ぎるとき、【彼が口をつけたティーカップ】がまだテーブルに残っているのが視界に入って、からだと一緒に心臓も飛び跳ねた。

「お帰りなさい。お父様、お母様。ご一緒だったの?」
「ただいま。別で出かけていたのだが、丁度そこで会ったんだよ」

 微笑み合うふたりの姿はとっても幸せそう。わたしもこんな夫婦になりたい。お相手はきっと……。
 憧れと期待で包んで、言葉を紡ぐ。

「そうだったの。ところで、お話があるんだけど」
「なんだね?」
「実は、わたしに結婚の申し込みが」
 口にして顔が熱くなる。燃えてしまうのはバラではなくて、わたしかもしれない!

 ずいぶん驚くだろうと予想していたけれど、父の反応は案外あっけないものだった。

「ああ、もう聞いているのか。それなら話がはやい。ぜひともお受けさせてくださいと、先ほど返事をしたところだ」
「えっ、お父様達にももうお話伝わってるの?」

 なんと手回しのはやいこと。流石は侯爵様。
 すごいなぁと思ったら、直後に父から出た言葉は、想像していたものとあまりにもかけ離れていて。

「伝わっているも何も、今そこでお城の使者に会ったところだよ」
「お城って、なんのこと?」
「王子様からの結婚の申し込みの話だろう?」
「王子……?」

 カミィが首をかしげると、父も不思議そうな顔をする。いたずら妖精が音を奪ってしまったみたい。玄関はシーンと静まり返る。
 一瞬して、どうやら話が食い違っているらしいと、ふたりは顔を見合わせた。

「ちょっとまって! わたしそんなこと知らない!」

 吾妻様からのプロポーズを受けようと思っていたのに、入れ違いで別の人からプロポーズされていた。
 そんなことって、あるかしら!?

「カミィ、少し落ち着きなさい。タイミングが悪かったようだが、これ以上の縁談は無いだろう。もう承諾の返事をしてしまった。もう一方には申し訳ないが、お断りしなさい」
「やだ! 王子様のところへはお嫁にいきたくない。わたしの王子様はその人じゃないもん」

"カミィがいやだって言うなら、仕方ないね"って、そう言ってくれると思っていたのに。
 父はひとつため息をついて、

「その人は王子様より立派な家柄のお方かい?」
「そ、それは」

 いつもの口調とはまるで違う厳しい言い方。こんなに冷たく話しかけられたのははじめて。パパ(・・)はいつも優しかったのに。
 それでも負けずに、やっとのことで声を絞り出す。震えてるなんて、気にしていられない。

「そんな言い方、お父様は意地悪だよ」
「いいかい、よくお聞き。決して意地悪で言っているんじゃないんだ。私もお母さんも、カミィの幸せを一番に願っているんだよ。王族というこの国一番の地位があって、紳士的で、外見だって申し分ない。一体何が不満だっていうんだい?」

 膝を折り目線を合わせて諭される。興奮している野生の動物にする仕草。

「違うの。王子様に不満があるわけじゃないの。けど」
「それなら、ね、わがままを言わないで。頼むからお父さんとお母さんを安心させておくれ」

「でも、でも」
 言いたいことは山ほどあるのに、じょうずに言葉が出てこない。
 だめ。やめて。壊れたおもちゃのように繰り返し。

 父はついに呆れた様子で、
「とにかくいいね? もう返事は伝えてしまったのだから、今更お断りはできないんだよ。さ、部屋へ戻って、少し頭を冷やしなさい。ディナーのときには元気な顔を見せておくれよ」

 そこまで言われてしまうと、カミィにはもうどうすることもできなかった。

「パパとママはわたしのためを思ってやってくれている」「そんな押し付けは嬉しくない」「家出をしたらどうにかなるかな」「でも行くあてはどこにもないの」
 まとまらない考えが次々と頭のなかでぐるぐるまわる。正解はどれ?

「私と一緒にお部屋へ戻りましょう。カミィ」

 厳しい父とは逆に、いつもより優しい声の母に背中を押される。
 部屋への途中、少しだけ声を小さくして母は、
「ねえ、カミィ。お母さんもね、お父さんとは親同士が決めた結婚だったのよ。最初は嫌だったわ。でもね、そのおかげであなたと会えたし、今は満足してるわ。必ず、幸せになれるわ」
 この話は私達だけの秘密よ。と、ウインク。

「でも、ママ。わたし、好きな人がいるの。うまれてはじめて、男の人を好きになったの。わたしの王子様はもう見つかってるんだよ」
 母が元気づけようとしてくれているのはわかる。けれど、お姫様と王子様はいつも、ひとりとひとり。他の人じゃダメなのに。

 カミィの唇に、そっと母の人差し指が当てられる。それは、「もうおだまりなさい」の合図。

「人生ってね、決して思い通りにはいかないの。だけど、その時々にできることを精一杯やれば、きっとうまくいくようになってるのよ。カミィもそろそろ大人になりなさい。物事を受け入れて、そのなかで自分にできることを精一杯やるのが大人というものよ」

「でも……いえ……なんでもない……そうなの……」

 抵抗は無意味。
 両親はきっと、力尽くでもお嫁に行かせるだろう。少女は悟って、出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。それは、大嫌いな風邪のお薬よりも、もっともっと、ずっと苦くて。

 その日の夕食時、カミィは両親と一言も口をきかなかった。それが、「結局言うことをきくしかないんだ」と現実を知った少女にできる精一杯の最後の反抗だった。


*


――バタン! と勢い良くドアが開き、王子の元へ、使者が帰って来た。

「ノックくらいはしてほしいものだな。心臓に悪い。例の殺人鬼が来たのかと思ったじゃないか」
 王子は大げさに胸をなでおろし、おどけてみせる。

「申し訳ございません。セシル伯爵から直接口頭で返事をいただいて参りました」
「ご苦労」
「結果は快諾でございました。後日改めて書面を届けると」
「よくやった」

 満足気に笑みを浮かべて、トーマスは頷いた。


*


 吾妻様に、お断りの手紙を書かなくちゃ。
 何から書き出せば良いのやら。握ったペンがひどく重い。

 そもそも、すぐに気持ちを切り替えろというのがあまりにも難しい。わたしはこれまで我慢というものをあまり経験したことがなかったんだ。カミィは今になって思い知る。

 世界中で一番幸せな昼の出来事と、この世に自分より不幸な人はきっといないという夕方の出来事。天国と地獄は、一日で移動できるほど近いらしい。
 食後、自室に戻った途端に、堪えていた涙が溢れてずっと止まらない。目のなかのダムが、壊れてしまった。

 それでもなんとか、便箋と向き合って。

『結婚はお受けできません。だけど――』

 舞踏会の日の楽しかったこと。結婚の申し込みが嬉しくて本当はすぐにでも受けたかったこと。まだ二回しか会っていないけど好きなところがたくさんあること。

 少し目にかかる垂れ下がった前髪(ミステリアス!)。刃物みたいに鋭い眼差し(心に刺さって)。鈍い金色の瞳(吸い込まれそうで)。少し猫背だけれど背が高くてがっしりした体(これは少し、おとなすぎる)。会話から伝わる、とても頭が良いところ(不思議な言葉)。割れものを触るときみたいにカミィの手を握った手つき(力強いのに、優しい)。自信ありげなのんびりした態度(余裕な感じ)。
 もっともっとジュンイチのことを知りたいという気持ち。

 そんなことをまとまらない文章で書いては捨て、書いては捨て、何度も何度も繰り返す。
 ゴミ箱がいっぱいになる頃、やっとうまく、人生最初で最後のラブレターが書けた。

 ああ、けれど。

 いまさら想いを伝えたところでなんになるのだろう。
 そんなことを言われても、と、きっと困らせてしまう。

 結局、最後の一枚も捨ててしまって、『結婚の申し込みはお受けできません』と、その一言だけを紙に残した。
 目からこぼれ落ちる水滴で手紙を濡らしてしまわないように気をつけて、封筒にしまい込む。

 窓から空を見上げると、半分に欠けた月が、こちらを見おろしている。高いところから、意地悪く笑うように。
 悲しみは、どこまでも増えていく。涙で滲んで、月がふたつに見えた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ