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そしてふたりでワルツを 作者:カミユ

本編

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第九話    ☆踊る本能と花束の調べ(2)


 セシル邸門前にて、褐色の青年が去って。
 数分遅延したが問題無い。ジュンイチは当初の予定通り進行。
 本日、突然の訪問に彼女はどんな反応を見せるだろうか。

 拳を握り締めると、鮮烈に甦る。舞踏会の夜、包んだ手から伝わってきた少女の体温と、柔軟な感触。
 気分は高揚している。吐く息が、平時よりも熱い。

 花束を抱え直しノッカーを鳴らすと、若いメイドが対応に出た。

「あら、大きな花束! お花屋さん? でしたら裏口へお回りください」
「違うんだ。約束はしていないんだけど」
「大変失礼いたしました。お客様でいらっしゃいますのね。ですが本日、ロバート様は次の航海のお品物の買い付け、ソフィア様は乗馬クラブへお出かけです」
「用があるのはカミィちゃんになんだ」

 子細に用件を述べると、メイドの態度は一転。頬を染めて、声色も一段高く。

「まあ! ということはこのお花は……まあまあまあ!! それでしたらどうぞなかへ。応接室でお待ちくださいませ」
「プライベートルームの様子も見てみたいな。普段の彼女がどのように生活しているのかを知りたい」
「まあ~! ええ、ええ。本当はいけないことですけれど、お相手が”侯爵様”なら話は別。きっとお咎めは無いでしょう。私にできることなら協力いたしますわ! 普段のお嬢様の話をお聞かせしましょう!」

 セシル邸に踏み入って、上階の奥だというカミィの私室までのあいだ、メイドはひたすらに饒舌をふるい続けた。

「お嬢様はただいまおひとりで、お部屋に篭って遊んでおられます。あまり外はお好きでないですから、いつもお部屋で読書されたり、ぬいぐるみで遊ばれたりしておられますよ。そうそう、綺麗なドレスを着たお人形よりも動物のぬいぐるみのような柔らかいものがお気に入りで、あとは手触りの良い布にもお名前をつけて……少し変わっていらっしゃいますけれど、私達使用人にもお優しいですし、とても愛らしいお方ですの。あ、お部屋へ到着いたしました」

 案内されたのは、雑多なステッカーが多量に貼り付けられたドアの前。
 アトランダムにベタベタと、一切の規則性が見いだせない。一定の位置より上には貼られておらず、おそらく少女の身長で手の届くところまで。

 一体なぜドアにステッカーを!
 まったくカミィという少女は奇想天外、斬新奇抜。知れば知る程謎が湧き、深みにはまる。
 ジュンイチは、帰宅したらすぐに、「恋というのは泥のなかに足が沈む感覚とよく似ている」とレポートに記すことを決意した。


「お嬢様、起きていらっしゃいます?」
「なあに? お菓子が焼けた?」

 顔を覗かせた部屋主の腕には、ふたつのぬいぐるみが抱えられている。メイドの弁舌通り、自室で寛いでいたらしい。

「わあ、可愛いお花! どうしたの? 誰からもらったの?」

 メイドの隣に立ち、顔を隠すべく花束を掲げていると、思惑通りに対象が食いついた。
 ジュンイチは逸る気持ちを堪えきれず、花束の後ろからおどけ出る。

「僕だよ」
「えっ!? あっ、えっ……えっ!?」

 カミィは目を丸くして二度、三度、ジュンイチと花束と、交互に視線を移した。首ごと左右に、機械仕掛けのような動作で。そんな彼女に、メイドもくすくすと笑っている。

 カミィの顔がみるみる赤くなり、耳の先まで染まってゆく。

「それは何?」
 気になったのは、開口狼狽している少女の腕のうち。丸に顔のようなものを描いただけのよく分からない生物?(生物なのかどうか不明)と、トゲトゲした生物(こっちは生物だろう)のぬいぐるみ。ドアの隙間から室内を覗き見ると、同様のキャラクターらしいぬいぐるみが、やはりランダムに、そこかしこに転がっている。法則性の無いものを好むがゆえに行動も突飛で予測不能なのだろうか? 思考と嗜好の関連性も新たに研究テーマとすべきか?

「あ、こ、これは、『ももいろのまると、すばやいはりねずみ』という絵本に出てくる生きもので……いえっ、そんなことはいいんです。気になったならあとでお話します! 私、洋服を着替えなくちゃなので、客間で待っててください! ご案内してあげて!」

 急に態度を転じてメイドに指示を出し、部屋へ引っ込んでしまった少女。件の【すばやいはりねずみ】はどのくらいの速度が出せるのだろう。もしかしたら、少女のほうが素早い可能性があると思わせるほどの俊敏っぷり。
 そんな彼女の表情に、不快を示すサインはなかった。ひとまずの手応えである。




 広いテラスに面した明るい客間。中央には、珍しい水色のローテーブルがインテリアとなって。その上には淹れたての紅茶が二杯。
 テーブルを挟んで対になって配置されているのは、形も素材も違う二脚のソファ。

「お、お待たせしました。えっとあの、さっきはあの、ずいぶん恥ずかしいところをあの……」

 よほど着替えを急いだらしい。遅れて来て「ふう」とひとつ息をつくカミィは、少々汗ばんで見える。その汗の一滴すらも興味深い。採取して成分を、DNAを、解析したい。

 少女を眼前にするとやはり喉が渇く。徐々に思考が散漫しはじめる。

「これ、きみにプレゼントだよ」

 出された紅茶に口をつけてから、ジュンイチは花束をテーブルの上へ。
 正面のカミィはその裏にすっぽりと隠れて視界から消失。その向こうから声だけが届く。

「こんなにたくさん! とってもうれしいです。ありがとうございます。どうやって使おうかな。飾るだけじゃ余っちゃう。すごく良い匂いがするから、お風呂に浮かべてみるのもたのしそう。あとは、そうだ。押し花にして栞にしよう。それから、えっと、バラって食べられるかなぁ……?」

 少女が使用法を模索しているあいだに、腰を上げ彼女の隣へ。
 距離を詰めれば詰めるほど強くなる、甘い香りの原因は何であろう。花の香りとは、似て非なる……。

「あっ、ど、どうしたんですか?」

 ジュンイチは花束から赤い薔薇を一本抜き取り、花弁色の頬の少女に差し出した。

「あの夜の返事を、聞かせてほしい。きみのことが、好きなんだ」


 ジュンイチには自信があった。

 数十冊の本を参考に立てたプランは、おそらく有効。

 女性は贈りものを喜ぶ生きもので、宝石や花を好み、ストレートな愛情表現に弱い。というのは恋愛の教本から。

 恐怖や驚きで心拍数を上げることで、その動悸を恋愛的感情だと錯覚させることができるというのは、心理学書から。吊り橋効果というものだ。故に、驚かせる為、突然の訪問を選んだ。

 薔薇の花言葉は色により違うが、赤い薔薇を一本は【ひとめぼれ、あなたしかいない】という意味で、百八本だと【結婚してください】になる。というのは、最近若い女性のあいだで流行しているらしい恋愛小説から得た知識。

 とにかく持ちうるデータを総動員して、今この瞬間に挑んでいる。これはとても楽しい実験。
 自信があるにもかかわらず少しだけ不安も入り交じるのは、やはり恋という心理現象のせいだろう。


「あの日、お手紙を出すって言ったのに、ごめんなさい。あなたのお名前を聞き忘れちゃったから、どうしようもなくて……。一応お義兄様にきいてみる準備はしていたけれど、間に合わなかったみたい。それで、あの、あなたのお名前は?」

「吾妻ジュンイチ」

 薔薇の花に伸びかけていた少女の手は、その一言で停止した。

「あの…吾妻というと侯爵の?」
「そう。僕」

 角度によって毒々しくも見える真紅の薔薇を、止まった手に押し付けて握らせ、ジュンイチは両の口角を上げた。

「ふえぇ! わたしったらそうとも知らないで気軽に話しかけてしまって……どこかの貴族のひとだとは思っていたんだけど」

 まさかずっと身分の高いひとだとは思ってなかったの。と、受け取った薔薇を胸の前で握りしめる彼女の顔色が変化する。赤から青、ついには紫。虹の順序を辿って。

「ククク……面白いねえ。光のスペクトルみたいだ」
「あの、お返事は、パパとマm……あぅ、あ、いえ、あの、お父様とお母様にも相談しないと、わたしひとりでは決められないので」

「それじゃあ今日はもう帰るよ。良い返事をちょうだいね。本当は今日中に結果が知りたかったけど、決められないんじゃ仕方ない」
 気の済むまで笑ったあと、紅茶の残りを飲み干して、ジュンイチは席を立った。


「じゃあ、またね」
「はい。お花、ありがとうございました」
 玄関まで連れ立って、セシル家をあとにする。

 【実験】の経過は上々。

 この感情が【恋】というものなのであれば、たしかに悪くはないものだ。レポートの最後はそう締めくくろう。決定づけて、路を歩む。
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