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そしてふたりでワルツを 作者:あっきコタロウ(カミユ)

本編

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第十話    ☆組み立てたパズル、外された一ピース

「何っ!? 父上が!?」

 使用人の口から父の訃報を受け、王子はベッドから飛び起きた。
「落ち着いて。ゆっくり聞かせてくれ」
 全力疾走してきたのだろう。使用人は息も絶え絶え、部屋につくなり倒れこんだ。冷たい水の入ったグラスを手渡すと、一気にグラスは空になる。

「あり……がとう……ございます」
「それでまさか、また例のアイツの仕業か?」

【例のアイツ】。それは、ここ数年のあいだに起きている王族殺人事件の犯人を指す。全ての犯行において、遺体が激しく損傷しているという特徴がある。

「手口からみて、おそらくそうでしょう」
「一体警備兵は何をしていたんだ。侵入者に気が付かないなど」

 状況の把握に努めながら、トーマスは鏡の前で最低限髪を整え、仮面(マスク)を着けた。夜会時以外でも仮面(マスク)を着用するのはトーマスのある種の癖。数年前から収集をはじめ、今ではコレクターとしても有名だ。

「一晩中、寝室の入り口で見張っていたはずですが物音ひとつしなかったらしく。朝、薬をお運びするために部屋に入ったときには、もう王様は……」
 惨状を思い出したのか、使用人は顔面蒼白。

「現場を見てこよう」
「お止めになったほうがよろしいのでは……室内は非常に凄惨なありさまで」
「覚悟はできている。それに、父の最期を自分の目で見ておきたい」
「王子……」

 うつむいて黙り込んだ使用人をそこに残し、トーマスはひとり、足早に現場へ。



「王子、いらっしゃったのですか」
「ご苦労様」

 王子が到着したとき、現場はまだ"そのまま"の状態で保たれていた。

 四方の壁に無法則な模様を描き出している乾いた血液。歩くとジュクジュクと赤い液体が染み出す絨毯。ベッドのまわりに飛び散る細切れの肉は砂利のよう。弾けた臓物は床に叩きつけられでもしたのか。折られた肋骨は手の甲とベッドをつなぎ磔刑さながらで、中身が引きずりだされ空洞となった腹部と、そのなかに残る白い……。

 原型を留めていない、父親の死体。
 その光景を目の当たりにしては、さすがに堪えきれない。トーマスは口元を押さえ、肩を震わせた。

「王子、やはりお気分が?」
 現場を見張っていた兵士が気遣わしげに駆け寄ってくる。

「大丈夫だ。問題ない。ポリシア(警察機関)は?」
「連絡は済んでおります。じきに捜査官が到着するかと」
「何か分かったら知らせてくれ」

 王が死んだとあれば、国に残った王族はついに自分ひとり。これからやることが山ほどある。トーマスは気丈にふるまい、早々に執務室へと足を向けた。



 執務室に到着すると、大臣が抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ってきた。
 まるまると太った体で走る様は、例えるならば転がるボール。場の空気に似合わずコミカル。サーカスにでも入れば走るだけで笑いを誘うだろう。

「ああ、王子。おいたわしや。恐ろしいことがまた繰り返されましたな……。病に伏せっておられた王にわざわざ追い打ちをかけるような仕打ち。不憫でなりませぬ」
「感傷にひたるのはあとだ。今はやらなければならないことが山のようにある」
「王子、ご立派でございます」
 オイオイと涙を流す大臣の横を通り抜け、トーマスはデスクでペンを取った。

「まずは、父の回復後に予定していた王位継承を前倒しに。来月頭を目処に行おう。準備を頼む。父の件は病死ということで国民には触れを出せ。それから、オルレアン領のセシル家へ至急この手紙を届けてくれ。可能なら返事をその場でもらって帰るように」

 視線はデスクに向けたまま、取り出したのは一通の封書。

「は、直ちに。どのような内容かおたずねしても?」
「結婚申し込みの手紙さ。本当は王位を継いでからと思っていたんだが、この際だから王位継承のお披露目と結婚のパレードを同時に行ってしまおうと思ってね。とにかく明るい話題をぶつけてマイナスイメージを払拭せねば」
「なるほど、良い案でございますね。しかし、突然のプロポーズ、相手の女性に承諾してもらえるでしょうか?」

 そこでトーマスははじめて仕事の手を止め、顔を上げた。

「ハハハ、面白い冗談を言うな、大臣は。僕の求婚を断る女がこの世にいるとでも?」
「……たしかにそうでございますね」
 大臣は一瞬、驚いたような素振りを見せたが、すぐにそのまま同意した。

 その後もテキパキと指示を飛ばす王子と、手伝って身をやつす大臣がやっと一段落したと感じたのは、太陽が地平線へ半分ほど沈んだ頃。

「では全て、段取り通りに」
「ああ。もう下がっていい」

 部屋にひとり残った王子は、そのまま黙々と仕事を続けた。
 うず高く積まれた書類に目を通し、それぞれ適切に対処していく。パラパラと紙をめくる音が続いて。

 そのうちに太陽も沈みきり、王子はそろそろ明かりをつけようと立ち上がった。カーテンを閉めるために出入り口へ背を向けたその瞬間。
 バタン! と勢い良くドアが開き――。


*

 ドアが開く音がした。

「お父様とお母様が帰ってきたんだ。吾妻様のことを言わなくちゃ」

 カミィは手のなかの赤い薔薇を、一番お気に入りの絵本【ももいろのまると、すばやいはりねずみ】に、大切に挟んで閉じた。もらった薔薇は、熱くて燃えてるみたい。

 お部屋から走って出て、くるくる()わって玄関ホールへ。客間の前を通ったら、【吾妻様がキスしたティーカップ】がまだテーブルにあって、ドキドキで目を開けられない。ギュウ。

「お帰りなさいお父様。えっと、ちょっと聞いてほしいんだけど」
「なんだね?」
「あのね、わたしに結婚してほしいって言う人が」

 カエルさんみたいにぴょんってびっくりするって思ってたのに、父はいつもとおんなじように、

「ああ、もう聞いているのか。それなら話がはやい。ぜひともお受けさせてくださいと、先ほど返事をしたところだ」
「えっ、お父様ももう知ってるの?」
「知っているも何も、今そこでお城の使者に会ったところだよ」
「お城って、なんのこと?」
「王子様からの結婚の申し込みの件だろう?」
「王子……?」

 カミィが首をかしげると、父も不思議そうな顔をした。いたずら妖精が音を泥棒したから、玄関はシーンと静まり返る。
 少しして、どうやら話が食い違っているらしいと、ふたりは顔を見合わせた。

「ちょっとまってお父様。わたしそんなこと知らないよ」
「ふむ……。タイミングが悪かったようだが、これ以上の縁談は無いだろう。もう承諾の返事をしてしまった。もう一方には申し訳ないが、お断りしなさい」
「やだ! 王子様のところへはいきたくない。わたしの王子様はその人じゃないもん」

"カミィがいやだって言うなら、仕方ないね"って、言ってくれると思ったのに。
 父は雨の日みたいな顔で、

「その人はトーマス王子より立派な家柄のお方かい?」
「そ、それは、違うけど」

 はじめて聞く、怖い話し方。パパ(・・)はいつも優しかったのに。

「お父様は意地悪だよ」
「いいかい、よくお聞き。決して意地悪で言っているんじゃないんだ。私もお母さんも、カミィの幸せを一番に願っているんだよ。王族というこの国で一番の地位があって、紳士的で、外見だって申し分ない。一体何が不満だっていうんだい?」

「違うの。お城の王子様が悪いんじゃないの」
「それなら、ね、わがままを言わないで。頼むからお父さんとお母さんを安心させておくれ」
「でも、わたしの王子様はもういるんだよ」
 王子様とお姫様はいつも、ひとりとひとり。違う人じゃダメなのに。

「カミィ、そろそろ大人になりなさい。もう返事は伝えてしまったのだから、今更お断りはできないんだ。いいね? さ、部屋へ戻って、少し頭を冷やしなさい。ディナーのときには元気な顔を見せておくれよ」

 おとなになったら、お姫様にはなれないのかな。
 おとなって、大嫌いな風邪のお薬よりも、もっともっと、ずっと苦い味がする。


*


――バタン! と勢い良くドアが開き、王子の元へ、使者が帰って来た。

「ノックくらいはしてほしいものだな。心臓に悪い。例の殺人鬼が来たのかと思ったじゃないか」
 王子は大げさに胸をなでおろし、おどけてみせる。

「申し訳ございません。セシル伯爵から直接口頭で返事をいただいて参りました。結果は快諾でございました。後日改めて書面を届けると」
「ご苦労様」

 満足気に笑みを浮かべて、トーマスは頷いた。


*


 吾妻様に、ごめんねってお手紙を書かなくちゃ。
 握ったペンがすごく重い。インクをちょびっと舐めてみたら、やっぱり苦い味がした。

『結婚できないです。でも――』

 舞踏会のとき、楽しかった。好きって言われて嬉しくて、本当はすぐに良いよって言いたかった。会ったのは二回だけだけど、好きなところはいっぱいあって。

 少し目にかかるだらっとした髪(ミステリアス!)。暗い金色の目(食べられちゃいそう)。背が大きくて強そうな体(これはちょっと、おとなすぎる)。とってもかしこいところ(なんでも知ってて)。あったかい手(お布団よりも)。のんびりしてるところ(優しい)。
 もっともっとジュンイチのことを知りたいっていう気持ち。

 そんなことを書いては捨てて、何回も。
 ぐしゃぐしゃの紙がゴミ箱からこぼれ落ちる頃、やっと上手にラブレターが書けた。

 ああ、だけど。
 今から想いを伝えても、もう遅い。

 だから、やっぱり『結婚できないです』って、それだけの紙を綺麗に折って、封筒に閉じ込めた。

 窓の外には、半分のお月さま。涙で滲んで、ふたつに見える。半分と、半分。くっついてひとつになれば、丸くなるのに。
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